虎穴に入らずんば…
波乱に満ちた林間学校から1週間が経とうとしていた。
相変わらず私は"衣瑠"のままだ。
変わったといえば、少しずつだが母さんと会話をするようになった事だ。
あの日以降、仕事から帰宅してから私の部屋の前まできて"ただいま"と声を掛けてくるようになったのだ。
たまに一言二言会話もする。
まだドア越しだが大きな進歩である。
あとは…麗美さんも一緒に登校するようになったってことくらいかな…笑
今日も"私"の1日が始まる。
『おっはよぉー♪昨日さぁー…』
毎朝のテンションの高さには未だ慣れない。
莉結も朝から元気だが、麗美さんのテンションはちょっとだけおかしいと思う。笑
あと、何故そこまでして私に好意を寄せてくれるのかは分からないが、麗美さんはいい子だ。それだけはわかる。
特別気を遣うこともなく自然体で接せられる人間は私にとって少ないのだ。
その1人に麗美さんも含まれている。
未だ麗美さんの"正体"についての疑問は残るが今はこれでいいんだ。
莉結以外の"トモダチ"と登校する事なんて想像もしていなかったけど…
なんかいい♪
学校へ着くと少しずつ慣れてきたクラスメイトとちょっとした会話をしたりして今日も1日が過ぎていく。
そんな"いつもの"1日となる筈の放課後の事だった。
『衣瑠さんと莉結さんちょっといいかぁ?』
先生に呼ばれて行くと、とんでもない事を頼まれてしまった。
『このプリント天堂さんに届けてくれないかぁ?』
て…天堂さん?!なんで?!
「え?!だって天堂さんは他のクラスじゃないですか!!なんで私たちが?!」
行けるはずがない!だってあの子は私の事…
『あんな事あったからなぁ…気持ちが分かるお前らの方がいいだろ?』
いや、私が1番行っちゃいけないんだって…
何とかして断らなきゃ…
そんな時タイミング悪く"彼女"が現れる。
『帰ろーっ♪アレっ?どしたのー??』
ッダァァァァー!!!
…
麗美さん=天堂さんと同じクラス
麗美さん=私たちと帰る
=丁度いい
(麗美さん+私たち)+プリント=天堂邸へGO!!
『って事だ!頼むなっ!!大切な書類だからこのクリアファイル入れてけよっ!!』
ってどんな事だよ!!
たぶん先生の頭の中では変な方程式でも出来上がったんだろう…数学教えてるし…
そんな訳で…
豪邸ではあるが、思ったよりも控えめな天堂さんの家に到着した。
控えめとは言っても敷地は広く三階建だけど…笑
「着いちゃった…ねぇ、莉結…ホントに大丈夫だと思う??」
『さすがにこんな所じゃ犯罪は起こせないんじゃない…?たぶん。』
『え?なんの話っ?早く彩さんに渡しちゃおうよ?』
意を決してインターホンを押す。
応答はない。
『あれっ?誰も居ないのかなぁー?彩さぁーん!!プリント届けに来たよー!!』
近所迷惑だよ!!泣
すると門扉から"ガチャ"と音がした。
電子ロック錠か…お嬢さんの家ってだけはあるね…
綺麗なタイル張りのアプローチを進んでいく。
玄関の前に着くと階段の降りる音が聞こえて来た。
来る…
なんて言えばいいんだろ…
そして玄関のドアが開いた。
『ごめんね天野さん。少し横になっていて気付かなかったの。』
"あの時"とは別人のようなお淑やかで女の子らしい声が聞こえる。
まだ私たちに気づいていないようで、少しドアを開き、麗美さんと会話をしている。
このまま麗美さんに渡してもらってバレないようにコッソリと…
でも…そんな事じゃダメだ。
あんな事されたけど…それも私のせいだ。
よし!頑張れ私!
「天堂さん!!あの…大丈夫??」
その一言で玄関のドアが大きく開いた。
目が合った瞬間、天堂さんの瞳が見開く。
…ヤバイかな?ヤられるかな…
『あら、衣瑠さんに莉結さん?……良かったら中入って。紅茶でもどう?』
ウォォォォ…恐ろしい!!
私は今までこんなに恐ろしいお茶の誘いを受けたことは無い。
入ったら2度と出てこれなそうだなぁ…泣
此処が私の墓場…
早すぎるでしょー!
もっと色々楽しみたかったぁー。
あぁーこっちみて微笑んでる顔が怖いよぉ〜…
寒気がするよぉ〜…
断ったらもっと酷いことになるよね…泣
マンションとかの基礎のコンクリートの一部にだけはなりませんように…
そんな事を考えてたら莉結さんは元気な声で『お邪魔しまーす♪』と中へ入っていた。
バカぁー!!
こんなの虎穴に入らずんば"死あるのみ"だ!!
もうコンクリートとでも挽肉でもなんでもなってやる!
「お…お邪魔しまぁーす…」
!!
天堂さんの横通過する時に耳元で
『いらっしゃい…』
って…聞こえたぁー!!!!……オワッタ