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♯14‐2/2 6月第1週【境界線】

楽しみにしている方もそうでない方もお久しぶりです。 言い訳や愚痴は駄文板に記載しておきますので、興味がある方はどうぞ。        それでは後編をお楽しみ下さい。

【瑞姫】

「つまり私のような新参者は、此処で一人寂しく書類整理をしているのがお似合いだ…と」


瑞姫は口を尖らせてそう言うと顔を逸らした。


【正義】

「や、拗ねられても……俺はただ、理事長が率先して騒ぎを起こすのはどうかと思うぞって言っただけ。…誰も瑞姫を仲間外れにしようなんて思ってない。今日のところは止めとけと言ってるんだ…」


はぁ…いい加減疲れてきた。…もうどうにでもなれ。


【瑞姫】

「つまり、他の生徒達が居なくなれば行っても構わない…という事ですわよね?…では早速」


瑞姫は掌に握り拳をポンッと打ち付けると、そう言ってブレザーのポケットから携帯を取り出した。


すごい解釈の仕方だな。…まぁ、それなら確かにパニックになることはないが。


【美咲桜】

「ねぇヒロ君?…私、なんだか嫌な予感がするんだけど(耳打ち)」


【正義】

「とりあえず様子を見よう。…あれでも理事長なんだ。そんなに無茶はしないだろ(耳打ち)」


そう言って当の本人に視線を向けると携帯を耳に当て、もう一方の手で髪を弄んでいた。


【瑞姫】

「理事の神城ですが、今すぐ全校生徒に帰宅を命じてください。……えぇ、今すぐに………それと、カフェテリアを時間外使用する許可を………その他諸々は此方で保証すると………えぇ、構いませんわ。…………後はそちらに任せます。……えぇ……えぇ、それでは。―――ふぅ……これで問題ありませんわ」


通話を終えると瑞姫は誇らしげに笑った。


【正義】

「俺の苦労って一体…」


肩を落として大きく息を吐いた。


【美咲桜】

「よしよし、辛かったね?…頑張ったね?…ただ今回は相手が悪すぎたんだよ。…でも、ヒロ君の頑張りはちゃんと私が分かってるから。だから元気だそう、ね?」


そう言って頭を撫でられた。


【瑞姫】

「あら、どうかされました?…そんなに肩を落として…」


あれだけ好き勝手なことをしながら未だ平然としている彼女を見ていると、何かドス黒いモノが身体の奥底から沸き上がって来るのを感じた。


【正義】

「何でもない…が、一つだけ言っておく」


【瑞姫】

「なんですの…?」


【正義】

「俺さぁ、自分勝手な奴って、『顔も見たくないぐらい』嫌いなんだよね」


【瑞姫】

「っ…………」


軽く睨みを利かせてそう言うと、瑞姫は唇を噛んで顔を伏せた。


先ほど“傍に居られなくなっちゃう”と言って流した涙が本物なら、この言葉は届くだろう。…相手の言葉尻を捉えてやり込める様で後味悪いが…これも瑞姫の為だから仕方ない。…自覚して貰わないと、この先――



ピンポンパンポーン―――


『生徒の皆さんにお知らせします。……本日5時より防犯設備の点検が行われます。…点検中、校舎内は立ち入り禁止となりますので、この放送をもって最終下校時間とします。…残っている生徒は速やかに帰宅して下さい。…繰り返します――』


ピンポンパンポーン―――



放送が終わり“よくもまぁ、この短時間でそんな出任せが思いつくもんだ”…等と考えていると、美咲桜に肩を叩かれた。


【美咲桜】

「恋華達、放送を鵜呑みにして帰っちゃわないかな?」


【正義】

「そうだな。…それに、芽衣さんにも事情を説明しなきゃいけないし…じゃあ、ちょっと外すな?」


そう言って立ち上がり携帯を操作しながら扉へと歩を進めていると、何故か美咲桜も着いてきた。


【正義】

「どうした?…何か伝言でもあるのか?」


扉の前で振り返り尋ねた。


【美咲桜】

「連絡した後、先にカフェテリアへ行っててくれない?…私もすぐに追い掛けるから」


そう言って片目を瞑り、瑞姫の方を振り返って苦笑した。


『放っておけない』…か。…ついさっきまで嫌々謝っていたのが、今は純粋に瑞姫のことを気遣っている……なんだか、美咲桜の成長するさまを目の当たりにしている気分だ。…いや、子供の成長を見守る親の気分か?…どちらにせよ、喜ばしいことだ。


【正義】

「俺が居なくなった途端、瑞姫に噛みついたり(喧嘩したり)するなよ?」


そう言って美咲桜の頭をクシャクシャと撫でた。


【美咲桜】

「むぅ〜〜〜〜っ!…私、そこまで子供じゃないもん!」


美咲桜は撫でていた俺の手を払うと、頬を膨らませてそう言った。


訂正…やっぱり成長してないかもしんない。…語尾に『もん』なんて付けるのは子供だろ。


【正義】

「わかったわかった。…んじゃ、瑞姫へのフォロー、よろしくな?」


【美咲桜】

「うん。…あの娘が落ち着いて話が出来る状態になったら、連れていくね?」


そう言うと美咲桜は扉を開けてくれた。


【正義】

「あぁ、頼んだ」


そう言って再度美咲桜の頭を撫でてから廊下へ出ると、直ぐに扉が閉じられ続けざまにガチャリという鈍い音が聞こえてきた。


【正義】

「鍵掛けてなにするつもりだ?…まぁ、とりあえず航に連絡するか」


液晶に航の番号が表示されると通話ボタンを押し耳に当て、カフェテリアに向けて歩きだした。



VIEWCHANGE―――瑞姫SIDE―――



ガチャリ―――



『俺さぁ、自分勝手な奴って、顔も見たくないぐらい嫌いなんだよね』


先程、お兄様に言われた言葉が頭の中をグルグルと回っている。


嫌い…かぁ。ああいう態度を取れば“正義”お兄様が怒るのは“読み取れてた”けど、いざ面と向かって言われるとさすがに堪えた……はぁ…さっきのお兄様、怖かったぁ〜、まだ鳥肌立ってる。


けど、お兄様を怒らせる所までは私のシナリオどおり………あと少しで『記憶の中のお兄様』と『今のお兄様』が私の中で繋がる。


そうすれば、後は適度に距離を保ち、嫌われない人格を演じ、状況に併せてシフトし、接し続ければいい……それで三年間、お兄様の傍に居ながらにして“あの事”を隠し徹せる筈。


それが、臆病な私がこの学園で三年間過ごすのに必要な通過点、儀式。……今は誰の前であろうと地を出すつもりは無い……そう、今は、ね。


さて、それは追々考えるとして…次は“桐原美咲桜の扱い”をどうするか…よね。


いつ遭遇してもいいように彼女の人格を想定して幾つか応対パターンを用意しておいたれけど、いざ会ってみれば何てことのない歳相応の娘…何だか拍子抜けよね。


とは言え、まだ、お兄様の前での彼女しか見てないから、楽観視は出来ない。


先程までの二人のやり取りを見ている限り、交際している畏れがある……なるべく早く彼女の考察を終えないと、下手すれば最悪の…って、アレ?…お兄様は何処?


今の状況を思い出して視線を一瞬だけ正面に向けると、先程まで対面のソファーに座っていた筈の2人が居ない。


しまった、落ち込んでいる状態を引っ張りすぎた……この場合予想されるお兄様のアクションは―――


【美咲桜】

「反省は終わったかしら?…M・I・モバイル・インテリジェンス・システムの神城さん?」


【瑞姫】

「…っ!?」


何故お父様の会社が解った?…確かにM・I・Sは有名だけど、神城一族は他にも有名な企業を幾つも経営している。…私がM・I・Sの現経営者の娘だと知っているということはまさか……まさか、彼女は“あの事”を知っているの?


恐る恐る声がした方へと顔を向けると、桐原さんは扉に背中を預ける様に立ち、楽しそうに此方を見つめていた。…きっと、今の私はすごい顔をしていることだろう。


【美咲桜】

「違わない、よね?…最初は解らなかったけど、“〜分際で”って言葉を聞いて漸く思い出せたよ。…貴女の口癖だったわよね、アレ?」


そう言いながら此方に歩み寄ると、先程まで座っていた場所に腰を降ろした。


先程から驚くことが多すぎて困る。…私の地まで知っているみたいだし…桐原さん、貴女は一体…。


【美咲桜】

「ふふっ…私が貴女の事を知ってるのがそんなに意外?…それと、顔が凄いことになってるわよ、貴女?」


桐原さんはそう言うと、ハンカチで口元を隠す様に押さえクスクスと笑った。


【瑞姫】

「えぇ、意外ですね。…貴女みたいな方と接点があったとは、本当に驚きです」


この展開は想定外だけど……対処法はある。とりあえず『何を』知っているのか確認するまでは、現状維持で様子を見ながら地に近い状態にシフトしていく……余程洞察力が鋭くない限りはこれで大丈夫…な筈。…落ち着け、私…。


【美咲桜】

「………ねぇ、訊いてもいいかな?」


桐原さんは一頻り笑うと姿勢を正し、真剣な顔をして問い掛けてきた。


【瑞姫】

「答えられる範囲でなら…構わなくてよ?」


何かしら…あんな真剣な顔をして。まさか“あの事”を訊かれるなんてことは――


【美咲桜】

「何であんな馬鹿げた真似してたの?…やっぱり、ヒロ君?」


―ない…わよね、やっぱり。今一瞬、不覚にも訊かれることを期待してしまった。…共有したいと、理不尽だと、不公平だと思ってしまった。…本当に嫌な女だ、私。


さてと、自己嫌悪はこの位にして……彼女が言ったことを私の現状に当て嵌めて推測すると、『お兄様の前だから地を隠してるの?』といった所かしら……結構鋭いわね、彼女。


【瑞姫】

「はて、何のことかしら?」


とは言うものの、本来の私を知ってるなら当然そう来るわよね。…いや、というよりは、自分も同じだから訊こうと思ったのかしら?…お兄様が居る時と居なくなった今とでは、雰囲気がかなり違う。……少し試してみようかしら?…思ったより頭も切れそうだし。


【美咲桜】

「とぼけても無駄だよ?…私は素の貴女を見たことがあるんだから。…2年前、都心のM・I・S日本支社で行われた、貴女の誕生パーティーでね…」


そういうこと…あの時は確か、媚を売ってくる大人達が煩わしくて、接触してくる人全てを説き伏せた(罵倒した)覚えがある。…多分、その一部始終を見たのだろう。……なら、今の状態で少しばかり高飛車な口調を強調すれば、彼女は地だと思い込む筈…なのはおいといて。


桐原財閥にまで招待状を送っていたとは……あれだけ送るなと釘を刺しておいたのに、そんな愚かなことをしたのは一体誰かしら?…解り次第処罰しないと。


【瑞姫】

「解釈はご自由に…私からもいいかしら?」


ふぅ…対彼女用のスタンスも出来上がったし、後はこのスタンスと、お兄様用のスタンスをバランス良く掛け合わせて学園での人格を形成するだけ。…何とか今日中に終えたいわね、どうせ綻びが出来るなら早く繕えた方が理想的だし。


【美咲桜】

「一つだけね?…本当は二人きりでゆっくり話したいんだけど、あまり遅くなるとヒロ君が心配するから。…貴女を連れていくって言っちゃったしさ」


一つだけなら訊くことは決まってる。“あの事”を知っているかどうかを確認するだけ。…さて、どう言ったものかしら……直球で訊くと勘づかれる怖れがあるし……やっぱり、遠回しに訊くしかないわね。


彼女自身で“あの事”に辿り着くならまだしも、私の口から言うわけにはいかない。…私には桐原さんを縛り付ける権利なんて無いし、それでは何の意味もないから。…例え、彼女が望んだとしても。


【瑞姫】

「現在…桐原財閥の傘下に、元神城グループの企業が存在しているのはご存知かしら?」


お兄様のことを引き合いに出せば確信は得られるけど……お兄様に接する態度を見ている限り、調べようとする可能性が高い。…恐らくこれが、此方の真意を悟られずに踏み込める、ギリギリのライン。


知らなければ当然“あの事”は知らないということになる。…知ってるなら…ッ。


【美咲桜】

「一応知ってる。…確かIT関連の企業が幾つかあったと思う…けど、そんなことを聞いてどうするの?」


桐原さんはそう言って怪訝な顔をした。


ふぅ…問い掛けてきたということは、此方の真意に気付いていない。……桐原さんは知らないのね、“あの事”を。


【瑞姫】

「どうもしないわ」


【美咲桜】

「何その“当たり前じゃない”って顔。…当然の疑問だと思うんだけど?」


【瑞姫】

「貴女を試しただけよ…『お嬢様』なのか、『ご令嬢』なのかを…ね」


【美咲桜】

「両方とも同義じゃない。…お嬢様とご令嬢って」


【瑞姫】

「私にとっては違うのよ。…貴女はギリギリ後者。フフッ…良かったわね?」


【美咲桜】

「良かったわねって…勝手に納得しないで説明してよ?」


【瑞姫】

「やっぱり前者かしら?…貴女、解らないからってすぐ人に訊くのはお止めなさい。…物凄く“可哀想な子”に見えるから」


【美咲桜】

「相変わらず言うことキッツイわね、貴女。…まぁ、いいけど。…それじゃ行きましょうか?」


桐原さんはそう言うとソファーから立ち上がった。


まだ行かれちゃ困るのよ。…貴方の心持ちを訊いた後で、罪をその身に刻む、戒めの儀式を交わさなければならないから。


三年間、揺れたりしないように。

三年間、咎人だということを忘れないように。

三年間、赦さないように…ね。


【瑞姫】

「すぐに終わるから、二つだけ質問に答えてくれないかしら?」


同じ様にソファーから立ち上がり、桐原さんの顔を真っ直ぐに見据えて言った。


【美咲桜】

「さっき一つだけって言ったのに。ハァ〜…貴女もその性格どうにかしたほうが良いわよ?……で、何?」


【瑞姫】

「貴女、正義様に対して随分な態度をとっていたけれど、恋人なの?」


【美咲桜】

「………………違うわ」


そう言って唇を噛んだ桐原さんの瞳は揺れていた。


変ね?…最悪、交際も覚悟していたのだけれど。…まさか、こんな痛々しい表情で『違うわ』なんて返事が返ってくるなんて……何か訳がありそうね。


【瑞姫】

「そう。ならこの先、そうありたいと願う?…恋人としての関係を求める?」


問いかけると桐原さんは眼を瞑り大きく息を吐いた。


さぁ、貴女の想いを見せてもらうわよ。…お兄様の隣に相応しいのか、そうでないのか―――


【美咲桜】

「……………求めるわ。私にはヒロ君しかいないから…例え全てを失ってでも傍に居たい人だから……私を救いだしてくれる…“光”…だから………だから、誰にも渡さないっ」


桐原さんは眼を見開くと力強い視線を此方に向け、ハッキリとした口調でそう言った。


【瑞姫】

「っ………!」


参ったわね……この娘本当にお兄様のことが大好きなんだわ。それも他の人じゃ代わりに成れない位…羨ましい、同じ位置に立ちたい…けど、私には資格…いえ、恐らくこの娘は“あの事”知っても逃げないわね……っ、なら、資格なんて言葉で済ませては失礼だ。悔しいなぁ…今更こんな気持ちに……届くかなぁ?


