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1 死の淵での遭遇

 きらびやかな街灯。楽し気に歩く一般市民。

 その道の先には貴族町があって、ここよりもずっと豪華な世界があるのだろう。


 町の光の届かない場所である建物の間の、ごく僅かな隙間からそれを見て、何となくそれを想像する。

 だけどそんな想像も全く無意味だった。地面を舐めるようにして生活する僕には想像だってできやしなかった。


 貴族は果たしてどんなものを食べているのだろう。どんな所で寝ているんだろう。何を着ているのだろう。

 疑問は沸くけど、貴族の指先一つすら脳裏に浮かばない。


「……寝よう。明日も仕事だ」


 でも唯一分かることはある。


 想像できない貴族も、今目の前を歩いている人々も、僕達が命懸けでとってきたもので贅沢をしているということ。

 そしてその多くが、僕達がどういった思いでそれを集めているか、気づいていないこと。


 町の外に出ない人々が外に来たらさぞかしびっくりするだろう。


「そんなこと、ありえないけど」


 そんな呟きも、楽し気な会話にかき消された気がした。







 僕のような浮浪者は町にごまんといる。

 掃いて捨てるほど、といえばブラックジョークになるほどだ。

 つまり、この町は実際に僕達を掃いて捨ててきたのだ。


 箒は武器、ごみ箱は門の外だけど。


 見上げれば見慣れた壁。木と鉄と、他の何かで作られている。

 唯一の出入り口であるこの門は凄く奇麗で、何故かといえばこの国がとても繁栄しているかららしい。


 そこに付けられた小さな門も金細工で艶やかになっていて、門の上にも下にも兵士が歩いているけど、どれもが美しい長い槍を持っている。


 でも、虹色がきれいな槍が人骨で出来ていると知ったのはいつだったろうか。


 後ろをちらりと見ると、門には似つかわしくない、僕と同じ境遇のボロボロな衣服の群衆。

 その後ろに、一際絢爛な兵士。全身を人骨で固めて、奇麗なのに吐き気がする。


 兵士は一般市民よりも身分が高くて、僕達と比べたら理解が及ばなくなるくらいの権力を持っている。

 つまり僕達の生殺与奪なんて簡単に決められる立場だった。


 ここにいる誰を殺そうが叱られもしないそいつは、いつものように楽しそうに僕達を急き立てる。


「ほら、どうしたさっさと行け。国王陛下がわざわざ、お前たちのために作ってくださった仕事だぞ? 早く外に行って資源をかき集めてこい」


 さっさと行け、というけどそれは無理な話だった。たとえ国王陛下の命令だって無理だ。

 この何某が作ったといわれる門の外はごみ箱。僕達をただのガラクタにする世界だ。


 僕の信じられないような常識が蔓延っていて、そこに住んでいるものはみんな化け物で、武器らしい武器も持たないでそこに放り込まれたなら、文字通りガラクタになってしまう。


 だけど、しり込みする僕達に兵士はなおも続ける。


「それとも、お前たちは自分で稼げるほど頭がいいのか? 技術を持っているのか」


 それを言われて、返す言葉を持つ人はいない。僕達はこうしないと生きてはいけないのは身をもって知っている。


 国が課す税金すら払えない僕達は、本当は払えない時点でここを追い出されないといけないらしい。

 それをこの仕事をして払うことを条件に、猶予をもらっているのだ。


 知恵も術も持たない浮浪者が追い出されないためには、つまり殺されないためにはこうしないといけないわけだ。


 明らかで、単純で、残酷な現実だ。


 でも、たまに思うのだ。


 この仕事は王の慈悲だと言われるけど、もっと別の方法はなかったのか、と。

 人の命を消費して、資源得ることに疑問を抱いてくれなかったのか、と。


「それとも、ここで散ることを望むか!!」


 その怒声を皮切りに、僕達はじりじりと門の外に追いやられる。

 この中の三分の一は死ぬだろう。五分の一は資源を取れなくて、門の内に入れてもらえないはずだ。


 だけど、明日を買い取るための醜い戦いが今日も始まってしまった。





 凪の海は危険を隠し、荒れた海は死を招く。

 

