第33話 章末話~新しい名前
「…先輩、五十川先輩」
うつ伏せに倒れている五十川先輩を前に、
俺は呼びかけながらも足は震え、立ちすくんでいた。
それでも、倒れている五十川先輩になんとか近寄って、治癒魔法をかける。
まずは治癒魔法。これがイダフの救命措置の基本だ。
傷口を塞ぎ、出血を止める。
同時に井田会長に電話した。自分で何と言ったか覚えていない。しかし、リダリ隊長はとても落ち着いており、すぐ行くから、救急車は呼ぶなと言った。
救急車を呼ばないことに引っかかったが、
とにかく、言われたとおりにする。
――早く来てくれ。
呼吸をしていないんだ。
脈もないんだ。
――五十川先輩が死んでいるんだ。
必要なのは蘇生魔法だ。
蘇生魔法――俺は一度だけ学んだ。
でも難しいから面倒くさいからと、その時以降、蘇生魔法の練習をやめてしまっていた。
剣士は魔法五段まで使えれば十分だと周りから言われたからだ。
でも、五十川先輩を見殺しにはできない。以前、学ぶのを諦めた蘇生魔法真言を思い出す。
詠唱する。
身体から魔法力が根こそぎ吸い出されるのを感じた。
横たわる五十川先輩に魔法を注ぎ込む。
反応はない。
もう一度だ。
自信はないが、思い出せ、絶対に。
一言一句間違えないように詠唱する。
再び、俺の身体から魔法力が吸い出される。魔法の容れ物である俺の身体も削り出すような感覚が俺を襲った。
視界がかすみ、意識が途切れる。
これって、魔皇帝アカムスに唾を吐かれたときの感覚に近いなあ、と余計なことを考えた。
「…気がつきましたか?」
俺を覗き込む井田会長の顔が俺の眼前にあった。
意識を失っていたのだ。
俺は気持ちでは飛び起きたつもりだが、身体がついていかない。実際にはとてもゆっくりと上半身を起こしていた。
近くには、五十川先輩が横たわったままだ。
「ハオ殿、あなたも駄目かと思いましたよ、そんなことになったら全て台無しです」
リダリ隊長が安堵したように言った
俺は五十川先輩を見て、リダリ隊長を見た。
隊長は首を横に振った。
「五十川くんは残念でした。昨日の時点で死んでいたようです。どんな蘇生魔法も間に合いません」
「じゃあ…」
俺は認めたくはなかった。しかし、冷たくなった現実がすぐ目の前に横たわっていた。
五十川先輩は死んだ。
日本で人が死んだとき、どうすればいいのか、俺にはその知識がない。
種にはあるかも知れないが、読む気力も無かった。
「じゃあ…これからどうしたらいいんですか」
井田会長の指示に従う。
この国のやり方だと言って、会長はその場で読経を始めた。
俺もこの国の流儀に則り、手を合わせた。
――祭壇の類は設けないんだな
読経が終わると、井田会長は消去魔法が使えるかどうか、俺に聞いてきた。
俺は少し戸惑った。
まず、俺はさっきぶっ倒れるほどの蘇生魔法を使ったばかりだ。
しばらく魔法は使えない。
そして、やり方に疑問があった。
魔族になった日本人男女の死体の始末をした時と同じではないか。
――これはおかしい。
[本当にこのやり方であっているんですか]
気づくと俺はイダフ語で問いかけていた。
[どういう意味かね]
いつもなら、日本語で、と注意するリダリ隊長もイダフ語で応じてくれた。
イダフ語で話すと隊長らしさが格段に上がる。
普段の好々爺とは大違いだ。
俺の背筋が伸びた。
[これって魔族を始末したときと同じやり方じゃないですか、これで良いんですか]
[彼は親も親戚もいない。友人もほとんどいない。正式な手続きを踏めば、彼は正式に死んだことになってしまう]
――言っていることが何かおかしい。
[正式に死んだことになってしまうって、死んだのだから、当然じゃないですか]
[いいかね、ハオ殿。この日本で怪しまれずに生きるには、戸籍というものが必要だ。私も戸籍を手に入れるのには苦労した]
[言ってる意味がわかりませんが…]
半分嘘だった。リダリ隊長の意図はわかりかけていた。
[ひと昔前なら、戸籍の売り買いもできた。しかし、今それをやると必ず足がつく。誰にもバレないようにやるには、誰かと入れ替わるしかないんだ]
俺は息を飲んだ。まさか、そのために五十川先輩をこ…。その先が聞けない。
[そんなとき、私の会社に身寄りもなく友人も少ない、しかも、余りネット上に写真や動画を残していない青年がきた]
――五十川先輩だ。
[ハオ殿、君が入れ替わるには、絶好の相手なのだよ]
[まさか、隊長、五十川先輩を]
殺したのか、
という言葉は飲み込んだ。
[ばかなっ!]
リダリ隊長は苛立ちをあらわにした。
[いくらなんでも、何の罪も無い、無辜の日本人を殺したりするものかっ]
久々にリダリ隊長に怒鳴られた。
しかし、息が切れたらしい。荒い呼吸を繰り返してからこう続けた。
[彼は近々死ぬ運命にあった。私にはそれがわかる。私が銀の羽衣師団で何と呼ばれていたか、知っているだろう?]
[…余命読みのリダリ]
この人は五十川先輩の寿命が見えていたのだ。
[君は今日から、五十川 護 だ。そう名乗り給え]
そういい終わると、リダリ隊長は消去魔法の詠唱を始めた。
五十川先輩の体が光の粒に変わり始めた。