【瑞姫】

「貴女の想いはよく分かったわ。…………歯ぁ喰い縛りなさいっ!!」


そう叫んで右手を振り上げた。


【美咲桜】

「えっ!?…ちょっとっ!?…私が一体[いくわよっ!]……っ!」


パァーン!!!―――


問い掛けて眼を閉じたのを確認すると、彼女の頬を平手で力一杯ひっぱたいた。


【美咲桜】

「〜〜〜〜〜っ!…痛ったいなぁ、もうっ!……一体何のつもりよっ!…いきなり叩くなんてっ…!!」


桐原さんはそう言うなり、赤く腫れた頬を擦りながら詰め寄ってきた。


その反応は正しいわ。…こんな理不尽な痛みを負わされたら当然怒るわよね、やり返したくなるわよね。……そうよ、それでいいの。…さぁ、来なさいっ。


【美咲桜】

「理由…聞かせてくれるんでしょうねぇっ?……さぁっ、早くっ!!」


桐原さんはそう叫ぶ様に言って、胸ぐらを掴み揺すってきた。


それは無理よ。…話して手加減されては意味が無いもの。…さて、もう一押しかしら?


【瑞姫】

「『叩きたくなったから』じゃ駄目かしら?…貴女の顔を見ていたら急に―」


パシーン!!!―――


鼻で笑ってから馬鹿にした様な口調で言っていると、左の頬に平手が飛んできた。


【瑞姫】

「っ…一体どういうつもり?…どうして手加減なんてしたの?」


胸ぐらを掴んでいた手を振りほどき、そう言って彼女の顔を睨み付けた。


左の頬を襲った痛みは大したものでは無かった…恐らく桐原さんが受けた痛みの半分以下だろう。


【美咲桜】

「さぁ?…私は手加減なんてした覚えはないけど?」


桐原さんはそう言うと可笑しそうに笑った。


【瑞姫】

「嘘仰い!…本気で叩いたのならもっと痛いに決まってるわっ!」


どうして貴女は笑っていられるの?…あんな一方的に理不尽な痛みを受けたというのに……貴女は一体、何を考えてるの?


【美咲桜】

「神城さんって面白いねぇ?…そんなこと気にするなんて。もしかして……………そういう趣味でもあるの?」


なるほど、確かに自分から叩いておいて相手を気遣うのはおかしいわよね。…予測が外れたショックでそこの読みが抜けてた、私もまだまだ勉強不足だということね。…とりあえず、此処はスルー…っと。


【美咲桜】

「分からないならいいよ。…ともかく、私は手加減なんてしてないから。…痛くなかったのはきっと、ああいう事に慣れてないからよ。……それに」


【瑞姫】

「それに…?」


【美咲桜】

「もし理由があったとしても、私だけ本当のことを話すのはフェアじゃないでしょう?…神城さんだって誤魔化したんだから、おあいこだよ」


桐原さんはそう言って小さく舌を出した。


驚いた…これは“勘”が鋭いなんてレベルじゃない…やはり“洞察力”…か。ここまで見てきた感じでは桐原さん、貴女…完璧だわ。…頭が切れて感情もコントロールできる(まぁ、お兄様に接する態度は目に余るものがありますが)、先程の様な場面で相手を気遣える余裕もある……これは認めざるを得ないわね。


私と同じように、貴女にも積み上げて来たモノがあると…日々高みを目指して生きて来たと……楽してお兄様の傍に居た訳じゃない…と。


【瑞姫】

「おあいこ…ね。ふふっ…それでは行きましょうか?…『貴女のヒロ君』が心配するといけないから、ね?」


そう言うと桐原さんは頬を赤く染め、蚊の鳴くような声で〈良いの?〉と訊いてきた。


【瑞姫】

「…さぁ?」


そう短く返して部屋を後にした。


貴女のことは確かに認めたけれど、それは『お兄様の傍に居る』ことを認めただけであって、“まだ”交際まで認めた覚えはない。


本来、第三者の私が『認めない』等と宣ったところで、その言葉は男女交際みたいに当事者間で交わされる約束のようなものに対しては無意味…効力を発揮しないのだが、私のそれは『本件に関しては』例外だし、+αで『言葉に強制力を持たせる』ことも出来る。

前者は『“お兄様”に関わる事象』限定だけど、後者に制限は無い……つまり、私には簡単に二人を引き裂ける力がある、ということだ。


とは言うものの、私とて鬼ではない……なにも、いきなり引き離そうと言うわけでは無く、貴女に機会を与えようと思う……我ながら甘い考えだとは思うけれど、これが私の精一杯。


だって、私も昔からお兄様のことが大好きなのだ…漸く手の届く距離に居る、言葉を交わせる距離に居るその大好きな人が、『よりによって』私と同じ立場の娘に言い寄られ、『挙げ句の果てに』恋仲になっていくのを『こんな近くで』指をくわえて見ているなんて、私には堪えられない………10年越しの想いなのだ、そう易々と諦めきれるものではない。


だから勝負よ、桐原美咲桜っ……私が『お兄様に近寄る悪い虫(貴女)を排除する』のが先か、貴女が『お兄様の“隣”に相応しい女性』と私に認識させるのが先か…お互いに譲れないモノを、想いを賭けて…。


もし貴女が勝てば、私は身を退く、交際を認めてあげる…。


そして、私が三年間、前に進むことが出来なければ、結婚も認めてあげる…遠くない未来、いつか、あなた達二人を祝福してみせる…。


けど、『もし』私がこの学園エデンで過ごす三年の間に…全てを受け入れ、赦し、決意し、自信を手に入れ、胸を張り、前に進めた時は……悪く思わないでね。


その時の私はきっと…今以上に冷徹で、今以上に積極的で、今以上に計算高い…貴女から見れば悪魔のような女になって、貴女からお兄様を奪い返すから…。


今までの私なら、この夢物語を想像するだけで諦めてた……けど、今日からは違う。――私はもう逃げたりしない。


とは言うものの、それ以前の問題かもね。…私に『お兄様の隣には相応しく無い』と思わせた瞬間、貴女の恋は終わるのだから……一身上の都合で転校というカタチで、ね。


だから、せいぜい頑張りなさい…一秒でも長くお兄様の傍に居られるように、ね――


【美咲桜】

「ちょっと!…今の『さぁ?』って、どういう意味なのっ?…ねぇっ?」


―等と長々考えつつ廊下を歩いていると、いつの間にか隣に居た桐原さんが尋ねてきた。


【瑞姫】

「私、嫌いな人には言いたくありませんわ」


ふふっ、可笑しい♪…神城グループ始まって以来の堅物と言わしめた“あの”お祖父様に、堅物を皮肉って金剛ダイヤと言わせたこの私が、まさか今更こんな気持ちになれるなんてね。…そう思わせたのは桐原さん、他ならぬ貴女なのよ?


【美咲桜】

「訳分かんない。…神城さんって、ホントに変わってるね?」


それも貴女の所為…変わってるんじゃなくて、貴女が変えたの。貴女のことを“無条件で嫌う”と決めていた私を…。


【瑞姫】

「はぁ…貴女にだけは言われたくなかったわ。…私も落ちたものね」


私は貴女を妬んでいた。…私がこの10年、努力に努力を重ねて漸く手に入れたモノ。…それを既に持っていた貴女を…。


【美咲桜】

「あはははは。…そういえば、神城さんとヒロ君ってどういう関係なの?…様付けなんてしてるからどうしても気になっちゃって…」


それが今では憧れさえ抱いてしまっている。…信じられる?…貴女の存在が、私が10年もの間、悩んで、もがいて、苦しんで、それでも…私が神城である限り、どうしようもない事なんだと、赦される資格すらないんだと…いつも“諦め”で終わっていた結論をあっさりと変えてしまったのよ?


【瑞姫】

「関係…ね。…それは黙秘しておくわ。様付けの理由は………そうね、敬愛…しているからよ」


ねぇ、それがどれだけ凄いコトなのか分かってる?…桐原美咲桜という存在に、私がどれだけ救われたか分かる?…諦めていた私に、何を…与えてくれたと思う?


【美咲桜】

「スッキリしないなぁ〜、もう。…どうして貴女は毎回引っ掛かる言い方をするかなぁ?」


貴女がくれたモノ。…それは“溶けない翼”…太陽に向かって翔ぶ為に必要なモノ。


【瑞姫】

「そう?…私はいつもこんな感じよ?…そう感じるのはきっと…」


貴女に出逢うまで私の翼は、咎人に与えられる蝋を固めて形作られた、戒めの象徴だった…罪の重さを知らぬ愚か者に罰を与える為の、ね。


【美咲桜】

「きっと…?」


でも今は違う。貴女が与えてくれた翼…それは私の心次第で強く、大きくなる。…今はまだ、弱い私を象徴する様に小さく、羽も生え揃ってない様な翼だけど、私は強くなってみせる……そして、立派な翼を携え、あの眩しい太陽に向かって翔ぶっ!


【瑞姫】

「自分に…(お兄様の隣を守り抜く)…自信が無いからよ」


だから、頑張りなさい―――


【美咲桜】

「…………そうかもしれない。私は―――だから」


貴女は暫定とは言え―――


【瑞姫】

「何か言ったかしら?」


私が認めた―――


【美咲桜】

「うっ、ううん、何でもない…」


ライバルなんだから―――


【瑞姫】

「なに立ち止まってるの?…置いていくわよ?」


せめて、傍に居続けなさい―――


【美咲桜】

「えっ?…ちょっ!?…待ちなさいよっ!」


そして、私と闘いなさい―――


【瑞姫】

「イヤですわっ!…待てと言われて待つのは只の馬鹿っ!…マナちゃんと違って、私は天才ですからっ!」


貴女は敵だけど―――


【美咲桜】

「〜〜〜っ!…もう怒ったっ!」


感謝してるから―――


【瑞姫】

「ここで怒るのは肯定を意味してるわよっ?…ハァ…それにも気づけないなんてっ、これだから野蛮人はっ…ハァハァ…困るっ、わねっ!」


だからこそ、私は―――


【美咲桜】

「ふふふっ、私から逃げられると思ってるの?…この私からぁ〜っ!!」


貴方と全力で闘いたい!!!―――



VIEWCHANGE――――――――END―



【正義】

「―――という事があったんだ」


あの後芽衣さんとも連絡を取り合いカフェテリアに着くと、何故か皆から生暖かい眼で見られた。


【航】

「ふ〜ん、美咲桜ちゃんとやり合うなんて、その娘も命知らずと言うか、なんと言うか…」


それから一応店の方に事情を説明して頭を下げると“売上げは保証してくれるみたいだから構わないよ”と苦笑していた。


【恋華】

「まぁ、大丈夫なんじゃない?…美咲桜は男以外に手を挙げたりしないし………だよね、マー君?」


その後席に着くなりいきなり質問責めが始まったので、多少脚色しつつ理事長室での出来事を話してやった。(瑞姫を泣かせた事や抱き着かれた事を伏せたり)


【正義】

「♪〜♪♪〜♪〜♪(口笛)」


途中、放送の件を話した時に俺は鬼を見たのだが、鬼は就任挨拶の場で全校生徒に謝罪すれば許すという形で怒りを収めてくれた。(あまりの形相に色んなモノが縮んだよ)


【亜沙美】

「何でそんなに動揺してるの?…理事長室で一体なにがあったの?」


そして今は、先程うっかり口を滑らせてしまった美咲桜の暴れっぷりを誤魔化している最中だ。


【正義】

「さぁ?…何故か記憶が曖昧なんだよね。…よってノーコメントで」


【芽衣】

「まぁ、そんなのどうでもいいじゃねぇか。…で、話は変わるが、正義…風紀委員に入らないか?…いや、入って欲しい」


【正義】

「そういえば今朝、そんな話をしてましたね(妙な言葉遣いで)…とりあえず、理由……聞いてもいいですか?」


【恋華】

「あ〜そういや芽衣先輩、教室に来てたねぇ。…そっか、そういう話だったんだ」


【亜沙美】

「なに?…なんの話?」


【航】

「アレ?…そうだったっけ?…う〜ん、今朝のことを思い出そうとすると、何故か腹に刺さる様な痛みが走るんだよなぁ〜?…何でだろ」


蹴られてたからだよ。


【芽衣】

「いや、単純に人手不足でな。…今、ウチ(風紀委員会)にはオレを含めて14人しか居ない。…で、一学期いっぱいで三年の6人が抜ける。…つまり、今のままだと二学期から、学年ごとに約2人で担当しないといけなくなるんだ。…言いたいことは解るだろ?」


分かるけど…何で俺?…う〜ん、協力してやりたいのはやまやまだけど…身体、持つかなぁ〜?


