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♯8 4月第3週【進む覚悟、少女の楔】

遅くなりましたが♯8出来ました。ページが消えたり、ループしてたり…エラーになったり本当に苦労しました。本当は昨日アップする予定だったのに…すみません愚痴って。それでは♯8お楽しみ下さいませ。

今日の授業も終わり、生徒は社交会の準備の為に一時帰宅した。


俺は予め持って来ていたスーツ(ポール・スミス)に着替え、風紀委員教室に向かって廊下を歩いていた。


放課後の校舎には全く人気が無く、少し不気味に感じられた。


……そんな事を考えていると、目的地に着いていた。コンコン…2回ノックして声を掛けた。


【正義】

「………芽衣さん…正義です」


昼休みに『放課後部屋に来てくれ』と言った時の真剣な表情を思い出して、大きな声が出なかった。


室内でガタッという音がして、足音が此方に近付いてきた。すぐ近くで足音が止まり、扉が乱暴に開かれた。


彼女の顔は険しかった。言葉も発さずに顎で室内を差し、中に入ると扉が閉まり鍵が掛けられた


奥に置かれたソファーに座ると、彼女はその正面に腰を降ろした。


声を掛けようとした彼女の顔は険しいままで、喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。


場の空気に耐えられなくなり床に視線を落とし、それから暫く時間が経った。


痺れを切らし顔を上げると、先程までの険しい顔は消え青白くなっていた。両腕を胸の前で交差させて肩を抱き、身体を震わせていた。


その様子を見ていられなくなり、視線を落として考えた。やはり去年なにかあったのだろうか…彼女は間違いなく『何か』に怯えている。他の人は『何か』を知らない。


……カフェテリアで取締りに参加すると決めてから、去り際に見せた芽衣さん真剣な表情が気になっていた。


警戒の仕方から考えて、不審者が入ったのではないかと推測した。翌日から2年と3年の先輩に、去年の社交会は何も無かったかを聞いた。…結局200人近くに聞いて回ったが、何も得られなかった。


今日まで他の可能性を考えたが、時間が経つばかりで何も思いつかなかった。


思考を中断して正面に視線を向けると、ソファーに居た筈の彼女が居ない。視線を少し上げ更に奥を見ると、此方に背を向け窓の外を眺めていた。


【芽衣】

「去年……オレは殺されそうになった」


殺されかけただって!…じゃあ何故騒ぎになってない!?…誰も知らない?…矛盾だらけで訳が解らない…考えても仕方無い、聴くのに集中しよう。


【芽衣】

「去年もオレは3年の先輩と外回りだった…その人はオレが憧れてる人で、美月響子みつききょうこ先輩って言ってな…ウチの道場の先輩だった。

…オレ達は常に真逆の位置を保って、体育館の外周を歩いていた。8時半を過ぎた頃…響子先輩から電話があって〈グラウンドに誰か居る、私が見てくるから芽衣は歩く速度をあげといて〉って言って電話が切られたんだ。…それから10分位経っても連絡が無いから電話したら…電源が切られてたんだ。それから5分位して…いきなり後ろから頭を撲られたんだ。

オレは痛みを堪えて振り返った…フルフェイスのメットを被って、全身黒のライダースーツを着た奴だった。

ソイツはいきなりポケットからナイフを出して、突っ込んで来たんだ。隙の無い動きだった…声を出す余裕も無かったよ。相手の攻撃をかわすのが精一杯で、後ろから近付いて来るもう一人に気付かなかったんだ。……もう一人に後ろから背中を蹴られて、前から来る奴の持ってるナイフに突っ込んじまったんだ。奴が下段に構えてたナイフが…」


そこまで言って彼女は此方に振り返った。スカートの中に両手を入れ、下に履いているスパッツを引き摺り降ろした。


スカートの裾を掴んで軽く持ち上げると、右の太股に裂傷が残っていた。


【芽衣】

「刺した奴を両手で突き飛ばしたら、2人共別々の方向に走って逃げたんだ。……オレは錯乱してて…止血も忘れて動けなかった。その後、緊張の糸が切れてバッタリ…………起きたら傷口が縫合されてて、オレの部屋で寝てたんだ。オヤジに聞いたら学園から電話で〈学校の体育館裏で倒れて居た。周囲の割れたガラスに血が着いていたから、ふざけていて割れたのでしょう〉って言われたらしい」


【正義】

「ガラスが割れてた?…しかも血が着いてたって、全然噛み合わないじゃないですか!?」


刺されて気を失った…気が付いたら家?おかしい事だらけだ。その間が空白だし…時間は?他の生徒は?マズイな…頭痛くなってきた。


【芽衣】

「解らないって顔してるな…オレがどれだけ調べても解らないのに、解る訳ねぇよ」


彼女は苦笑していた、何であんな顔できるんだろう?…殺されかけたってのに。


【芽衣】

「情報操作されてんだよ。第一発見者は校門に立ってた警備員。時間は生徒が皆帰った後の10時過ぎ。オレが居た場所もグラウンドで使う道具倉庫の裏、割れてたガラスも倉庫のだ。確かに倉庫も体育館裏だけどな」


誰かが隠蔽しようとしてるって事か…権力を持った人間がグルになってるんだろうな。アレ?そういえば。


【正義】

「そういえば美月先輩はどうなったんですか?」


【芽衣】

「響子さんはグラウンドの隅で倒れてたらしい。起きたら首がちょっと痛かったって言ってた……自分の家で」


何でこんなに空白だらけなんだ?……でも、無事で良かった。


【正義】

「美月先輩が気絶させられたのは間違いない…けど2人共どうやって家まで帰ったんです?」


【芽衣】

「オレは寝たまま担任の車で、鳴北の天瀬川総合病院で治療受けて…それから家だな。響子さんはオレが病院に向かった後に、同じ警備員が見つけて家に連絡して迎えが来たらしい」


普通は救急車呼ぶよな…それに、後でって事は10時半位か?


