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6 翡翠の町

 世界一繁栄しているのは我らが町だ。

 前の町に居た兵士達は口々にそう言って、あそこに居られることを喜ぶよう強制した。

 その時僕は誰が喜ぶかと思ったけど、確かにあそこの街並みも門もとてもきらびやかで、世界一発展しているのだ、となんの疑いもなく思い込んでいた。


 だけど今目の前に広がる光景を見て、気づかされる。あれは繁栄とは縁遠いものだったんだと。


 扉を開けた途端に差し込む光。それは篝火でも何でもない、全く未知の光だった。

 背の高い棒の先に灯っていて、太陽みたいに色のない光で、それらが町全体を照らせば、満月が五つくらい上ったみたいだった。

 そしてその光の下で髪を揺らすかと思うほどの人の笑い声。

 道の奥が見えないくらいの人が群れていて、肩を擦り合いながら行きかっている。

 そして鼻をくすぐる香ばしい香り。

 料理の匂いなんだろうけど全く嗅いだことのない匂いが大量に流れている漂っている。


 全てが前の町にはなくて、ここの方がずっとキラキラしていて、まるで近未来に迷い込んだみたいだった。

 何より人の熱気が凄すぎて、余りの違い様に一歩後退してしまった。


 今日は何かの祭りか。それとも全員変な薬物でも使っているのか。どっちにしても、肌に合わない。というか、全員狂っているみたいで怖い。

 異次元空間で異次元なテンションの人間が集まっていて、怖くて仕方ない。


「ここは悪魔の巣窟か」


 いつの間にか解放されていた口で呟けば、隣で妖精がくすくすと笑いだす。


「いや? 技術的には凄いが、まあまあ普通の街並みだぞ?」


「そもそも枠人が居るところは毎日がカーニバルなんだが?」


 こんな夜すら消し飛ばす光景が普通なんてあるわけがない。

 だったなら、僕のいた場所は何だったんだ。


「あそこはもう社会が崩壊寸前だった。比較などしようがない」


「あと十年もしていたら滅んでいるところと比べるな」


「滅んでる? そんなわけ」


「ほら行くぞ」


 信じられない情報に圧倒されてつつ小声で話していると、アッシュがいつの間にか僕の手を掴んでいて、引っ張ってくる。

 全くの別世界でしり込みするけど、それも無駄なほど力が強い。是が非でも僕をこの町に引きずり込む気だ。


 悪魔の巣窟に、引きずり込まれる。


「僕をどうする気だ? 食べる気か?」


「えっと? なんでそうなったのかな?」


 何故か半笑いで答えられたが、こっちは必死で大真面目だ。


 あの門番での話ですべての嘘がばれて居るはずだ。なのに僕を敢えてこの町に引き込もうとする理由が分からない。

 これから、この女が一体どういった動きをするか、不安しかなかった。そもそもこの非常識な町の中にあって、彼女が常識持ちとも思えなかった。

 

