After Story Dear Rei.1
まだ7月中旬だというのに、私の頭上に輝く太陽は容赦なくその陽射しを照りつけ、まだ玄関を出たばかりだというのに、額には汗が滲み出し始めている。
電信柱にしがみ付く蝉の鳴き声に混じって小走りに近づいてくる足音がひとつ。
『お待たせッ♪』
「うん、おはよっ♪それじゃぁ行こっか。」
息を切らしつつ額の汗を拭っているこいつは高梨莉結。天真爛漫という言葉がお似合いな、私の…ンンッ…いや、口に出すのは何だか恥ずかしいからやめとこ。
えっ、私?あぁ…そっか。私の名前は如月瑠衣。だけど今は訳あって衣瑠って名前♪
『衣瑠、どうかした??』
「ううん、なんでもない♪」
すっかり当たり前になってしまったこの手の感触も、私の胸は未だに高鳴りを忘れてくれず、その度に私は淡い高揚感に包まれるのだった。
『あっ、バス来ちゃったよぉ!!』
莉結が指差す先にこちらへと向かってくるバスの姿が見えた。
「やばッ、走ろっ!!」
私たちは急いでバス停へ走り、何とか乗車すると窓際の席に並んで座った。
そして"プシュッ…"という排出音と共にドアが閉まり、徐々に外の景色が移り変わっていく。
ふと目に映った車内の電光掲示板には"7月14日、本日の県内ニュース"というテロップが流れていた。
7月14日。あれから1年、この日を一瞬だって忘れた事はない。当たり前だ、忘れられることなどできやしないのだ。
私は街路樹が並ぶ歩道を見つめ、1年前の記憶をなぞっていった…
『あっと言う間、だったね。』
莉結の一言に記憶の回想から現実へと引き戻される。
「この道、よく通ったよね。あの頃はほんと色々と必死だった気がする…」
『うん、そうだね。嶺ちゃんには色々な事教えられたなぁ…私たちは嶺ちゃんの分まで責任持って自分の道を進まなきゃ、そう思わせてくれた気がするっ。』
莉結の長い髪が肩へと近づく。私は少し鼓動が早まった心臓の音を悟られないようにそっと自分の髪を重ねた。
「なんか染み染みしちゃうねぇ。」
『こんなんじゃ嶺ちゃんに怒られちゃうかな?ふふ♪』
「今はまだいいんじゃない?嶺ちゃんに会う時まではさ。」
暫くバスに揺られていると、車窓の景色にチラホラと高層マンションやビルが見え始め、私たちのバスは乗り換え地点であるバスターミナルへと進路を変える。
そのままぐるりと円形のバスターミナルを周り、バスを待つ人々の前で停車する。
そして私たちは人波の中バスを降り、円状に並んだバス乗り場を進んでいくと前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。
「稚華さーん、彩ちゃーん♪」
その言葉に2人が振り向く。
稚華さんの手には、妹である嶺ちゃんお気に入りのぬいぐるみである"ベイちゃん"がしっかりと抱かれていた。
『ちょーど良かった♪相変わらず2人は仲良いねぇ♪』
私と莉結の頬にベイちゃんの手が触れ、声色を変えた稚華さんがベイちゃんに顔を隠しながら言った。
すると莉結がベイちゃんを手に取りクルリと稚華さんの方へと向けるとそれに対抗するように答える。
『そんな2人こそ仲いいじゃんっ♪さ、行こっ♪』
『そ、そんな事ないわ。稚華がどう思っているのかは知らないけれど。』
『ったく、彩は強がりなんだからッ。さ、手繋いで行こーね♪ア・ヤ・ちゃん♪』
『衣瑠ぅ、なぁにニヤニヤしてるのっ?』
「ん?みんな自分の道を歩んでるんだなってさ♪」
『なに保護者みたいなこと言ってんのっ♪それは衣瑠もでしょ?』
"いつもの"メンバーが揃ったところで、乗り換えのバス停へと並んだ。
蒸し暑い熱風がターミナルを吹き抜け、周りの樹々を揺らしている。それはまるで"あの夜"見た桜のように柔らかな枝葉をゆっくりと揺らし、さらさらと心地の良い音を奏でていた。




