光と陰。
片付けは見知らぬ男子が終わらせてくれた。
何度も断ったのだが聞いてくれなかったのだ。
まぁ楽させてもらったからいっか♪
「ちょっとトイレ行ってくるね!」
『1人で大丈夫?』
「子供じゃないんだから…(笑)」
トイレはこの"炊飯棟"から少し離れたところにある。
歩道は一応整備されていて、灯りもチラホラと点在しているので危なくはない。
一見ログハウスのような作りのトイレが見えた。
うわっ!虫が凄いな…
トイレの電灯には春の訪れと共に姿を現し始めた虫達が電灯の周りをくるくると飛んでいる。
個室に入り、用をたす。
誰かが来たのか水道の音が聞こえた。
和式って本当にめんどくさいなぁ。
そんなことを考えつつ立ち上がりジャージのズボンをあげた。
"バシャーーーンッ"
え?
最初は訳が分からず状況を把握できなかった。
なぜか突如、上から水がたくさん降ってきたのだ。
しかしそれは立ち去る足音と微かな笑い声ですぐに解決した。
あぁ…嫌がらせね。
ドアを開けるとバケツが3つ。
こんな経験初めてだ。
どう対処したらいいのか分からない。
俺は濡れた髪の水を絞ってジャージと服を脱いだ。
それも絞って再び着る。
寒い。
何事もなかったかのように炊飯棟へ戻った。
『衣瑠どうしたの?!?!』
「え?これ?水道逆さになってるの気づかなくて勢いよく出しちゃって…ははは♪」
なに言ってんだろ俺。
『なにやってんのよぉ。衣瑠!今日は"付けてないんだから"気をつけてよっ!!』
「ごめんごめん♪気をつけるね!」
『衣瑠ちゃんビショビショじゃん!!さっき飯盒やったとこで乾かしなよ!!』
健太がそういって俺の腕を掴んで連れて行く。
焚き木がパチパチと燃えている。
さっきのはなんだったんだろう。
偶然?
そんな訳ない。
きっと誰か俺のことが気に入らないやつらの仕業だろう。2、3人は居ただろうか…
もっと居た?
これだけ色々な人間がいれば、みんなから好かれる人間なんて1人としているわけがない。
絶対に自分の事をよく思ってない人間はいる。
そんなこと分かっているつもりだった。
だけどなんでこんな事まで…
そんなことばかり考えてしまう。
『ねぇ、衣瑠ちゃんは好きな人とかいるの?』
は?
…好きな人…
莉結の顔が浮かんでくる。
え?そんなんじゃねぇし!違う違う。
「え….今はわかんない….かな。」
『そう。そっか♪いる訳じゃないんだね!』
正直分からない。
健太の視線が胸元に当てられているのに気づいた。
俺は咄嗟に手で押さえる。
なにやってんだろ。
"身体は女だけど元男だろ?"なんてもう一人の俺が言った。
「なんで男の人は女の子に優しくするの?」
自然と思った事が口に出た。
『それは…そうしなくちゃいけないからだよ!』
答えになってないよ。
「もし、それが自分にまったく好意がない女の子でも?」
『え?それって…まぁ、それでもそうだね。』
俺にはその感覚は分からない。
今まで、相手が女だからといって特別にする必要はないと思っていたから。
莉結は特別だった。
唯一の親友だったから。親友…だったのか?
俺は莉結の事が好きだったのか?
いつまで考えてもそれは解決する事は無いだろうと思ってやめた。
「ありがとう。もういいよ♪変な風に思われたら嫌だし。」
『あ….そう。分かったよ。』
この焚き木に嫌な事をぜんぶ放り込んでいっしょに燃えてしまったらいいのにな…
火の粉がふわりと舞い上がって空へと消えて行く。
空には満月が輝いていた。




