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第2話 飛行艦ン・メノトリーの艦内で

 飛行艦ン・メノトリーは全長1000イダフィ、恒星間航行を想定した巨大な飛行艦だ。

 太陽系内での公試運転を終え、いよいよ、太陽系外にあるマキナフ星系への航行を準備していた矢先に、魔帝国ザミダフからの侵略を受けたのだ。


 ン・メノトリーは戦艦へ転用された。本来、この船は宇宙飛行士や科学者が宇宙を探索するために造られた。それを戦いの道具とすることに後ろめたさはある。

 しかし、他に方法は無かった。

 船は他にも多くあったのだが、アカムスは飛行艦が帰港する主要都市を消滅させた。

 運良く残ったのは、母港の無かったン・メノトリーだけだった。


「ここはどこだ」


 横柄な口調でアカムスは言った。

 貨物室には、俺とママナーナ、ハコネの三人がいる。リダリ隊長は艦橋だ。

 アカムスを抑えこんでいるのは、ハコネの封印魔法だ。手足を刎ねているとはいえ、いつ四肢を再生してくるかわからない。再生することは知っているが、再生速度までは知らないのだ。1秒で全て再生するのかもしれないし、実は1年かかるのかも知れない。とにかく情報が無いのだ。

 だから、俺は剣を、ママナーナは銃を構えている。その後ろではハコネが繰り返し封印魔法真言の詠唱をしている。


「せめて、客室へ連れて行かぬか、貨物室というのは、余に対して無礼であろう」


 魔皇帝という立場から言っているのかも知れないが、偉そうだ。


「ごめんなさい」


 ハコネがささやいた。

 もちろん俺たちにだ。

 アカムスに謝る必要はない。

 ハコネは封印魔法で動きを封じ込めてはいるが、自由に口をきいていることが気になるようだ。


「気にしないで、勝手に喋らせておけばいいのよ」


 ママナーナは倒れているアカムスから目を離さずに言った。


「お主、名は?」

 アカムスが俺に話を振った。

 俺は黙っていた。会話することで隙が生まれることは回避したい。


「余をここまで追い詰めるとは、お主の剣はたいしたものだ。先程の剣捌きからするとマイダフの家系だな、妙法流…」


――違うな、俺は蓮華流だ

 妙法流と蓮華流を間違えるとは、魔皇帝の剣の知識は浅いようだ。


「…いや、蓮華流だな」


 アカムスは俺の心を読んだかのように言う。


「だが、余はこんな男の剣に負けたのか」

 随分、失礼なことを言ってくれる。俺は蓮華流の代王だ。


「お主の剣は執着にまみれておるな、女に対する欲が凄まじい」


 ハコネが唾を飲み込む音が聞こえた。

 心配いらない。君じゃないよ、ハコネ。俺の目当てはママナーナだ。

 俺はママナーナのような綺麗な女性が好みなんだ。君も可愛いけど、可愛いよりは綺麗な女性が好きなんだ。わかるかな?


「なるほど、この後、そこの銃の女と同衾する約束でもできておるのか」


 その台詞を言い終わる前に、光弾がアカムスの口元に放たれた。

 撃ったママナーナは実に不機嫌な表情をしていた。口を塞ぐために撃ったのだ。しかし、封印されているとはいえ魔闘気は健在だ。俺の愛剣ドロガで魔闘気を切り開いてからでないと、重力光線銃は役に立たない。


 後ろではハコネが、そうだったんだ、と何か納得したような表情をしている。


「ハオ、舌を斬り落として」

 ママナーナの口調が実に厳しい。


 しかし、それは出来ないのだ。

 この戦争を終わらせるには、アカムスの顔を晒したうえで封印してみせることに意味がある。

 人間に封印される無様で無力な魔皇帝の姿を全世界に放映することで、魔族たちの士気を挫き、戦争を終わらせるのだ。

 顔を損壊させては意味が無い。

 これは当初から決まっていたことだ。


 俺は無言のまま、剣を構えている。

 ママナーナは怒っていた。気づけば、アカムスの四肢の切り口に光弾を放っていた。

 魔皇帝アカムスは苦痛に耐えかねた表情をしていたが、口は止まらなかった。


「ふん、図星か」


 ン・メノトリーが目的地に着くまで、半刻ほどある。しかし、アカムスは弁舌だけで状況を打開できると考えているようだ。


「しかし、剣士よ、銃の女はお主と契る気などはないようだぞ、残念だが、お前の独りよがりのようだな」


――えっそうなの

 俺はあきらかに動揺した。そして、ママナーナに視線を移した。


 笑いたければ笑うがいい、軽蔑したければ、するがいい。俺にとっては打倒アカムスと同じくらい、ママナーナとの「楽しい時間」が気になっていた。


 ママナーナは、何か用?という冷えた目で俺を見る。


 ハコネは、えっ本当は違うんですかと、俺とママナーナを交互に見た。


 その時、隙が生まれた。

 ほんの何秒か、その場の三人全員がアカムスから目を離してしまった。


 アカムスは俺に唾を吐きかけた。

 唾などたいしたことではない。人間の唾ならただ濡らすだけだ。相手を侮辱する意味はあっても、物理的な被害はない。


 しかし、魔皇帝を自称する男の唾だ。ただの唾液ではないはずだ。


 その時、全ての動きがゆっくりに見えた。俺の胸元にアカムスの唾が飛んでくる。

 剣を振り下ろしても間に合わない、左右どちらかによけても避けきれない。

 後方に飛ぶか、いや、ハコネにぶつかる。ぶつかった拍子に、封印魔法の詠唱が途絶えたりしたら、身も蓋もない。

 俺はアカムスの唾を少し引いて胸元で受けることにした。顔に直撃するよりはましなはずだ。なんとかなるだろう。


 イダフ大陸の東端には、笑いの海と呼ばれる大きな内海がある。昔から笑いの海と呼ばれていたが、理由は分からなかった。しかし、イダフ人が測量技術を得るようになると、人が笑ったときの口の形に似ていることがわかり、過去の人々の叡智に当時の科学者たちが驚いたという逸話がある。


 なんで、こんなことを思い出したのだろう。

 飛行艦ン・メノトリーは笑いの海の岸辺に降下を始めたようだ。

 俺は薄れていく意識の中でそう思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第1章第2話まで読ませていただきました。作中概念や用語、単位等非常に考えられている作品で素晴らしいなと思いました。 [気になる点] 単なる「破壊」と存在そのものの「否定」とで魔法を二つに分…
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