第4話 茶菓子の時間
俺は一旦、現状を整理する。
ここは封印の堂だ。
昔、絵本で読んだことがあるが、魔物の封印に成功したら、封印を強化するために、その周りに建物を建てる話があった。この堂はそういう類いのものだろう。
しかし、中にいるのは、俺、ハオウガ=マイダフ。
貴族マイダフ家の次男にして、16歳の若き天才剣士。
もう一人はハコネ=ヤマイダフ。14歳の天才魔法士だ。彼女は封じの氷柱で眠りながらも、魔法発生装置として働かされている。
天才剣士に天才魔法士、こういうと天才を安売りしているように聞こえるかもしれないが、事実なのだから仕方がない。その天才二名は堂内にいる。
そして、中身の無い氷柱が三つある。
俺とハコネ以外に、3人が氷柱に居たに違いない。
その3人とは、
・リダリ隊長
・ママナーナ
そして、敵である
・魔皇帝アカムス
黄金と風の結界真言が使われていることから、何者かを封じ込めたことは間違いない。
その時、意識の無かった俺まで氷柱に放り込まれた経緯はよくわからないが、その時は俺を氷柱に入れる必要があったのだろう。
そして、何らかの理由で封印が解け、アカムスが目覚めた。
それに気づいたリダリとママナーナが応戦、というのは、考えにくい。
アカムスと戦うには、リダリ隊長とママナーナの二人では相性が悪い。
俺の剣とハコネの魔法があってこそ、リダリ隊長の戦術とママナーナの銃が生きるのだ。あの二人だけでアカムスには勝てない。善戦はできても、二人だけでは遅かれ早かれ負ける。
そして、二人を倒した後、アカムスは眠ったままの俺とハコネを殺すに違いない。
俺の剣とハコネの魔法が、アカムスにとって決定打となったのだ。そんな俺たちを生かしておくはずはない。
しかし、二人とも生きている。そうなるとたどり着くのは同じ結論だ。
――もしかして、封じ込められたのは俺たちではないのか
しかし、すぐ否定の声が上がる。封じの氷柱にしろ、治癒の氷柱にしろ、どちらも貴重で高価なものだ。使い終わったままにしておけるものではない。必ず回収、修理して再使用するものだ。
それがそのままにしてある、ということは…。
俺は考え過ぎて疲れた。空腹で喉も渇いたので、つい、家にいるときのように、
「茶菓子を持て」
と大きめの声で言った。
「茶菓子を持て、茶菓子を持て、茶菓子を…」
俺の声が堂内に反響する。俺は哄笑した。だが、壊れたわけではない。
以前、リダリ隊長に同じようなことで叱られた。
「ハオ殿、ここは軍隊です。悪気がないのはわかりますが、お屋敷での生活を持ち込まないようにして貰いたい」
そう言われた後、罰にもならないでしょうが、と前置きされたあと、罰として木刀の素振りを千回した。
それ自体はたいした罰ではなかったが、他の隊員の手前、マイダフ家の次男が罰を受けているというのは、恥ずかしいものだった。
恥をかかされたのは確かだが、それで隊長を恨んだりはしない。隊としては必要な処置だ。それで面目を潰されたといって怒るほど、マイダフ家の、そして俺の度量は小さくない。
一方、リダリは貴族の隊員も平民の隊員も同じように扱う、と評価が上がったようで良かった。
《…はい》
聞き覚えのある声が聞こえた。
以前、よく聞いた声だ。
――合成音声
直ぐに思い当たり、俺は言った。
「この声は制御体か?状況を説明せよ」
少し間をおいて質問が返ってきた。
《……名前と階級を発声して下さい》
俺は嬉しくなってはっきりと声に出した。
「ハオウガ=マイダフ、イダフ王国防衛軍 銀の羽衣師団所属 リダリ隊第1剣士」
少し間が空いた。
《……肉声を認識できました。お久しぶりです、ハオウガ=マイダフさん》
「制御体に問う、貴様の操作体を述べよ」
《飛行艦ン・メノトリーです》
それを聞いて、俺は立ち上がった。メノトリーの制御体だ。
制御体とは植物と電子機器を組み合わせた基盤装置であり、操作体を動かすものだ。
イダフ人が作る乗り物や建物は、通常、制御体と操作体で構成される。
例えば、飛行艦であれば、動力や機関のことを操作体という。一方、動力や機関を正しく動かす為には、動力や機関を正しく相互に連携させて動かさなくてはならない。それを行うのが制御体だ。
