モンターナの戦い
「改めて聞きますが・・・・凄い戦いですね」
私はグラウス大王の説明に暫しペンを動かす事が出来なかった。
「そうかもしれないな。しかし、南北大陸の王に私は注目して欲しい」
「そうでしたね・・・・南北大陸の王は戦車と戦象を擁していたから敢えて広大な地を選んだのですよね?」
グラウス大王の言葉にハッとした私は改めて確認の問い掛けを行った。
「そう聞いているが・・・・あの地以外で戦うとすれば戦車と戦象は使う場所に困っただろう」
だが、とグラウス大王は言った。
「私なら決戦をする前に・・・・戦車、戦象、騎兵、そして弓兵を使って敵の兵力削減に苦心する」
「というとヴァースティタースに入る前に?」
「あぁ、そうだ。若しくは逃げる際にぶつけるべきだと思う。しかし・・・・その戦いで私は陣地を選ぶ重要性を再認識した点は変わらない」
「では何と書きましょうか?」
私はペンを紙に当てグラウス大王に問い掛けた。
「続くモンターナの戦いの前ならば・・・・このように書いてくれ」
『自身の持つ兵種を如何にして活かせるか・・・・その陣地を探し出せ』
「分かりました」
大王の言葉を一字一句間違いなく私は紙に書き記したが、魔石にも声を残す事で2重に記録した。
「ふふふふふ・・・・君は慎重な戦いを恐らくはするだろうね?」
私の紙と魔石を見てグラウス大王は茶化してきたが馬鹿にする様子は無い。
「慎重な戦いは悪くない。ただ、時には大胆に戦う事も望まれる。果たして後世の者達は・・・・どう戦うのか?」
「貴方としてはどう考えますか?」
大王の言葉を書き終えた私は自分では想像も出来ないので直ぐに尋ねた。
「・・・・恐らく私達のように裸馬には乗らず、もっと乗り易く扱い易い道具を使って騎兵を用いると思う」
歩兵に関してもそうだ。
「恐らく重軽の両方を使う時代は暫し続くと思うが、何れは軽装歩兵で戦う方が多くなる筈だ。そして魔術師は・・・・こちらは余り変わらないだろう」
魔術師は白兵戦では戦わず、あくまで魔法を使って遠距離で戦う。
「だから後世の者達も同じように使うだろう。ただし、全ては私の予想でしかない」
こればかりは神のみぞ知る事柄と大王は言った。
「何より今は私の戦争体験を書いているんだ。そちらに集中したまえ」
「申し訳ありません。それでは次の戦い・・・・モンターナの戦いについて御話ください」
「モンターナの戦い・・・・あれは私が南北大陸を併合し、その統治を身内に任せたのに私が口を挟んだ事が原因だった」
「といいますと?」
「南北大陸の王はヴァースティタースの戦いで逃亡したが健在だった。そして国民も王を支持した」
だから彼の国の王都を占領したからといって・・・・戦いは終わらなかった。
「寧ろ・・・・そこからが真の意味で戦いだった。王を支持する国民は自ら武器を取り徹底的に抵抗を取った」
それに対してグラウス大王の身内---腹違いの兄は武力で抑え付けようとしたが思うようにいかなかったらしい。
「これを私は公の場で手厳しく批判し、私が直接出向いて抵抗軍を討伐して回ったが・・・・それによって義兄のメンツは丸潰れとなった」
「・・・・・・・・」
「それを義兄は酷く恥じ・・・・自死した。彼の妻は夫を死に追いやった事を怨み、次に私が狙うと思われていたメリディエース大陸へと向かい・・・・そこで軍を用意した」
これを皮切りに優秀な部下も何人か離れたらしい。
「ある者は義兄の妻と共にメリディエース大陸に渡り、ある者は私に讒言の言葉を残して自死、ある者は流浪の身となり消え・・・・残った者も私を置いて戦死した」
グラウス大王は暗い表情で自身の欠点を私に語った。