 門の外を言い表したこの言葉は、どれだけ無知な浮浪者でも知っていた。

 それは一見普通の場でも危険をはらんでいるという意味で、明らかに危なそうな場所は高確率で死ぬという意味だった。


 例えば、門の外を出てすぐ迎えるのは穏やかな草原で、化け物らしい化け物は見えず、蝶すらのびのびと飛んでいる。

 けど、ここに長時間滞在すれば死が訪れる。何に襲われることなく、なのに確実に。


 そして当然のことだけど、僕達の仕事場はこんな長閑で平和なところではない。


 その穏やかな死を与えてくれる天国みたいな場所のすぐ先に森がある。

 この森が僕達の主な仕事場で、死に場所だ。

 今回も、浮浪者の断末魔が聞こえてきて、森から鳥が飛び出した。


 こっちが天国なら、あっちは間違いなく地獄。人が立ち入っていい場所ではなかった。


「馬鹿だなあ」


 その森の手前、徐々に力を失っていく断末魔を聞きながら隣の浮浪者が笑う。


「この先は腹の空かせた化け物ばかりだってのに、わざわざ食われに行きやがった」


 悪臭がするこの男は、何十回もこの戦いを生き抜いている猛者だ。

 年も随分取っていて、何処となく朽ち果てた廃屋を思わせる。


 ただ、だからと言って尊敬できるとは言い難い。この男の生き残る方法はあまりに酷くて惨たらしいからだ。


「まあいい。これで満腹になってくれたら俺も安心して採集ができるってもんよ」


 この男はこういうやつだった。こいつは人を餌にしたりして資源を集める、異常な男だった。

 だから人があまり寄り付かないし、視界に入れば殺されかけるほど嫌われている。


 現に僕も、隙があればこいつを殺さないと、と思ってしまうくらいだ。

 いや、殺そうとする理由はそれだけじゃない。もっと大きな理由がある。


「おいガキ。お前も突っ込んで行けよ。そうしたらこれをくれてやるぜ」


 そういって男が袋から取り出したのは、人の二の腕の骨だ。

 でもただの骨じゃない。欠けた部分から除く中身はきれいな虹色で、まるで宝石みたいになっている。


 一目で分かる。あの兵士の槍の原材料だ。

 そしてこれが僕達の言う資源で、門の外が化け物だらけの原因だった。


 門の外にあるものは全て結晶に侵され、破壊されてしまう。

 木は割れて、奇妙な性質を持つようになり、岩は砕けて熱を持ったりする。

 そして生物は気が触れたかのように人を攻撃するようになる。


 もちろん人間にも結晶は取り付いて、化け物になってしまう。その場合は、残念だけど早めに殺すしかない。


 いつからこうなったのか分からないけど、僕が生まれるずっと前には世界は可笑しくなっていたらしい。

 そしてきっとその時に僕達もきっと可笑しくなったに違いない。


 でないと人を殺すことを厭わず、その死体を資源と言って憚らないのは人の性ということになってしまう。


「こいつはな、昨日の昼に俺が石で頭をかち割ってやった男の骨さ。一日でいい色に染まっただろう?」


 下卑た笑いを浮かべて撫でる様に嫌悪感と殺意が湧いてくる。


 だけど僕も同じことを考えていた。こいつが死んで朽ちれば、資源になってくれると。

 こいつを殺して何処か人がわからない場所に埋めておけば、資源が簡単に手に入ると。

 そうすれば、僕はいつかの日の明日を簡単に買い取ることが出来るのだと。


