第3話 封じの氷柱
目が覚めた。
あれっ
俺は立ったまま寝ていたようだ。見回すとどうやら箱の中にいるようだ。しかも、横になっているのではなく、立ったまま白い棺おけに入れられている感触がする。
――治癒の氷柱
俺はそれに思いあたった。
治癒の氷柱とは、重症患者をそこに入れ、自然治癒を促す機械だ。病院や戦場など病人や怪我人が出る場所では普通に見かけるものだ。
たとえ未知の病であっても、運がよければ、治癒の氷柱に入れておくだけで、本人の治癒力で治ることがある。
自然に治らない場合でも、治癒の氷柱に入っている間は病気の進行が抑えられるので、その間に医者たちが治療方法を探すことが多い。
形は底辺が六角形の直方体であり、見た目が水色で氷の柱に似ていることから、氷柱と呼ばれている。
正式名は…忘れた。
俺が目覚めたからだろう、氷柱の蓋が開いた。冷気が床をはって白い煙を巻き上げたが、すぐに収まった。
ゆっくりと柱から出た。
床はなめらかで裸足に張り付くようだ。注意して歩いたが、どうしても足がふらつく。どうやら、長い期間歩いていなかったようだ。どれくらいの間、氷柱で寝ていたのだろう。
いや、そもそも、なぜ寝ていたのか?
――あの唾にやられたのだ。
そう気づいた途端、俺の体がかっと熱くなった。体温が上がり、汗ばんできたのがわかった。
あれから、どうなった。俺無しでどうやって魔皇帝アカムスに対処したのだ?
いったいどういう状況なのか知りたくなった。反射的に懐に手をやる。愛剣ドロガは無かった。氷柱に入っていたのなら、剣など持っていないのは当たり前だが、このときは納得できなかった。
「丸腰かよ」
思った以上に独り言が響きわたった。ここはさっきの貨物室では無い。
だだっ広い部屋、いや、部屋というよりは堂といったほうが適切な広さだった。
しかし、照明の数は少なく、天井から五本の光が氷柱だけを照らしており、周囲は暗く、周りに何があるのかよくわからない。
堂内は、俺が入っていた氷柱を合わせて、五本の氷柱が立っていた。
大きな氷柱を中心にして、それを守るように、囲むように、四方に氷柱が立っていた。そして、その内の一つは赤黒い色をしていた。
「封じの氷柱……使ったのか」
俺は思わず口に出していた。
――封じの氷柱
治癒の氷柱を軍事目的に転用したものだ。その中に魔法士を収めることで、魔法士を何年も眠り続けさせる一方、眠る直前に発動した魔法を維持させることができるという、なんとも都合のいい機械だ。
効果は十分だが、魔法士を兵器や部品として扱うことから、人道から外れた機械と呼ばれている。こんな機械を作らなければならなかったのが、戦争というものだ。
ハコネは封じの氷柱に入ることを承諾していた。
アカムスを長年に亘って封印するためなら、自分が犠牲になっても構わないという貴族としての使命感だ。
俺やリダリ隊長、ママナーナも入ることを承諾していた。ハコネには及ばないが、他の三人もそれなりの魔術士としての能力は高い。
ハコネの魔力だけでアカムスを抑えきれなかった場合は、それも選択肢に入っていた。
いつ入ったのだ?
俺は床を見た。封印用の真言が書かれていた。黄金と風の結界真言だ。
上級者が使用するものだが、比較的広く知られた封印魔法であり、威力にも定評がある。
魔力の強いハコネが使えば、一人でアカムスを封じることのできる優れた魔法真言だ。
そうなれば、中央にある柱には封じられる対象、魔皇帝アカムスがいるはずだ。
俺は意を決すると、中央にある氷柱に少しずつにじり寄った。俺の位置はちょうど氷柱の背面になっており、中が見えない。
俺は中央の氷柱を中心に円を描くように少しずつ歩を詰めた。
作戦が上手く運んでいれば、四肢を刎ねられ、霜に覆われた状態のアカムスがいるはすだ。俺は少しずつ中を覗ける角度まで位置を少しずつ変えた。
しかし、中を覗くよりも早く、俺は状況を理解した。
蓋は開いており、中は空だった。
逃げたのだ。
とっさに俺は懐に手をやり、愛剣ドロガを抜く、今まで何百回も何千回と繰り返しできた動作だ。
しかし、ドロガは無い。
さっきも同じことをしてわかっているはずだが、それでも同じ動作をしてしまう。今度は冷や汗が吹き出てきた。
近くにアカムスがいれば、素手か魔法での戦闘となる。俺の魔法は五段、イダフ随神拳は院代の腕前だが、アカムスと戦うには少し弱い。
――勝ち目がない
これは怯えたのではなく、客観的に戦況を判断したのだ。
他の柱をみる。他の柱は全て封じの氷柱だ。正面の柱の蓋は固く締まっている。中ははっきりとは見えないが、背丈や髪型、流れている魔力の感じからハコネだと判断した。
残りの氷柱も確認する。左右の柱は両方とも空だった。
状況が理解できない。
俺は一旦、この堂から出ることにした。外に出て情報を集めなくては、何もできそうにない。
一刻の間、俺は堂内を歩き調べた。
わかったのは2つ、この堂が円形であること、そして出口がないことだ。
出口らしいものは正面の壁にあった。それには取手も鍵も無く、壁を一度くり抜いて、元に戻した感じのものだ。内側から開くようには見えなかった。
ふと気づいた。これは牢屋ではないのか。実は封印されているのは俺たちなのではないのかと。
俺はその場に座り込んだ。