【正義】

「その警備員は今何処に居るんですか?」


【芽衣】

「去年の5月に辞めたよ…父親が亡くなって実家に帰ったらしい」


【正義】

「じゃあ…お手上げですね。『園田芽衣』が調べても解らなかったなら、俺じゃ解りっこない」


オヤジさんに頼んで解らないなら……警察も一枚噛んでるだろうしな。


【芽衣】

「あぁ…オレも悔しいし恐いけどよ、諦めた訳じゃねぇ。いつかシッポを掴んでやる!」


そりゃそうだろう…身体に傷を付けられて、殺されかけたんだ…俺だって許せない!


【正義】

「じゃあずっと険しい顔をしてたのは当時の記憶が甦って……なんですか?」


【芽衣】

「あぁ…夢で見ちまうんだ、最近。身体が憶えてるんだろうな…トラウマになっちまった……ハハッ」


【正義】

「芽衣さん…すみませんでした。…俺なんかが聞いて良い話じゃ[オレは正義なら構わない]………え?」


なんで俺なんか…何も力になれない奴になんか。…悔しくて泣きそうなのを唇を噛んで耐えた。


【芽衣】

「何も力になれないとか思ってねぇか?…勘違いすんなっ!オレが話したのは、お前に背中を預けるからだ!護って欲しいからだっ!…だから話した。お前だから…」


叱咤されちまった。顔に出てたのかな?……確かに、俺には犯人なんて解る訳ないし…捕まえる事も出来ない…時間も戻せない。ならこれ以上傷付かない様に、同じ事が起きない様に…護ってやるっ!


【正義】

「わかりました。…必ず護って見せます」


真剣な顔で決意を告げると、彼女は顔を真っ赤にしていた。…まさか照れてる?可愛らしい人だ。


【芽衣】

「………………反則だろあの顔」


【正義】

「何か言いました?よく聞こえなかったんですが」


【芽衣】

「なっ…何でもねぇよ!」


動揺を隠すかの様にスパッツを履き直して、先程の位置に座った。


【芽衣】

「正義は無手だったな。拳サポーターは持って来てるんだろ?」


頷いてから上着のポケットから取り出し、ソファーに囲まれたテーブルの上に置いた。


【芽衣】

「正義…組手してくれっ!あっ…勿論今日じゃねえぞ?…たまにで良いから頼めないかっ!?」


襲われて負けたと思ってるんだろうな…やっと力になれた。あんな必死な顔して頼んで来るなんて…恐かっただろうな。


【正義】

「解りましたよ…俺で良ければ。じゃあ、おそらの庭に行く時連絡してください」


【芽衣】

「解った…ありがとう」


此方に頭を下げてから立ち上がり、横を通り過ぎ扉の鍵を開けた。


その姿を目で追っていると視線がぶつかった。彼女は眼を細めて口元を吊り上げ。


【芽衣】

「なんだ正義…そんなにオレの裸が見たいのか?……一緒に更衣室来るか?」


想像してみた。あの胸で…ヤバい、鼻血が出そうだ。それより早く誤解を…あのニヤニヤした顔、もう手遅れだ…なら


【正義】

「えぇ…一緒に行きましょうか。1人は危ないですからねぇ」


【芽衣】

「〜〜〜〜〜〜〜っ」


全身を真っ赤に染め扉をバンッと勢い良く開き、廊下を走って行った。


外が薄暗いのに気付いて時計を見ると、5時45分だった。ソファーに座り直して携帯を取り出し、美咲桜に〈今日は俺の分まで楽しんで来いよ!〉とメールを送った。


10分程して足音が近付いて来たので、立ち上がり廊下に向かった。


廊下に出ると白いパンツスーツに着替え、右手に木刀を持った彼女が居た。全身を眺めてから顔に視線を向けると、その表情は少しだけ強ばっていた。


【芽衣】

「正義…行くぞっ!」


顔を見合わせて頷くと彼女は踵を返して歩きだした。俺はその後ろを歩きながら、拳サポーターを着けていた。





















【女性徒A】

「芽衣様!…頑張ってくださいね〜」


【女生徒B】

「芽衣様、今年も外なのですか?」


【女生徒C】

「後で差し入れ持って来ますね〜」


体育館の入口に立ってからずっとこの調子だ。女子生徒が彼女に詰め寄り、口々に声を掛けていた。


【芽衣】

「あぁ…楽しみにしてる。…皆は楽しんでくると良い」


嫌な顔一つせず、笑顔で一人一人にちゃんと答えていた。俺はその様子を観ながら入場者リストのチェックをしていた。


【美咲桜】

「ヒロ君、お疲れ様。はい…休憩の時にでも飲んでね」


声に反応して顔を上げた。薄いピンクのロングドレスで着飾り、右手で持ったステンレスの水筒を此方に差し出していた。


【正義】

「ありがとな…後で飲ませてもらうな」


受け取った水筒を受付の机に置いて、美咲桜と向き直った。本当に綺麗だ…絵画みたいだな。変な虫が付かない様に頼まないと…航はまだか?


【美咲桜】

「どうしたの?…私の顔に何かついてる?」


見とれてた…って言ったら真っ赤になるだろうし、なんて言うかな?


