2 双水晶と選択
薄いピンクの宝石は光を透かして、乱して、きらびやかな反射を生み出している。
頭の半分をそれで覆った双子の小人は、まるでお伽噺に出てくる妖精みたいだった。
だけど、妖精にしては不遜すぎる笑みだった。
小さい体に反比例して威圧感があった。
時間が止まったかのような世界で、この場の支配者みたく見えた。
いや、多分そうなんだろう。彼女達が僕と豚の化け物の動きを止めている張本人に違いない。
薄く笑う妖精達が、酷く恐ろしい。何もかもを見透かされているみたいだ。
と、言う心すら見通したのか、妖精達は僕を見下しつつ笑みを深めて、話し始める。
「さて、貧者よ。愚かな槍の素材よ」
「私達は機嫌がいい。どんな願いも一つ叶えてやろう」
「……」
「何も言わない?」
「ピクリとも動かない?」
「「そうか! 私達に恐れを為したか」」
「……!?」
何か、感じていた威厳が、一気に崩れ去った音が聞こえた。
化け物に取り囲まれてるという緊張感も台無しになった。
というか馬鹿っぽい発言が場の空気を一気にめちゃくちゃにしていた。
これはあれだ。黙ってさえいれば、というやつに違いない。
一瞬で凄い印象を与えて、間髪入れずにそれを壊して、こいつらはいったい何をしたいんだろう。
頭に結晶を生やしたせいで頭がおかしくなったんだろうか。
怖がって損した。固まっていてなんだけど、脱力した。
だけど、気を抜いてはいけない。そんなことを言えば、その時が僕の死ぬ時になってしまう。
今何かされたら抵抗もできないし、もっと言えばこの時間停止を終了するだけでいいんだから。
「仕方あるまい。私達は玻璃種の中でも随一の力を持つ」
「その力の一端を受けたなら当然、畏怖に指一本も……」
あ、これは二人とも気づいたな。
「「……仕方ない。そのまま話を進めよう」」
無視するのか。おい。
「「我らはモルガナイト。二人合わせてモルガナイト」」
「姉である私がモルで、あっちがガナだ」
「いや、姉は私だ。だからお前がガナだ」
「それは可笑しい。遥か西方では位の高いものが右に就く。つまり右目の私がモルだ」
「いやいや、遥か東方では位の高いものは左に就く。つまり左目の私こそがモルだ」
「「そもそも、ガナって気持ち悪い名前はお前の方が相応しいっ」」
言うや否や二人は互いに自分の頭をぶつけて、睨みつける。
話を進めると言っておきながら、早速とん挫していることに頭が痛くなってきた。
そもそもこんな危険な状況で、身動きを止められたまま、兄弟喧嘩を見せられる、というシュールな体験を僕はどう消化すればいいのだろう。
笑えばいいのか、泣けばいいのか、もう何が何だか分からない。さっさと豚に食われていた方がましだったかもとすら思えてくる。
うん。間違いなく食われた方がややこしくはなかったはずだ。
「まあいい。それはまたの機会にしよう」
「三千余年からずっと話し合っていたことだしな」
その上不毛の権化ときた。ここまでくると僕が話せなくてよかったレベルだ。絶対何か言ってしまったはずだから。
そもそも三千年とか言っているけど見た目が幼すぎる。大言壮語にもほどがあるし、事実だったら若作りのし過ぎだ。
化け物問うことを加味したとしても、三千年生きていて人の形をしているならもっとシワクチャになっているべきだ。
というかいい加減姉妹漫才を止めてくれ。僕はいつまでこんな状態で固まってなきゃいけないんだ。
そんな願いが届いたのか、双子が再び僕を見て話し始める。
「話を進めよう。私達はモルガナイト」
「私達は不死であり、不可視の存在」
「実はここにいるというのもお前の思い込みで、これまた実は別の所にいる」
「そんな凄い存在がなんでお前に手を貸すか、気になるだろう?」
「それはそうだ。本来ならば歯牙にもかけないからな」
「しかし不死というのは、中々退屈で仕方がないのだ」
「ご飯は食べられないし、夢も見ない。代り映えしない日々に飽いたのだ」
「「そこで、私達は決めた。代り映えしない日々を変えようとな」」
話はさっぱりだったけど、その笑みの中身は透けて見えた。
まるで凶悪な悪戯を思いついた子供の様で、彼女たちの内心もそうだと確信できた。
待ち針を突き刺したネズミの死骸でも持たせれば様になるくらいだった。
まあ、僕の運が最低なのは生まれた時から決定づけられている。予定調和と言えば予定調和なんだろう。
「玻璃種は数多の魔法が使える。その中でも特別凄い私達は人に魔法を授けることが出来るのだよ」
「それもかなり特級の魔法だ。人生ががらりと変わるような、素敵ですさまじい魔法なのだよ」
「「つまり、私達はお前達を玩具に遊ぼうと考えたというわけさ」」
そこから、ハリシュのモルガナイトとかいう老人の長話が始まった。
老人の話は僕の知識を得る貴重な時間で、町の中にいる時はそればかりだったのだけど、これは全く様相が違った。
為にならないし、気分が悪くなってくる。
要約するなら、モルガナイトは暇だからと人にすごい力を与え、人生を引っ掻き回していた。