 一体誰が貴重な石材を地面に張り付けるなんて真似を、誰がやったんだろう。

 食料も少ないはずなのに、なんで大量の食事の匂いがするんだろう。

 浮浪者ほどではないとはいえ、苦労ばかりの日常な筈なのに、どうしてこんなに皆が笑っているんだろう。


 全く非常識だ。ありえない。こんな町があるわけない。


「どうしてこんなところに連れてきたんだ。そもそもどうして僕の嘘が分かった?」


「うーん。というかそもそもの話だけど、結晶の目と隻腕なんて特徴を持っているのに、紛れ込めると思ったのかい?」


「っ」


 指摘されて、顔が熱くなるのを感じた。

 言われてみればそうだ。僕みたいな奴が早々いるわけがない。


「あ、それ私も思った」


「人を散々馬鹿にしておいてお前の方が馬鹿だなあ、と思った」


「「まあ、馬鹿な子の方が可愛いからいいが」」


 もし今の僕が馬鹿だったなら、それは間違いなくお前達の馬鹿が伝染つったに違いない。


「「馬鹿伝染らないんだぞ。馬鹿だなあ」」


 こいつらをいつかどうにかしないと思っていたが、いよいよその時が来たらしい。

 数日という短い付き合いだったけど、墓は作ってやるし墓碑銘も彫ってやろう。

 老衰したボケ老人ここに眠る、とな。


「「ほう?」」


「やるか?」


 いい加減こいつらを殺す為に自分を殺すことも考えていた時期だ。どこぞの熊の胃袋にでも入れば心中くらい出来るだろう。


「何かあったか?」


「なんでもない。ハエが二匹飛んでただけ」


 訝しむアッシュに答えると、またハエが二匹絡む。

 今度は二人して僕の頭の周りをくるくる飛んで、鬱陶しい。


「いい度胸だな。うん?」


「夢枕に立ってやろうか?」


 夢枕どころか、現実でちらつかれているんだ。そんなの怖いわけがないだろう。

 というか夢枕でも現実でもなく、既に体内に侵食されてるんだからもう意味がない。


「やれるもんならやってみろ」 


「どうした? やっぱり何かあるんじゃないのか?」


「いいや。ハエが鬱陶しいだけだ。ハエがな」


「そうか……」


 アッシュから、残念な子供を見るような目で見降ろされた。

 頭すら撫でてきそうな空気を醸していて、睨んでやれば咳払いが返ってくる。


「話を戻そう。隻腕も宝石の目も気になったんだけど決定的だったのは君の手だよ。ここの出身の割には細すぎる。手を握ったとき、本当にびっくりしたんだからな」


「つまり、最初からわかってたのか」


「まあね。今度から気を付けた方がいい」


「忠告痛み入る」


「随分古臭い言葉だね」


「僕の育ての親は、自称二十代だったよ。クソジジイだったけど」


「そうかい。それは随分と元気な老人だったんだろうな。……おっとここだ」


 アッシュが立ち止まり、仁王立ちして見上げる。

 その建物の看板は生憎読めないけど、食べ物の香りと笑い声が一層強い建物の前だった。

 騒がしい町の中でも一段と活気があって、この世の楽しみを全て詰めたみたいな様相だ。

 一体ここはどこなんだ。なんでこんなに五月蠅くて、いい匂いがするんだろう。


「まさか貴族でもいるのか?」


「いや、ただの食堂だよ」


「……」


「知らないのか?」


「知ってる」


 旨い生ゴミが大量に出てくる場所、という意味だけど。


 もちろん食べ物がたくさんあって食事をする場所であるというのも知っている。

 だけど、一体なんで食べ物を一か所に集めているかは、全く知らなかった。

 それこそ想像だにできない。一般市民はたまにこんな意味不明なことをするから不思議だ。


 それにしても、僕のいた町の食堂はもっと静かだったのに、ここは騒がしすぎるな。食事をとるのにここまで喧騒が必要な理由が分からない。

 ひょっとして、耳を壊さないと食べられない食材でもあるんだろうか。


「さて、行こうか」


「そうか。なら僕はここで帰らせてもらう。案内ありがとう」


 さっと踵を返して、グンと引っ張られる。

 首根っこにはアッシュの右腕。掴んで引きはがそうとするけど、異様に力が強い。


「いやいや、逃がすと思うかい?」


「逃げられるとは思った」


「期待に応えられなくて悪かったね」


 さりげないとは言えないけど結構素早く逃げたつもりだった。のに、アッシュの手は僕の首を掴んでいた。

 どうも逃がす気はないらしい。つまり、僕の耳は死んだも同然だった。


「耳がなくとも目があるぞ」


「私達の機嫌がいい限り、不自由はないな」


 などという双子の戯言を聞きながら、僕は引きずられるように食堂の扉をくぐる。


「おう! アッシュ! 今日は遅いじゃねえか!」


 途端に暴力的ともいえる声量の声が轟いて、一斉にこちらに視線が突き刺さった。

 その誰もが武骨な武器と埋め込まれた宝石を持っていて、アッシュと同類だというのがありありと見て取れる。


 ただ、どいつもこいつも厳つい男ばかりで、筋肉の視覚的圧力だけでへしゃげそうで、僕はまた一歩退いてしまった。

 けど、今度は退くことすらアッシュに止められて、逆にずんずんと奥に押し進められていく。


「ちょっと金が要りようだったんでね。ああ、大丈夫だ。今は懐具合もいいから」


 右を見ても筋肉、左を見ても筋肉。一体何を食べればこんなに体が太くなるんだろう。

 そしてこれだけ筋肉が膨れていたらどれだけの怪力を発揮できるんだろう。


 まず間違いなく岩は砕けるに違いない。化け物だって、そこらの奴らは一撃だろう。


 そんな男達の拳がこっちに来ないか冷や冷やしていると、背中を押していた手が不意に離れる。

 見上げると、どことなく楽し気なアッシュが見下してきていた。


「何か珍しいものでもあったか?」


「別に」


「そうか。ならベゼル君にはここに座ってもらおう」


 もらうと言われつつ実際は押し込めるように押しやられ、角に位置するテーブルに座らされる。対面の通路側には張本人のアッシュだ。

 流されるままここまで連れられたけど、この女の目的が全く分からなかった。一先ず、退路が潰されたことだけは間違いないが……これから何をする気だ。


 注視しているとアッシュがにやりと笑う。

 悪だくみをしている顔だ。嫌な予感がする。何をする気だ


 身構えて、いつでも殴りかかれるようにすると、アッシュが手を挙げた。

 何かの合図か。それともそこから攻撃をするのか。


「さて、大将! 酒とつまみを適当に! こいつには肉!」


 酒と肉。まさか暗号だろうか。

 そして、間髪入れずにドンと出てきた酒樽と大量の料理は何か秘密があるんだろうか。

 いや秘密があるに違いない。でないと説明がつかない。

 