【美咲桜】

「本当にどうしたの?…難しい顔して」


不安そうな顔をするな…お前が原因なんだよ。ハァ…考えるのが馬鹿らしくなってきた。ストレートに褒めよう…


【正義】

「綺麗だから見とれてたんだよ…美咲桜に」


【美咲桜】

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


ボンッと音を発てて顔が真っ赤になった。やっぱりこうなったか…いい加減に慣れないかなぁ…疲れる。


【航】

「マサ君お疲れ〜」


声に振り返ると、航と恋華が手を繋いで立っていた。航はグレーのシックな感じのスーツ、恋華は清潔感があるライトグリーンのロングドレスを着ていた。


【恋華】

「マー君お疲れ様。どうしたの…コレ?」


恋華が顔を真っ赤にした美咲桜を指差しながら、怪訝な顔を向けてきた。


【正義】

「綺麗だから見とれてたんだ…どうしたの?って聞かれたから、お前に見とれてたって言ったら…」


【恋華】

「こうなった…と。ハァ…まだ慣れないんだ?」


【航】

「マサ君も…大変なんだねぇ」


俺も?恋華もこんな感じになるのか?…想像出来ない。今度聞いてみよう。


【芽衣】

「正義!早く美咲桜達を入場させろ。その3人で最後だ!」


芽衣さんの声で我に還ると、周囲を見渡した。3人以外は誰も居らず、芽衣さん一人だった。


固まっている美咲桜の腕を掴んで引き摺る様に体育館の中に入ると、航と恋華も小走りで着いてきた。


体育館の中は別世界だった…床にはペルシャ絨毯が敷かれ、多すぎて数えきれないテーブルには所狭しと豪華な料理がならんでいた。


【正義】

「……………凄いなぁ」


思わず口から溢れた…持って帰っていいのかなぁ、あの料理。母さん達にも食べさせてあげたいなぁ。


【航】

「どうしたのマサ君……成る程ねぇ〜、テイクアウト出来るから安心して良いよ。…見繕っとくから、帰りに渡すね」


そんなに料理を凝視してたのかな…恥ずかしい。でも取り置いてくれるらしいし、母さん達喜んでくれるかな。


【正義】

「ありがとな…あと美咲桜に変な虫が付かない様に頼むわ」


【恋華】

「大丈夫だよ…『マー君以外の男に興味ない!』って言ってたから(本当は姫モードで相手にしないからなんだけどね)」


それは良かった。ん?良かったのか?…まぁいいや、心配事が一つ減ったし。


【芽衣】

「正義!時間だぞ、早く来いよ」


声に反応して入口に視線を向けると、木刀を肩に担いで口元を吊り上げた『突撃お嬢』が居た。


【正義】

「じゃあ2人共、美咲桜の事頼むな…楽しんで来いよ!」


そう言って急いで入口に戻った。靴箱から運動用の紐靴を取り出して革靴を脱ぎ、紐靴に履き替えて外に出た。










外に出ると彼女は屈伸運動をしていた。隣に立つと立ち上がって顔を向けてきたので、気になっていた事を聞く事にした。


【正義】

「今回は入場者リストもあるし、中から鍵を掛けてるなら俺一人でいいんじゃないですか?」


去年は鍵を掛けてなかったらしい…入場者も簡単にしかチェックしてなかったと言っていた。今年は大丈夫だと思うけど…なんでかな?


【芽衣】

「リベンジ。今年も来るか解らないが…だからオレが外回りになった」


相当深刻な問題だな。リベンジか…危ないから止めてほしいんだけど、聞かないだろうな。何も無い事を祈るしかない…まぁあれば俺が護るつもりだが、相手が素人とは限らないしな。警戒を怠らない様に、集中しながら歩こう!


【正義】

「一緒に行きます?それとも別々ですか?…俺としては前者の方が[別々で行く!]……解りました」


【芽衣】

「真裏に着いたら電話する。…それから歩き始めろ。…それと、何かあったら必ず連絡しろ。一時間経ったら、入口に集合だ!……じゃあな…頼りにしてるぜ!」


そう言って彼女は歩き出し、暫くしてその背中は曲がり角の先へと消えた。


心配だな…肩に力が入りすぎてる。不審者と接触したら危険だ、何も無ければいいんだがな。今年も来たら間違いない…犯人は学園絡みの人間だ。これ以上は憶測の域を出ないな…それ以前に性別も解らないんだった。集中しないと。


6時過ぎでこんなに暗くなるんだな…確かに照明が無い体育館裏だと、相手の顔は見えっこない。下段に構えたナイフが太股に刺さるとすると…相手が突っ込んでくる、イコール前傾姿勢で腕が下がるよな。彼女が169cmだから、170ちょっと…男か?


『♪〜♪〜♪♪♪〜♪』


ズボンのポケットに入れた携帯が鳴り出したので、思考を中断して携帯を取り出し通話ボタンを押した。


【芽衣】

『オレだ。今のところ異常は無い…そっちはどうだ?』


【正義】

「異常無しです…裏に着いたんですか?」


【芽衣】

『あぁ。じゃあ見回りを始めてくれ』


電話が切られたのを合図に立ち上がり、気を引き締め外周を歩き出した。










あれから、異常も無く1周目を終えた。かなりの大きさなので30分近くかかってしまった。


今は2周目を歩きながら発見現場の事を考えていた。


1周歩いてみて解ったが、裏面以外は少しだけ明るい。中の照明が足元の窓から外に漏れているからだ。裏面は窓すら無いため、2メートル先は殆ど見えない。


それに、道具倉庫まで100メートルは離れていた。気を失ってから誰かが運んだんだろう…ガラスは入れ換えられた後で、どの辺に倒れていたか解らなかった。抱き上げて歩いたのか?…引き摺って?…2人か?…調べても解らないって事は、足跡も消された後だろうな。刺された場所も下は土だ…土を入れ換えれば、血痕も消える。翌朝に調べたとしても、10時間近く時間がある………