「そしてテッラ国歴310年9月25日に・・・・メリディエース大陸で私を打倒せんとする軍が出来た」
創設者は前記の通り義兄の元妻で、その時はメリディエース大陸を支配していた王の妻になっていたらしい。
「私は直ちに戦う事を決めメリディエース大陸に侵略したが・・・・向こうは南北大陸の抵抗軍も味方に付けていた」
しかし、それは巧妙に隠されていたのでモンターナの戦いになるまでグラウス大王は正確に把握できなかったらしい。
「ですが結果は・・・・勝利したのですね?」
「あぁ・・・・だが、義兄の妻は私を何としてでも倒すつもりだったから和睦の使者は送って来なかった。逆に私が使者を送っても追い払ってきた」
そして南北大陸も背後で徹底した抵抗を続けた。
この時点で一代で築いた領土は瞬く間に火種が飛び散り大火事を起こしたが、それは外だけの事ではなかった。
広大な領土をグラウス大王は身内に任せるなどしたが・・・・その領土経営を巡りセプテントゥリオーネス大陸内部でも醜い権力闘争が勃発したのだ。
「・・・・モンターナの戦いについて語ろう」
グラウス大王は自身が立った最後の戦場を何れ語る覚悟はあるのか、重い口調で話し掛けてきて私も応じるようにペンを握り直した。
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テッラ国歴310年9月25日。
その日、メリディエース大陸の内陸部にあるモンターナという土地では激しい戦いが繰り広げられていた。
雨の如く降り注ぐ矢。
地形を変える勢いで放たれる魔法。
そして鉄器を持った歩兵同士の凄惨な白兵戦が至る所で繰り広げられ、周囲は凄惨な地獄絵図と化していた。
しかし8万5千の兵力を誇る南北大陸の軍は断固として引かない様子を見せ続け、それとは対照的にテッラ国軍は5万5千の兵力差もあるが気力の差でも押されている。
ただし、それは巧妙な「演技」であった。
彼等はグラウス大王が居る場所に敵を連れて来るのが役目なのだが、南北大陸の軍は分かる訳もなく後退するテッラ国軍を追撃した。
それこそテッラ国軍の思う壷だが彼等も死にもの狂いなのは確かである。
また実際に一部の兵士達は本気で後退していた。
彼等は戦うのに疲れたのだ。
だからという訳ではないが・・・・彼等は死にたくない一心で後退した。
そんな副作用も相まってか南北大陸の軍は勢いに任せて追撃を続けたが・・・・モンターナという緩やかな高地で追撃は止まった。
何故ならモンターナの地にテッラ国軍の総司令官たるグラウス大王は居たのだ。
セプテントゥリオーネス大陸併合を皮切りに南北大陸でも遺憾なく高い実力を発揮した彼の軍団は左右に騎兵、正面に歩兵、後列に魔術を配置していた。
しかし右翼が薄い事にメリディエース大陸軍は築き右翼に集中攻撃を始め、左翼と正面は防衛するように命じた。
ところが・・・・ここで濃い霧が発生した事で勝敗は分かれた。
それはモンターナから少し離れた窪地に隠れていたテッラ国軍の伏兵が霧を利用して現れたのである。
そしてメリディエース大陸軍の中央を攻撃し撃破し、その返す刃で背後からテッラ国軍の右翼を攻撃していた軍を攻撃したのだ。
これにメリディエース大陸軍は大いに慌て直ぐに左翼の軍を回そうとしたが間に合わず・・・・降伏した。
自身で戦場を決め、そこに敵を上手く誘き寄せたグラウス大王の戦術眼と策謀、そして気候さえ味方に付けた神懸かり的な采配振りから「戦争芸術家」の異名を大王は得た。
しかし、それを頂点としたのか・・・・そこからの大王の人生は実に悲惨であった。
その一つは今まで遠征に従っていた部下達が従軍を拒否した事が挙げられよう。