第10話 日本国首都・京都にて
俺は日本国の首都・京都にいる。
飛行艦ン・メノトリーから地下の階段を上がったら、京都駅の前に出てきた。
観光地らしく旅行者らしい人々が多く行き交っている。彼らがどこを目当てに行くのは知らない。
しかし、この都市で一番の観光資源は、地下1500イダフィにあるイダフ製の飛行艦ン・メノトリーだとは、彼らは知る由もないだろう。
俺はここを起点に、リダリ隊長のいる大阪に向かう。
京都については観光地で出発地点、それ以外には、これといった情報は種に記録されていなかった。
その代わりに、リダリ隊長による独自の見解が添えられていた。もしかしたら、公式記録としては記録できない秘密情報かもしれない。移動する前に読んでみた。
――日本人はトウキョーという都市を首都と定めているが、それは間違いである。もっと首都としてふさわしい都市がこの日本にはある。
それは京都である。
京都には首都として相応しい品位と格がある。しかし、日本人はそういうところの機微を全然理解しないばかりか、理解しようとすらしない。
然るべき都市を首都と定めることは、国家の発展に寄与する重大事項であるにも関わらず、この国ではそのような知識について無知であり、かつ無知による誤った国家運営を行っていることから、国として発展こそしているものの、その実態はかなり歪な国になっている。
リダリ隊長は、京都の隣、大阪に居を構えていることから、何か思うところはあるのだろう。熱のこもった見解は以上のとおりだ。
階段での暑さに加えて、隊長の熱さにもあてられた体になった。
かたや、俺はここに来て5分。
この国を論評する資格も気力もない。
まずは自分の目で見て判断しよう。
京都駅の前に鎮座するビルに入る。京都駅ビルというようだ。
ビルとは日本語ではなく、英語という別の国の言語からきた言葉であり、正しくはビルディングというらしい。意味は建物であるが、特に、鉄と人口石、硝子で出来た建物をビルと呼ぶようだ。
英語は世界で広く使われている言葉だという。
イダフ語はあまり使われていないのだろうか。種にその辺りの情報は記録されていなかった。
京都駅ビル内を歩いてみたが、守備隊は置かれていないようだ。巧みに隠蔽しているのかもしれないが、殆ど無防備である。これではザミダフ兵が10人もいれば、簡単に制圧されてしまいそうだ。京都駅は乗降客こそ多いのかも知れないが、やはり僻地であり守備隊を置くほどの重要拠点ではないのだろう。
駅はイダフのそれと同じく公共輸送機関の発着場のようだ。珍しいことに客車がいくつも連結されている。まるで蛇のようだ。イダフでは客車を連結しない。
俺は自動階段に乗ると、改札に向かった。あの蛇の車に乗ってみたくなった。途中、ビルの中央を横切る長い階段があったが、階段は先程十分に堪能したばかりだ。しばらくは上りたくない。
ここまでの印象として、日本は大枠において仕組みはイダフの仕組みと似ているようだ。おそらく、イダフからの技術供与があったのだろう。こういうのはヤマイダフ家が積極的だった。そういえば、ハコネもヤマイダフ家だ。
「めーあいへーぴゅ?」
見知らぬ人が話しかけてきた。意味がわからなかったので、無視していたらもう一度同じ声がした。見ると若い女性だ、俺に話しかけているらしい、日本人だろうか。
ママナーナよりは年上のようだ。何か俺に用でもあるのだろうか。しかし、何を言っているか理解できなかった。
もし、自動翻訳がうまく動かないとすると、異国での活動が制限される。場合によっては、再調整のために、ン・メノトリーに戻らなくてはならない。
聞くのがだめなら話してみよう、俺から話してみる。自動翻訳よ、早く動いてくれと念じながら日本語を口にした。
「あ、何て言ってるか、わかりません」
その女性は眉毛を動かした。どういうわけか俺の目はその女性の眉毛に目がいっていた。
「日本語わかるんですね、どうしましたか?」
「えーと、電車に乗ろうと思って」
「切符の買い方わかります?」
「よくわかりません」
そういうと、その女性は切符の買い方を一生懸命に説明してくれたが、種の記録と殆ど違いはなかった。種に記録のない情報に、ICカードがあった。話を聞く限り、イダフで平民に多く普及しているルカスを交通機関に限定したもののようだ。
リダリ隊長が記録を忘れたか、重要な情報とは判断しなかったのだろう。
女性に言われて改札を見ていると、多くの乗客が電子音をさせて通過している。どうやら、ICカードを使うのは一般的なことのようだ。じゃあ、ICカードを買おうかと思った時、俺は重大なことに気づいてしまった。
俺はこの国の貨幣を持っていない。
つまり、何も買えないということだ。
リダフ隊長、肝心な装備が抜けてますよー。
俺の様子にその女性は何かを察したようだ。
「お金が無いのですか?」
何と答えるべきか少し迷った。
理由はわからないが、この女性は少しくらいの貨幣なら出してくれるようだ。
「ありません、でも、いりません」
お金が無いということ自体は別に恥ではない。お金があると嘘をつく状況でもない。俺は事実を伝える。しかし、物乞いと思われるのは貴族としての誇りが許さなかった。
そう言うと、俺はその場を早々に立ち去った。
逃げる俺の姿がその女性にどう映っているのかわからないが、みじめな姿に違いない。
俺はどうしようもない居心地の悪さとやるせない気持ちで人込みを避けて歩いた。予め自分に締心術をかけてある。人に見られても気に留められることは少ないだろう。
しばらく歩くと川があった。川辺に降りて座った。落ち着いて種を読む。
目的地はリダリ隊長のいる大阪だ。京都から大阪までは約28,200イダフィ。
俺の脚なら歩いても一日か二日で着く距離だ。列車に乗る必要は無い。
俺は歩いて行くことにした。