第52話 伝文とその後の処遇
「なんで、そんな怖い顔してるんですか、五十川さん」
一美は澄ました表情を繕っているが、俺の呼び方が違っていた。
――偽者だ
いつ、どうやって。
[別に何もしませんよ、ちょっと、話がしたかっただけです]
一美は話せるはずのないイダフ語で話し始めた。彼女は別の存在に取って代わられたのだ。
「貴様、何者だ」
こんなやつとイダフ語で話すのは嫌だった。日本語で十分だ。
[人に名を聞く前に自分が名乗るのが礼儀ではないのですか?]
一美の姿をしているが、表情や仕草は全くの別人だ。あくまでもイダフ語で話すようだが、俺は日本語でしか応じない。
一美の声帯によるイダフ語の発音がとても美しい。それが癇に障る。
「そっちが先だ。用も無いのにやってきたお前に礼儀をいわれる筋合いはない」
俺は懐を確かめる。
[この女の体を借り、若きイダフ人へ警告する。我は魔皇帝アカムスの右腕、檄文のエフミダ様の代理、伝文のダプァ]
名乗りは長いが、要するに三下の使いっ走りだ。檄文のエフミダは知っているが、ダプァなんてのは全然知らない。
「五十川 護だ」
[嘘はよろしくない。あなたイダフの人間でしょう。イダフの貴族臭さがプンプンする]
貴族の気品が滲み出ている、という言い方はできないようだ。
「その伝文のダパ殿が、何の用だ」
[ダプァです。イダフ語を使わないと発音しにくいですよ]
「ここは日本だ、日本語がわかるなら、日本語を使ったらどうだ」
[後退世界の言葉に慣れてしまうと、品性も一緒に後退するので、使用は必要最小限にすることをお勧めします。ところで、あなたがイダフの人間だとお認めにならないと、話が続けられないのですがね]
「俺はおまえに話を続けてもらいたいわけではない、帰るなら帰ればいい」
俺は懐の愛剣ドロガに手をかけた。一美を斬りたくはないが、中身が魔族ならば仕方ない。
彼女を操っているダプァが少しうろたえた。動きがぎこちなくなる。
[まあいい、あなたはイダフ語を解するようだから、件のウミサミダフ家の老嬢に、主人エフミダの忠告をお伝え頂きたい]
「いいだろう、さっさと話せ」
[では主人エフミダ様よりの忠告をお伝えする。
『若き種馬を操り
イダフの血を増やす試み
笑止千万ながらも憐れなり
下衆な企みは朝露に流し
穏やかに余命を暮らすべし』
…以上です]
一美の声と姿で、イダフ語の詩を朗々と吟じたあと、得意げな表情を俺に向けた。
[では失礼します。この身体は傷つけずにお返しします。あとは何なりとお楽しみ下さい。ごゆっくり]
彼女の中にいた何かが抜け出て、消えた。
居眠りから目覚めた直後のように、一美はまばたきを繰り返した。
彼女はなにかを話したそうに口を動かしたが、急に身体の軸を失ったように椅子から滑り落ちる。
間一髪、その前に戦闘補助体が受け止めた。一美は気を失ったようだ。そのまま、戦闘補助体に一美を寝室に運ぶように命じた。
俺は食卓を眺める。
――残念だが、料理には手をつけないほうがいいだろう
さっきの出来事で食欲もすっかり無くなっていた。
戻ってきた戦闘補助体に、さっきの会話の音声記録が保管するよう命じた。
さて、一美の処遇を決めなくてはならない。
一度魔族の手に落ちた者を、イダフ王国軍や銀の羽衣師団ではどう扱っていただろうか。
俺は戦闘補助体に軍の規約や対応例について質問した。
難しい会話はイダフ語で行う。戦闘補助体の日本語は簡単な日常会話しかできない。
「まず、あのダプァとは何者か知っているか?」
《申告します。本機445号機はイダフ歴626年末以降、軍務に関する情報が更新されておりません。回答内容につきましては、その点を考慮してください》
「了解した、回答せよ」
《伝文のダプァは檄文のエフミダの部下であり、情報の伝達と収集を行っているものと見られております。特殊な魔法を使って、我が軍の将校や兵士、市民に一時的に乗り移ることができると言われており、偽情報の伝達によるかく乱や諜報の被害が記録されております。記録に残っている被害者数は27人ですが、被害者の実数はおよそ、その10倍から20倍と見られております》
「乗り移られた者はどうなったか」
《27人中…
1年以内の病死者14名
現在療養中8名
行方不明者3名
その他2名
です》
ろくな結果じゃない、半分死んでいる。
「女性の割合を教えてくれ、また、病名は何だ」
《27人中、
女性は10名、
1年以内の病死者6名、現在療養中4名です。
病名は、ザミダフ緑黄病です》
――ザミダフ緑黄病
魔族には感染せず、人間にのみ感染する魔族の生物兵器だ。
最初から人間の殺傷を目的としているため、感染力が強く、治療方法は見つかっていない。
「ザミダフ緑黄病の対応方法について教えてくれ」
《具体的な対応方法は…
1. 隔離病棟における加療
2. 殺処分
です》
「ン・メノトリーには隔離病棟はあるか、そして、看護補助体による治療は可能か」
《本機に該当情報は見つかりません。ン・メノトリーの制御体への照会を行ってください》
俺は本当に目の前が真っ暗になった。そして、息が苦しくなる。
一美を殺処分しなければならなくなった。