全ての証拠を消し去る時間は充分だ…しかし、1人で証拠を消したとしてもやることはかなりある。


流れ的にはまず倉庫のガラスを割る。次に倒れていた彼女を運び、割れたガラスに血液を着け姿を隠す。警備員が彼女を見つけて担任を呼ぶ。更にグラウンドの隅で美月先輩を見つけて、誰かが家に連絡する。誰も居なくなってから現れて、土を入れ換え足跡を消した。ガラスは翌朝にでも、用務員が片付けたんだろう。


情報操作をする人間と襲った2人、証拠を消した人間…最低でも4人は居る筈だ。後日警察に連絡したとしても…証拠も残って無いし、捜査が続いても圧力が懸かればアウトだ。


犯人グループは最低4人で、かなりの権力者が居る筈だ。彼女を刺した人間はかなりの長身……こんなものか、これ以上は解らないな。


行き詰まった思考を止め暫く歩いていると携帯が鳴った。


『♪♪〜〜♪〜♪〜〜』


1時間絶ったのか?と思いながら、ポケットから携帯を取り出し通話ボタンを押した。


【芽衣】

『今何処だ?オレは真裏から戻ってる』


【正義】

「俺はもう少しで入口です…時間ですか?」


【芽衣】

『あぁ。着いたら待っててくれ、オレも5分あれば着く。じゃあ後でな』


通話を終えるのと最後の角を曲がるのは、ほぼ同時だった。入口に着いて扉に背を預ける様に座った。少し待っていると彼女は走ってきた。


【芽衣】

「ハァ…ハァ…待たせたな…悪い」


そう言った彼女は木刀を壁に立て掛け、

両手を膝に付き息を切らせていた。


【正義】

「とりあえず座って下さい」


そう言うと彼女は右隣に、俺と同じ様に座った。


俺は立ち上がり携帯を取り出すと、美咲桜にメールで〈受付の机の上に置いたお前の水筒を外に渡してくれ〉と書いて送った。


1分程で扉が開き、美咲桜が姿を現した。


【美咲桜】

「はい。持って来たよ…コーヒーが入ってるけど熱いから火傷しない様にね?」


【正義】

「ありがとう。…3人共楽しんでるか?」


水筒を受け取って皆の様子を尋ねると、美咲桜は苦笑していた。


【美咲桜】

「私と恋華は女子と話を楽しんでるよ。鳴海君は…3年の女子から揉みくちゃにされてる」


気になって扉から中を覗き込んだ。航がテーブルの間を縫うように走りながら何かを叫び、その後方を20人位の女子が追いかけていた。……ご愁傷様。


【正義】

「楽しんでる様だな…良かった。もう戻って良いよ…恋華が暇してるだろうし」


【美咲桜】

「うん。じゃあ見回り頑張ってね?」


美咲桜は微笑むと中に戻って行った。それから芽衣さんの隣に座り水筒の蓋を開けた。外蓋と中蓋をコンクリートの地面に置き、コーヒーを注いだ。


【正義】

「どうぞ」


外蓋を持って彼女に差し出した。


【芽衣】

「ありがとう…頂くよ」


渡してから中蓋を持ち冷ましながらゆっくり口を付けた。


【芽衣】

「15分休憩したら再開するぞ」


【正義】

「解りました」


今が7時過ぎという事は、次の休憩時間は8時15分位から。襲われたのは8時50分前後だったな…今のところは問題ない、今年も来るのか?そういえば病院からは情報を得られたのか?…ダメ元で一応聞いてみるか。


【正義】

「芽衣さん…治療した病院の医師からは、情報が得られなかったんですか?」


此方を向いて呆れた様な顔をしたが、首を傾けう〜んと唸ってから。


【芽衣】

「まだ考えてたのか?…しょうがない奴だな。カルテを観たが、処置した時間は10時45分…発見から40分位だ。傷もガラスが刺さったと書いてあった。医師の言い分、居合わせた看護師…食い違いは無かった。本当に手際がいい奴等だ」


確かに学園から車を飛ばせば病院まで30分位で着く。しかし刺されてから約2時間、発見後に止血しても1時間位はそのまま…あの大きな傷から考えても出血は酷い筈だよな?……血が足りないんじゃないか?


【正義】

「止血は誰がしてくれたんですか?」


気になったので聞いてみると、急に彼女は怪訝な顔をした。


【芽衣】

「………警備員がオレを見つけた時、オレのハンカチが巻かれていたらしい。上着のポケットに入れてた物で…家に置いてあるよ」


じゃあ解らないって事か…刺して直ぐ誰かが止血したとすれば、殺すつもりは無かったのか?…じゃあ脅すのが目的か?…犯人グループの狙いがやっぱり解らないな。


【正義】

「すみません。気になって…俺もお手上げです。犯人グループの狙いが解らない」


【芽衣】

「オヤジ絡みだと思うけど…ウチに恨みのある会社なんて、腐る程あるだろうしな」


成る程、園田グループに恨み…か。じゃあ学園に金を渡して…汚い手口だ。代表の娘である芽衣さんに危害を加えて、間接的に脅迫してるのか。


【正義】

「オヤジさんは、だんまり…ですか?」


【芽衣】

「あぁ。オレを心配させない為の配慮だろ…」


…園田グループの脅迫が目的なら、やっぱり今日も来る可能性は高いな。今からは彼女を護る事だけに集中しよう。


【芽衣】

「時間だ…次は正義からな」


時間になったと気付いて、中蓋に残る冷めたコーヒーを飲み干した。慌てて蓋を閉め、彼女に水筒を渡して〈受付の机に置いて下さい。後、扉の施錠を中に居る委員に頼むのお願いします〉と言い残して外回りに向かった。










