第31話 五十川先輩の秘密
「どっ、どうしたの?枚田くん、なんかぼくのことジロジロ見てないかい?」
「そんなこと無いですよ、五十川先輩」
「そんなことあるよ、なんだい、急に先輩って呼んだりしてさ」
「いえいえ、先輩は先輩ですから」
二ヶ月目に入ると、俺は大抵の仕事は一人でできるようになっていた。先週は五十川先輩に一日年休を取ってもらった。
それくらいできた余裕を全て、五十川先輩の観察に当てた。彼の秘密を探るためだ。
色々と予想する。
- 実は魔術士
- 実は銃の名手
- 実はイダフ人
- 実は魔族だがリダリ隊長の部下
- 実はイダフ人の転生
- 実は異能力者
どれもあり得るが、どれも俺を納得させるものではない。
希望を言うなら、魔術士でイダフ人で美少女というのが理想だが、それは突拍子も無い話だ。
五十川先輩をどう変形させても美少女にはなりえない。
井田会長に聞いてもいいのだが、聞いたら負けのような気がするし、そもそも教えてくれないだろう。
『ほっほう、そんなこともわかりませんか』
井田会長の声が聞こえてきそうだ。
彼の年齢は俺と10ヶ月違いで、実年齢に大差はない。ただ、こちらの学年という尺度でいうと一個上になる。
そういう場合、「先輩」と呼ぶと日本人にはとても受けがいいらしい。俺も真似してやってみた。
効果はてきめんだった。先輩もああ言いながらもまんざらではない様子だ。
しかし、五十川先輩は会社ではボロを出さなかった。
そう、何か特殊な力や異能がある様子を見せなかった。
仕事ぶりも先月と変わりない。むしろ、俺に教える時間が減ったせいか、ミスが少なくなっている。
そうなると、会社の外での様子を探るしかない。
――尾行だ
俺は休みの日を狙うことにした。何かの書類に住所が書かれていたので覚えていたのだが、それが役に立った。
土曜日の未明、俺は五十川先輩の家(二階建てのアパートというらしい)の前で張り込みを始めた。
月初と月末の土曜日は出荷が多くなるので半日出勤があるが、それ以外の土曜は丸一日休みである。
動きがあるなら今日のはずだ。
俺は物陰に身を隠し、例によって締心術を自分にかけて、人に見られても、人の気に止まらないようにする。
昼になったが動きはない。
今日はどこへも出かけないのかと思ったら、午後1時をすぎた頃、自転車に乗った五十川が出てきた。
――あ~あ
少しがっかりする。聞いていた通りで予想通りの行動だ。
後を追う気も無くなっていたが、それで少し待ってから俺も自転車に乗った。行き先は分かっている。
ラーメン屋 出汁之国だ。
ラーメン大好き五十川先輩が、この時間に行くところはただ一つ。
遠目に店を見たら、長めの行列の後ろに五十川先輩が並んでいた。
五十川先輩魔族説が正しい場合、店内で店長の所 剣星と何かしらのやり取りをしているはずだが、店内に入るわけにはいかない。前回の一件で俺の面は割れている。五十川先輩を魔族とみなす判断材料を手に入れるのは無理そうだ。
そんなことを考えながら、ラーメン屋の近くで待っていると、こちらを探る気配が頻繁に飛んできた。
所 剣星だ。俺が近くに来ていながら、店内に入らないので怪しんでいる。こちらの動きを探っているようだ。
もう少し近くで見ていたかったが仕方ない。俺は所 剣星に何か仕掛ける気はない。少し下がり店から距離を置く。
すると、所からの探りは止んだ。俺が奴の店を襲撃するとでも思っているのだろうか。
五十川先輩は店を出ると、家電量販店に行き、家具や生活雑貨の店を見て帰った。どれも、ちょっと見てみましたという動きだった。店員に話しかけられたら、すぐに逃げていた。
尾行に気づかれたのだろうか。
五十川先輩が午後3時に家に戻ると、ちょうど誰か彼を訪ねてきた。
何かを渡している。ダンボールのようだ。箱にする前の状態だから、中には何も入っていないだろう。見たところ、引越業者のようだ。
引っ越すのかと思ったが、井田会長が保証人になってくれた物件を、わざわざ引っ越すとは思えない。大きな荷物を送るつもりなのだろう。
結局、夜まで五十川先輩は外出しなかった。午後9時に俺は引き上げた。
今日を一日無駄にした気がする。
明日はどうするか。
いや、無駄ではない。五十川先輩が潤いのない平凡な日常を過ごしていることはわかった。
俺と同じだ。
だから、明日も同じことをする気力は無かった。とても無駄なことをしているような気がしてきた。
リダリ隊長が何かたくらんでいるとしても、それを俺に隠しておきたいのなら、無理にあばく必要はない。
そんな暇があれば、家には片付けるべき場所がたくさんあるし、機器の調整をしたほうがいい。
――はあ、何をやっているんだろう
俺は不貞寝した。
すっかり寝過ごしていたようだ。
日曜日の昼前、俺は扉を叩く音で起こされた。
魔族の感知警報は出ていない、人間だ。
隙間から見ると、引越業者のようだ。
まさかと思って扉を開けると、業者は何かわかりにくいことを早口に説明したあと、中くらいのダンボール箱を8箱置いて帰っていった。
もちろん、俺への贈り物ではない。
仮に贈り物であっても辞退しよう。
さて、箱をよくみると、「五十川 1/6」とか「五十川 2/6」と大きく書かれていた。見たことのある筆跡だ。そういえば、彼は引越し業者からダンボールを受け取っていた。
――えっ
五十川先輩が引っ越して来る、
ここに?




