16.生きる意味
目を覚ますとそこは見慣れた風景だった。
莉結の部屋…?
俺は何故ここに…
『瑠衣!!良かったぁ…どうしちゃったの?何かあったん…だよね?』
なにも返す言葉が出ない。
『私で良かったら聞くよ?』
切なく、優しさに溢れた声が俺の心を締め付ける。
「……なんでもないよ♪ほんとごめんな!!」
"本当にごめんなさい"
母さんの言葉が頭の中に鳴り響いた…
違う…俺が言いたいのはこんな言葉じゃない…
『そぅ…。』
その一言にどんな想いが込められていたのか…
たった2文字の言葉に幾千もの想いが感じられた。
「ごめん!トイレ借して♪」
そう言って部屋を出る。
俺は逃げ出した…
真っ直ぐ向き合ってくれている莉結から。
俺は暫くドアの前に佇んでいた。
目から流れ出る涙が廊下へポツポツと音を立てて落ちる。
『あらま…いらっしゃい。』
少し年季の入った落ち着いた声の方に顔を向けると、莉結のおばあちゃんが立っていた。
「お邪魔してます。お久しぶりです。」
俺は咄嗟に涙をぬぐい、作り笑顔で返事をした。
あ…俺、いま"衣瑠"なんだっけ…
おばあちゃんは一瞬驚いたように口を開けたが、すぐにいつもの優しい顔に戻って言った。
とても温かいどこか懐かしい笑顔で。
『瑠衣くんだね?大きくなって…こっちきんしゃい。』
俺は驚きを隠せないまま、おばあちゃんに続き部屋へと入った。
古民家のような和風の部屋の真ん中には、もうほとんど見る事なくなった囲炉裏がある。
小さい頃はよくそこでマシュマロなんかを焼いていたっけ。
囲炉裏の前に座るとおばあちゃんがお茶を出してくれた。
そして囲炉裏の方をぼぅっと見つめたまま、おばあちゃんは語りかけるような優しい口調で喋りだした。
『なにがあったかはよぅわからんけぇが、瑠衣くんは瑠衣くんだぁ。目ぇ見りゃわかる。
なんかあったらここくりゃいいで。
あたしゃもう先は長かないけぇが、瑠衣くんにゃ、うちの莉結がいるでさ。
あの子は本当にいい子で、瑠衣くんの事好いとるで。なんかあったら相談してやってや。
あの子を任せたいっちゅうのが本心だけぇが、それは瑠衣くんの決める事だで。
今の瑠衣くんには自分の生きる意味を見つけて欲しいだよ。』
「俺に生きる意味なんてあるんでしょうか…」
『あるよぉ。生きる意味のない人間なんさこの世にいないだもんで。生きる意味ってのは銭稼ぎでも人の為でもなくて自分の為にあるもんだ。自分が最期にどれだけ満足できたかっちゅう事かも知れんね。
それが分かるのはいつになるか分からんだけぇがさ。いつか分かるで。生きる意味。それまであんな顔しちゃいかんよ。』
『瑠衣?おばあちゃん!!なに話してたの?』
『莉結も自分の人生大切にしにゃぁいかんよ。』
『ん?何のこと?』
『じきに分かるで。…さっ、ばあちゃんは晩御飯の支度するで。できたら呼ぶで部屋戻り。』
莉結の頭上にクエスチョンマークが社交ダンスしているまま俺たちは部屋へと戻った。