山田先生はキザだがいい人
遠くからなにか聞こえる…
優しい声だな…
…あぁ。莉結の声だ。
『大丈夫?ねぇ…大丈夫!?』
大丈夫?そうだ…
その瞬間、現実が襲いかかる。
あれは間違いなく私のバッグだ。
なんで…?
荷物はバスに乗る前に預けて…
たしか宿泊棟に降ろしておくって…
『瑠衣っ!!』
懐かしい呼び名にふと我に帰った。
「あ、莉結…あれ…」
『一緒に買いに行った衣瑠のバッグだよね…なんで…』
『これ誰のバッグだ??何か知ってる者はいないかっ??』
先生が声を荒げている。
"はい!私です!"なんて言えるわけない。
怒りの感情などない。
あるのは恐怖に似た絶望に近い感覚。
誰も信用できない。
そんな気持ちが心の奥底で波打っている。
『衣瑠。ちょっと別の場所行こう。』
莉結に手を引かれ力の入らない身体で歩いていく。
宿泊棟のロビーに着いた。
ロビーには女の保健室の先生が座っていた。
『どうしたの?具合でも悪くなっちゃった?』
『はい。この子少し具合が悪いのでここで休まさせていただきます。』
『良かったらそこのソファーで横になりなさい。』
ソファーに身体を横にして心を落ち着かせる。
すると莉結が座って自分の膝をぽんと叩いた。
私は頭を膝に預ける。
いつぶりだろう。膝枕。安心する…
莉結だけは信じられる。このまま目が覚めて全て夢だったらいいのにな。
『ったくなんて事するんだ最近の子供は…』
ブツブツと怒りを口にしながら山田先生たちがやってきた。
こちらをふと見ると優しい顔つきに変わる。
『どうした?具合でも悪いのか?』
そう言って側にやってきて少し離れたソファーに座った。
起き上がろうとすると山田先生は、手で"いいから寝てろ"と合図した。
「すいません。あの…あのバッグ私のです…」
そう言うと少し目を見開き『そうか…』とだけ呟いた。
そして、いつになく優しい口調で語り出した。
『俺はな、20年教師をやって何百人と生徒を見てきたけどな、やっぱりどうしようもない事する奴もいるんだよな。
靴隠したり、教科書破ったり…
なんでそんな事するのか俺には分からん。
だけどな、その加害者側のやつは自己表現が苦手な奴なんだと思うだよなぁ。』
「自己表現…ですか?」
『そう。自己表現だ。
要は自分の思ってることを素直に言葉にして相手に伝えることができないから、
そういう嫌がらせみたいなことでしか自分の気持ちを相手にぶつけられないんじゃねぇかなぁってな。』
『それでも酷すぎます。衣瑠はなにも悪くないです!!』
『そうだ。衣瑠さんは悪くない。だから人間ってのは難しいんだよなぁ。
自分が直せばどうにかなることばかりじゃないからなぁ…
誰か心当たりとかないのか?』
「全く。分からないです。どうして私なのか。」
『そうか。じゃぁ一方的によく思っていない奴がいるんだな。お前転校初日から男女問わず人気だったからなぁ♪人気者をよく思わんやつはどこにでもいるでな。だけどあそこまでするっていうと相当恨んでるぞ!(笑)』
笑い事じゃないよ…
確かに言ってることは間違ってないかもしれないけど。
『まぁバッグ自体はそんな汚れてなかったし、中身だけ後で確認しとけよ!!なにかなくなってるものがあったらすぐ言いに来るように。』
「はい。わかりました。」
すると先程までの優しい表情がキリッと真面目な顔に変わった。
『お前は悪くない。お前が落ち込むことはないからな。お前をよく思ってないやつが1人居れば、よく思ってるやつはその倍は居るからな。忘れんなよ。』
そのキザな言葉に少しだけ勇気付けられた。
なかなかいい事言うじゃん。
莉結と目を合わし、2人して少し微笑んだ。
 