【正義】

「えぇ、まぁ。…でも、去年まではどうしてたんです?…美月先輩達が抜けた後。…やっぱり、同じ様に勧誘して回ったんですか?」


【芽衣】

「いや、言いにくいんだが…今年は新入生の勧誘に失敗してな。…去年…つまり二年は6人居るんだが、新入生は2人しか確保出来てないんだ。…まぁ、正確には逃げられたんだが」


バツの悪そうな顔をすると頬を掻きながらそう言い失笑した。


なるほど…つまり去年まで、大体5・6人は確保出来てたから三年が抜けても何とか回ってたのが、今年は2人。少なく見積ってもマイナス3人……そりゃキツい。


【恋華】

「七瀬教官っ!…質問でありますっ!…[発言を許可しよう]…サーッ!…美月先輩とは誰でありますかっ?」


やたら気合いの入った恋華の質問に答えて良いか芽衣さんに眼で尋ねると、溜め息を吐いてかぶりを振ったのでスルーすることにした。


【正義】

「理由は良く分かりました。…でも、何で俺なんです?…他にも暇人は沢山いるでしょうに」


【恋華】

「えぇーっ!…言わせるだけ言わせてスルー!?」


【航・亜沙美】

「セ イ カ ク」


【正義】

「いや、何故お前達が答えるよ?…しかも片言」


【芽衣】

「理由か、そうだな………『頼りになるから』じゃ駄目か?」


【恋華】

「殿っ!…申し上げたいことがっ!…[申せ]…はっ!…忙しい殿の影武者に航を使われたらどうかと…」


【正義】

「大義である!」


【恋華】

「はっ!…ありがとうございますっ!」


【航】

「えぇーっ!…流れ的にココはスルーでしょ?…しかも何その小芝居っ?…っていうか、なに勝手なコト言ってくれてんの?…君、僕の彼女だよね?…一緒に過ごせる時間が減ってもいいのっ!?」


【亜沙美】

「疑問文の応酬だね」


【恋華】

「いいよ」


【航】

「肯定っ!?…チクショー!…漸くイジりも一段落したと思ったのにぃっ!」


【航以外】

「そ れ は な い」


【航】

「しくしく、そろそろ教育委員会に訴えようかと思うんだけどどうよ?…俺だってさぁ、今まで…」


【瑞姫】

「まぁ、それは穏やかじゃありませんわね?…話、聞かせて頂けるかしら?」


背後から聞こえた声に振り返ると、ケロッとしている瑞姫とは対照的に、膝に両手を突き肩を大きく上下させている美咲桜の姿があった。


【美咲桜】

「この娘………消える」


美咲桜はそう呟くと顔を上げることなく、フラフラと覚束ない足取りで俺の左隣に座るとテーブルに突っ伏した。


【瑞姫】

「私はどちらに座れば?」


訳も分からずその様子を眺めていると、視界を遮るように立った瑞姫が尋ねてきた。


【正義】

「あ…あぁ、彼処の席と俺の隣が空いてるから、好きな方に座るといい(消える?)」


美咲桜が残した謎の言葉に首をもたげながらも空席二つを順に指差し、そう言って両手で『どうぞ』と促した。


【瑞姫】

「では、隣、失礼致しますね?」


そう言って隣の空席に移動すると此方を向いて微笑んだ。


【瑞姫】

「………(ニコニコ)」


【正義】

「………(何だ?)」


【恋華】

「はよ!」


一向に座る気配を見せない瑞姫に首を傾けその様子を眺めていると、謎の言葉が耳に飛び込んできた。


【芽衣】

「は?…なんなんだ、いきなり」


【亜沙美】

「ボクの推測ですけど……『早く紹介してよ!』の略語かと」


【正義】

「よく分かるな…つーか、何故に略語?」


そう問うと亜沙美は恋華の方を向いて目配せし恋華がそれに頷くと此方へと向き直り、人差し指を立てた両手を頭上に移動させ曲げては戻しを繰り返した。


【正義】

「???……なぁ、わた…(器用なヤツだな)」


その行動の意味が分からず航に助けを求めようとしたが、航は瑞姫の方を向いたままカップを持った状態で固まっていた。


【芽衣】

「ウサギ…か?」


【恋華】

「ふるふる(←首を横に振っている)」


二人のやり取りを眺めていると、ある考えが頭に浮かんだ。


なるほど…さっきの略語は言葉遣いを隠す為だと考えればこの行動も頷ける。


【正義】

「が[わかりましたわっ!]…へ?」


正解が分かったので『頑張るねぇ』と言おうとしたが、俺の声は隣の新人さんに掻き消されてしまった。


【瑞姫】

「…けど、日本では何て呼ぶのかしら?…悪魔?」


【恋華】

「ぶんぶんぶん(←モノ凄い勢いで首を横に振っている」


正解を言うよりも瑞姫の的外れな回答を聞いてるほうが面白そうなので、笑いを堪えつつ、このまま様子を見守ることにした………『日本では』という言葉に引っ掛かるものを感じたが…。


【瑞姫】

「え、これは連想ゲームではありませんの?…そちらの方がウサギと仰ってましたから、私てっきり…」


【亜沙美】

「いや、別にこれはゲームって訳じゃなくて……ねぇ?」


亜沙美は苦笑して返すと此方に視線を向け目配せしてきた。


【正義】

「まぁ、わかりやすく言えば……さっき略語を使った理由を瑞姫以外に伝えようとしてるんだ。…先に言っておくが、仲間外れにしようとしてるんじゃないからな?」


【瑞姫】

「ふふっ…それは分かってますわ。…先程は私も悪ふざけが過ぎました…ゴメンなさい」


瑞姫は悪戯っぽく笑うとそう言ってグーで自分の頭を小突き、ペコッと頭を下げた。


【正義】

「えっ、いや、分かってるならいい…が(瑞姫?)」


その予想外の態度にそれだけ返すのが精一杯だった。


これは…俺が理事長室を出てから美咲桜と何かあったな。先程までと態度が違いすぎる。それも、物凄く違和感を感じる程……起きたら訊いてみるか。


【芽衣】

「つーことは、だ。…オレだけが分かってねぇってことか?…一体なんだってんだ」


【亜沙美】

「あはははは…どうせ一時間持たな[何がです?]いえいえいえ!…ボクは何も!」


説明役に疲れたのか、亜沙美が“正解”をバラし始めたのだが、満面の笑みを浮かべた恋華にそれを遮られ、首をブンブンと横に振りながら椅子ごと後退りはじめた。


【瑞姫】

「ふふっ、面白い方々。………こういうのも、悪くないかもしれませんわね」


あの二人にも上下関係が存在するんだな、等と思いつつその様子を眺めていると、隣で同じ様に二人のやり取りを眺めていた瑞姫が独り言のように呟いた……寂しそうな表情で。


【芽衣】

「ウサギじゃねぇなら……何だ?」


【正義】

「芽衣さん…恋華と初めて会った時のこと覚えてます?(箱入り娘…か)」


寂しそうな表情の理由は何となく想像がついたので、早くそれを解消する為ヒントを出してこの話題を終わらせることにした。


【芽衣】

「あぁ、覚えてるが……何かあったか?」


【正義】

「『その時だけ』普段しないようなことしてませんでした?…と言うと語弊がありますね、正確には『一時間ぐらい』……ですか」


怪訝な顔をして尋ねてきた芽衣さんにヒント…というか答えを返し、テーブルに突っ伏しいつの間にか寝息を発てていた幼馴染みを起こしにかかった。


【芽衣】

「初めて会った時…一時間ぐらい……あの格好………ああ!…分かった分かった、そういうことな!」


漸くか、等と思いつつ幼馴染みの頬をペシペシと叩いていると反応を示した。


【美咲桜】

「うみゅ?……んぅ〜〜〜〜〜っ!…あれ?…私、もしかして寝てたの?」


美咲桜は此方と目が合うと可愛らしい声を上げてゆっくりと身体を起こし、大きく伸びをすると寝惚け眼を両手でグシグシと擦り訊いてきた。


【正義】

「あぁ、瑞姫を連れて(?)ココに来るなりソコに突っ伏して…いつの間にか、な(人前で眠ってしまうなんて…余程疲れが溜まってたんだろう)」


【美咲桜】

「?………そうだっ!…ヒロ君っ、消えるっ、消えるんだよヒロ君がっ!?」


美咲桜は考えるような仕草をして暫く黙るといきなり席を立ち、興奮冷めやらぬといった感じで此方に詰め寄り言ってきた。


【正義】

「とりあえず落ち着け。…俺は『姿を消す』なんて反則スキルは持ってないし、消えないから」


あったら便利だろうなぁ、等と思いつつ、詰め寄る美咲桜の肩を掴み引き剥がしながら返した。


【美咲桜】

「違うよっ!…神城さんが消えるのっ!…こうっ、ビュンって感じで!」


消える様子を伝えようとしているのだろうか、手を水平にビュンって感じ(?)で動かしながら言ってきた。


【瑞姫】

「ふふ…ふふふっ…桐原さんって本当に面白いですわね。…人間が消えたりする訳ないじゃありませんか」


で、そんな美咲桜に『可哀想な子』を見るような眼を向け呆れたように返す瑞姫。


【美咲桜】

「い〜や、貴女は違う!…きっと、加速装置的なモノが体に埋め込まれてる筈!」


結果、こうなるのは目に見えてたワケで……も少し仲良く出来ないもんかな、と思う俺は…。


【正義】

「自己紹介しないか?」


『逃げ』をうった…。


【瑞姫】

「知り合いの教授を紹介しましょうか?」


【美咲桜】

「どういう意味よっ!」


【正義】

「パキッ…ポリポリポリ」


が、スルーされたので、航が注文したであろうパフェに刺さっていたスティック菓子をかじることしかできなかった。


【亜沙美】

「なるほど…正義君も大変だったみたいだね?」


そんな二人に挟まれている俺を気の毒に思ったのか、亜沙美はそう言って芽衣さんとの間を開くと手招きしてきた。


【瑞姫】

「ご想像にお任せするわ。…もし、お嫌なら私が診てあげましょうか?」


【正義】

「分かってくれるか。…二人で会話させると何故かすぐにこうなんだよ。…人の話なんて聞きやしねぇ、もうお手上げ、疲れたよ俺は…」


その意味を悟った俺はバレないように(とばっちりを食いたくないので)ゆっくりと椅子ごと後退し、椅子を持ってそこのスペースへと離脱した。


【美咲桜】

「だ・れ・がっ!…貴女なんかに診てもらうもんですかっ!…そもそも、私はどこも悪くないっ!」


【芽衣】

「はははっ……まぁ、あれ以上煩くしやがったらオレが止めてやる。…だから、元気だせ、な?」


テーブルに顎を載せ二人のやり取りをぼーっと眺めていると、声と共に頭を撫でられた。


【正義】

「あれ以上と言わず、今すぐ止めてくれません?…見てるだけで何かこう、『駄目な子を持った親』の気分というか……とにかく疲れがドッと出るんです」


【瑞姫】

「大体、何を根拠に人が消えるなんて妄言を………なるほど、そういうことでしたのね(ニヤニヤ)」


【恋華】

「それにしても彼女、物凄く個性的な性格をしてますわね」


この後に及んで自分のスタンスを貫こうとしてる君も、充分個性的だと思うよ。


【美咲桜】

「そこまで言うなら論より証拠!…亜沙美、この娘を捕まえるから力を貸してくれないっ?」


【亜沙美】

「ボクなのっ!?……まぁ、手伝うのは構わないけど、気づいてる?」


そう言いながら頭を撫でてきた。


【美咲桜】

「え?…何に?」


顔を此方に向けて返したが、俺の存在には気づいていないようだった…。


【正義】

「そうだそうだー!…喧嘩よくなーい!」


ので、ちょっと投げやりな感じで存在をアピールしてみた。


【美咲桜・瑞姫】

「えっ!?……………………この泥棒ネコっ!」


すると二人の声がハモった…きっと、その確率を調べたら天文学的な数値を叩き出すだろう。


【芽衣】

「おいおい、そりゃねぇだろ?…お前達がうるせぇから正義は此方に来たんじゃねぇか。…その辺ちゃんと分かってんのか?…あぁっ!!」


次にハモるのはいつになるのかな、等と馬鹿げたことを考えているうちに、どうやらお説教の時間になったらしい…芽衣さんが眉をつり上げて怒鳴った。


【美咲桜】

「うっ…すみません。私、また…」


その迫力を前にすると、あれだけ五月蝿かった美咲桜でも一瞬でこうなる……本当なら、俺が叱ってやるのが一番良いんだろうけど、さ。


【瑞姫】

「そうですわね…そんなに大きな声を出していたとは思いませんが、感じ方は人それぞれ…それを忘れてましたわ」


それに対して瑞姫は冷静に自分を分析しつつ、眉一つ動かさずに淡々と返して頭を下げた。


【正義】

「…………」


その理事長らしい落ち着いた物言いが、先ほど頭の隅に追いやった『引っ掛かるもの』を引き摺り出してきた。


【芽衣】

「お?…なんだ、後任の理事長さんのほうは見所あるじゃねぇか。…オレはてっきり、まだ噛み付いてくるもんだと思ってたんだがな」


【恋華】

「そうですわね…私も、もう少し聞き分けのない方かと思ってましたわ」


【亜沙美】

「右に同じ。…言い方は悪いけど、もっと傍若無人な人だと思ってた」


【正義】

「…………」


そうなんだよ……あれが下地だと思ったからこそあんなキツい言葉をぶつけたんだけど、どうやら違うみたいだな。……俺を出迎えた態度が今みたいな感じだったけど、いきなり泣き出して子供っぽくなったり、美咲桜が現れた途端に口調がキツくなったり、その後急にボケボケの天然になったりと…やたらと上積みが厚い。


【瑞姫】

「ふふふっ…私も多少気難しいところがあると自覚していますが、これでも学園を運営していく者……『線引き』もまともに出来ないようでは、預かっている生徒達まで馬鹿にされかねませんからね…多方面から」


【恋華】

「まぁ、ご立派ですわ。…同い年だと伺っておりましたが、そこまで心構えが出来ていらっしゃるなんて。…ふふっ、何だか月曜日が待ち遠しいですわ」


【亜沙美】

「うん、ボクもその気持ち分かるな。…友達が増えるというのもあるけど、やっぱり、理事長としての期待が大きいよね。…何か凄い事をしてくれそうな気がして」


【芽衣】

「おいおい、あんまりプレッシャーになるような事を言ってやるな。…お前達にとっては『理事長』である以前に『同級生』で、更には今から『ダチ』になるんだからよ」


【美咲桜】

「はぁ…貴女って本当に『イイ性格』してるわね?」


【正義】

「………………」


で、その中で好き勝手な言動をしていたのは『口調がキツくなった時』と『ボケボケの天然になった時』だけ…つまり、あの傍若無人な態度は上積みの一部で下地じゃないってことは間違いない……コレが恐らく、さっき感じた『引っ掛かるもの』の正体だろう。


【瑞姫】

「お気遣いありがとうございます。…皆様のご期待に沿うためにも、共に学び、意見を交わし、学生の立場から見て悪いところを改善しつつ、少しでも学園での生活を楽しんでもらえるよう、頑張りますわ(ニコッ)」


【恋華】

「カッコいい…ですわ(ウットリ)」


【亜沙美】

「就任挨拶の締めに使えそうな台詞がサラッと出てくる辺り、やっぱり本物のお嬢様は違うなぁ〜。…ボクも見習わないと(ぽーっ)」


【芽衣】

「前理事長と比べるのも失礼なぐらい人間が出来てるな。…まぁ、肩肘張らずに、適度に頑張れよ、応援してる」


【美咲桜】

「あ〜あ、皆騙されてるよ……ねぇ、ヒロ………ヒロ君?」


【正義】

「……………………」


分からない…今見てる瑞姫が一体どれだけ上積みを重ねた姿なのか、自分を偽ってる姿…って、何だよそれ。


【美咲桜】

「ヒロ君?…お〜い、ヒ〜ロく〜ん?」


誰だって多少は自分を作ってる、それを『偽ってる』なんて考えるのはおかしい、考えちゃいけない。


【美咲桜】

「ヒロ君っ?…ねぇっ、ヒロ君ってばっ!?」


それが暗黙の了解だって解ってる筈なのに…今日の俺はホントにどうかしてる。…けど、いつからかな、こんな風に考える様になってしまったのは…[――く〜ん]…明確には解らないけど、やっぱり嫌な事が立て続けに起こった…[―ロく〜んっ]…ん?


