第18話 闇に潜む魔物たち
どんなに明るい世界にも夜は訪れる。夜は俺にとって眠りと安らぎの時だ。一方、この世には暗い世界でこそ生きるもの、生きられるものがいる。
光を好むものがあれば、闇を好むものもある。光を好むからといっても必ずしも善ではなく、闇を好んだからといっても必ずしも悪ではない。
俺の国には魔物という存在がいた。
魔物とは俺たち人間に害をなすものの総称だ。
その害は、単に気分が悪くなる程度から、命にかかわるものまで様々だ。
俺は魔物を狩っている。その殆どは棒状鬼だ。
誰に頼まれたわけでもない。俺が好きでやっていることだ。
俺の国の専門家がいうには、ゴタクは幽霊系の魔物である。人の妬みや恨み、怒りの感情が蓄積して実体を持つまでになった魔物だ。
その姿は等身大の藁人形というのが一番ふさわしい。しかも、日本の呪術において、藁人形はとても重要な道具として使用されているのだ。何か関係があるに違いない。
俺の国にもゴタクはいたが、ここまで数は多くなかった。日本人は妬みや恨み、怒りのような負の感情をこんなに溜め込んでいるのかと、怖れを感じたこともあった。
稽古を兼ねて、俺はやつらを斬りに出かける。自分の国では剣士をしていたが、日本では真剣を振る職業は存在しないと聞かされた。
日本は異国だ。井田会長の助けもあって、俺はかなり恵まれた立場ではあるが、それでも不満や鬱憤は溜まる。そういうときは剣に限る。剣を振っているときの俺こそが本当の俺だ。
深夜の人通りのいない町に出かけ、魔物たちを探し、遠慮なく狩った。藁人形の形をしていても、斬れば血や体液が飛び散る。しかし、この魔物たちは都合のよいことに、死体を始末する気遣いは不要だ。
翌朝、日光を浴びれば消えて無くなる。幽霊系の魔物の唯一の美点だ。
そもそも、ゴタクの死体が路上に散らかっていたとしても、それが見える日本人はまずいない。見えなければ無いことと同じだ。
やはり、稽古は大切だ。
最初、馴染まなかったドロガ二式だが、今は違和感なく振れている。
俺は二日ぶりに夜の街に出て、暗闇にまぎれてゴタクを狩った。狩られる側のゴタクの反応は様々だ。
・俺を無視するもの
・俺を見て逃げるもの
・切られるにまかせるもの
・抵抗して殴りかかってくるもの
俺はその日の気分で抵抗するものだけを斬ったり、逃げるものだけを斬ったりしていた。
この夜も1時間で61体のゴタクを骸にして、道路に晒した後、あと9体斬ったら終わりにしようと思い、一度刃をしまって剣を懐にいれたところだった。
「たまには藁人形だけじゃなく、もっと骨のあるのを斬ったらどうだ」
ふいに闇の中から声がかかった。
俺は驚いて、その場から飛び退いた。声がした方向は闇だったが、そこには一人の剣士が佇んでいた。
――侍
俺が思い出したのはその言葉だった。
編笠をかぶり、古い時代の日本人が着るような着物を着ていた。
腰には剣を二本挿していた。俺の剣とは違った。鞘のある実体剣だ。
――こいつ、できるぞ
久々に身の危険を感じる相手がいた。俺は反射的に防御魔法を立ち上げていた。
「何かご用か」
俺は声の震えを抑えながら言った。
「なあ、若いの」
サムライは俺に一歩近づいた。漆黒の影から少し出た身体に光にあたる。正にサムライと言える姿だった。俺は相手の間合いの外にいるはずだが、このサムライの間合いを俺は知らない。サムライの一歩に合わせて、俺は一歩下がった。
「最近、この辺りで亡霊狩りをしているようだが、それでは剣の練習にはならんだろう」
「どこぞの狂人のように人を斬るわけにはいかぬのでね」
自動翻訳機が変な言葉を選んでいる気がした。
「亡霊は斬ってもいいというのか? あやつらに悪気はないぞ」
「俺の国では狩ってもよいのでね」
「お主がどこの国のものか知らぬが…」
サムライは柄に手を添える。
「…少し控えたらどうか」
「真剣で練習をしている。ならば、何かを斬らなくては練習にならぬ」
「お主、やっていることはともかく、言うことはまともなのだな。流派を聞いても?」
「あなたの知らない流派だ、だから…」
言うだけ無駄とまでは言わなかったが、意図は伝わったようだ。
サムライはまた一歩にじり寄る。俺も同じだけ下がる。サムライの意図がわからない以上、サムライの間合いを取らせてはならなかった。
――何をしたいのかがわからない。
何かを崩すようにサムライは言った。
「そこそこ腕の立つ若いのが、調子に乗って無抵抗の亡霊を、戯れ半分に斬り捨てている姿は見苦しい…そういうことだ」
そこそこ腕の立つ…という言い方に、俺は頭にきた。
俺は蓮華流剣の代王である。剣の素人ならまだしも、このサムライは剣を知るものだ。そういう男が俺の剣をあざけるのなら、その後に何が起こるのかも覚悟しているのだろう。俺はその覚悟にこたえてやろう。
「闇の中で蠢くだけの邪剣が何を言うか。俺の剣をそこそこと言うのなら、その程度の剣にひれ伏す己自身を憐れむがいい」
自動翻訳機がやや暴走気味な気がするが、もう引くに引けない。
俺に斬られることを名誉と思うがいい。
「蓮華流剣、ハオウガ=マイダフ」
俺は名乗りを上げると抜刀の構えをとった。ドロガ二式の刃が滑らかに滑り出た。
「闇の中で蠢くのは、お主の方ではないのか?」
サムライはそういうと編み笠をそっと投げ捨てた。頬のこけた青白い顔が闇に映える。
歳は30代半ばくらいだ。日本人の容貌だった。
「妙法流剣、所 剣星。偽名だ、お主と同じくな」
――妙法流
イダフに伝わる剣の流派を、このサムライは名乗った。