あれから1時間…異常は無かった。今は最後の休憩を終えて、外周を歩いていた。


真裏に着いて携帯を取り出し、時間を確認すると9時2分だった。


もう少しで終わるな。そんな事を考えていると、手で握ったままの携帯が鳴った。


『♪♪〜〜♪〜♪♪〜』


嫌な予感がして直ぐに通話ボタンを押した。


【芽衣】

「正義っ!ルートを走りながら戻れっ!そっちに逃げられた。…オレも追い掛けてる、挟み撃ちにするぞ!!」


電話越しに聴こえた怒鳴り声に反応して、携帯をポケットに突っ込み直ぐ様グラウンド側に走った。


暫く走ると、此方に走って来る2つの人影が見えた。


【正義】

「止まれっ!」


走りながら叫び、スピードを上げて一気に残りの距離を詰めた。相手は5メートル程先で立ち止まった、その後方には彼女が居る様だ。


【芽衣】

「正義っ!追い込むぞ!」


【正義】

「解りました!」


体育館の壁に追い詰める様に移動しながら、慎重に距離を詰め相手の姿を確認した。黒のライダースーツを着て黒いフルフェイスのヘルメットを被っていた。


ビンゴ!でも身長は俺より少し高いな…中身が違うのかな?まぁいい…捕まえれば解るしな。


次第に奴は後退り、壁際に追い詰めた。彼女の方に視線を送ると頷いた。


【芽衣】

「大人しく捕まれば危害は加えないっ!…頭に両手を乗せて壁の方を向けっ!」


彼女が投降を促したが、奴は動かない…仲間が居るかもしれない。早く捕まえないと…逃げられるっ!


【正義】

「芽衣さん…増援が来る前に捕まえましょう!」


彼女に視線を送ると首を横に振った。


【芽衣】

「オレが殺るっ!…逃がさない様な位置取り頼むっ!」


言い終えると同時に木刀を上段に構え、相手に向かって駆け出した。


俺はもう1人を警戒しつつ、奴の退路を絶ちながら移動していた。


2人に視線を向けると彼女が木刀で攻め、奴は攻撃を避けながら蹴りで応戦していた。


それから3分程経っただろうか…彼女の動きが鈍くなってきた。恐らくスタミナ切れだろう…攻め続けてるからな、手を貸すか。


様子を見ていると彼女も同じ事を考えたのか、視線を一瞬だけ此方に向けた。


彼女は相手の蹴りをバックステップして避けると、此方に視線を向け奴に突っ込んだ。


【芽衣】

「オラァーーー!!」


彼女が胴を狙うと同時に俺は奴に向かって走った。奴は胴への一閃を此方にバックステップして避け、勢いを利用して俺に右の裏拳を放ってきた。咄嗟に体を沈めて裏拳を避けた。その腕を掴み、捻りつつ背負い投げた。投げた瞬間靭帯の切れたブチッという鈍い音が辺りに響いた。続けてドンッという音と同時に、奴はうつ伏せの体制で地面に叩き付けられた。


駆け寄って直ぐに奴の背中を踏みつけ、投げた時掴まなかった左腕を押さえつけた。


【芽衣】

「あぁ…オレだ、飯島に『野犬』を捕まえたと伝えろ…………そうか、じゃあ直ぐに来い…………グラウンド側に居る………あぁ頼む」


声に反応して彼女に視線を向けると、携帯で何処かに電話していた。


暫くして通話を終えると、此方に向かって歩いて来た。


【芽衣】

「手こずらせやがって………言い訳はあるか?」


彼女は目の前で立ち止まり、押さえつけている奴に視線を向けて言い放った。


何も反応が無いのを確認してから彼女は言葉を続けた。


【芽衣】

「だんまりか?…まぁいい……直ぐに喋りたくなる…覚悟しとけっ!」


そう言った彼女の顔は、不敵な笑みを浮かべていた。


あんな芽衣さん見たこと無い…少し恐い、あんな顔も持ってたんだ。


【正義】

「どうするんですか?…コイツ」


【芽衣】

「すぐに園田の人間が回収しに来る…それから徹夜で尋問だな」


やっぱり知らない方が幸せな事もあるな…同情はしないが、靭帯切ったのはやり過ぎたかな?……考えていると数人の足音が聴こえてきた。視線を向けると4人の男性だった。全員サングラスをかけて黒いスーツを着ており、体格も良かった。


【ガードA】

「お嬢様。お怪我は無いですか?】


【芽衣】

「あぁ。大丈夫だ…コイツを連れていけ!…オレも帰るから」


彼女の言葉に反応して2人が此方に来た。俺が奴から降りると両側から腕を掴んで立たせ、更に2人が奴の前後に立ち校門の方に連れて行った。……俺は連行の見事な手際に見とれていた。


その姿が闇に消えると、彼女が此方を向いて頭を下げてきた。


【芽衣】

「本当に助かった…ありがとう」


頭を上げると満面の笑みを浮かべていた。その顔は今までに見たことの無い魅力的な顔だった。


【正義】

「いえ。力になれて良かったです…お互いに怪我もしてないですしね」


【芽衣】

「あぁ。そうだな……1つ聞いても良いか?」


そう言うと彼女は怪訝な顔をした。


【正義】

「なんですか?」


なんだろうな、あんな顔して…何か問題があったのかな?