【美咲桜】

「ヒ〜ロ〜く〜ん〜っ!!!!」


等と、長々考えていると耳に激痛が走った。


【正義】

「〜〜〜〜っ!?…なっ、なんだっ?…今の超音波はっ!?」


未だ耳鳴りが止まない右の耳を手で塞ぎそちらを向くと、至近距離に頬を膨らませた美咲桜の顔があった。


【正義】

「どうした?…そんな顔して(怒ってる?)」


【美咲桜】

「『どうした?』じゃないよっ!…さっきからずっと呼んでたのに上の空っ、そのお陰で見なよっ!…あの仲睦まじい光景をっ!」


で、ご機嫌斜め的オーラを撒き散らしながら矢継ぎ早に言い、スッと顔を離し俺の正面…いや、対面を指した。


【亜沙美】

「へぇ〜…じゃあ、これまでは、ずっとアメリカに?」


【瑞姫】

「えぇ、スクールの長期休暇以外はずっと…」


【恋華】

「では、長期休暇はどちらにいらしたんですの?」


【瑞姫】

「ドイツのシュトゥットガルトですわ、音楽を学ぶ為に……厳密に言えば……む…むしゃ…」


【芽衣】

「ハハッ…武者修行…な。日本では解らない言葉を無理して使う必要ないんだぜ?…だから日本語にはニュアンスの近い言葉が沢山あるんだ、その中から自分の知識や状況に併せて使い分ければいい。…要するに、身の丈にあった『自分の言葉で喋れ』ってことだ」


【瑞姫】

「自分の言葉……なるほど。…だから、敢えて日本語と前置きした後で『意味が似ている言葉』では無く、『ニュアンスの近い言葉』と仰られたのですね?……面白いです、日本語は…」


【正義】

「………へぇ」


その動きを目で追った先では、先程までこちら側に座っていた三人が瑞姫の周りを取り囲むようにして座り、楽しそうに談笑していた。


【美咲桜】

「『へぇ』なんて言ってる場合じゃないよ!…早くあの娘の魔の手から皆を助けないと、『チーム神城』の一員になって襲いかかってくるんだよ?…性格が歪んじゃうんだよっ!?」


【正義】

「いや、待て、落ち着け、そして座れ」


チーム神城って何だ、と今すぐ突っ込みを入れたいのを堪え、意味不明な言葉を発している幼馴染みの手を引き椅子へと導いた………まぁ、無理矢理座らせたとも言うな、この場合。


【正義】

「とりあえず、それは無いとだけ言っておく。…はい、続きをどうぞ」


【美咲桜】

「むぅ〜〜〜〜っ、納得いかないなぁ〜。…あの娘、私の時だけ露骨に態度が違うし…」


膨れていた理由が何となく解ったので美咲桜を椅子ごと引き寄せると、皆からは見えないようにその手を取った。


【正義】

「いいんじゃないか?」


【美咲桜】

「…ヒロ君?」


その行動の意味が解らないようで、すぐに怪訝な顔を向けてきたが、構わず言葉を続けた。


【正義】

「これで7人…7人も集まれば、そんな人間が一人ぐらい居てもおかしくない…」


【美咲桜】

「十人十色……つまり、慣れろってこと?」


【正義】

「イエス…面白くないかもしれないけどさ」


【美咲桜】

「…これからアレと過ごさないといけないのかと思うと、気が滅入るなぁ〜」


微妙な表情でアレを指差しそう言うと、溜め息を吐いて身体を預けてきた。


【正義】

「そう言うなって…俺の見た感じ、アイツがお前にぶつけてるのは…」


未だ楽しそうに談笑している4人を眺めつつ、その頭を撫でた。


【美咲桜】

「ぶつけてるのは?」


【正義】

「………さぁ?」


【美咲桜】

「いや、ヒロ君『知ってるけど教えないって顔』してるよ、今?…微妙な間もあったし」


そうだな…確信は無いけど見当はついてる。

けど、それを教えたところでプラスになることは無い。寧ろ、距離を詰める障害にしかならない…なら、変に親近感を持たせるような印象を植え付けるよりも、今の印象で友達付き合いさせた方がいい。それが、お互いの為になる……航なら確信を持って言い切るんだろうが、俺は航ほど器用じゃないからな。


【正義】

「…という訳で、俺達も参戦するぞ?…はい横移動、横移動♪」


…ず〜るずるずる。


【美咲桜】

「全っ然、納得してないのに、こうして着いてってしまう私って甘いのかなぁ〜?」


『引き摺られる』を『着いていく』と言い表してくれる幼馴染みが可愛くて仕方ない俺は……更に引き摺る。


【亜沙美】

「ん?…遅いよ〜。…こっちはもう、自己紹介終わっちゃったよ?」


瑞姫の傍に到着したのでこちら側に居た亜沙美の背中を指でつつくと、振り返ってそう言い場所を空けてくれた。


【正義】

「それは、ある程度聞こえてたから知ってる。…つーか俺達、簡単な自己紹介はとっくに済ませてるし。…なぁ、みさイッ!?」


空けてくれたスペースに移動して返し美咲桜に同意を求めると、繋いでいる手に激痛が走ったので視線を落とすと爪を立てられていた。


【美咲桜】

「えぇ〜え、しかも私には素敵な贈り物まで…」


その理由が解らず困惑して視線を送ると、此方には目もくれず瑞姫に引きつった笑顔を向けていた。


【正義】

「…はぁ」


その顔を見ていると後の展開が容易に想像できてしまい、溜め息を吐かずにはいられなかった。


【瑞姫】

「贈り物?…私、貴女にそんなものを渡した覚えはないのだけれど?」


【美咲桜】

「あ〜ら可愛そうに、この歳で物忘れ[美咲桜]うっ…ゴメン、ヒロ君」


あまりの予想通りの展開に目眩がしたが、芽衣さんに何度も迷惑を掛ける訳にはいかないと自分を奮い起たせ(?)、瑞姫に噛み付く美咲桜を睨み付けながら咎めると、先ほど言ったことを思い出したようで、申し訳無さそうな顔をして大人しくなった。


【芽衣】

「おっ、今回はヤケに素直じゃねぇか。ハハッ…何かあったのか?」


【正義】

「美咲桜は『いつも』素直ないいコですけど?」


可笑しそうに尋ねてきた芽衣さんを見ていると何故か腹が立ってきて、気がつくと怒気をはらんだ声でそう返していた………それと同時に美咲桜が腕に抱き着いてきたが、気にしない方向で。


【亜沙美】

「ちょっ、どうしたの?…何で怒ってるの?」


【正義】

「自分でもよく分からないんだよな。…芽衣さんの言葉を聞いてたらムカついてきて、気がついたら口から出てた…」


慌てた感じで尋ねてきた亜沙美にさっき感じたことを話すと、皆一斉に口を閉ざした…。


【恋華・亜沙美】

「愛…ですわ(だね)」


【芽衣】

「は?…オイ、どういう意味だっ!」


【瑞姫】

「っ…負けませんわ!」


【美咲桜】

「すりすり〜♪」


一分ほどして口を開いた二人がハモるとそれに芽衣さんが詰め寄り、瑞姫は美咲桜を睨み付けながら握り拳を震わせ、当の美咲桜は身体を擦り寄せニャーニャー言っていた……で、俺はその様子を眺めながら先程の行動について考えていた。


確か、芽衣さんの何気ない言葉に何故かムカついてきて、気づいた時にはムキになって返してたんだよな?…ということは…無意識に美咲桜を庇ったってことか。…なるほど、それなら『愛』って言われたのも頷け…るか?…どちらかと言えば、『娘を馬鹿にされた親の行動』に近い気がするが…。


【正義】

「まぁ、それはどうでもいいとして[よくねぇよ!!]…芽衣さん?」


【美・恋・亜・瑞】

「……………………」


突然の大声に皆驚いて口を閉ざすと、一斉に怪訝な顔をそちらに向けた。


【芽衣】

「い、いやっ、何でもねぇっ。…突然でけぇ声出して悪かった」


皆を閉口させたその人は、バツの悪そうな顔をして頭を下げてきた……頬を真っ赤に染めながら。


【正・美・恋・亜・瑞】

「………………………」


【亜沙美】

「………そっ、そういえば正義君、何か言おうとしてなかった?」


先程とは違った意味で黙り込む皆に耐えきれなくなったのか、それとも原因を作った芽衣さんを気の毒に思ったのか、場の空気を取り繕うように亜沙美が訊いてきた。


【正義】

「あ…あぁ、航が空気化している件についてなんだが…」


恐らく皆とは違う理由で今まで黙っていた俺は、亜沙美の問いかけに声を出すのがやっとだった……動揺していたから。


【恋華】

「そういえば、航さんは神城さんがいらしてから一言も発していませんわね?…いつもなら、面白い(面白くない)冗談で場を賑わせて(凍らせて)くださっているのに…どうしてしまったのかしら?」


何故動揺しているのかと言うと、彼女の不可解な態度の訳を考えているうちに気づいてしまったからだ……今週に入ってから明らかに変わった彼女の態度…その意味と真っ直ぐ此方を向いた気持ちに。


【亜沙美】

「そういえばそうだねぇ。何か物足りないなとは思ってたけど…そっか、鳴海君と正義君の掛け合いが無かったんだ」


確信は持てないが、可能性が高いのは事実だ。…今までにもそれらしいケースが何度となくあった…でも、そんなのは自分の自惚れだと思って考えないように…いや、違うか、目を背けてきたんだ……傷つけるのが怖かったから。


【瑞姫】

「あの方…ですわよね?…私はずっと気になっていましたが、皆様が気にしていないようでしたので、あまり言葉を発しない物静かな方なのかと思ってましたわ」


もし告白されるようなことにでもなれば、芽衣さんや他の皆に悲しい想いをさせてしまう…だって、今の俺は美咲桜が一番大事だから、彼女の想いを受け入れることが出来ないから……しかも、芽衣さんはそれを知ってる筈…つまり、本気だってことだ。


【芽衣】

「ハハッ…そうだとオレ達も助かるんだが、残念ながらアイツはそんな落ち着きのあるヤツじゃねぇよ」


どうしよう…距離を置くか?…只でさえ一番接する時間が短い芽衣さんと?…いやいやいや、そんなことしたら皆に一発でバレる。…というか、尋問コースだ……とりあえず、航に相談してみるかな。


【美咲桜】

「先輩、いくらなんでもそれは言い過ぎでは…ほら、一応、彼女さんも居る………どうしたの?」


アイツはこういう状況に慣れてるから、アドバイスの一つ位は………何でだろう、気休めすら言ってくれない気がしてきた。…あはははははっ…はぁ〜、最近悩んでばっかだ。


【亜沙美】

「しぃ〜〜〜っ、隣となり(小声)」


大体、何でこう、悩みばっかが沸き出てくるんだっ、俺が何をしたってんだっ、誰か教えてくれよっ!…と、愚痴を言ったところで何も始まらないし、そろそろ会話に加わるか。


【美咲桜】

「ぷっ…かわいい、子供みたい」


【正義】

「誰が子供みたいだって?」


皆さっきから何故か此方を向いてくすくす笑っていた…それがなんとなくムカついたので、お隣さんの額に手刀を落としてやった。


【美咲桜】

「ひゃうっ!?…き…聞いてたんだ?」


それが痛かったのか、此方を見上げて返した美咲桜の瞳は潤んでいた………自業自得だ。


【正義】

「で、航のバカはどうする?…切り刻む?…それとも捨てる?」


そう言って航の方に視線を向けると先程の状態を保ったまま固まっていた……ので、先程スティック菓子を頂戴したパフェを頂くことにした…美味い。


【瑞姫】

「あら、お腹が空いてらしたのなら言って下さればご用意しましたのに……そういえば、もう結構な時間ですものね」


言われてから壁に掛かっていた時計に視線を移すと、6時10分を回ったところ………6時10分っ!?


