第99話 魔皇帝アカムス 対 ハオウガ
「一美、俺の後ろに」
俺は抜刀の構えをとりながら、古代イダフ語を唱える。
[実体化]
装備が形を成し、鎧が物質化する。
そして、久しぶりにドロガ一式を使う。
「ハオウガ…さん、これって?」
「後で話す、今は隠れていてくれ」
俺の強い口調に一美はたじろいだが、奴の気配でただならぬ事態と悟ってくれたようだ。
魔皇帝アカムスがなぜここにいるのか、どうやってここに来たのか、気になるところだが、この際細かいことはどうでもよかった。お前たち二人を始末すると言う以上、こいつは敵だ。
しかし、こんなときにリダリ隊長の『一度くらい話してみてくれ』といったことを思い出した。
「一応聞こう、なぜ俺たちを狙う?」
アカムスは目を見開いた。
「お前たちの子供が余に害を為すからだ。余は二度倒された。だが、とどめを刺される前に、余は時を飛び越えた」
「それで?」
「分起点であるお前を倒そうと、イダフ暦をずっと探したのだが、どの時間軸にもいなかった。まさか、こんな遠くの時間にいたとはな、おかげでずいぶんと…」
「魔力を消費したようだな」
俺は奴の代わりに答えた。魔皇帝アカムスは疲労している。
時間を移動する魔法を使ったに違いない。
「ほう、わかるのか、さすがだと褒めてやろう。しかし、お前たちを抹殺する余力は十分にあるぞ、覚悟するがいい」
魔皇帝アカムスは右手を向けると何かを撃ち出した。
爪銃弾だ。俺も使ったことがある。
防御魔法を展開して防ぎながら、俺は奴に近づいて行く。
奴の爪銃弾はさほど速くない、かわすことも剣で打ち落すこともできた。
――勝てる
俺がドロガの間合いに奴を捉えた時、俺は咄嗟に身を躱した。
間一髪、奴の左手から放たれた火炎が俺の脇をかすめていった。
火炎魔法を吐き出して硬直した一瞬を捉え、ドロガの一閃を走らせた。
鈍い金属音が響く。
奴の左腕の籠手は俺のドロガを受け止めていた。
「まさか!」
驚きが口に出た。
「まさかではなああい」
アカムスは俺を蹴り飛ばした。
「鎧も闘気も前とは違うぞ」
俺は10メートルほど吹っ飛ばされた。地面に跳ね返って三回転する。
「ハオウガさん!」
一美の悲鳴が響く。
大丈夫だ、この程度はなんともない。防御魔法も鎧も健在だ。
魔皇帝アカムスは悲鳴をあげた一美に視線を向けた。
「やはり! ヒトミ=マイダフか!」
アカムスは獲物を探し当てたような大きな笑みを浮かべながら、右手を一美に向け、爪指弾を一斉に撃った。
やばい、間に合わない。
一美は反射的に避けようとするが、彼女の動きでは避け切れない。
しかし、一美の身体に爪銃弾は当たらなかった。
当たる直前で、何かに跳ね返り地面に落ちた。
俺は大きく安堵の息を吐いた。
防刃の腕輪 が機能してくれたようだ。
「ふっ、イダフの花嫁だけに守りは固めてあるようだな、では」
言い終わる前に奴の手から火炎が上がり、一美に襲いかかった。
しかし、火炎も一美の手前で力無く消えた。
一美は顔を覆っているが、足がすくんでしまったようだ。
「こしゃくな…完全装備か」
一美に標的を変えたのか、そちらへ向かっていく。
アカムスが彼女を狙ったことに、俺は憤りを感じていた。
闘志に火が点いた。
俺は咆哮をあげ、一気に間合いを詰めて踏み込むと、ドロガの刃を奴の左腕に叩きつける。再び金属音が響いた。
さっきとは違う手応えがあった。
奴自身に刃は届かなかったが、籠手は破壊できた。
次は防げないはずだ。
――勝ち筋が見えた
アカムスは左腕に力を込めた。あれをやる気だ、
そして、そこにやはり隙が生じていた。
もう一度!
ドロガは奴の左腕を薙いだ。奴の左腕は血煙をあげ、地面を転がった。
やった!
しかし、魔皇帝アカムスの反応は淡々としていた。
「何を言っておる」
切断した左腕が俺めがけて飛んできた。
速い!
打ち落すことはかなわず、飛んできた左腕は俺の喉元を締め上げる。
視界には左腕を再生させたアカムスが左手を握ったり開いたりして感触を確かめているところだった。
「腕を斬り落として、勝ったつもりか?」
砕けた鎧もまた修復を始めていた。
「光線銃の女はいないのだろう。お前では結局かすり傷にもならん。それでも余に刃を立てるとは凄いことだ。改めて褒めてやる」
俺が奴の左腕を振り払ったとき、魔皇帝アカムスの左腕は再生し、鎧も元の姿に戻っていた。
切断した方の腕は霧のように消えた。
「いつまで持つかな、お前の体力が」
このままでは、圧倒的に奴が優位だ。
「じゃあ、こうだっ」
俺は奴の首筋を狙った。
直撃は防いだようだが、兜は跳ね飛ばされ、地面に転がっていった。
そうだった、以前の戦いでは生かしておくために四肢の攻撃に限定していたが、今はその必要はない。
一撃で首を仕留めてやる
アカムスの表情から笑みが消えていた。
「何をあせっている、魔皇帝さま?」
俺には違和感があった。
アカムスは以前より強く、こちらは前回は4人で今回は1人と劣勢だ。にもかかわらず、魔皇帝アカムスは焦っている。
「教えてやろう、余にかかっている時間移動魔法には時間制限がある。移動先にいられるのは666秒だ。時間が経つと自動的に元の時間に戻される」
時の魔法士が使った魔法とは違うようだ。
「そうまでして、この分起点に来た理由がわかるか?」
どうして自分に不利なことをわざわざ話す?
まさか!
俺はリダリ隊長が捕らえたアカムスと無駄話をしていたことを思い出した。
それに気付いたとき、アカムスの右拳には十分な魔力が集まっていた。
広域消失魔法!
いちかばちか、俺は持ちうる最速の刃でアカムスに斬り込んだ。