【芽衣】

「背後から背負い投げた技……奴の靭帯切れたよな?…あれはどういう技なんだ?」


アレか…普通は禁じ手だから知らないよな。


【正義】

「相手の背後から一本背負いをしただけです…その際に腕を捻ったんです、だから靭帯が切れたんですよ」


【芽衣】

「あの一瞬で掴んだ腕を捻ったのか?…それにしても危険な技だ、名前はあるのか?」


なんかあった様な気がするけど…たしか長いから忘れたんだよな。


【正義】

「本当の名前は忘れました…今は逆一本背負いって言ってます、まんまですけどね」


そこまで言うと体育館の入口の方が騒がしくなった。…社交会が終わったんだろう。


【芽衣】

「オレは中の委員と話して帰るから、先に行くな。…じゃあまたな!」


此方に手を振ってから踵を返し、入口の方に走り去った。その姿が闇に消えてから、入口に向けて歩き出した。










入口の前に着くとまだ多くの生徒が残っており、離れた位置からその様子を眺めていた。


暫くは人が減らないと結論づけ、先程の出来事を思い出していた。やがて生徒が減り始めて、美咲桜が恋華の手を掴み引き摺る様に走り寄って来た。


【美咲桜】

「ハァ…ハァ…ヒロ君…お疲れ様でした」


【恋華】

「ハァ…はっ走るの早いよ…ハァ…美咲桜」


凄いスピードだな…恋華が不憫に思えてきたな、ご愁傷様。


【正義】

「あぁ、そっちもお疲れ。楽しめたか?」


美咲桜は満面の笑みで頷き、恋華の顔は引きつっていた。…中で一体何があったんだ?


【恋華】

「マー君…良くこんなのと7年も一緒に居れたね…」


何故か疲れた顔で、肩を叩きながら言われた。こんなのって…酷い扱いだなぁ。聞きたいが…聞いたら取り返しがつかない気がする。


【航】

「誰かぁ〜〜助けてぇ〜〜〜!」


声がした方を向くとお姉様が一ヵ所に集まって居て、航の姿は確認できなかった。気のせいだと結論づけて視線を戻した。


【美咲桜】

「ヒロ君は土曜日と日曜日…どっちが良い?」


頬を赤く染めながら軽く屈み、上目遣いで聴いてきた。


土曜?…日曜?……………あぁ週末に出掛ける約束だったな。土曜はおそらの庭に行くから日曜だな。


【正義】

「土曜は用事があるから日曜で良いか?」


【美咲桜】

「うん。じゃあ土曜日の夜に電話するね?…あっ!…私迎えが来てるからもう帰らないと…じゃあねヒロ君っ!恋華!また明日」


美咲桜は此方に何度か手を振ってから、校門の方に小走りで駆けて行った。


【恋華】

「日曜日ねぇ〜?なにするのかなぁ〜?」


ニヤニヤしながら聞いてきた。盗み聞きしてた癖に…お灸を据えてやるか。


【正義】

「そりゃベッドの上で色々するよ?……野暮な事聞くなよ」


【恋華】

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


アレ?全身真っ赤になっちゃった…まだだったかな?やりすぎだったか。


【航】

「助けてぇ〜〜〜!!」


又だ…アイツは何処に居るんだ。声がした方を再び見ると、お姉様方の隙間から航の顔が見えた。


固まっている恋華を残して、お姉様方から航を救出に向かった。


【正義】

「先輩方…すみません、連れを返してもらえませんか?」


後ろで一本に纏めた髪をほどいて母さん直伝のウインク&スマイルで言うと、何人か鼻血を出して倒れた。


《リリィスマイル》


解説:リリィスマイルは百合好きに凄い破壊力を発揮する(髪をほどいた正義は英理朱曰く、クールな女にしか見えないらしい)※ノーマルには効かない。



【航】

「ハァ…ハァ…マサ君…助かったよ」


航は着衣が乱れてボロボロになり、顔中キスマークだらけだった。次にこうなるのは体育祭か?……ご愁傷様。


航が此方に来るとお姉様方は飽きたのか、ゾロゾロと帰って行った(倒れていた娘は引き摺られて行った…過激な人達だな)


【正義】

「お前…鏡で自分の顔を見たほうが良い。凄い事になってるぞ」


そう言ってやると携帯のカメラで自分を撮った。確認して上着のポケットから凄い勢いでハンカチを取り出し、まるでタオルで拭くように顔を拭っていた。


【航】

「どう?綺麗になった?」


【正義】

「その台詞…お前が言うと女にしか見えないな。綺麗になったよ……………多分」


プッ…所々グロスやら口紅の跡が延びて凄い事になってるがな。


【恋華】

「わたるぅ〜〜プッ…キャハハハハ!」


恋華が復活して俺の横に来るなり、腹を抱えて笑いだした。膝を付き地面をバンバン叩いている。


【航】

「ちょっと〜〜何が可笑しいのか教えてよっ!」


【恋華】

「キャハハハハハ…もっ…もうダメっ…可笑しすぎるっ!!」


生徒も殆どが帰宅して誰も居ない学校に、女性徒の笑い声がいつまでも響いていた。



















あの後、靴を履き替えて校門で恋華と別れた。鳴海家のリムジンで家まで送ってもらい、取り置きした料理の入った重箱を受け取った。


家に入ってリビングに居た父さんと母さんに重箱を渡し、2階の自室に戻った。


スーツを脱いでスウェットに着替え、スーツにアイロンをかけ10分程でかけ終わった。クローゼットにスーツを仕舞ってリビングに戻ると、重箱が空になり父さんがソファーでお腹を擦っていた。


【明斗】

「産まれそうだっ!」


【英理朱】

「ゴメンね。まー君…止めたんだけど」


【正義】

「俺の夕飯がぁーー!」


風紀取締りをする事を伝えていなかったので、夕飯は食べてきたと思ったらしい。結局…俺の夕飯はカップラーメンだった。


【正義】

「ハァ〜………虚しい」


最早溜め息しか出なかった。





















昨日はおそらの庭で1日中過ごした。ピアノを教えた後子供達と遊んだが、その日芽衣さんは姿を見せなかった。


そして今日は日曜日。昨夜に美咲桜から電話があり〈1時位に迎えに行くね〉と言われたので軽めの食事を摂り、リビングで寛いでいた。


【英理朱】

「美咲桜ちゃん遅いねぇ〜?」


声がした方に視線を向けるとリビングのドアが開き、母さんがコーヒーを運んできた。此方に来てテーブルにコーヒーを置くと、対面のソファーに座った。


壁に掛かった時計に視線を移すと1時3分になっていた。1時位って言ってたし…許容範囲なんじゃ?


