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第32話 コンテナ#5650

『ほっほう、それで慌てて電話してきたというわけですね』

 井田(いだ)会長の話はいつも以上にのんびりとした様子だった。もしかしてボケが始まったのだろうか。

『慌てなくてもいいです。引越しは二週間先ですから』


 いやいや、慌てるだろ。

 こういう時に同居するのは、年の近い魅力的な女性と決まっているはずだ。

 日本のマンガやアニメならそれが定石だ。実際、俺が観たアニメはみんなそうだった。


『ほっほう、それはアニメとかドラマの話でしょう、現実は違いますよ』


 ちょっとまて、まって。

 おねがい、待ってください。

 俺と五十川(いそかわ)先輩をどれだけ密着させる気なんですか。


 職場と家が一緒というのは、あまり良いことではないと思います。

 ちゃんと公私の区別をつけられるような環境を作らないと、よい職場にならないと思います。


 そんな噛み合わない会話をしていたら、井田会長は適当なあいづちをうってから電話を切ってしまった。


 仕方ない、明日、五十川先輩に聞いてみることにしよう。



 そして、翌朝

 五十川先輩に聞いてみた。これもまた話が噛み合わない。


 でも、あきらめずによくよく聞いてみると、次のことがわかった。


 1.会長命令、五十川は今の場所から転居せよ。理由は契約問題だけど詳細は割愛

 2.喜べ、転居先は今よりいい物件。気になる差額は会社持ち

 3.退居は今すぐ、入居は二週間先だ。悪いな

 4.でも心配ない。それまではホテルを用意する。これも会社持ちだ。


 引越しの手間はかかったが、大恩ある会長のいうことなら、


 はい、喜んで。


 ということらしい。

 荷物も少ないから、荷造りはすぐに終わったそうだ。


 ダンボール6箱の荷物が、日本人の相場で多いのか少ないのかはよくわからない。


 ホテルは以前俺が泊まったビジネスホテルに泊まるそうだ。朝食のビュッフェが良かった気がする。

 どうして、その荷物を俺のところに運んできたのかよくわからなかったが、二週間後に業者が取りに来るのだろう。


 つまりは、俺の家を一時保管場所にしたということだ。

 少し怒りを感じたが、俺の家、俺の家だと主張しても、もともと、井田会長が手配してくれた場所だ。あまり文句を言うのも筋違いだ。

 五十川先輩には俺の家に荷物があることは伏せておいた。取りに来られても困るからね。


 そんな余計なことを考えながら仕事をすると、ろくなことはない。

 時には怪我をすることさえある。

 俺は一番上の棚から、部品を収めたコンテナが落ちてきたのに気づかなかった。


「あぶない」

 五十川先輩の叫び声が聞こえた。


 見上げると俺めがけて、部品の入ったコンテナが落ちてきた。

 しかし、とっさに防御魔法を展開して、楽々と片手で受け止めた。


 さすが、俺。


 枚田(まいだ) 波央はおとは、世を忍ぶ仮の姿、

 その正体は蓮華流剣代王ハオウガ=マイダフ――口には出せないが。


 以前、魔族たちの罠に備えて訓練したのが役に立った。

 魔族の罠には、上から重いものを落としたり、落とし穴だったり、落ちものが多い。


 しかし、俺が軽々と受け止めた様子を五十川先輩が呆然とした目で見ていた。

――やばい、魔法がバレた。

 俺も別の意味で呆然となる。


「あれっ?そのコンテナって#(ナンバー)5650だよね、そんなに軽かった?」

 五十川先輩は意外だという口ぶりで言った。


――助かった

「ええ、軽いですよ」

 そう言いながら、俺は何気ない素振りでコンテナを棚に戻す。

 120キログラムが日本人にとってどれくらいの重さかは知らないが、俺にとっても魔法無しではかなり重い。こうなったら軽いコンテナだったと誤解してもらうしかない。


 そもそも、どうしてコンテナが俺に向かって落ちてきたのか。

――まさか、五十川先輩に試された?



 翌日、俺は休みをもらった。今週は閑散期で問題ないそうだ。

 理由ははっきりしない。なんとなく休みたかったのだ。仕事で疲れが溜まっているわけではないが、見えない台本に操られて慣れない芝居をさせられている、そんな気がしたのだ。


 ちなみにイダフにも芝居はある。俺は専ら見るほうだった。

 そういえばハコネが芝居で何かの賞を受賞したと聞いたことがある。

 俺は見たことはない。


 俺はこの日を丸一日訓練に当てた。

 魔法の練習をし、イダフ随神拳の型(院代の位持ってます)、そして剣は素振りと型だ。


 日本人とは、女神イダフを知らない哀れな民だ。

 そんな民族の法律や文化に、イダフ人である俺が追随する意味があるのだろうか。

 それは俺の本当の意志じゃない。

 リダリ隊長に言われて、何となくやっている。


 そう、俺がずっと感じ続けているのはこの違和感だ。


 だからと言って、いきなり会社を辞めるわけにも、

 井田会長(リダリ隊長)の下を離れるわけにも行かない。


 しかし、身体を目一杯動かしたら、気持ちが楽になった。

 俺はそのまま床に入り、そのまま寝た。


 翌朝、すっきりとした気持ちで会社へ向かう。

 疑問があっても、目の前の仕事に誠実に取り組もう。


 いつもより1時間も早く出社した

 と思ったら、鍵が開いていた。


 五十川先輩はそれよりも早くに来ていたようだ。

――こんなに早い時間に何をしているのか


 俺は気配を隠して、倉庫に入った。

 五十川先輩が何か怪しいことをしているかも知れない。早朝、会社で、というのは盲点だった。


 中に入ると、少し嫌な臭いを嗅いだ。最近嗅いだ気がする。

 五十川先輩の姿を捜す。


――いた。

 向こうの棚から足が見えていた。

 倉庫の中で寝ている。

 徹夜で何をしていたのだろうかと覗いてみた。


 嫌な臭いが強くなった。

――違う、これは血の臭いだ


 足元にコンテナが落ちていた。

 一昨日、俺が魔法で受け止めたコンテナ#(ナンバー)5650だ。


五十川先輩(いそかわせんぱい)…」

 返事は無かった。


 コンテナの(かたわ)らに、

 頭から血を流した五十川先輩が倒れていた。

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