 むしろそうしていかないと生きていけないという面もあって、皆率先してそんなことをしていた。

 要は、この森にいる人間全て下種野郎だった。僕も含めて、酷い奴らだった。


「間違いなく僕らはいつか罰を受けるね。最悪な人間だし」


 でも、それを蔑むことはあっても憎むことはしない。止めることもしない。生きる為には他者を殺さないといけないのだから、仕方がないのだ。

 きっと僕が誰かに殺されたとしても、仕方ないなあ、で済むだろう。


 だから僕が真横の獣の気配を教えないのも

 それを察知して男を転ばせたのも

 挙句にそこから逃げ出したのも


 全部仕方のないことだった。


「ぎゃああああああ!」


 男の悲鳴と、生々しい咀嚼音に背筋が凍る。

 気持ちが急いて足が空回りになりそうだけど、何とか地面を蹴りつけた。


 罪悪感はない。そんなものはもう失くした。それだけのことを僕は繰り返してきた。

 それに懺悔する暇があるなら逃げる算段を考えないとならなかった。

 血の匂いを嗅ぎつけて他の化け物が来る前に逃げないと、次に叫ぶのは僕なのは火を見るより明らかだ。


 一先ず逃げられる場所を探して、見覚えのある獣道を見つける。

 ここを走れば安全地帯にすぐに行けるはずだった。


 そもそも化け物は結晶を体に付けていて、狭いところを通るのが苦手なことが多い。

 だからこそ、目の前に現れた苔むした岩の隙間が有用なのだ。


 岩壁に通った、やせた子供くらいしか通り抜け出来ない細い割れ目。

 この狭さなら間違いなく僕も生き残れる。


「くっ……はあ」


 皮膚が擦り切れるのも構わずに隙間に体をねじ込んで、その狭さに安堵の息を吐く。

 ここは安全だ。苔の匂いのせいか気づかれたこともなく、四回くらいはここで生き残ってきた実績もある。


 なのに、何故か僕の息は整わない。息の仕方を忘れてしまったみたいに肺だけがバクバク喘いでいる。

 無理やり息を吐き出して、無理やり息を吸い込むと、やっと息が整う。

 空中でおぼれ死ぬ、なんて間抜けな死に方はせずに済んだらしい。


「……」


 息が整えば、隙間の外の世界の静けさが嫌に気になってくる。まるでさっきの光景が嘘のようで、一瞬夢でも見たのかと思ってしまった。

 それでもどこからか漂う生臭い匂いは、人が死んだことを否応なしに伝えてくる。


 あの男は間違いなく死んだ。それは吉報だった。

 化け物の姿は見てないけど、大抵は人一人食べればしばらく大人しくなる。

 きっとこの森にいる化け物の半数は同じ状況だろう。後はかち合わないように逃げれば……。


 なんて考えている僕は、油断していた。怠慢だった。

 何年も生き残ってこれたから、今日も生き延びれると勘違いをしてしまっていた。


 能天気に考えていると、不意に体が引っ張られる。


「は?」


 その光景は、後ろで人を食われるよりもずっとおぞましい現実を見せつけていた。


 粘液を絶えず垂れ流し、吹出物みたいな突起を全面に生やした舌。

 そこに食い込むようにガラスよりも透明で美しい、青白い結晶。


 赤黒い台座と涼し気な宝石の対比がアンバランスで、気持ちが悪い。

 その先にある眼球がすっかり結晶に潰されたクマの顔も、総毛立つ。


 化け物は僕を捕まえてご満悦なのかにたりと笑っているように見えて、自分の喉が鳴いたのを自覚した。

 

