第14話 リダリ隊長
俺はチカムラ氏と自動車に乗っていた。
自動車は俺が歩いてきた道を逆戻りしているような気もしたが、座席の座り心地は悪くない、チカムラ氏からは敵意も感じないので、座っていることにした。
彼はリダリ隊長より10歳くらい年上の男性だった。40代半ばだろう。イダフ人ではなく日本人のようだ。
部屋に通されると、丁寧な態度で席を勧められ、お茶が出された。
俺は目礼してお茶を飲んだ。チカムラ氏はしばらく俺の振る舞いを黙って見ていたが、その後、質問をいくつかされた。
氏名は
――ハオウガ=マイダフ
どこから来た
――地下の船
起きたのはいつ
――二日前
この場所をどうやって知ったのか
――種で読んだ
俺は種に書かれている通りの返事をした。
チカムラ氏は俺の答えに頷きながらも納得しきれない様子がありありだった。続いて、チカムラ氏は何か持ち物を見せてくれと言った。
種にない質問だ。もちろん答えも無い。
水筒や食料では説得材料に乏しい。俺はドロガを懐から出し、テーブルに置いた。
刃は出していない。
刀の柄のように見えますが、何ですか?
彼の質問に対し、俺は黙っていた。
剣だとは知らないのだ。
俺はこの日本人に見せてもいいのか、ちょっと迷ったが、俺は立ち上がると、柄を両手で掴み、抜刀の構えをとった。刃が滑らかに出てきた。
これでチカムラ氏は信じたようだった。
やはり、剣がなんとかしてくれる。
チカムラ氏はどこかに連絡すると、程なく自動車が迎えにきた。俺とチカムラ氏は後部座席に乗り込んだ。
自動車は大きな工房の前で止まり、俺は工房にある応接室に通された。
「しばらく、ここでお待ちください」
そういうと、チカムラ氏は出て行った。
――ここにも敵意はない
チカムラ氏の部屋よりはずっと立派な部屋だった。
この工房では何を作っているのだろう、人の働く活気ある気配に満ちていた。飛行艦ン・メノトリーを作り上げたイダフの職人達もこんな風に働いていたのだろうか。
失礼しますと声がして、女性が茶菓を持って入ってきた。俺を見て一瞬意外な表情になったが、その後は丁寧だった。しかし、俺を値踏みするように見たことは覚えておこう。
暖かい部屋にいて、茶菓で腹が満たされるとどうなるか。
俺は眠ってしまっていた。
「……」
俺が目を開いたとき、正面に一人の老人が座っていた。
頭頂部の禿げた白髪の老人に見覚えはない。
好々爺の佇まいだが、視線の強さには覚えがあった。
俺は自動翻訳を切った。
「リダリ隊長……ですか」
俺はイダフ語で尋ねていた。
「ほっほう、ハオ殿、お久しぶりですな」
返ってきた答えもイダフ語だった。
ようやく、俺はリダリ隊長の下にたどり着いたが、リダリ隊長は老人になっていた。
聞きたいことはたくさんあるが、何から聞けばいいかわからない。
俺が口籠っていると、リダリ隊長はイダフ語で話してくれた。
「ハオ殿、いきなりこんな爺が出てきて、びっくりしたでしょう」
「はい」
同意したのはびっくりしたという点であり、こんな爺という部分には同意していない。
「目覚めたのは、一昨日なんですね」
「はい」
「食べ物や飲みものはどうしましたか」
「ン・メノトリーにあったのを持ってきました」
「そうですか、ン・メノトリーから来たのですね。私はもう爺ですから、あの階段を抜ける体力はありません」
目の前のリダリはかなりの老体だ、あの熱い階段を抜けるのは難しいだろう。
「隊長は今おいくつですか」
「80になりました」
「80…」
次の言葉が出てこなかった。
「そう、80です。5倍の年齢差ですね。一昨日は2倍で今日は5倍、今日はポイント5倍デーですな」
何か冗談を言ったらしいが、意味がわからなかった。
「あれから、どうなったのか教えてくれませんか」
「あれから…とは」
あれで通じないことに、俺は苛立ちを覚えたが、リダリ隊長からすれば、ずい分前の出来事なのだろう。苛立ちを抑えながら俺は補足した。
「俺はン・メノトリーで気を失ってからのことを覚えていないんですよ」
隊長はほっほうと軽く笑った。
「そこからですか、そうですよね、ハオ殿にとってはそこからですよね」
「そうなんです」
リダリ隊長は、俺が倒れたときには貨物室にいなかったので、ママナーナとハコネから聞いた話だと前置きして言った。
魔皇帝アカムスが吐いた唾は即効性の猛毒のようなものだったらしい。猛毒のようなものというのは、結局、それが何だったのか分析できなかったので、あくまでも推測だそうだ。
ママナーナの治癒魔法では全く効かなかったらしい。ハコネなら治癒できたかも知れないが、アカムスを封印し続けるのに手一杯だったという。魔皇帝アカムスには余力があり、再生の早さとママナーナの銃撃が拮抗していたそうだ。
異常に気づいたリダリ隊長が、別の隊員と共に貨物室に駆けつけたときには、ハコネの封印魔法は限界、俺は半死半生、ママナーナの重力光線銃は弾切れ間近な状況だった。
リダリ隊長は、別の隊員と協力して、魔皇帝アカムスを封じの氷柱に収納したが、そのときも何人かが犠牲になったという。
ママナーナとハコネも封じの氷柱に入った。準備不足ではあったが幸いにも氷柱はうまく作動し、魔皇帝アカムスの封印にかろうじて成功した。
その後、俺を治癒の氷柱に収納すると、責任者である隊長自身も氷柱に入ったという。
封印が解けたり、中にいる魔皇帝アカムスが転生法を使って自らの命を絶ったりした場合には、氷柱から目覚めるように氷柱を調整していたが、リダリ隊長が目覚めたときには、魔皇帝アカムスの肉体は無かったという。
「私が目覚めたのは、イダフ暦9635年、ここでいう西暦1973年、43年前です」
ここまで話すと、リダリ隊長は疲れた様子で肩を落とした。
「隊長、お疲れなら続きは明日以降でもいいですから」
そういうと、リダリ隊長は表情を緩ませた。
「じゃあ、河岸を変えましょうか」
帰りはリダリ隊長の車に乗り込んだ。リダリはここでは会長と呼ばれているようだ。俺は何と呼べばいいのか聞くと、
「人前では、井田会長、と呼んでください」
そして、もうひと言付け加えた。
「ここからは日本語で話してくださいね」
俺は自動翻訳を起動させた。