【英理朱】

「時間にルーズな人って私嫌いだなぁ」


今日はえらく噛みつくなぁ…何でこんなに不機嫌なんだ?…俺何かしたかなぁ?


【正義】

「母さん…今日はどうしたの?…機嫌悪くない?」


恐る恐る聞くと切れ長の眼が鋭くなり、思いきり睨まれた。やっぱり俺なのか…何かあったっけ?…………駄目だ、思い出せない。ハァ〜…良しっ!


【正義】

「母さん?俺が何かしたんだよね…ゴメン。…思い出せないんだ」


そう言うと母さんは腕を組み、ハァ〜と大きな溜め息を吐いた。


【英理朱】

「先々週に約束したの憶えてないの?一緒に買い物に行くって…ハァ〜…今日は仕方無いけど、次は絶対だよ?」


先々週?………あぁ〜!地下室でピアノ弾いてた時に何か言ってたな…全く聞いてなかった。


【正義】

「ゴメンね。また今度行こう?…次は忘[ピンポーン]……れないから、いってきます」


美咲桜だろうなと思いながら玄関に向かった。靴を履き終えて、鏡で軽く身だしなみをチェックした。




鏡に映った俺は白のロングTシャツの上に青いTシャツを重ね着して、黒地に白のムラ染めがアクセントになったジーンズを穿いていた。ネックレス等は嫌いな為、全く着けてない。可笑しな所は無いな……良しっ行くか!


玄関のドアを開けて空を見上げると、曇っていて雨が降りそうな感じがした。


門に視線を移すと、付き人の桜さんがリムジンのドアを開け此方に会釈した。


【桜】

「正義様、おはようございます。…お乗り下さい」


◎霧生桜◎《きりゅうさくら》23歳‐AB型‐180cm‐Dカップ‐美咲桜の付き人。長身で程よく引き締まったスポーティーな体型。髪は腰まである黒髪を、三編みで一本に纏めている。眼はややつり目がちで、整った顔だちと合わさりクールな印象を受ける。長身&スタイル抜群の為、街で良くスカウトに追われている。【黒のパンツスーツ+赤いカッターシャツ+白ネクタイ+メガネはデフォルト】一人称は【私】


【正義】

「おはよう桜さん。今日はお願いしますね」


軽く会釈を返して開いたドアに視線を向けると、車内の美咲桜が此方に小さく手を振った。乗り込んで隣に座るとドアが閉められ、直ぐに桜さんが運転席に戻った。


【桜】

「お嬢様。今日はどちらに?」


【美咲桜】

「雨が降りそうよね…フロンティアにお願い」


【桜】

「畏まりました」


桜さんが応えると同時に、車は音も無く住宅街を走り出した。












あれから社交会の話をしつつ30分程が経ち、鳴響南にあるデパート『フロンティア』に着いた。


【桜】

「それではお嬢様…お気をつけて」


車から降りると頭を下げ、直ぐ車内に戻って車は走り去った。


【美咲桜】

「今日の格好…どうかな?」


そう言われてから不安そうな顔をした美咲桜の全身を眺めた。


ピチッとして身体のラインが良く解るピンクのTシャツに、細めの黒いジーンズを穿いていた。靴は茶色のウエスタンブーツを履いていて、腰に巻いた太めのベルトがアクセントになったパンク系の格好だった。


【正義】

「ジーンズなんて珍しいね?…でも良く似合ってるよ」


【美咲桜】

「良かったぁ。…それじゃ行こっか!」


笑顔になると俺の右腕に抱き着いて、入口に向けて歩き出した。












あの後10階から店を眺め休憩を挟みながら、4時間掛けて1階まで戻ってきた。俺の両手には途中で美咲桜が買った、服が入った紙袋が4つぶら下がっていた。


【正義】

「………疲れた…喉渇いた…腹減った」


美咲桜に4時間も引き摺り回された為に、足が悲鳴をあげていた。


【美咲桜】

「ヒロ君…体力落ちたねぇ。それじゃあ…もう6時前だし、フードコートに行こっ!」


そう言うなり腕を掴まれ、ずるずると引き摺られてフードコートに向かった。



美咲桜に席に任せて俺はドーナツショップ《めり〜》で2人分のセットメニューを受け取り席に戻ってきた。


【正義】

「お待たせ…少し混んでて遅くなった」


【美咲桜】

「うふっ…うふふふっ」


テーブルにトレーを乗せて視線を向けると、紙袋の中身を確認してニヤニヤしていた。対面の椅子に座り、その様子を眺めながら食べ始めた。



――――5分後――――


俺はセットのドーナツ3つとチキンを食べ終わり食後のコーヒーを飲んでいた。目の前の人は…


【美咲桜】

「♪♪〜♪〜♪〜〜♪♪♪〜〜♪(鼻唄)」



―――更に5分後―――


いつ終わるのか不安になってきたので電話を掛けてみた。……取る前に〈誰よっ!今良いところなのにっ!!〉と小声で言っていた。……………美咲桜?