【正義】

「がつがつがつ(高速でパフェを掻き込んでいる)」


【恋華】

「まぁ、大変っ、急いで出ないとお店の方にご迷惑を…」


【瑞姫】

「その心配はいりませんわ。…許可は取ってありますから」


そう言うと慌てて席を立とうとした恋華を手で征すると、瑞姫はそう言ってニッコリと笑った……そして俺は安心してペースを落とすのだった。


【芽衣】

「なぁ、瑞姫…理事長って役職はそんなことまで出来るもんなのか?」


芽衣さんが怪訝な顔をして尋ねると、皆も気になっていたのかコクコクと頷いた…因みに俺はパフェに夢中。


【瑞姫】

「他の学園がどうなのかは知りませんが…少なくとも、この学園の理事長に与えられる権限では無理みたいですね」


【亜沙美】

「いや、ニッコリ笑って『無理みたいですね』って…」


【瑞姫】

「ふふっ…矛盾してますでしょう?…その理由は簡単ですわ。…私が理事の肩書きの他に、経営者オーナー代行という肩書きを持っているからです」


【正義】

「なるほど…つまり、運営と経営の両方に行使できる権限を持ってるんだな?…まるで企業だな…」


【瑞姫】

「流石は正義様、仰るとおりです。今の私は学園の全権を掌握してます…とは言っても、私も来週からは学生ですし、身に余る運営権の殆どは学園長に譲渡する予定ですけど……すみません、少し席を外しますね」


電話でも鳴ったのか、瑞姫は急に言葉を切って立ち上がると、小さく頭を下げて小走りで入口の方へと駆けていった。


【正義】

「恋華、そこの剥製を何とかするなら今がチャンスだぞ?…というか何とかして?…俺、航君が居ないと帰れないし…」


母さんが心配するといけないと思い、そう言って携帯メールを打ち始めた。


【航】

「なに?…俺がどうかしたの?」


【航以外】

「……………………」


予想外の声にメールを打つ手を止めて顔を上げると、皆、同じような顔をして剥製モドキの方を見ていた……多分、俺もそんな顔になっているだろう。


【航】

「ねぇ、何その『生きてたんだ?』って顔…というか、なんで黙るの?」


航は怪訝な顔をしてそう言うと固定ポーズを崩し、もう味も香りも半減しているであろう紅茶を口に含んだ。


【正義】

「一つだけ訊いてもいいか?」


【航】

「うわマズッ…なにコレ……何?」


【正義】

「今まで何で黙ってたんだ?…まさか見とれてたとか言わないよな?」


顔をしかめている航に気になっていた事をぶつけてみた……とは言っても、いま気がついたんだけど。


【航】

「半分正解、半分ハズレってとこかな。…確かに外見はモロ好み[どの辺が?]む…いやいやいやっ、そもそも俺は恋華一筋だからっ!(滝汗)」


その結果、自爆した航に恋華が詰め寄る展開に……そして俺はその様子に目もくれず、母さんにメールを送るのであった。


【恋華】

「………『む』から始まる人体の部位で、『胸』以外の部位を3秒以内で答えられたら信じてあげる…3」


【航】

「なにぃ!?…いつの間にか照れなくなってるっ!?」


【亜沙美】

「確信犯?…2」


そりゃ〜付き合ってるんだからいつかは慣れるだろ、等と内心ツッコミつつ目の前で繰り広げられている微笑ましい光景を見守っていると、亜沙美が肩に手を置き訊いてきた。


【航】

「えぇーっ!?…本人以外のカウントもありなのっ!?」


【正義】

「いや、確かに俺が原因だと言えなくもないかもしれないが、結局のところ悪いのは自爆した航では?…1」


【航】

「ちょっ、間違いなく話振ったマサ君でしょっ!?…えーっと、えーっと、むっ、むっ、む〜、分かったっ!…向こう脛っ!」


【正・美・芽・亜】

「おぉ〜〜っ!…パチパチパチパチ(拍手喝采)」


皆がどうなのかは知らないが、俺は正解っぽい答えを出した事よりも、残り時間を削ってまで見事なツッコミをいれた事に拍手を贈っていた。


【航】

「どもども…『む』縛りだったら、胸以外にはコレしかないっしょ!」


【恋華】

「多数決」


【航】

「……………は?」


【亜沙美】

「なんか面白い展開になってきたね?…賛成」


【美咲桜】

「『イライラが収まらない』に一票…私も賛成」


【芽衣】

「はぁ?…全然意味が解らねぇ。…どういうことだ?」


【正義】

「賛成〜、つーか、不正解、極刑」


いや、貴女さっき俺に対して似たような感情抱いたでしょ、とツッコミたかった……が、彼女の気持ちに気づいてしまった以上、下手なことは言えないので敢えてスルーした。


【航】

「なっ!?…マサ君が裏切ったっ!?」


【正義】

「先に裏切ったのはどこのどいつだっけ〜?」


【恋華】

「では、多数決を採りたいと思いま〜す。…向こう脛が正解だと思う人は挙手をお願いします」


【航】

「はいっ!…俺がいつ裏切ったって言うのさ?」


コイツ…昼休みのことを忘れてやがるのか?…謝れば許してやろうと思ったのに……バカなヤツだ。


【芽衣】

「よく分かんねぇけど、正解だろ」


【正義】

「はい、2対4で極刑に決まりました〜。…という訳で、何する?…女装は飽きたし、何か精神的なモノを…」


【航】

「ちょっ!?…こんなの納得いか…むっ!?んぅ〜〜〜っ!!(なっ、なにすんのさっ!!)」


諦めて現実を受け入れろ、等と思いながら判決を告げると間髪入れずに異議申立ての声が挙がったが、恋華が素早く背後に廻りその口を塞いだので、その声が俺達に届くことはなかった……まぁ、世間一般では『見てみぬふり』とも言うな。


【恋華】

「アンタは黙ってなさい」


【航】

「ムゥ〜ウゥ〜〜ッ!(無理に決まってるでしょ!)…[これ以上騒ぐとアレをバラすわよ?]………(滝汗)」


【亜沙美】

「ゴメンね鳴海君?…未だ恋華に対して謝罪一つしようとしない残念なキミの味方は出来ないよ。……そうだっ、女装を少し捻ったらどうかな?」


【恋華】

「捻る?…どゆこと?」


【亜沙美】

「確か来週から水泳が[ムゥ〜〜ッ!(それだけはっ!)]……始まるよね?」


【美咲桜】

「確かにパレオ着ければ違和感無いとは思うけど[ムグゥ〜〜ッ!(あるってっ!)]……これだけ鈍いと逆効果なんじゃない?」


【芽衣】

「なぁ、正義…航に何かするってのは分かったが、『謝罪』とか『鈍い』って何のことだ?」


【正義】

「まぁ簡単に言えば、彼氏が彼女に悪いことをしたのに、それに気づいてないってことです」


核心を話せないのって疲れる……でも、慣れないと。


【芽衣】

「要するに、航が恋華に何か悪いことをした…だから『謝罪』、でも、それに気づいてないから『鈍い』って言ってるのか?」


【正義】

「えぇ、そうです。…で、水泳云々って言ってるのは、その罰みたいなものです」


【亜沙美】

「だね…それに、よくよく考えたら水泳だとボク達が見られないってこと忘れてた。…う〜ん、他に何かないかなぁ?」


【正義】

「やっぱ謝罪がメインなんだし、辱しめ+αあったほうが良いんじゃないか?…例えば、昼休みに校内放送で懺悔させるとかさぁ」


【航】

「むぅむぅむぅっ!!(無理無理無理っ!!)」


【恋華】

「いや、アンタの意見は誰も聞いてないし。…放送かぁ〜、コレが素直にやるとは思えないけど…」


気だるそうに言って航の頭をバシッと叩いた……その光景は最早恋人のそれと言うより、母親が駄目な子を面倒臭そうに叱る構図にしか見えなかった。


【芽衣】

「つーかお前等、オレが風紀委員だってこと忘れてるだろ?…そういう会話はオレの居ない時にしてくれると有難いんだがな…」


【亜沙美】

「大丈夫ですよ〜、まだ学園内でやるって決めた訳じゃないですから」


【芽衣】

「いや、そういう問題じゃねぇだろ?」


【恋華】

「まぁまぁ、やるとしても、学園(芽衣先輩)に迷惑を掛けるようなことはしませんから、安心して下さい」


【芽衣】

「あ…あぁ、それなら構わないが」


【正・恋・美・亜】

「(結局止めないんだ)」


【航】

「むぅ、むぅ〜〜ぐっ!!(いや、そこは構いましょうよっ!?)」


【美咲桜】

「それにしても…あの娘遅いね?…何してるんだろ」


【正義】

「小走りで出てったし、多分、電話だろ。………むっ?」


【恋華】

「おっ、その顔は何か思いついたって顔だね?…何なに?」


そう言うなり航を解放してその頭をグーで小突き、此方へと駆けてきた………その痛みで航が転げ回っているが、気にしてはいけない。


【正義】

「アイツは女装を楽しんでる節が[ないからっ!]……逆の発想をしてみたんだ」


【恋華】

「ん?…逆?…それって、つまり…あれ?…どういう意味?」


【正義】

「簡単に言えば、航を『男らしく』す…」


【航】

「あぁ〜にぃ〜きぃ〜っ!!!」


『男らしく』に反応したのか、目を輝かせた航が叫びながら両手を広げ此方に駆けてきた……それに対して俺の身体が迎撃態勢を捕ったのは言うまでもない。


【正義】

「ほっ、よっと!」


航のスマイリー(不気味)タックルを横に移動して避けつつ、その足を払ってやった。


【航】

「うわっ!?…なんのっ!」


すると航はバランスを崩しながらも自分から前に飛び、顔を庇う様にして受け身を捕った……ブラボー。


【美・恋・亜】

「(やり過ぎなんじゃ…)」


【芽衣】

「(アレぐらい半身で受けろよ)」


【航】

「で?…俺を男らしくしてくれるんだよね?」


てっきり抗議してくるものだと思っていたが、航は立ち上がると着衣についた埃を払い、何事も無かったかのように訊いてきた………そして俺は、次から手加減しないことを心に誓うのであった。


【正義】

「あぁ、お前には『男の中の男』になってもらう(外見だけな)」


そう言っていつの間にか定位置に戻されていた席に着くと、同じように席に着いた航がニコニコしながら自分のケーキを此方に差し出してきた………うん、美味い。


【恋華】

「それが罰と関係あるの?…航が得するだけなんじゃ…」


【正義】

「むぐ?…んっ…いや、ちゃんと恋華にもメリットあるよ。……要するに、航が他の女のコに見とれたりしないようにすれば良いんだよな?」


【恋華】

「えっ?…そこまで考えてくれてたの?…アタシとしてはストレス発散出来れば何でも良かったんだけど…」


【正義】

「まぁな、俺もコイツに噛まれたり引っ掻かれたりする度に、色々と考えさせられるワケですよ……って、俺のことはどうでもいい。…まぁ、早い話、航にも恋華にもメリットがあるってこと」


そう言いつつ隣に座る幼馴染みの頭にポンッと手を置くと、素敵な笑顔を向けてきた………因みに、かなり怖いとだけ言っておく。


【亜沙美】

「ねぇ、それって正義君一人でやるの?」


【正義】

「いや、ぶっちゃけ俺一人だと難しい内容なんだ。…それで、ネタバレしても構わないって人は手伝って欲しいんだけど…いいかな?」


そう言って顔の前で両手を合わせると、皆笑顔で頷いてくれた………因みに当事者は首を傾け険しい表情をしていたが。


【正義】

「ありがと…内容が固まったら、役割はメールで報せる。…となると、先ずは統計を採らないとな」


【航】

「統計?…そんな本格的なことまでやるの?…って言うか、必要なの?」


【正義】

「あぁ、お前も偏見入った『男の中の男』には成りたくないだろ?」


【航】

「まさかとは思うけど、その統計どおりに俺を男らしく改造しようって寸法なの?」


【正義】

「そうだけど?…それが何か?」


【航】

「嫌な予感しかしないんだけど……本当に大丈夫なの?」


【正義】

「安心しろ…変なのが混じらないように少数派の意見はバッサリ切り捨ててやるから」


面白くない意見を…な。


【航】

「そこまで言うなら……………信じたよ?」


【正義】

「それにしても瑞姫のヤツ遅いな?…もう半回るぞ」


【芽衣】

「オレが見て来よう…不審者でも居たらことだしな」


席を立ち壁に立て掛けていた竹刀を手に取ると、それを肩に担ぎそう言って足早に出口へと歩いていった………すれ違い様に意味あり気な視線を残して。


【正義】

「…………」


不審者…か。なんで不安を煽るような言い方したんだろう…なにか気になることでもあるのか。


【航】

「あからさまに話逸らされた…不安だ」


【恋華】

「やれやれ、仕方ないなぁ。…そんなアンタにアタシが良いものをあげよう。……はい、どうぞ」


【美咲桜】

「ソレが良いものなんだ(苦笑)」


【航】

「何これ?…英語の教科書とノート?」


【恋華】

「イエス、今日宿題出たよね?」


【航】

「どうしろと?」


【恋華】

「アンタもう終わらせたよね?」


【航】

「イエス、それが?」


【恋華】

「てへっ♪」


【航】

「うっ…可愛く言ったって駄目っ!…英語は自分でやって理解力をつけとかないと、受験で苦労するっていつも言って…」


【恋華】

「だめ?(涙目&上目使い)」


【航】

「だから、これは恋華の為に[だめ?]……仕方ないなぁ、今回だけだよ?」


【美咲桜】

「ふふっ…あの二人って本当にお似合いだよね?」


何かあったのかな、等と先程席を立った芽衣さんのことを長々考えていると、そう言った美咲桜が身体を寄せてきた……当てられたみたいだな。


【正義】

「あぁ、そうだな」


同じようにその様子…恋華と言葉を交わしながらノートを記入している航の様子を眺め、髪を鋤くようにその頭をゆっくりと撫でた。


【航】

「違う違う、そこでそうなっちゃうと、ここがかみ合わなくなるんだ。だから、この場合は…」


面倒臭そうに説明している航…。


【恋華】

「なるほどぉ…つまり、ここは繋ぎのみを置けばいいんだね?」


その面倒臭そうな説明を嬉しそうに聞きながらニコニコしている恋華……確かにお似合いだと思う。


【亜沙美】

「良いなぁ…」


テーブルに頬杖をつき航達の様子を眺めていた亜沙美は憂鬱そうに言うと、力無くテーブルに突っ伏し顔を伏せた。


【正義】

「どうした?…急にヘバって…」


【亜沙美】

「ん〜、何でも無い。…ちょっと疲れちゃっただけだから、心配しないで…」


気になったので訊いてみると、亜沙美は余程疲れているのか此方を向こうとはせず突っ伏したまま返してきた……ダルそうに片手を上げてブラブラと振りながら。


【正義】

「なら、帰ったほうが良いんじゃないか?…週末は暇じゃないんだし」


【亜沙美】

「うーん、精神的なモノだから大丈夫だよ。…暫くしたら良くなると思う」


相変わらず手をブラブラと振りながら返してきた亜沙美の様子に苦笑していると、美咲桜がスッと身体を離した。


【美咲桜】

「ヒロ君、ちょっと外してくれない?…鳴海君連れて」


視線を送ると美咲桜は此方を向いて目配せすると、そう言って突っ伏している亜沙美を指差した………その意味を察した俺は席を立ち、航を拐いに向かった。


【航】

「大体、これだけ出来るなら俺が教えなくても少し考えれば解るでしょ?…と言うか、英語ならマサ君に訊いたほうが良いよ?…俺は英語苦手…って、どうしたの?」


【正義】

「恋華、航借りるな?」


【恋華】

「宿題も終わったし別に良いけど…それより、マー君まだ帰らなくていいの?…英理朱さん心配して警察に電話したりしない?」


航を連れていく許可を貰う為に訊くと、恋華は首を傾け考えるような仕草をした後でそう返してきた……因みに恋華が言ったことは実例で、過去何度かパトカーで帰宅したことがある。