過ぎた力で身を亡ぼす様を、愉快だからとずっと見続けていた。
ある時は全身に四十もの剣を突き立てられて殺された。妻に騙されて、毒殺された。親が子を殺し、子が親を殺し、あまつさえ自らの首を跳ね……。
とにかく長生きしない。こいつらが死ぬように仕向けているかのように思える。
そして今回の被害者は僕ということらしい。
「君は面白い逸材だ」
「生き残るために人を殺すことを躊躇わない」
「自分の腕すら犠牲にして見せる」
「「その上確実に死ぬ状況ですら、わずかな糸口を掴もうと足掻きよる」」
「さあ、君は何を願うのかね」
「さてさて、何を望むのかね」
「絶対的な力、人を洗脳する力、未来を予知する力、なんでも言うがいい」
「どんな力も私達の手にかかればお茶の子さいさいだ」
見え透いた罠だった。穴の底にパンを投げて、ハイ罠です、というくらい見え透いていた。
もし安易に口を開こうものなら、僕の未来は奈落へと落ちるに違いない。
「この状況では口は開けはしないぞ」
「代わりに明確な意思を伝えてくれればいい」
「「無論、お前が考えているような、黙秘を貫く、ということは許さない」」
「!」
頭の中に入り込んでいるような口ぶりで、背中がひやりとする。
僕が想像したのは、自分の後頭部に結晶がめり込む映像だ。
もし気付かない間にそんな風になっていたとしたら、僕はさっさと頭を割っていただろう。
というかそうでなくても、棺桶に片足を突っ込んでいる状況だ。いや棺桶から片手が出ている状況と言った方がいい。
手をしまうだけでもう土に埋める準備が整ってしまうくらい、大ピンチだった。
先ず片腕がなくて、豚の化け物に囲まれて、その上時間を止めるみたいな強大な化け物がへらへらと目の前に浮いている現状。
そして僕の生き死にを握っているのは間違いなく胡散臭く、馬鹿で、おぞましい化け物で、彼女達の機嫌と心変わりで僕の一生の長さが決められているといってもいいこと。
そんな奴が願いを言え、と言っていて、叶えた暁には苦難と絶望が待っている。
全く打つ手がない。食われて死ぬか、真綿で首を絞められて死ぬか程度の違いしかない。
だけど、だとしても足掻かないといけない。死んではいないのだ。なるべく現状が良くなるような選択をしないといけない。
考える。ここで求めるべき力とは何か。ピンクの宝石の妖精と、全く毛色の違う結晶に浸食された豚を見比べる。
同時に、今までの人生も振り返ってみる。酷いものだけど、それでも思考の足しにして見せる。
そして、今までの人生を振り返る中、ふと思いつく。
僕が求めるべきは、知恵を得る方法だと。
「知恵?」
「知恵か?」
「おかしなことだ。現状を理解していないのか?」
「いや理解しているだろう。こいつは特殊だ。きっと何か考えがあるのだろう」
「何だろうか。この段階で知恵を得たいという考え、いや知恵を得る方法を求める考え……」
「「うむ、これは今世紀最高の異端児だ」」
と色々評価が上がっているようだが、何のことはなかった。
今生き残ったとして、この腕の傷では長くはないだろう。だから、単純な力では駄目だった。
そして腕を治す力を求めても、この化け物に食い殺される。だから、治療を求めても駄目だった。
それなら両方求めればと思ったけど、この化け物達は愉快犯に違いないから、二つの力を欲しがっても無駄に違いない。
試しに願ってみればいい、とも思ったけど飽きたと言って折角の機会を奪われて結局死ぬ、なんてこともあり得る。
何より、そんな力を得ても知恵がなかったら今まで通り、利用される生活が待っているだけだ。
あの兵士たちは勿論、この双子の化け物だって僕を良いように扱おうとするに違いない。
僕達浮浪者は知識も技術もないから蔑まれ、消耗品として扱われた。だから僕は知恵を求めないといけない。それだけだった。
「なるほど。いい考えだ」
「なるほど。やはり私達の期待通りだ」
「「いや期待以上か」」
「……」
「……」
しばし二人は顔を見合わせて、にやりと笑う。
その笑いは例の凶悪なもので、背筋が凍るのを自覚した。
「「君は運がいい」」
絶対に悪い。浮浪者として生まれて、死にかけて、その上この笑みだ。
確実に悪い星のもとに生まれてきている。
「幸いにも私達は万視の妖精」
「知識を得る手段自体ともいえる」
選択肢を誤った。僕はやっぱり馬鹿だった。僕の頭はやっぱり足りなかった。
知恵が足りないのに頭を使ったから、余計変な方向によじれてしまったんだ。
「「私達が君の目になってやろう」」
その声と共に、僕の目にぬるりと何かが入ってくる。
同時に視界が一瞬霞がかって、痛みが走る。
全く動けないで、苦痛をやり過ごすこともできないで、悲鳴すら上げることも許されず、ただただ苦痛の時間だ。
やっぱり僕は選択を誤った。こんな拷問を受けるなんて考えもしなかった。
「「さあ、君がどう生き残るのか。私達にも見せてくれ」」
その言葉が聞こえた途端、体が動き出していた。