第29話 後始末
脱ぎ捨てた作業服をもう一度拾い上げて着た。
めまいの残る頭で表に出ると、死体を倉庫の中に引き入れた。
時刻は午後6時を過ぎていた。ここは人通りがほとんど無いが、それでも誰かに見られた可能性はある。
俺は憐れな男女の死体を見下ろした。
少々雑に扱ったせいか擦り傷がついている。ドロガ二式の性能だろうか、切り口からはあまり血が流れていなかった。
――日本人に転生した魔族
魔族であるが日本人、日本人であるが魔族、なぜ、この日本人に転生したのか。
魔族がこの日本人に転生したばかりに、この日本人の男女は、俺に真っ二つにされて人生を終えた。
昨日まで、俺はこいつらを斬るのを楽しみにしていた。片隅にはこれまでに奴らが捨てていったゴミを別のゴミ袋に溜めてある。
しかし、死体を見ても、勝利の喜びを感じなかった。
魔族覚醒が本人の意志だったのか。
あるいは、俺と言う存在が、その引き金を引いたのか。
こいつらがどうやって魔族になったのか、そんなことはもう分からない。
まあいい、こいつらは明らかに俺を殺しにかかってきた。
だから、仕方なく殺した。
それでいい。
――いやよくない。これじゃあ、俺が悪役だ
彼らを斬った瞬間、俺はある種の嫉妬にかられていた。
恋人達に斬りかかったマビル、見苦しいことこの上ない。
俺ってなんだろう。
そんなことを考えていると、自動車が止まる音がした。
この家に自動車で乗り付けてやってくるのは一人しかいない。
俺は扉を開けて、井田会長を迎えた。
タクシーを降りたところだった。
「あー、確かに魔族の顔ですね」
死体の顔を覗き込んだ第一声がそれだった。次に感知警報を見た。
「黒警報も出てますね、魔族確定です」
「かなりやられたようですね、怪我はどうですか?」
「3発くらいましたが、大丈夫です」
――ええ、負傷はしましたが、やられてなんかいません。
「でも、ひどい顔をしていますね。これから後片付けをしてもらいますが大丈夫ですか?」
「はい…」
――やられてませんから、大丈夫です。
井田会長は、リダリ隊長の顔になった。
「さて、やり方を教えます」
まずは身元の分かるものの確認として、彼らのスマートフォン、財布を取り出した。
「一応、名前は控えておきましょう。もちろん種にですよ」
俺は見た内容を頭の中にある種に書き込んだ。
「スマートフォンは厄介ですね、最後の位置情報がここで途切れていたら、絶対怪しまれます。忘れ物にしてしまいましょう。まず、その血だらけの作業服は着替えなさい」
着替えている間、リダリ隊長は彼らの遺留品を見ていた。
俺はICカードを受け取ると、自転車で駅に向かい、指定された鉄道会社の路線に乗った。
一つ目のスマートフォンを上り電車のわかりにくい場所に置いて降りると、帰りの下り電車でも二つ目のスマートフォンを同じようにして降りた。もちろん、指紋はつけなかったし、締心術をかけておいたので、そんなに注目は引かなかったはずだ。
簡単なことだが戻ってくるのには1時間はかかった。
家に戻ると、洗濯機の稼働音と香の香りがした。
「ご苦労でした。うまく行きましたか?」
「はい」
「悪用するような人間がスマートフォンを拾ってくれるといいのですが、善良な人が見つけて警察に届けられると面倒ですね、まあ、これは運ですから」
魔族の死体は少し姿勢が変えられていた。
二体とも仰臥して、両手が腹の上で組み合わされていた。
「ああ、魔族に堕したとは言え、私たちがいなければ魔族覚醒しなかったかも知れません。せめてもの慰みにお経を読んでいたのです」
俺は肯くことしかできなかった。
「では、始めてください」
俺は消去魔法を詠唱した。男の体が光の粒に変わり、その光は蒸発するように消える。続いて女の体も光の粒に変わり始めた。
途中、効果が切れそうになったので詠唱を何度か繰り返した。
5回目の詠唱で、彼らの身体は消え去った。
「ご苦労でした。でも表に何か落ちていないか、探しておきましょう。掃除道具を持ってきてください」
「はい…」
俺は疲労困憊していたが、立ち上がった。
掃除が終わると、井田会長(リダリ隊長)はタクシーを呼んだ。
「ハオ殿、何か精の付くものでも食べますか?」
春の夜、少し夜風が肌寒かった。
「いや、いいです、遠慮します」
「そうですか。疲れているとは思いますが、明日は必ず出勤して下さい」
俺は嘘だろ、と言いたかった。明日は休もうと思っていたのだ。
「殺した翌日はいつも通りに出勤しなければ、万一のとき、日本警察に怪しまれます」
「はぁ…」
「納得できないかも知れませんが、我々にとっては魔族でも、彼らからすれば同胞です。我々にとっては正義でも、彼らからすれば犯罪なのです」
「魔族は日本人にとっても、害を為すだけなのに、なぜ、害を為す前に倒すことがいけないんでしょうか」
愚痴っぽい物言いになっている。
「日本人は魔族のことなど知りませんからね」
「見識の狭い民族ですね」
「ええ、そうです。品位や格というものを理解できない哀れな民です。でも、我々は彼らの世界に住んでいます。たとえ、彼らのルールが間違っていたとしても、それを尊重する気持ちを持たなくてはなりません。我々はザミダフではないのですから」
リダリ隊長は諭すように言った。
翌朝、軋む身体をなんとか起こして、出社した。
五十川 護には心配されたが、大丈夫といって仕事をやりきった。むしろ、いつもより早く正確にできた気がする。
昨日戦ったせいか、体が活性化している。
「枚田くん、何かあったの?」
「僕でよければ相談にのるよ、お金と恋愛以外でなら」
それじゃあ役立たずじゃねーか、と言いたかった。
若者の悩みの半分は貨幣と女のはずだ、日本では違うのだろうか。
だが、それは言わずに、ありがとうございますとだけ言った。
五十川はいつも親身になってくれる。
今の俺にはその気持ちだけでもありがたかった。




