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婚約者
くるりと振り向いた"カジシマ"は冷たい目でこちらを睨むと『なんだ？』と不機嫌そうに呟く。
見えない圧力…いや、オーラと言ったらいいのか。
その迫力のある一言に一瞬怯んでしまいそうになったが、彩ちゃんの表情が脳裏に浮かんで堪えた。
"自分"を睨んだまま何も喋らない私を見て舌打ちをすると、再びくるりと反転しメールを打ちながら歩き出していく。
何も言葉が出せない自分に苛立ちを感じる。
心臓の奥の方から締め付けられるような感覚を覚えつつ彩ちゃんの方を振り向く。
…俯き、顔を隠すように垂れた綺麗な髪の陰から一粒の雫が落ちるのが見えた。
それが涙なんだと気づいた瞬間には、私は立ち去ろうとする"カジシマ"の腕を掴んでいた。
と同時に掴んだ腕が大きく振るわれ、私の手が離れる。
『いい加減にしろっ！！なんだお前は！！』
ロビーに響き渡る怒号に周囲の人々の視線が集まる。
しかし私にはそんなコトどうでもよかった。
「…私は、彩ちゃんのコトを大切に思ってる…アンタはどんな気持ちで…」
突然赤の他人から発せられた言葉にカジシマが一瞬眉をひそめる。
そしてふと私の後ろに視線をやり、彩ちゃんを認識すると澄まし顔でこう言ったのだ。
『…あぁ、天堂建設の。全く…人前で恥晒しもいい所だ。それで、そのオトモダチが何か用か？』
本当にこの男が彩ちゃんの婚約者？
彩ちゃんに気づいても尚、他人のように振る舞うこの男が？
「おじさん…彩ちゃんの婚約者…ですよね？」
その一言にまた、怪訝そうな表情をする。
『だからなんだ？貴重な時間をお前らとのお喋りで無駄にしている時間は無い。』
コイツ…最低だ。
もっとマシな"婚約者"を想像していた。
こんな男に彩ちゃんが奪われるなんて絶対に許せない。