 全身から血の気が引いて、咄嗟に用意していた短剣で舌を切る。

 だけど、絡みつく舌はゴムみたいで全然刃が通らない。何度挑戦しても、自分の腕が傷だらけになっていく。


 舌が解けないまま、ずるりと体が引きずり出されていく。


「……」


 全身を氷水に浸かったようだった。きっと冷や汗もべっとりかいていた。

 だけどそんな中にあって、僕は嫌に冷静だった。


 きっと血の気が失せすぎて、思考が明瞭になっていたに違いない。

 そしてその明瞭な思考なら、生き残る道なんて簡単に見つかった。


 このまま舌に捕まったままなら僕は食われて死ぬ。だけど舌は腕から離れない。

 なら、男を切り捨てたように、僕も切り捨てるしかない。


 人の骨はさんざん見てきた。腐りかけの死体の解体もしたことがある。

 どうやれば自分の腕がばらせるかなんて、分かり切っている。


 肘関節の継ぎ目に、ナイフを入れるだけだ。


「ぐっううううう!」


 二度と経験したことがない感触と痛みに悶えても、生への執念のせいかナイフは正確に僕を切ってくれた。

 舌が腕を持ち去って、僕はその反対側に体をよじる。


 向こうにも出入り口がある。そこまで逃げれば生き残れる。

 その先には川もあって、そこに自生する蔓もある。それで縛って止血すればいい。


 血が消えていく感触と、徐々に近づく死の匂い。

 それが僕を恐怖させて、それでも歩を止めずに歩いて。


 広がる光に笑みを浮かべ


「ははっ」


 取り囲む獣に乾いた笑いが出た。

 地獄の中で、悪鬼羅刹に囲まれた気分は、きっとこんな風に違いない。


 出た先は化け物だらけだった。豚の群れで、どいつもこいつも結晶に汚染されて、まるで宝石の展覧会だった。


 それに巻き込まれて、どう見ても活路がない。どう転んでもここで死ぬ。

 散々色々なものを犠牲にしてきたのに、今も男を殺してきたのに、腕まで切り取ったのに。


「泣けてくるや」


 人は、死ぬときは意外と冷静で居られるようだった。僕はてっきり、死ぬ時は皆みたいな情けない悲鳴を上げて死ぬものと思っていた。

 そして、こんな無理な状況でも生き残ろうとする算段を立てている自分にびっくりだ。


「そうだ。川に飛び込もう」


 この傷でそんなことをしたら、間違いなく死ぬ。だけどそうでもしないと生き残れない。

 それに食われて死ぬよりはずっと楽に死ねるはずだ。

 そう思って走り出した足は意外にも竦むことなく、素直に動いてくれた。

 化け物も一斉に牙をむきだして、飛び掛かってきた。


 死の間際だからか、豚達の動きが嫌に遅く見える。一秒一秒、死を噛み締めることを強制させられる。


 もう、あと二秒で死んでしまうだろう。一足先に地獄行きだ。

 僕の骨は、一体どんな結晶になるんだろう。なんて考えていたら


「おやおや、これは奇特な人間だ」


 その声に全ての動きが止まる。


「然り然り。奇特で楽しそうな人間だ」


 化け物の動きも、僕の動きも微動だに出来ない。

 それどころか落ちる葉の動きも固まっている。


「「捨てるには惜しい命じゃないか」」


 驚愕の中、両側から似たような声がした。だけど視線が動かせなくて、どうにもできない。

 一体何が起きているんだ。僕はどうなっているんだ。これは何なんだ。

 折角冷静だった頭がこんがらがってくる。


「不味いな。妹よ。奴には私が見えないらしい」


「それは大変だ。妹よ。見えるようになる他あるまい」


 どちらも妹だということに更に思考が迷走すると、気づけば視界目いっぱいに宝石が迫っていた。

 薄い、透き通ったピンク色の石。その表面に傷一つなく、凹凸も見えず、きれいに整った平面が細やかなカーブを作っている。

 それがぬっと持ち上がって二つの、鏡合わせのような宝石人形が笑えば、僕の背筋は一気に凍り付く。


 頭半分を結晶に覆われた小人だ。つまり化け物で、新しい危機の到来だ。


 その顔がゆっくり引いていくと、それは随分と小さな人影になった。

 二人とも頭の半分がピンク色の宝石で、それぞれが片方の目で僕を見ている。


「我らは万視の妖精。趣味は見ること」


「我らは万視の妖精。特技は見せること」


「「そして、世界で最も強い玻璃種の双子である」」


 そういうと、僕に笑みを見せた。




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