1,近づく運命
『…次のニュースです。昨日と打って変わって晴天となった県内ですが…』
俺はいつものようにテレビを消して立ち上がり、着慣れた制服に袖を通す。
そして洗面台の鏡の前でボサボサの髪を手で軽く直し、目の前の鏡に映った無愛想な男をぼーっと見つめた。
こんな顔のどこがいいんだよ…
これは、俺が常日頃疑問に感じていることだ。
俺の学校の女子たちはこんな俺の事を"イケメン"などと呼ぶ。
ただそれだけならまだいいのかもしれないが、"女の子みたいな"とか、"男とは思えないほど"なんていった言葉を付け加えやがるのだ。
きっとそれも褒め言葉である筈なのだが、俺は今まで"それ"を心地よく感じた事は無い。
いや、むしろそう呼ばれる事が"不快"なのだ。
玄関を出ると、風と共に舞い上がった落ち葉の先にどこまでも広がる空を見た。
先程のニュースでも言っていた通り、昨日までの荒天とは打って変わってとても清々しい晴天だ。乾いた空はどこまでも高く透き通っていて、このまま俺を吸い込んでしまいそうな程だ…なんてちょっとカッコつけすぎか。
すると、溌剌とした声が冬の寒空に響き渡る。
『瑠ー衣っおっはよー♪』
俺の肩をポンと叩いた、天真爛漫を絵に描いたようなこの女は、俺の幼馴染の高梨莉結。
性別こそ違えど、俺が唯一心を許せる存在である。
「朝から元気いいなぁお前は…ってお前、口になんかついてない?」
『これっ?今日のラッキーカラーなんだ♪気になったんだけど、赤い物を身につけるといいってテレビで言ってたからさぁ♪つい…』
「"つい…"じゃねーよ!!だからってケチャップつけたまま登校するか普通!!恥ずかしいだろッ!!…ほらっ、動くなよ。」
俺はポケットからハンカチを取り出すと、その"ラッキーカラー"とやらを拭き取ってやった。
ったく、こいつはほんっとに昔から天然というか馬鹿っぽいというか…
それなのにクラスの人気者で頭もいいし運動できるし…わけわかんねぇ。
『ちょ….みんな見てたよ!!子供じゃないんだし自分で拭くって!!』
「周りの目を気にするならケチャップつけたまま外に出るなっつーの!」
『たしかにー♪あはは…』
(キーンコーンカーンコーン…)
学校での退屈な一日の終わりを告げる鐘の音が響く。
「ふぁ〜…おわったぁー!!さーてっ…帰るかぁ。」
『"帰るかぁ"って今日病院でしょ?』
「あっ、そうだったな…お前ほんとに記憶力いいよなぁ。」
『瑠衣が覚えてなさすぎなんだよー。毎月のコトなんだからさぁ。』
そう、俺は産まれてからずっと定期的に病院に通っては、よく分からない薬を注射されている。
中学へ上がるまでは三ヶ月に一回のペースで病院へと通っていたのだが、中学1年の秋辺りから一ヶ月に一回のペースへと縮まった。
そんな俺の持病についてだが…今の今まで誰に聞いても病名は疎か、ドコが悪いのかすら知らされていない。普通なら到底考えられない事だ。
ただ、"何億人に一人という極めて稀な病気らしい"との情報だけは母さんが教えてくれた。
…まぁ、今のところ生活には何の支障もないし、この通りピンピンしてるから俺はそれについては何とも思っちゃいない。
「つか毎回毎回、ついて来て待ってるだけって暇じゃないの?」
『ぜーんぜん♪この病院絵本たくさんあるから暇じゃないもん♪』
お前は子供かよ…
俺の通う総合病院のロビーは、二階まで吹き抜けになっていて、広々とした空間に長椅子が何列も連なり、各列の真ん中には小さなラックが置かれ、子供向けの絵本が数多く並べられている。俺がまだ小さい頃に耐震工事という事で大規模な改修が行われてからは、患者や家族の過ごしやすい造りに変わったようだ。
そして莉結は此処に来る度、俺の診察が終わるまでずっと、恥じらいもせずにその絵本を読んで待っているのだった。
『如月さーん。如月瑠衣さーん。』
受付から声が響く。
「じゃぁ、行ってくるな。」
俺はそう言うと、いつものように診察室へと向かう。
扉を開け、いつもの看護師が器具を揃えているのを横目に丸椅子へと腰かけた。
『では採血していきますので腕を…』
上着を脱ぐとすぐに採血が始まる。"いつもの事"だ。だから俺は予め待っている間に腕捲りしておいてすぐに採血をできるようにおくのだ。小さい頃は死ぬ程嫌だった注射も今じゃ慣れっこだな…
しばらくすると担当医が現れる。
この人は昔からずっと俺の担当医で、この病院でも腕が立つほうの医者らしいが…俺は名前すら知らない。知る気もないのだが…
『いやぁー瑠衣くん。調子はどう?』
「見ての通りピンピンですよ。」
『そっかぁ、そりゃ良かった。…それで、君の体のことなんだけど…ちょっといいかな?』
いつもだったら注射を打って終わりなのに
今日は何なんだろう。
「はい、どうかしたんですか?」
すると担当医は顔を険しくして咳払いをすると『前回の血液検査の結果が出たんだけど、ちょっと薬が効かなくなって来ててねぇ、これから一週間に一回通院して欲しいんだ。』と低い声で答えた。
「え?!俺の病気って…そんなに悪くなってるんですか?」
『いや、生活面では何の心配もいらないよ、ただメンタルの面がなぁ。』
「メンタル?それはどういう…
『いやっ、何でもないよ。だから心配しなくていい。治療費も今まで通りこちらで持つからね。』
「そう…ですか。わかりました。よろしくお願いします。」
そう、俺の病気はかなり珍しく病気の研究も兼ねて医療費は全額病院側が持ってくれているのだ。母子家庭である俺の家にとっては、そのおかげでかなり助かっている。
「莉結お待た…」
…って待合のベンチで横んなって寝てるし…ほんとどんな神経してんだよ!
"ベシッ!!"
『ッたぁー!!なにすんのっ!!』
「ったくなにすんのじゃねぇよ!よくこんなところで堂々と寝るよなッ。」
『だって瑠衣が遅いから悪いんじゃん!!』
いや…そういう問題じゃねぇだろ…
病院を出ると、葉も残り僅かとなった街路樹がぽつぽつと並ぶ道を乾いた風に押されながら歩いて行く。
「俺の病気…なんか悪くなってるみたいでこれから週1で通院だってさ。」
『えぇー?!瑠衣…死んじゃうの?!』
「勝手に殺すなっ!!病気が進行しても生活面ではなんの心配もないってさ。」
…生活面?
そういえば先生、なんで"生活面では"なんて言い方したんだろう…
『あっ!!!』
「なななんだよ!」
『クロネコっ!!』
「はぁ?…そういえば猫好きだもんなぁ。最近、猫のぬいぐるみばっか集めて…」
『ぬいぐるみも私にとっては家族みたいなものだからね♪』
「家族…ですか。」
こいつは両親が幼い頃亡くなって、今はおばあちゃんと二人で暮らしてるんだもんな。やっぱり心のどこかで寂しい思いでもしてんのかな…
それから俺は、毎週病院へと通い、あっという間に三ヶ月が過ぎようとしていた。