告白
「お前に『すべてを捧げる』と誓った相手には、心を許すな」
昼下がりの、ある屋敷の一室。
真摯な口調で、一人の若者がそう言葉を紡ぐ。
「『自分の全てを捧げる』と決めた時点で、そいつにとっての女は世界中にお前一人だ。他の女という選択肢はない。そんな相手と二人きりになって、うっかり理性のタガが外れれば目も当てられん。くれぐれも気をつけるように」
言われた姫君の方は、困惑顔のまま曖昧にうなずく。
目の前のこの男こそが、彼女の知りうる限り、一番の忠誠を捧げてくれているのだから無理もない。
「これからお前には、そういう相手がいくらでも出てくる。忘れるな。お前を『唯一の女』と決めた男は、警戒しろ」
「…それは、貴方のこともですか?」
「そうだ。例外を作るな」
武人らしい、禁欲的な口調。幼い頃からともに過ごした相手ゆえ、二人きりの時はこうして身分を無視した率直な口を利く。
けれど成長するにつれ、お互いの担うものが増えてゆき、いつしか距離ができていた。
真面目で世話焼きな護衛の息子と、活発で素直な貴族の娘。
鎧やドレスが重くなるごとに、少しずつ身動きが取れなくなってゆく。お互いに。
窓辺に立つ彼の表情がどこか苦しげなのは、きっとこれから先、ますます立場が離れてゆくことを予想しているからだろう。
「『自分を捧げる』ということは、『相手の全てを欲する』ということだ。本気であればあるほど、そいつは危険だ」
「…なぜ? 自分を差し出すというのは、自己犠牲の気持ちでしょう? 相手を、しかも大切な相手を害することとなぜ繋がるの?」
「自己犠牲ではない。ただ自分の生きる道をひとつに決めるだけの話だ。そこにいくら他のものを並べられたとて、目に入らない。……時として、相手の意思さえも、見失う者はいる」
もしそれが貴族階級の者であれば……貴族ではない彼に、それを止める力はない。その場に居合わせれば殴ってでも止めるだろうが、その前に人払いとして遠ざけられているに違いないからだ。
「お前は聡いが、男を知らない。明日の晩餐会、よくよく相手を見極めて振る舞え」
「…はい」
貴族階級のパーティは、年頃の男女の相手探しの場でもある。最近、何度か顔を合わせてうちとけてきた若者も何人か参加するはずだ。警戒がゆるむ時期だからこそ、釘をさしておく、といったところか。
伝えたいことを伝え、彼が出て行った部屋のドアを見つめながら、姫君はぽつりとつぶやく。
「生き方を、ひとつに決める…」
例外を作るな、と答えた彼。気づいているだろうか。
貴方のこともですか、という問いを肯定したのなら、彼はすでに決めているのだ。自分の生き方を。
――じゃあ、あとは。
「私が決める番、ね」
この世の中、女が一人で生きていくことはできない。家を飛び出しても彼は見捨てないかもしれないが、莫大な負担をかけることになるのは間違いない。考え込む彼女のまなざしが、強くなる。
「女が家を継いだ実例……従者が勲功により爵位を賜った例……あるはずだわ。たしか」
彼女は箱入りで、何も知らないかもしれない。でも、だからといって諦めるには早いはずだ。
彼がもし逆の立場なら、彼女を妻にするために、あらゆる手を尽くすだろう。…そう、信じられるから。
「…ちょっと時間がかかるかもしれないけれど…どうか、お待ちくださいね」
――必ず私からも、絶対に断れないお返事をしますから。
そう心の中で呟いて、彼女も部屋を出て行く。上品に、静やかに、迷いのない足取りで。
誰もいなくなった部屋に、午後の日差しが差し込んでいた。