【正義】

「大丈夫、さっき遅くなるってメールを送ったから……んじゃ、コレは借りてくな?」


その時の様子を思い出して苦笑すると、そう言って航の首根っこを掴み、カウンターの方へ…。


【航】

「ちょっ、ちょっとっ!?…何で普通に『行こうぜ?』とか言わないのっ!?…毎回引き摺られる俺だと思ったら大間違いだよっ?」


向かおうとしたのだが、なんと航がその手を外しやがった………ので一人で向かうことにした。


【航】

「そのパターンは止めて…泣きたくなるから」


カウンター席に着いてコーヒーを頼もうか悩んでいると、半泣き状態の航が隣の椅子を引きながら言ってきた。


【正義】

「女同士の話があるんだと…そして、コーヒー奢ってくれない?」


【航】

「しくしく…またスルーですよ。どうせ[悪かった、コーヒー奢って?]……前後に差がありすぎでしょ?」


【正義】

「そうだ…お前に相談があったんだ。部屋探しの件で…」


【航】

「すみません、コーヒーとカフェラテを一つずつ…[畏まりました]……マサ君、一人暮らしでもする気なの?」


【正義】

「サンキュ、バイト代入ったら返すわ。……俺じゃない、室岡先生の妹さん…」


【航】

「室岡?……あぁ、マサ君と仲良しの……ふーん、妹さんいたんだね。……で、条件は?」


【正義】

「話が早くて助かる…[コーヒーのお客様は?]あっ、俺です。…かなり厳しいんだが―――」


部屋を探す理由、両親と本人の希望、条件が厳しくて難航している…ということを順を追って話した。


【正義】

「―――という訳。俺も少し調べてみたけど、予算と条件の兼ね合いが、な…ズズッ」


コーヒーをすすりながら携帯で調べてみるが、やはり予算の関係で行き詰まってしまう……ダメ元で隣に視線を移すと、口笛を吹きながら楽しそうに端末をイジっていた。


【航】

「♪〜♪♪(口笛)…おっ、おおっ!?…ねぇ、マサ君…コレはどうかな?…6階だから景色は微妙だけど」


その様子を眺めていると口笛が止み、そう言って液晶を此方に向けてきた。


【正義】

「ん…おおっ!…どこの不動産?…こんなのあったんだ」


画面に表示されていた物件は、鳴北にある10階建てマンションの6階で、学園までの所要時間と景色以外はクリア出来て……。


【正義】

「家賃165000円(維持費込み)って書いてますが?」


…いなかった。


【航】

「うん、書いてるね。…でも、大丈夫。…そこの社長さんには貸しがあるから」


【正義】

「(貸し?)そ…そうなんだ?…では一応、予約というカタチでお願い出来ますか?」


貸しについて訊きたかったが、訊くと後戻り出来ないような気がしたので本能に従ってスルー。


【航】

「揉み手でそう言いつつ横にスライドした理由を説明してくれると助かるんだけど…?」


【正義】

「誰しも人には言えないことってありますよね?…お姉さんもそう思いません?」


【航】

「違っ!?…そうじゃないって!…何か勘違いしてるってっ!」


先程コーヒーを出してから暇そうにテーブルを拭いていた彼女を不憫に思い、話を振ってみた……因みに航が何か言っていた気がするが、空耳だと思う。


【ウェイトレス】

「わっ、私ですか?…えーっと、は…はい」


すると彼女は此方に背を向け裏返った声を返してきた……その様子を疑問に思い航に目で尋ねると、彼はかぶりを振って肩を竦めるだけだった。


【正義】

「航、芽衣さんに連絡してくれないか?…俺は今の話を室岡先生に報告するから」


航が頷いたのを確認して席を立ち、携帯を耳に当てその場から離れた。


【室岡】

『もしも〜し、どちらさまですか〜♪』


すぐにコールが途切れ聴こえてきた声はえらくハイだった………受話器の向こう側が容易に想像出来る程に。


【正義】

「こんばんは、先生…七瀬ですけど…」


【室岡】

『ん〜?…ななせ?…ななせななせ七瀬っ!?…………もしかして、鳴響学園1年A組の七瀬正義君?』


前半と後半の喋り方が全く違うことから分かる様に、物凄く動揺しているようだった……相変わらず可愛い人だ。


【正義】

「お楽しみのようですので、用件だけ手短に言いますね?」


【室岡】

『ゴメンね?…学園の外でまで気を遣わせちゃって…うん、良いよ』


【正義】

「条件にほぼ該当する部屋が見つかった『本当っ!?』えぇ、詳しくは………先生のウチってファックスとかあります?」


【室岡】

『うん、あるよ。…番号は6△1‐5△△2…分かった?』


こうも簡単に自宅の番号を教える先生が、悪い狼に騙されないか心配でたまらなかった……確り登録したが。


【正義】

「はい、明日にでも送りますね?…それではまた来週、学園で」


【室岡】

『うん、ホントにありがとう…それじゃ―――』


通話が途切れたのを確認すると、カウンター席へと向かった。


【航】

「いやいやいや、落ち着いて下さいっ………はぁ………だからっ!………今、ちょっと外してて………だ〜か〜ら〜マサ君は今」


すると、航が電話片手に頭を抱えていた……正確には両手で頭を抱え、肘の内側と耳で携帯を挟み込んでいると言ったほうが正しい…器用なヤツだ。


【正義】

「後ろにいるけど?」


【航】

「そうそう、後ろにいる……って、ぎぃゃあぁああっ!…怖っ、どんな顔してんのっ!?」


その肩を叩いて面白い顔を作ったつもりなのだが、航の悲鳴からも判るように面白く無かったらしい……ショックだ。


【正義】

「で、どうした?…さり気なく毒を吐く少年N」


言っている最中に航の頭上に『枠』が出現し、言い終わると同時に点滅し始め…。


【航→N(暫定)】

「↑ギャーーっ!?…台詞がリアルタイムで反映されてるっ!?」


↑の状態に更新されていた……俺はと言うと、ぬるい展開の定義について考えたくなっていた。


【N(暫定)】

「↑はぁ〜やっぱり。……あい、電話…芽衣先輩が代わってくれって…」


【正義】

「あぁ、わかった。……もしも『正義かっ!!!?』……えぇ、耳がキーンってなってる正義です」


何故か肩を落としているN(暫定)から携帯を受け取り問いかけると、カウンター(大)が俺の耳を貫いた………まだ耳鳴りしてる。


【芽衣】

『わりぃ、オレとしたことが、つい取り乱しちまって。…で、本題なんだが、アイツは一体なにモンだ?』


【正義】

「ん?……アイツとは?『瑞姫だ、瑞姫っ』…が、どうかしたんですか?」


【芽衣】

『どうしたもこうしたもねぇよ…アイツ、人をおちょくる趣味でもあるのか?』


声から察するにイラついてるのは分かるが…全然話が見えてこないな。


【正義】

「どういうことです?」


【芽衣】

『今、アイツを追って3階に降りて来たんだけどよ……アイツ、4階にいやがるんだ』


相変わらず状況が理解できなかったのでN(暫定)に目で助けを求めると、首を横に振るだけだった………ミステリー?


【正義】

「“移動する瑞姫を追いかけている”ってのは何となく解りましたけど…なんで追いかける必要があるんです?」


【芽衣】

『そういや、そうだな…なんで追いかけてんだろオレ?…まぁ、いいや。とりあえず今から4階に戻るから、電話このままにしてもらってもいいか?』


時々抜けてるよな〜、等と思いつつN君(←面倒臭いので)の様子を窺うと、聞き耳を立てていたのかウンウンと頷いていた………マナーがなってない、今度じっくり教育しなければ。


【正義】

「えぇ、構いませんよ。…俺の携帯じゃありませんし」


【芽衣】

『もうすぐ店の階段の下に着く、呼んだら出てきてくれ。…お前の意見が聞きたい』


【正義】

「よく分かりませんが分かりました」


意見が聞きたい…ねぇ、一体なんなんだ?


【N(暫定)】

「ワケわかんなかったでしょ?…ワープするだの消えるだの」


ワープ?消える?…俺はそんなこと聞いてないぞ。…そういや、美咲桜も消えるって言ってたよな………人が消えるなんてことがあり得るのか?


【正義】

「あぁ、サッパリだ…で、意見が聞きたいから出てこいって言われた…ズズッ」


【N(暫定)】

「意見って…あり得ない現象について?」


【正義】

「らしいね。…それはそうと、N君コーヒーおかわりしても良いかな?…さっきから脳が糖分寄越せって煩いんだ」


【N(暫定)】

「N君…ね。因みにこの“N”はドコから取ったの?…あっ、すみません、彼にコーヒーを」


【正義】

「A.鳴海のN。B.ニャーのN。C.ニートのN。…の、どれか」


【航】

「なんでコーヒーまで奢ったのにクイズ形式なの……しかもBとCが明らかにおかしい。Cに至ってはまだ該当しないでしょ?」


【正義】

「心配するな。正解はその中に無い『―い、お〜い』ん?…着いたかな?…もしもし」


携帯から聴こえてきた声に意外と早かったな、と思いつつ問いかけた。


【芽衣】

『着いたから出てきてくれ。…あぁそうそう、航の馬鹿は絶っっっ対に連れてくるなよ?…んじゃな―――』


あのダークな声を疑問に思いつつ携帯を耳から離すと、アホ面したN君に肩を叩かれた……君のように生きられたら幸せだろうな。


【N(暫定)】

「行くんでしょ?…暇だから俺も行くよ」


【正義】

「お前…芽衣さんに何言ったんだ?…めっちゃ恐い声で、絶対に連れてくるなって言われたぞ」


【N(暫定)】

「う〜ん、『立ったまま寝てたんじゃないですか』かなぁ?…いや、それとも『あははははっ、もし本当に消えたら笑えますね』かな?…はたまた…」


指折り数えどんどん出てくる心当たりに呆れつつ、未だ喋り続けるアホ面の横を通り過ぎ店を後にした。


【芽衣】

「遅かったな?」


4階へ下り立つと、廊下の窓枠に腰掛けた彼女が声を掛けてきた。


【正義】

「すみません、馬鹿に捕まってまして。……で、意見とは?」


歩み寄り苦笑して返すと、彼女は身体を捻り窓の外を指差し…。


【芽衣】

「…ほら、あそこ見てみろ」


そう言って顔を此方に向け手招きしてきた。


【正義】

「では、失礼して………ん?…あのピョコピョコしてるヤツですか?」


彼女の身体と開いた窓フレームの間に体を滑り込ませ指先を目で追うと、金色の尻尾が委部棟(←委員会・部室関連棟の略称)3階廊下の柱の陰に見え隠れしていた。


【芽衣】

「あ…あぁ、アレ…だ」


瑞姫は何をしているんだろう、等と疑問に思いつつその様子を眺めていると、背後から蚊の鳴くような声が聞こえてきた。


【正義】

「?……あっ(しまった。余計な刺激を―!)…すみません、いま離れますっ!」


先程とはうって変わったその声を疑問に思いつつ首を180°反転させると、彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっており、その意味に気づいた俺は思いきり後退った……やっちまった感と動揺がコラボして生まれたムーンウォークで。


【芽衣】

「……………」


その結果、場の空気が微妙な感じになったのは言うまでもない……彼女はチラチラと此方を見るものの言葉を発しなくなってしまった。


【正義】

「とっ…とりあえず、俺はどうしたらいいですか?…アレを捕まえて来ればいいなら今すぐ行きますが…」


その様子をヤバいと感じた俺は、この微妙な空気を霧散させる為におどけたように言ってその場で走る真似をした………きっと今の俺は、端から見ればとてもイタイ奴に見えてると思う。


【芽衣】

「へ?……お前は何をやってるんだ?」


一分程そのイタイ行動を続けていると、それに気づいた彼女が呆れたように言ってきた………あの状況が打破できて良かったが、彼女の言葉で俺のピュアハートが多大なダメージを負った。


【正義】

「いや、電話で追いかけてたみたいな事を言ってたから、一応ウォーミングアップを、と」


彼女の赤みが引いた頬に安堵して胸を撫で降ろし、それっぽい言葉を選び返した………当然イタイ行動は止めてから。


【芽衣】

「いや、正義はここから見ていてくれ。…アイツがどう移動してるのかを、な」


つまり…消えるってのはモノの喩えで、本当に消えるとは思ってないってことか………まぁ、人が消える訳無いし、そう考えるのは当たり前か。


【正義】

「分かりました。…じゃあ、頑張って下さい…」


そう言って手を振ると彼女は〈あぁ〉と頷いて踵を反し、委部棟へと歩いていった。


【正義】

「んじゃ、『消える』カラクリを見せてもらおうかな……って、えぇーーっ!?…消え……てない」


その姿が見えなくなると窓枠に腰掛けて先程の位置に視線を向けると、ついさっきまで見えていた金色の尻尾が消えており、急いで両側の階段を順に目で追っていくと、瑞姫は委部棟2階の踊り場に姿を現した………普通に南側の階段から。


【正義】

「しかも電話してる……走ってもいないし、これと言って何もしてないな。…うーん、なんで“消える”って表現をしたんだろうな?」


それから5分程その様子を眺めていると、ある事に気がついた………芽衣さんが立ち止まるったり移動したりすると、瑞姫はそれが解っているかのような行動をとる…という事だ。


【正義】

「止まれば止まる。歩けば歩く。走れば早足…しかも、未だ二人が同じ階に居た試しがない。…つまり、瑞姫が芽衣さんの位置を完璧に把握してることは間違いない…何故かは解らないが」


芽衣さんの“消える”って表現…正確には“居ない”じゃないのか?…芽衣さんからは未だ見えない筈……そうかっ!


