第21話 章末話~日本人との戦い
井田会長は一日早く帰ってきてくれた。あんな文面だったが、緊急事態だということは理解してくれたらしい。
俺は会長室を訪れると、棒状鬼狩りから、所 剣星と斬り合いになるまでの経緯を手短に話した。
井田会長は、うーん、と唸ったまま、目を閉じると、しばらく固まったように動かなかった。長考に入ったようだ。リダリ隊長がこうやって長考した後は、事態がどのように動いても、それにあった対応策を準備していた。今回もそうだろう。年をとっても、やはり隊長は頼もしい。
「……すーすー」
寝息が聞こえる。
「隊長、起きてます?」
「あっ」
驚いたように身体を震わせた後、井田会長の顔は少し赤らんだ。
考えすぎて、違う世界に行かれていたとしても責めるまい。もう、80歳のおじいちゃんなのだ。
しかし、隊長は寝ていただけではなかった。
「もしかしたら、私たちのときと同じことが起こっているのかも知れませんね」
「同じこと、ですか」
「ええ、私とママナーナ嬢が目覚めた時期にも、ザミダフの魔族が現れたのです」
――えっ、そんな話、初めて聞きましたよ、隊長
「魔族といっても、日本人に転生した魔族でした。心は魔族ですが、身体は日本人です。ザミダフの魔族のような、強い肉体を持ったものは、ほとんどいなかったので、駆逐自体は簡単でした」
井田会長は遠い目をした。
「それよりも、中身は魔族とはいえ、外見が日本人でしたから、倒した後が大変でした」
「というと?」
「つまり、死体も残らないように完全に消滅させるか、何か別の事故で死んだように見せないと、日本の警察は捜査を始めるのです。殺人事件としてね」
初めて魔族と戦ったとき、リダリ隊長は襲い掛かってきた魔族たち(日本人に転生)を槍で次々と仕留めたものの、死体をそのまま残してしまったことから、警察の捜査対象になったことがあるそうだ。
日本警察から見れば、急所を一突きにされた死体がいくつも転がっていれば、それは大量殺人事件であり、犯人逮捕のため、捜査に全力を挙げるのは当然のことだった。
当時、リダリは容疑者の一人として厳しい取り調べを受けながらも、捜査員達の真摯な姿勢を見て、ずい分葛藤したそうだ。
彼らに無駄な労力を使わせていることが、申し訳なかったらしい。
幸いなことに、リダリは逮捕されることもなく、事件は迷宮入りのまま時効を迎えたが、当時の捜査員の無念な表情が忘れられないという。
2回目以降の戦いはとても難しかったそうだ。
魔族はどういうわけか、リダリ隊長を見つけて、やってくるという。
最初から攻撃を仕掛けてくることは殆ど無く、些細な嫌がらせから始まるのだそうだ。そして、嫌がらせがしばらく続いた後、魔族としての記憶が一気に蘇り、過激かつ組織的な攻撃に発展する、というのが、典型的な行動だと教えてくれた。
「所 剣星は、転生したザミダフの魔族で間違いありません。しかも、魔族覚醒も済んだようですから、そのうち正面切ってやって来るでしょう」
「いつ来るかわからない敵を待つんですか」
俺は抗議するように言った。所 剣星を相手にただ待つだけだというのは大変不利だ。
「大丈夫です。住む場所もビジネスホテルから、対策の取れた場所に移ってもらいますから」
「対策の取れた…ということは、実績があるんですか?」
「ええ、ママナーナ嬢も一時期住んでいたところです。対魔族の防衛システムがありますから、夜はゆっくり寝られますよ」
ママナーナが住んでいた場所、と聞いただけで、俺はそこに住む気になっていた。
「わかりました」
そう答えるのに、俺はなぜかこみ上げてくる笑いをかみ殺さなくてはならなかった。
「仕事は予定通りやってもらいますね」
井田会長は予定を変えない方針のようだ。
「少しは日本人に慣れておかないと、魔族との区別に困りますから」
――翌日
ビジネスホテルを引き払い、指定された場所に行った。そこにあったのは一軒の廃屋というか、倉庫のようだった。
いや、廃屋とか倉庫とか決め付けるのは早計だ。対魔族の防衛システムがあるというのなら、そのように偽装しているだけだろう。
俺は井田会長からもらった鍵を鉄製の扉に差し込んだ。
耳障りな金属音を響かせて扉が開く。
中に入ると、湿った埃っぽい臭いが鼻をついた。長い期間、閉めきっていたことがわかる。
ここは倉庫だ。自動車20台は優における広さがあり、中央には部屋ほどの大きさの箱が座していた。よく見ると、飛行艦ン・メノトリーの個人居住室が、そのまま置かれていた。
――いったいどうやったのだろう。
イダフ製の一人乗り飛行車も置かれていた。これもン・メノトリーから持ってきたのだろう、武装も幾つか置かれていた。
――コマナ
ママナーナが使っていた重力光線銃コマナだ。俺は埃を払うと、手にとって構えてみた。弾が入っていない銃はあまりに手ごたえのない軽さだった。長く手入れをされていなかったせいか、引き金は固く、引けなかった。
彼女はどういう気持ちで銃を置いていったのだろう。
もう使うことはない、と決めたのだろうか。
ここで間違いは無い。
個人居住室に入る。生活に必要なものは揃っているようだが、全て埃をかぶっていた。ここに住むなら、まずは掃除からだ。
――うん、廃墟だ
俺はここを拠点にして、日本人に転生した魔族と戦うことに一抹の不安を感じていた。