【美咲桜】

『もしもし?』


ドスの効いた声が電話と正面からダブルで聴こえた。因みにまだ此方に気付いていない。


【正義】

「いい加減に前向いたら?…チキン冷めちゃってるよ」


一応電話口に話してみた。


【美咲桜】

「ふぇ…いっいつから居たの?…もう食べ終わったの?」


俺の方にある空になったトレーを見て目を丸くした。


【正義】

「早く食べないと桜さん迎えに来ちゃうよ?……もう6時30分になるし」


【美咲桜】

「えっもうそんな時間なの?」


キョロキョロしてフードコートにある時計を見つけると、もの凄い勢いで食べ始めた。その顔は、頬がハムスター見たいに膨れていて……ちょっと可愛かった。


10分程で食べ終わり、桜さんから電話があったので紙袋を持ち外に出た。


正面入口前のロータリーでリムジンを待っていると、隣に立つ美咲桜に袖を引かれた。顔を向けると美咲桜は口を開いた。


【美咲桜】

「楽しい時間は何で早く終わっちゃうのかなぁ…ヒロ君もそう思わない?」


なんでそんな顔…泣きそうな顔してんだよ。さっきまで笑顔だったのに、いつもより酷い顔……なんで


【正義】

「俺も美咲桜と居ると、時間が経つのが早く感じるよ」


言うと美咲桜は顔を伏せて、肩を小刻みに震わせてから…


【美咲桜】

「私の一番はヒロ君なのっ!…ヒロ君の一番は私だよね?……ねぇ…教えてよぉ?」


いきなりどうしたんだろう…いつもの美咲桜はこんな事絶対に言わない筈だ。何かに怯えてる様な感じがする…


【正義】

「俺の一番は美咲桜だよ。……昔からずっと」


優しく語りかけると抱き着いてきた。シャツを両手で掴み、胸に顔を擦り付けて声を殺して泣き出した。


両手の紙袋を地面に置いた。左手で腰を抱き寄せ、右手で頭を撫でてやった。




暫くすると泣き止んで俺の胸に手を突き、ゆっくりと離れた。


【美咲桜】

「私達って他の人達から見たら変なのかなぁ?…両想いなのに………付き合ってないし」


変じゃないっ!という言葉が喉まで出掛かったが、無理矢理飲み込んだ。お互いに立ち止まった今の状態じゃ…付き合っても、ただ傷を舐め合うだけだ。お前もそんな関係望んでないだろ?……なぁ美咲桜。


【正義】

「そうかも…な。でも俺は必ず答えを出すよっ!……言ってる意味解るよな?…その時はお前……いや…なんでもない」


まだ時間はある、だが俺が強要しても無意味だ。頑張れ美咲桜…俺は信じてるから、いつかまた………


【美咲桜】

「…………うん。そうだね」


そう言って力強く頷いて顔を上げ、ぎこちなく微笑んだ。その顔はまだ意思が揺れ動いている様だった。


その後お互い無言になり、桜さんが迎えに来てリムジンに乗り込んだ。車内でも気まずい空気が続き、気が付くと家の前に着いてドアが外から開かれていた。


【正義】

「じゃあまた明日」


【美咲桜】

「うん。ヒロ君またね」


お互いに顔を見合わせて小さく手を振り合った。車を降りて門を開けようとすると肩を掴まれた。振り返ると桜さんが悲しそうな顔をしていた。


【桜】

「お嬢様に何があったのでしょうか?…あんなお嬢様は初めて見ました…」


多分戸惑ってるんだろう…置いて行かれる様な感じがするんだろうな。ピアノだけだと良いが…こっちにはズカズカ踏み込んで来る癖に、昔から抱え込むからなぁ。


【正義】

「………揺れてるんだと思います。桜さん、時期が来るまで美咲桜を頼みます」


深く頭を下げて1分程して頭を上げた。


【桜】

「揺れてる…ですか。…解りました!その時が来たらお嬢様を頼みますっ!」


桜さんは会釈して踵を返し車に乗り込み、静かに車は走り去った。遠ざかる車が視界から消えると、門を開けて家に入った。





















VIEWCHANGE―――美咲桜SIDE――



先程七瀬家を出てからリムジンは桐原家に向かって走っていた。


【美咲桜】

「必ず答えを出す…か。ヒロ君は強いな」


それに引き替え私は…駄目駄目だ、恐くて触る事すらままならない。…ヒロ君は『何を』歩く事を止めたんだろう…そして今度は何処まで行くんだろう。隣に立って同じ景色を歩きたいなぁ。ハァ…やめよう、夢見るのは自由だけど虚しくなるだけ。夢大きければ大きい程の反動が…絶望が…耐えきれずに私が壊れてしまう。


【美咲桜】

「期間限定の恋…砂時計の砂が止まる事はないよね。約1年…みっ…みじかいっ…よぉ!!!」


1年後に訪れる絶望を想像したら涙が出た。『恐くないっ!恐くないっ!恐くないっ!』何度も自分に言い聞かせたが、溢れる涙は止まってくれなかった。


【美咲桜】

「ヒロ君っ…っは……なんで?…ヒロ君なのっ…なんでっ…ねぇおしえてよぉ!!!うあぁーーーっあーーーーっ!!!」



音も無く走る車内に一人の少女の悲痛な泣き叫ぶ声が響いた。



VIEWCHANGE――――――――END―



帰ってから直ぐに部屋に戻って、ベッドへ仰向けに倒れ込んだ。



とりあえず具体的に『何が』あったのかを知らないとな…動きようがない。宮園女学院だっけ、川上さんに頼むしかないな。できれば当時仲が良くて、同じスクールに通ってる娘が理想的だ…更にピアノを弾いていれば言うことない。……3年前だから難しいかもな、できれば直接逢って話したいが………


…スクールも見に行った方が良いだろうな。やっぱり色々と準備が必要だな、何ヶ月か覚悟したほうが良さそうだ。……俺の方は多少手こずるかな?でも子供は大丈夫だから何とか為りそうだ。


【正義】

「どのみち体育祭が終わってからだな。宮園も同時期だし、中間テストがあるけど点数影響しないし…来月から頑張らないとなっ!!!」



天井に向かって握り拳を突き上げた。

♯9は新キャラが登場します。早く全員出したいんですが、難しいですね。


因みに芽衣を襲った犯人は秘密です。個別ルートの伏線なので書けません。ご了承下さい。


それではまたお会いしましょう。

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