【正義】

「芽衣さんはフロア移動する前にこっちの棟から位置を確認して移動してる…確かに、確認までして、いざ、その場所にいざ行って瑞姫が居なかったら、消えた様な感覚を覚える筈だ」




しっかし、瑞姫はなんで芽衣さんの声を無視してるんだ?…只電話して……電話?


【正義】

「なるほどねぇ…そういうことか。…聞かれたら困るとかそういう類いの内容なら、あの行動も頷ける…多少やり過ぎな気もするけど」


事の全容が理解できたのでメールに『戻って来て下さい』とだけ書いて送ると、2分も経たないうちに芽衣さんが戻ってきた。


【芽衣】

「アイツがどうやってこっちの位置を把握してるか解ったか?」


【正義】

「いえ、分かりません…憶測ならいくつかありますが、どれも現実味に欠ける……まぁ、結局は憶測で終わるんでしょうけどね」


【芽衣】

「はぁ?…どうしてだ?」


【正義】

「だって瑞姫…美咲桜に対して『人間が消えたりする筈が無い』って言ってたじゃないですか。…要するに、話す気が無いんでしょ」


もしかしたら…美咲桜に対してだけなのかもしれないが、な。


【芽衣】

「なら、アイツがどうやって移動してたのか教えてくれ。…どれだけ急いでも背中すら見えなかったのが納得いかねぇ」


【正義】

「じゃあ一つ聞かせて下さい…瑞姫の足音は聞こえましたか?」


【芽衣】

「いや、全然……って、まさか…走ってないのか?」


【正義】

「窓際を移動してたからハッキリとは分かりませんが、早足にしては相当速かったです。…そうか、足音をさせずにあのスピードで」


なにかやってるな…身のこなしと言うか、身体の使い方が普通じゃない。


【芽衣】

「どうかしたのか?…眉間に皺が寄ってるぞ」


【正義】

「いえ、格闘技とかやってるのかなって」


【芽衣】

「その可能性は低いだろうな…アイツの肩とか腕を触ったが、殆ど筋肉は付いてなかった。…足も細くて綺麗なモンだったしな」


【正義】

「興味深いな…よしっ、いってみよ。芽衣さん…俺いきますんで、戻るなら戻ってても良いですよ。…じゃ」


そう言って踵を反し委部棟へと歩を進めた。


【芽衣】

「いくって…アイツのとこか?」


背後からの声に頭の上に両手で輪を作り答えると、窓際に寄り瑞姫の位置を確認して階下を目指した。


【芽衣】

「ははっ…意地になってやがるな。…じゃあ、オレは鬼ごっこを観戦させてもらうとするか。アイツなら、もしかしたら…」










此方の居場所を悟られないよう足音を消して一階へと降りてきた俺は、廊下側からは死角になっている柱に背中を預けるようにして立っていた。


【正義】

「(いっせーのっ、せっ!)」


これで気づかれてたら漫画の世界だよな、等と思いつつ柱の陰から飛び出した。


【正義】

「………居ない」


知覚で動いている線は消えたな、等と思いつつ他の察知方法を探る為に廊下を歩いてみた。


【正義】

「太陽が沈んでない今の時間帯じゃ池の水面には映らない……となると、やっぱり防犯カメラかなぁ?…イヤホンか何かで守衛さんに居場所を……?」


考えつく可能性をひとつひとつ潰しながら昇降口の方へと向かっていると、踊り場の陰から何か黄色いモノが見えたような気がした。


【正義】

「ん〜?…見間違いかな〜?」


立ち止まってそのポイントを凝視してみたが、何も見えなかった。


【正義】

「なんだったんだろ?…瑞姫の髪?…いやいや、んなバカうおっ!?」


見間違いだろうと結論づけてそのまま廊下を進み、踊り場の角を曲がると目の前に瑞姫が立っており、驚いた俺は先程修得したムーンウォークを繰り出すのだった。


【正義】

「〜〜〜〜っ!?!?」


その結果、背後の壁に後頭部をしこたま打ち付け、しゃがみこんで頭を抱える羽目になった………ムチャクチャいてぇ。


【瑞姫】

「大丈夫ですか正義様っ!?…お怪我はっ!?」


すると瑞姫が駆け寄って来て、目の前で膝立ちになり身体中をペタペタと触ってきた………胸や腰まわりを重点的に。


【正義】

「今まで何を?」


これってセクハラにならないのかな、等と思いつつ表情と行動が一致してない目の前の人に尋ねた。


【瑞姫】

「つい先程まで電話してましたわ。……立てますか?」


すると瑞姫は立ち上がってそう返しながら手を差し伸べてきた。


【正義】

「すまないな…っと、店を出てからずっと?」


その手を取り立ち上がった。


【瑞姫】

「はい、色々と急でしたので話が長引いてしまいまして…ご心配をおかけしました。私を捜しにいらしたんですよね?」


急…ね、ダメ元で訊いておくか。


【正義】

「あぁ、俺で二人目な。…それは人に話せない類いの内容?」


【瑞姫】

「えぇ、仰るとおりです。…理事への電話でしたので」


予想通り、内容を聞かれたら困る類いの話だったか……しっかし、逃げ回る位ならそれを身振り手振りで伝えれば良いのに…本当によく解らないヤツ。


【正義】

「そうか、やっぱり理事長ってのは大変なんだな。…こんな時間まで電話が鳴るなんて」


美咲桜が心配するといけないなと思い、そう言うとカフェテリアへ向けて歩きだした。


【瑞姫】

「いえ、大変なのは今だけで、来週からは暇になると思いますわ」


すると瑞姫はパタパタと駆け寄って来て隣に並び、そう言うなり何故かモジモジし始めた。


【正義】

「そういえば身に余る運営権を学園長に譲渡するんだったな…生徒は生徒らしく。…ホント、瑞姫って大人だよな」


芽衣さんの件で頭を抱えていた俺は当然の如くスルー………これ以上厄介事が増えるのはゴメンだからな。


【瑞姫】

「そっ、そんなことありませんわ。…私は只、この学園で…」


尻窄みにそう言った瑞姫の様子を気づかれないように見てみると、真っ白な顔を真紅に染めうつ向いていた………この反応はアウトっぽいな。いくら上積みが厚くても、さすがに顔の赤みまでは調節出来ないだろう。


【正義】

「一つ気になることがあるんだけど、いいか?」


まだ出会ってから三時間ぐらいしか経ってないのに…よっぽど惚れやすいタイプなのか。いや、そうとも言い切れないか…俺の事を知っていたとすれば、もしくは…。


【瑞姫】

「は、はいっ、なんでしょう?…スリーサイズでも何でも答え…」


俺の問いかけにガバッと顔を上げ、此方を向いて口を開いた瑞姫の瞳はキラキラと輝いていた。


【正義】

「いや違うからっ!そんなこと……微塵も訊こうと思ってないからっ!」


いきなりご乱心してしまった彼女に、なんでこうなるんだ、と内心愚痴りつつ彼女の言葉を遮った………約2秒ほど間が空いている理由はご想像にお任せする。


【瑞姫】

「そうですよね…私の貧相な体のスリーサイズになんて興味ありませんわよね。…はぁ〜、ガッカリ…ですわ」


ニコニコしながら落胆したような声でそう言った彼女を見ていた俺が、頭を抱えたのは言うまでもない……バレてる。


【正義】

「俺“達”の居場所がなんでわかるんだ?…俺に至っては足音や気配まで消してたのに…」


その様子から弁解しても無駄だと察した俺は、先程から気になっていた本題を切り出した……ダメ元で。


【瑞姫】

「乙女のヒ・ミ・ツ…ですわ♪」


おいおい、せめて否定ぐらいしろよ………ホントよく解らねぇ。


【正義】

「はぁ…んじゃ聞き方を変えるわ…それは物や人を利用して?」


【瑞姫】

「ん〜…私が答えたら、此方の質問にも答えてくださいます?」


何を訊かれるか不安だけど、それで芽衣さんに答えが返せるなら安いもんだよな。


【正義】

「あぁ、分かった…答えられる範囲で答えよう」


一応釘を刺すのも忘れない…正直、宇宙人と話している感覚だ。


【瑞姫】

「正義様や園田さんの位置を特定する為に物や人を利用していたか……答えはノーです」


もし言ってることが本当なら、完全にお手上げだな…もう他の方法が思いつかない………マジで宇宙人?


