第11話 ショッピングモール
京都を出てから、10,000イダフィほど歩いた。およそ2刻経っていた。日本の時間では4時間だ。イダフの1刻は、ちょうど、日本の2時間になる。
日時の単位を比較すると、
日本 :年月日時分秒
イダフ:年月日刻分秒
となる。1秒の長さは同じで、唯一違うのは刻と時、1刻は120分だが、日本では1時間が60分となる。
そろそろ、日が傾いてきた。今日中にリダリ隊長のところに着くのは難しい。夜通し歩いてもよいが、その場合、この国の官憲と接触する可能性が高くなる。
日本国とイダフの関係が十分に把握できないので、下手に官憲に関わるようなことは避けたい。
俺はイダフの貴族、しかもマイダフ家である。
日本国がイダフと友好関係であれば何の問題も無いが、敵対的であった場合、俺が政治的な駆け引きの材料として利用されかねない。
それはまずいのだ。
種にある注意事項では、日本国における官憲との接触は極力避け、避けられない場合には剣や魔法も使用してよいとなっている。
但し、殺傷は厳禁だ。
少々難しい注文だが、官憲の武装が火薬式の物理弾拳銃であれば、捌くのはさほど難しくない。
俺の脅威ではなさそうだ。
背嚢、日本語でいうリュックサックには携帯食と水筒が入っているが、水は残り少なくなっていた。階段を上ってくるときに、思った以上に飲んでしまっていた。
どこかで飲料水を調達しなくてはならない。
幸いなことに、自動翻訳は順調に稼働している。俺が視点を合わせれば、文字は翻訳され、説明文も頭の中に入ってくる。
日本人と直接の会話はしていないが、多分会話も問題なくできるだろう。
喉が渇いた。
それに階段をあがって、すぐに歩き始めたからか、かなり体力を消耗している気がした。
休憩が必要だ。
俺はここに来るまで、いくつか見かけた大型のビルが気になっていた。
――ショッピングモール
説明文によると、大型の屋内市場であり、食料や衣類、日用品など生活で必要なものは大抵購入できる。フードコートという広い簡易食堂もあるという。
食料は持参したものを食べるとして、便所や洗面台もあるようだ。うまく行けば、飲料水も調達できるかもしれない。
俺はショッピングモールに入る前に締心術をかけ直した。これで俺を気に留めるものは少なくなる。
人はあまり多くなかった。俺は自動階段を上がり、3階にあるフードコートへ向かった。食事の時間帯ではないのだろう。フードコートもガランとしていた。そこでは俺と同じ歳か年下の平民たちが飲み物と書物を広げて座っていた。
入ってきたとき、俺に視線を向けるものも何人かいたが、それ以上の注意や関心は向けられなかった。
そして、俺は見つけたのである。
――給水機だ
いきなり向かわずに周囲の状況を確認する。どうやら水は無料のようだ。掲示を見ると、ここで食事を買った人のためのようだが、厳しく禁止されているわけではなさそうだ。監視者や守備隊もいない。
さらに、紙製の器も無料で提供されるようだ。使い捨ての消耗品のようなので、それを使うのは遠慮するべきだ。俺はリュックの中から水筒を取り出して、一旦、中身を飲み干した。
そして、空になった水筒に給水機から水を注いだ。頂くのは水だけだ。紙製の器までは使用しないでおこう。無駄にモノを消費しないのも貴族というものだ。
視線に気づいた。
複数の視線が水を注いでいる俺に向いているようだ。なにあれ、という非難めいた声も聞こえた。
なぜかはわからない。締心術をかけているのだから、俺がよほど目立ったことをしない限り、赤の他人が俺を気に留めることはないはずだ。
日本人には効きが悪いのか、それとも俺がよほど変な行動をしているのだろうか。
とにかく目立ってはいけない。ここは未知なる異国である。俺は急いでフードコートから出た。
――さっきから逃げてばかりだ
型崩れした靴は相変わらず、歩きにくかった。
ショッピングモールを出ると、沈みかけた夕陽が見えた。そろそろ暗くなる。夜間移動するかどうか迷うところだ。
さっきまで、休むことを考えていたが、水を手に入れたので、少し楽観的な気分になっていた。
疲れは感じるが、体力的にはまだまだ持つ。このまま、夜どおし進むほうが人に誰何される危険は少ないが、その一方で魔物に遭遇する危険が増える。
種には日本で注意すべき魔物について記述はなかったが、魔物がいない地域とも記述されていなかった。
つまり、並の魔物は出ると考えた方がいい。
しかし、ここまで日本人を見る限り、魔物を倒せそうな者はいなかった。
それと京都は相当広いのだろう。城門も城壁も見当たらなかった。空中都市ならともかく、地上都市で城壁がないということはありえない。まして、リダリが首都たるべきというほどの京都が城外地ということは考えにくい。つまり、守備が強固なのだろう。だから、中にいる人間が緩くなっているのだ。
どんな城壁なのか興味がわいたが、調べるのは後にしよう。
俺はとりあえず先に進むことにした。ねぐらに適した場所があれば休み、なければ、そのまま進むことにした。
夜道を歩いていると、時折、自動車が俺の横を通り過ぎた。日本では人と自動車が同じ道を使う。危険極まりないことだ。イダフの城門内にはそんな危険な道はない。しばらく進むと公園があった。奥には屋根付の休憩所が見えた。
――まあ、いい、ここで寝るとしよう。
俺は屋根付休憩所の椅子に腰掛けると、魔物に警戒しながら、座ったままの姿勢で眠った。
――また感じる
どのくらい眠っただろうか、少し肌寒い。日はすっかり高くなっていた。
俺に向けられている視線に気づき目が覚めた。遠巻きに4、5人の女達がこちらを、正しくは俺を見ていた。視線にはうっすらとした敵意が漂っていた。
俺の名は、ハオウガ=マイダフ、蓮華流剣の代王である。
しかし、女達の視線に微かな恐れを感じていた。