 だってどれもこれも料理であることは分かるし、美味しいのも火を見るより明らかだけど、凄い量じゃないか。

 人の胃袋の限界を図りたいならこれは正しいけど、エネルギーを得る為なら大いに間違っている。


「明らかに供給過多だ」


「そうか? この程度食べていかないと、枠人はすぐに死ぬぞ」


 なんて言った口が、すぐに料理を飲み込み始める。

 大量の肉が、野菜が、酒が、見る見るうちに食卓から消えていく。


 やっぱり結晶を宿した存在はどこか化け物じみた存在になるらしい。もしかして社会から食料を全て奪い尽くすための、化け物の尖兵なんじゃないだろうかとすら思える。


 それにしても、僕達に届く前の料理はこんなものだったのか。

 話に聞いていたよりもずっと熱そうで、これを口に入れるなんて想像もできない。


「食べないのか?」


「僕は特殊な訓練を受けてないから無理……?」


「食べるのに訓練など要るものか」


「どういうことだ?」


「だから、人は生まれた時から乳を飲み、そして次第に固形物を食べてきた。お前がそれだけ大きいなら肉も野菜もかみ砕けるはず」


「そこじゃなくて……」


 なんといえば良いんだろう。僕の常識では計り知れないことを彼女はやろうとしている気がする。

 だけど、それはあまりに滑稽で、口にするのも何か憚られる。

 それでも、その常識はずれな推測を言ってみればこうだった。


「もしかして、僕にも食えって言ってる?」

 

「当たり前だ。注文した時もたった今も言っただろう?」


 なんの躊躇いもなく、さも当たり前のようにアッシュは言ってのけて、酒を木の樽から直に飲む。

 彼女は多分、その酒に酔っ払ったんだろう。もしくは最初から頭に欠陥があるに違いない。

 それか、僕の目を狙って油断させようとしているとか。


「僕とあなたって、旧知の間柄だっけ?」


「違うな」


「生き別れた家族とか?」


「有り得ない」


「なら一目惚れ?」


「言っておくが、私の趣味は真っ当だ」


「じゃあ、おごる理由ないよね」


 理由がないなら下心があるに違いない。こいつは間違いなく黒だ。

 ここから去るために立ち上がると、意外にも女は妨害をしてこなかった

 何か布石を打っているかもしれない。辺りをうかがって、ジリジリと下がっていく。

 

「君は随分殺伐と生きてきたんだね。だけど折角頼んだんだ。食べていくといい。というか食事が出た以上、食べないと大変なことになるよ」


「大変な事?」


「ああ。だからこそ私は君をここに連れてきたんだよ」


「? まあいいや。僕はもう行くよ」


 何かを企んでいるなら、その企みが発動する前に逃げるまで。

 アッシュから視線を外さず、角から逃げようと後ずさっていく。


 けど、その足は急に止まってしまった。別に止めたくて止まったわけじゃない。背中に何かがぶつかってこれ以上は下がれなかった。


「ほう、俺の飯を食わずに帰るってのか?」


 その声に背中が凍り付く。

 肩にドスン、と乗った腕は確か酒樽や料理を運んだ太いそれだった。

 後ろから伝わるその威圧感は、何故か化け物と対峙した時よりずっと重かった。


 これが、アッシュの企みか。


「頼んだんだったらきっちり胃袋に収めんかい! ワレェ!!」


 ぐるりと視点が一回転したと思ったら、目の前には肉の乗った大皿。

 それが一気に僕の口に突っ込まれれば、息が出来なくて、熱い何かが気管に入って、地獄が誕生した。


「ここの料理長は食事を残されるのが嫌いでね、いったん座ったら絶対に完食しないと行けないんだよ。君がどんなに警戒しようと、ここなら間違いなくご飯を食べざるを得ないのさ」


 そんなアッシュの声がうっすら聞こえてくる。


「おお、凄いな。頑固おやじだぞ」


「いやはや、これほどの頑迷さは初めて見たぞ」


 そんな双子の声も聞こえてくる。


 でも、自分の策に納得する前に、男の正確に感心する前に……。


「「「でも、少し不味いかも?」」」」



 誰か僕の呼吸を確保して。

 そんな願いを最後に、僕の目の前は真っ白になっていった。



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