飛行艦を宇宙に飛ばすにしろ、地中に埋めるにしろ、制御体が動かなくては何にもならない。しかし、制御体が生きていれば、操作体が少々壊れるくらいはなんとかなる。
そんなことを考えていたら、俺は黙りこんでいたようだ。催促してきた。
《茶菓子が必要ですか?》
そうだ、そもそも、茶菓子を頼んだのだ。
「あるのか」
《残念ながら、消費期限を大幅に超過しており、飲食には適していないため、特別な理由が無い限り、提供できません》
「いや、それほどではない」
《理解しました。提供は中止します》
急に気持ちが落ち着いた。俺はいくつか質問した。
「まず、ここはどこだ」
《ここは、飛行艦ン・メノトリーの第3艦橋です》
「第3艦橋などなかったはずだ」
《イダフ暦629年1月に貨物室を改装して、第3艦橋としました》
629年
――あれから2年経っているのか
俺は降参したい気持ちになった。17歳までには、女性を知ってマビルを卒業したかった。2年経ったのなら、俺は今18歳だ。氷柱の中にいたから、というのはいかにも言い訳臭い。
いや、そんなことは後でいい。聞くべきことがあるだろう。
「ザミダフとの戦争はどうなった、イダフは勝ったのか?」
返ってきたのは意外な答えだった。
《……記録がありません》
「はああ?」
何を言っているのかと、俺は怒りを覚えたよ、あのね、ザミダフ攻略戦で中央宮殿に突撃したのは、飛行艦ン・メノトリー、お前だよ。忘れたの?
『視点を変えろ』
リダリ隊長の声が聞こえた気がした。それで俺は少し冷静になれた。
ああ、そうか、いや、なんでもない。
もう、とっくに戦争は終わって平和になったんだな。
だから、ン・メノトリーも制御体を元のものに入れ替えたんだろう。
元々は宇宙を飛ぶための船だ。だから、戦争が終われば、戦争用の制御体は用済みで、元々の宇宙飛行用の制御体に入れ替えましたと、そういうことか。
まあ、ザミダフとの戦争の結果など、わざわざ記録しなかったのかもしれない。
なんか安心したよ。じゃあ気楽に質問していいよな、俺は再び床に座ると、質問というか、こんな話をした。
――ここはどこ
《飛行艦ン・メノトリーの第3艦橋です、そして本艦の現在位置は、笑いの海の西南6000イダフィ、地下1500イダフィの位置に停泊中です》
――おい、地下1500イダフィって海底並みの深さだぜ、それは停泊とは言わないだろ、むしろ沈没じゃないのか
《本艦の機能は全て正常に稼働しております。沈没という表現は正しくありません》
――でも、茶菓子切らしていたよな
《誰からも要望がなかったためです。通常の食料は艦内で生産し保管しております。今から要望されるのであれば、三日後には、甘いガナーツをご用意できます》
――そうか、ガナーツは帰ってから家で食べるよ。ところで地下1500イダフィと言えば、地底人が出てくるくらいの深さじゃないか、そんな地下でこの艦は何をしているんだ
《魔皇帝アカムスの封印です》
やっと納得できる答えが聞けた。
――でも、氷柱は空じゃないか、封印を破られて逃げられたのか
《いいえ、封印の期待年数は十分に満たしました。封印に関する行動については、人間の判断と命令が必要であるので、後続命令の待機中です》
――期待年数って、リダリ隊長は千年単位での封印を考えていたはずだ。まだ2年だろ。全然足りない。俺も隊長に合流する。すぐにでも出発したい。俺の服や装備を出してくれ。
《倉庫を確認します》
俺はこのとき上下とも灰色の肌着で、裸足だった。堂内は適温が保たれていたためか、暑さ寒さは感じなかったが、戦いを意識し始めると、今の寝間着のような姿が急に心細くなってきた。
《ところで2年とは何のことですか》
――いや、さっき、629年にこの堂、いや、第3艦橋を作ったと言わなかったか
《はい、第3艦橋への改装は629年です》
――そうか、勘違いしていたな、改装が629年か
その時、俺は一番基本となる質問をし忘れていたことに気づいた。無意識のうちに避けていたのかもしれない、この質問を
――今、今日は何月何日だ
少し間が空いて、制御体は答えた。
《本日はイダフ暦9678年3月7日です》
あれから、九千年が経っていた。