After Story…My Dearest.1
"光陰に関守なし"とはよく言ったもので、街路樹や公園の鬩ぎ合うような蝉の鳴き声も、今では色づき始めた樹々たちが擦れ合う川のせせらぎの様な音や、落ち葉の舞う乾いた音へと変わり、それらが静かに耳に届けられている。
そんな静かな住宅街を、シャリシャリと落ち葉を踏む足音が二つ。不規則に軽快なリズムを奏でる。
『ねぇ、今度お揃いのマフラーとか編んでみよっか♪』
「えぇー…それって私も編むってコト??私そういうの得意じゃないんだよねぇ」
『知ってるよそのくらいッ、だからお互いにマフラーを編むのッ、私は別にきったなぁいマフラーでも嬉しいよッ♪』
「いや、汚いとか失礼でしょ。私だってやるときゃやるもん!ならさぁ、どっちが上手く編めるか勝負だッ!」
『望むところだもんねーッ♪あ、あれ?衣瑠の家じゃない?めずらしーなぁ』
ふと遠くに見えた私の家の前には郵便局のバイクが停まっており、配達の人が玄関へと歩いて行くのが見えた。
私の家に郵便が来ることは珍しい。ポストに投函されるものといえばチラシや宗教の宣伝くらい。そんな事を思いつつ家の前へ到着すると、バイクの元へと戻ってきたその人と目が合った。
「こんにちわ」
『あ、この家の方ですか?』
そう尋ねられ、私は不思議に思いつつ頷く。ポストに入れてくれればいいのに何でこの人はわざわざ…
『あっ、それじゃぁ、えっと…如月ぃー…瑠衣さん、いらっしゃいますか?』
そういって変な事を言うもんだから、自分の名前だと気づくのに一拍置いてしまう。だって、毎日"衣瑠"って呼ばれるモノだから、私はすっかりそっちの名前に馴染んでしまったのだ。
そんな事を配達の人が知っているワケも無く、手に持った封筒に目をやり、"あ、あぁ"と、如何にも"瑠衣って男じゃないんだ"と言いたげに私の顔へと視線を戻した。
今更ながら偽名を使って生活をしていく事に息苦しさを感じる。そして、配達の人が何故そのような事を言ったのかが、"本人を証明出来るものを提示して欲しい"と言われた事で深い疑問へと変わる。だって今までに私はそんな事を言われたことは無いから。ひとまず鞄の中から財布を取り出すと、中にしまってあった"瑠衣"の学生証や保険証に目をやった。
この二つなら間違いなくこっちだよね…そう思い、親指にぐっと力を入れ、恐る恐る保険証を差し出す。
私は、差し出した保険証と、配達の人が手に持った書類を交互に見る目の前の人物を見つめて冷や汗が秋風に吹かれていく。
保険証も早く変えてもらわないと…けどどうやって?なんて考えているうちに確認が終わった。
無事に役割を終えた保険証の性別欄に置かれた親指をズラし、印字された"男"の文字を見つめる。
なんか…今までは当たり前に見てきたその一文字も、今では自分のモノじゃないみたいだ。
『なんの書類?』
「さぁ、病院…かなぁ?」
そう言って送り主の名を見ると、私は更に頭を悩ます事になった。




