第45話 手技回復治療師
「さあ、たいしたモノじゃないけどどうぞ」
俺は6人掛けの食卓に、先手 美歩と差し向かいに座っていた。
食卓にはホーロー鍋が一つ置かれている。
先手はどんぶりのご飯に鍋の中身をよそって、俺によこした。
牛丼というやつだ。
先手は自分の分を同じようによそう、いや、俺の分より多めだ。いや、量の多い少ないは別にいい。
「まあ、味は保証しないけど、無いよりマシってことでよろしくね」
それではいただきます、といって箸をつけた。うん、味は美味しくはないが癖になる味だ。また食べたくなる。
カロイン――魔法に必要な栄養素――が十分にあるからだろう。
先手は小柄な見かけによらず、よく食べた。
まるで俺の施術で消費した体力を補給するかのようだ。食べる量以上に体力を使うに違いない。
「ところで護クンって、年いくつ?」
マモルクンとは何のことだろうか
――俺だ
俺の日本名は五十川 護だ。もちろん俺がこの名前を忘れることはないが、名前呼びにはなれてなかった。
反応が遅れて、少し間が空いた。
「何、言いたくないの?」
「えっと、急に名前で呼ばれたからびっくりしただけです。16…じゃなくて17歳です」
「ふーん、あたしと9歳違うのか~」
「とても、8歳には見えませんね」
「……あんまり面白くないかも、その冗談」
いきなり駄目を出された。
「すみません」
「ま、もうじき27だから一回り違うのか」
「見た目は、同い年でも通じますよ」
「ア・リ・ガ・ト。あたしは週一くらいしかできないけど、ちゃんとサポートするから、よろしくね」
「あ、こちらこそ、よろしくおねがいします」
とりあえず、俺は型どおりのあいさつをする。
「えっと、先手さんは、熱海さんって方に言われたんですよね」
一美のときはなんとなく話が聞けなかったが、この人からは聞けそうだ。
先手は不機嫌な顔になった。
「護クンさあ、これからは仲間になるんだから、もうちょっと気楽に呼んでくんない?」
――仲間になるとはどういう意味だろう
よく事態が飲み込めない。
「じゃあさ、美歩、熱海さんからなんて言われてきたのか、詳しいところ教えてよ」
一美のときと同じようにいきなり呼び捨てにしてみたが、調子に乗りすぎたと反省する。
「うん、それいいね、あたしも護って呼ぶよ」
9歳上なら呼び捨てはありだろう。でも9歳下の俺がそう呼んでいいものか。
「あたしもさ、東京ではペーペーなんだよね、それでも今回、護が大きなプロジェクトをやるから、サポートしてやって欲しいと、熱海さんから直で電話もらっちゃったから、やることにしたんだ」
「プロジェクトって…」
俺は更に何のことかわからなくなった。
すると、美歩は待てと言わんばかりに手のひらをこちらに向けた。
「いいよ、プロジェクトの事なんて言わなくても。極秘なんだろ、あたしも下手に知って、薮蛇を突くようなことはしたくないしね」
ふっと美歩の眼差しが真剣になった。
「あたしが知ってるのは、護が熱海さんのとても大事なプロジェクトを任されているってこと。
そして、熱海さんからの依頼は、護の生活や健康面をできるかぎり裏方でサポートすること。料理の方はまあアレだけど、マッサージなら誰にも負けないよ」
確かに美歩の手技回復治療があれば、魔皇帝アカムスと再戦しても勝てる気がする。
それだけ美歩の手技回復治療は魅力的だ。
熱海さんという親父なんて知らない、とは言えなかった。人違いならマッサージは無しねと言われたくはない。
熱海さんが井田会長(リダリ隊長)に関係あるのは間違いない。
近村氏が社長なら、熱海さんは副社長とか東京支店長辺りかも知れない。
どうやって関係を聞きだそう。
「井田会長はご存知ですよね」
今度は美歩が少し考えるほうに回った。
「ああ、塾に出入りしているホッホウ爺ちゃんのことね」
「塾…ホッホウ爺ちゃん…」
そう言われれば、井田会長の口癖だ。よく、ほっほうと言っていたような気がする。
「そういえば、その爺ちゃんってゲイでさ、恋人を後任の社長にしたんだよ、知ってた?」
――残念な見解を聞いてしまった。
未だ日本人は、性的嗜好の多様性への寛容さに乏しいようだ。
「はあ…9000年前から知っていました」
「…9000年?」
美歩が怪しげな顔をした。
リダリ隊長を馬鹿にされたようで頭にきて、つい口が滑ってしまった。
リダリ隊長(井田会長)はバルーラだから同性を恋人に選ぶのは当たりまえだ。
異性を恋人にしたらノルラになってしまう。
日本人は異性を恋愛対象とする人が正常で、同性を恋愛対象とする人を異常とみなす傾向が強い。
一方、イダフでは、異性を恋愛対象とするノルラは多く、同性を恋愛対象とするバルーラは少ない。
似たように思うかも知れないがこの二つは大きく違う。
日本人が正常と異常で判断するのに対し、イダフは単なる数の判断でしかない。
分かりやすく言えば、イダフではノルラとバルーラの違いは、日本人でいうところの血液型の違いのようなものだ。
血液型がA型だから几帳面とか、B型だから大らかと判断するようだが、それでも、日本人が血液型の違いで、誰かを差別することはない(はずだ)。
それと同じで、イダフではノルラとバルーラを区別はしても、差別はしない。
――まて
以前の俺はこんなに簡単に頭に来ただろうか、相手が美歩だと感情が表に出やすくなる。
「そういえば、9000年前といえば…」
美歩は口角を上げ、何か大事なことを言おうとしていた。