【瑞姫】

「それは…私にしかできないことだと…」


【正義】

「それってどういう」


【瑞姫】

「よく見ていれば、いつか解るかもしれませんわね。…それと、今は私の番ですよ?」


瑞姫にしかできないような事で見ていれば解る……分からん。


【正義】

「悪い。…何が訊きたい?…スリーサイズ?」


【瑞姫】

「脱いで計測させてくれます?」


目がマジだった…ジョークなのに。


【正義】

「無理っ、俺まだ死にたく無いし。…他で頼むわ」


【瑞姫】

「では、単刀直入に訊きます。…どうして音楽界から姿を消してしまわれたのですか?」


前に回り込んで足を止め、真剣な顔で訊いてきた。


【正義】

「悪いな、昨日今日知り合った人間に話す気は無い。…他のにしてくれ」


その肩を叩いて返し横を通り過ぎた……沸き出てくるドス黒い感情を抑え込みながら。


【瑞姫】

「ゴメンなさいっ…私っ、また…っ」


背後から聞こえてきた嗚咽交じりの声に思わず足を止め、後ろ手にハンカチを差し出した。


【瑞姫】

「すみません…私、なんだか正義様に迷惑ばかり…っ」


その手からハンカチが消えると階段を上り始めた。


【正義】

「そう思ってるなら、早く泣き止んでくれると有難い……お前が泣いたままだったら俺がボコボコにされかねない」


【瑞姫】

「ふぇ?…ボコボコですの?」


【正義】

「お前を捜しに来た先輩が居ただろ?…あの人は“こういうこと”に煩くてな」


【瑞姫】

「へ?…しかし、あの方は暴力が嫌いだと仰ってましたが」


【正義】

「いずれ分かる。…まぁ、この場合はボコられても致し方ないがな…俺が泣かせたのは事実だし」


等と言っている間に4階に辿り着いていた………芽衣さん、まだ居たのか。


【芽衣】

「一体どうやって捕まえたんだっ?…一階に居たのは辛うじて分かったが、窓際を移動してくれないからサッパリだ」


此方に気づいた芽衣さんが駆け寄り訊いてきた。


【正義】

「色々な可能性を考慮しながら移動してたので、敢えて窓際を歩かなかったんです。…それも全て水の泡でしたけど…なぁ?」


そう返して俺の背後に隠れるようにして立っていた瑞姫を引き剥がし、その肩を叩いた。


【瑞姫】

「うっ…ご迷惑おかけして申し訳ありませんでしたっ」


するとバツの悪そうな顔をしてそう言い頭を下げた。


【芽衣】

「なぁ、正義…どういうことだ?…なんでコイツは謝ってんだ?」


【正義】

「とりあえず、順を追って話しますね。まず―――」


瑞姫から訊いた話を理解しやすいよう、自分が取った行動に織り交ぜつつ説明した。


【正義】

「―――という訳です。…納得いかないとは思いますが、とりあえず戻りましょう」


ずっと険しい表情をしている芽衣さんにそう言いカフェテリアへと向かった。


【瑞姫】

「あの〜正義様…園田さんはあのままで良いのですか?」


すぐに後を追ってきた瑞姫が訊いてきた。


【正義】

「あぁ、すぐに戻って来るよ。…俺と立ち位置が逆だったら、きっと俺も“ああなってる”と思うし」


【瑞姫】

「そうですか……お互いのことを良くわかってらっしゃいますのね」


【正義】

「ま、な…3年近く付き合ってたら、大体のことは解るよ…知りたくないことも含めて」


帰りに相談しないとな、等と思いつつカフェテリアの扉を押した。


【瑞姫】

「………いいなぁ」


【正義】

「?…何か言ったか?」


【瑞姫】

「私、嫌な女だと思いません?」


扉を手で押さえたまま振り返り訊ねると、瑞姫は顔を伏せてそう言うと横を通り過ぎて行った。


【正義】

「嫌な女…か」


自分の“何を”指して言った言葉なのかは知らない…けど、それを言うなら俺だって嫌な男だ。…自分の都合で、また一人の娘を傷つけようとしてるんだから。


【芽衣】

「どうした正義?…こんな所でぼーっとして」


等と考えていると本人から肩を叩かれた………今の俺は笑えているだろうか。


【正義】

「芽衣さんを待ってたんですよ……行きましょう」


彼女の顔を見ずに言うと、角を曲がって姿を消した瑞姫の後を追った。


【芽衣】

「正義のヤツ、まだあんな顔を持ってたのか……なんだ?…この嫌な感じは」










【美咲桜】

「それじゃ…ヒロ君、鳴海君…また来週」


あれから他愛ない話をして時間を潰し、7時半に用事があると言って席を立った亜沙美に併せて今日はお開きとなった。


【正義】

「あぁ、またな」


そして俺と航はいつもの様に校門前で女性陣を見送っていた。


【航】

「うん、バイバイ」


恋華と亜沙美と芽衣さんを見送り、今は桜さんが開いたドアから後部座席に乗り込む美咲桜に手を振っていた。


【桜】

「正義様、鳴海君、それではまた」


美咲桜が乗り込むと桜さんはドアを閉め、此方を向いて会釈すると踵を反し運転席へと姿を消した。


【正・航】

「………………」


テールランプが見えなくなるまで見送った俺達は顔を見合わせて大きく息を吐き、同時に背後に立つ金髪に視線を向けた。


【瑞姫】

「(ニッコリ)」


校門に辿り着いた俺達はある事に気がついて瑞姫に訊いてみたのだが、先程からずっとこの調子だ……いくら送っていこうかと言われてもニッコリ笑って手を振るだけだ。


【航】

「どう見る?(耳打ち)」


【正義】

「俺的には、『お気になさらず』…かな?(耳打ち)」


【航】

「一応、訊いてみた方が良いよね?(耳打ち)」


【正義】

「当たり前だ…お前はこんな人気のない場所に、女の子ひとり置いていく気か?…という訳で…ほら、逝けっ!(耳打ち&紅葉アタック)」


【航】

「〜〜〜〜〜っ!?……はぁ…あのさ、神城さんはどうやって帰るの?」


【瑞姫】

「ハイヤーです。…一応8時で予約していたので、もうじき来ると……あっ、アレだと思いますわ」


瑞姫が指差した方へと視線を移すと、藍ヶ丘方面から車のライトが近づいてきた。


【航】

「ん〜?…あれハイヤーじゃなくて、赤いスポーツカーだよ?」


【瑞姫】

「いえ、あれで間違いないですわ。…日本には数台しか無いと仰ってましたし」


【正義】

「今時のハイヤーは車種まで選べるのか。…やっぱフェラーリとかもあるのか?」


【瑞姫】

「はい、ありましたね…会長さん曰く『いつも同じだと飽きる』と仰る方に対応する為に始めたサービスらしいですよ」


【正義】

「飽きるって…じゃあハイヤーなんて乗るなよ」


呆れたように返していると、赤いスポーツカーが目の前に停まった。


【航】

「はぁ〜〜〜カッコいい〜〜〜…そうだっ、写真撮っとこっ!」


興奮したようにそう言った航はリムジンの後部座席からデジカメを取り出し、お目当ての車を色んな角度から撮り始めた………そんな航を前に、俺と瑞姫は顔を見合わせて苦笑することしか出来ない。


【運転手】

「神城様、お迎えにあがりました。…これから如何なさいますか?」


車から降りてきた女性は一度航に視線を向けて微笑むと、此方に会釈して瑞姫に訊ねた。


【瑞姫】

「そうですわね……今日はまだメイドが来ていないから……食事に行きましょうか?…それから家までお願いするわ」


【運転手】

「私のような者がご一緒させて戴いても宜しいのですか?」


【瑞姫】

「えぇ、是非…私、忙しくてあまり自炊する暇がなくて……美味しいお店を教えてくれると助かるわ」


【運転手】

「ありがとうございます…では、ご一緒させて戴きます。…すぐに出られますか?」


【瑞姫】

「えぇ、すぐに出られるようにしておいて[畏まりました]……ふぅ」


運転手の女性は会釈してから車に乗り込んだ。


【正義】

「まだ行かないのか?…疲れてるなら早く帰ったほうが…」


【瑞姫】

「えぇ、帰る前に渡すものがありまして……コレを」


瑞姫は胸ポケットからカードケースを取り出し、中から一枚抜いて裏側に何かを記入すると、そう言って此方に差し出してきた。


【正義】

「名刺?…あぁ、携帯番号ね。…それじゃあ今から鳴らすな?」


鳴響学園理事長代行と書かれた名刺を受け取り、携帯を取り出し記載されていた番号をプッシュした。


【瑞姫】

「ありがとうございますっ!…それではお休みなさい正義様っ♪」


瑞姫は着信音が鳴り始めたそれを大事そうに両手で包むと胸に押し当て、華が咲いたように笑うと嬉しそうにそう言い、ペコリと頭を下げてから小走りで駆けていった。


【航】

「不思議な娘だよね…神城さんって」


遠ざかっていくエキゾーストノートに耳を澄ませていると、一仕事終えた男のような顔をした航が戻ってきた。


【正義】

「不思議ねぇ…俺にはアイツが宇宙人に見えてるよ」


そう返しながら名刺を財布に仕舞った。


【航】

「その様子だと…カフェテリアを出てから何かあったみたいだね?…何があったの?」


【正義】

「他にも相談したいことあるし、長くなるから車の中で話すわ」


【航】

「その顔だと………真面目な話みたいだね?…わかった」


そう言ってリムジンに乗り込んだ航の後に続いた。





















ウチの近所にある公園に寄ってもらった俺は、航と隣り合ったブランコに腰掛け、車内で話しきれなかった瑞姫のことを話していた。


【正義】

「現段階では解らない。…まぁ、本人が嘘をついてなければいずれ解るだろ」


【航】

「マサ君の言いたいことが漸く分かったよ。…確かに宇宙人って表現がピッタリくるね」


【正義】

「瑞姫の話はこんなとこだ。…で、他に何か聞きたいことはあるか?…無いなら本題にいくが…」


【航】

「無い、俺もマサ君の意見と同じ。…彼女の言動は長期間接しないと見極められないモノだと思った。…フィルターだらけって言うか、本音が全く見えて来なかったから」


やっぱりか…瑞姫を見てると、自分を作ってて何かを隠してるような印象を受けるんだよな……何かは見当もつかないが。


【正義】

「相談ってのは、芽衣さんのことなんだ。…俺の勘違いなら良いんだけど、お前から見て芽衣さんは俺に好意を抱いてると思うか?」


【航】

「まず間違いなくフラグは立ってるね。…で、それが?」


確かフラグは……好意が向いてるって意味だったよな?(独自調査による)あは…あはは…はぁ〜〜〜〜当たりかよ。


【正義】

「俺、亜沙美に話した覚えがあるんだけど…亜沙美はなんて言ってたんだ?…俺が美咲桜の件を調べてる理由もちゃんと話したのか?…俺が何を求めてるのかを…どうありたいのかを、さ」


知ってたら普通は諦めると思うんだよな…俺がどれだけ美咲桜を大事に思ってるのかを。


【航】

「あぁ、あのプロポーズまがゴホッゴホッ!!…聞いてるけど?」


プロポーズ?…亜沙美は一体どういう風に話をしたんだ?


【正義】

「当然その場に芽衣さんも居たんだろ?…普通、それを知ったら諦めるものなんじゃないのか?」


【航】

「なんで?」


呆れたように返された。


【正義】

「なんでって…だって俺は美咲桜のことを一番大事に思ってるんだぞ?…それも先を願う程に。そんな奴を好きになっても…」


【航】

「好きになるのは本人の自由でしょ?…世の中、報われなくても好きで居続ける人は沢山いる。…そもそも、マサ君の場合はまだ報われないって決まってないんだから、何もおかしなことは無いでしょ?」


そう言うなり立ち上がって公園を出ていった航に首をもたげて待つこと2分、前方から何かが顔をめがけて飛んで来た。


【正義】

「よっとっ!…ん?…缶?」


咄嗟に右手を前に突き出してそれを掴むと、俺が好んで飲むメーカーの缶コーヒーだった。


【航】

「まだ長くなりそうだからね…オゴリ」


続いて暗闇の中から姿を現した航はそう言うと先程の位置に腰掛けた。


【正義】

「サンキュ。…確かにそりゃそうなんだけど、さ……もう、川上さんの時みたいに傷つけたくないんだ。…あんな顔を見たくないんだよ」


そこで言葉を切って口をつけたコーヒーは、飲み慣れたブラックなのに苦く感じられた。


【航】

「ははっ…告白される前に相談するあたりがマサ君らしい。…つまり、どう接すれば良いのかってこと?」


【正義】

「あぁ…距離を置こうにも、只でさえ接点の少ない芽衣さんだ……絶対に気づかれる。…かと言って急に冷たい態度をとる訳にはいかないし……なぁ、どうすればいいと思う?」


【航】

「そうだね………結局は、その場その場で自分が後悔しないように動くしかないんじゃないかな?」


つまり現状維持ってことか……言われてみれば川上さんの時もそうだったしな。…急に告白されて、自己嫌悪して、断って、また友達に戻れた。


【正義】

「川上さんみたいに…」


芽衣さんは変わらず友達で居てくれるだろうか?…それが……恐い。


【航】

「みたいに…?」


【正義】

「なんでも無い。…そっか、そうだよな。…それに、まだ告白されるって決まった訳じゃねぇしな。…悪かったな、こんな事に時間取らせちまって」


温くなってきたコーヒーを一気に飲み干し、少し離れた所に置かれた屑籠に缶を放り投げた。


カンコンガシャ―――


【航】

「ううん、話してくれて嬉しかったよ。…他には何か無い?…俺で良ければ愚痴でも何でも聞くから、さっ!」


そう言うと航も同じように缶を屑籠へと放り投げた。


ガサッ―――


【正義】

「き…急に何か話せって言われてもな。…元々そんなに話題を提供するほうじゃないし……寧ろ、訊きたいことなら山のようにあるんだけど」


茂みに刺さった缶に笑いを誘われたが、訊きたいことは真面目な話なので何とか堪えた。


【航】

「訊きたいこと?…なに?」


【正義】

「今週に入ってからお前も恋華もよく居眠りしてたけど……疲れの原因って、やっぱり美咲桜の…」


覚えている限りでも恋華が4回、航に至っては7回も授業中に舟を漕いでいた………昨日は帰りの車中でも寝ていたしな。


【航】

「後悔してる?…俺達に話したこと…」


航はそう言うと空を見上げた。


【正義】

「どうして?」


【航】

「そんな顔してるから…申し訳なさそうな顔を」


【正義】

「そっか…そんな顔してるか……けど、ハズレだ。…俺がしてるのは後悔じゃなくて心配……美咲桜と同じように、お前達も大事だから」


【航】

「心配するのは構わない…けど、後悔だけは絶対にしちゃダメだよ?…本当に俺達のことを大事に思ってるなら、ね」


そう言いながら此方を向いた航の顔は、今にも泣き出しそうに見えた。


【正義】

「どうし…」


【航】

「そういえばっ、先生との電話はどうだった?…難航してたって言うぐらいだから、喜んでたんじゃない?」


俺の言葉を遮るように言うと、航は立ち上がりブランコを漕ぎ始めた………先程の様子を誤魔化すように。


【正義】

「あぁ、声を弾ませて喜んでたよ。…あの声から察するに、部屋がみつかったことよりも、妹さんと一緒に住まなくて済むからだろうけど」


見なかったことにして同じように立ち上がり、ブランコを漕ぎつつおどけて返した。


【航】

「8月にエアコンだっけ?…まさか美咲桜ちゃん超えしてる娘が存在するなんて思わなかったよ。…美咲桜ちゃんでも携帯が最高なんでしょ?」


航が言っていることは事実だ……俺が小3の時に初めて買って貰った携帯は、美咲桜の手によって再起不能になっている……しかも、買った翌日にだ。


【正義】

「いや、中学の三年間があるから分からない…アイツのメカ音痴は筋金入りだからな」


因みに、それ以前から美咲桜は科学や家庭科の授業で色々なモノを破壊していた。


【航】

「いやいやいや、いくらメカ音痴でもさすがにエアコンは壊さないっしょ?」


それを目の前で見ていた俺が貸してと言われて素直に貸す筈がない…では、何故俺の携帯が死んでしまったのか?


【正義】

「お前はアレを目の前で見たこと無いからそう言えるんだ…アイツの手によって何度PCから俺の息子《作曲データ》が消失したことか」


理由は簡単…俺が寝ている隙にポケットから抜き取りやがったからだ。


【航】

「その話聞いたら人事とは思えなくなってきたよ……ウチ《恋華》のは違った意味で破壊しそうだし」


ボンッと言う破裂音で目を醒ました時にはもう手遅れ……マイサンはプスプスと黒い煙を吐き出し、壊れたバイブ機能によって美咲桜の机の上を這いずり回っていた。


【正義】

「あっ、そういや先生に番号聞いたんだった。…さっきお前が調べてくれた物件の情報をPCに送ってくれない?…帰ってからで良いからさ。…プリントアウトしてファックスで送るから」


美咲桜の個性(?)についてはいずれ触れる機会があると思うからこの辺で割愛しておく。


【航】

「わかった、今日中に送っておくよ」


【正義】

「助かる…あと、予約のほうも頼むな?…あの様子だと見に行くのは時間の問題だと思うからさ」


【航】

「そっちは明日の朝にでも連絡しておくよ。…ところで、マサ君さっき神城さんから番号教えてもらってなかった?」


【正義】

「あぁ、それがどうかしたか?」


【航】

「何この敗北感……俺達がいくら訊いても『もう1台作ったら教えますわ』の一点張りだったのに…なんでマサ君だけ?」


【正義】

「さっき話したと思うが、アイツは以前から俺のことを知ってるみたいなんだ…しかもピアノ奏者としての俺を。…だから、その辺のことが関係してるのかもな」


【航】

「マサ君ってそんなに有名だったのっ!?…亜沙美ちゃんがプロと遜色ないって言ってたから相当巧いことは想像ついてたけど、まさか世界レベルとは思わなかったよ」


【正義】

「あの程度の演奏でそれは言い過ぎだ。…大体、世界レベルって何だよ?…俺は海外に招待された覚えはないぞ」


【航】

「だって…アメリカに居た神城さんが知ってる時点で、この小さな島国を飛び出してるのは事実でしょ?」


【正義】

「っ…!?」


そうだ…アメリカに居た筈のアイツが、なんで俺がコンクールに出なくなった事まで知ってるんだ?…さっきまで日本に居た可能性を考慮して考えてたから気にならなかったけど、アメリカに居たとなると話は別だ…。


【航】

「…例えメディアから直接情報が配信されずにネットか何かで調べたとしても、それを本人が望んだのであれば…『海外にもマサ君のことを知りたい、演奏を聞きたいと思ってる人が居る』ってことはまず間違いないんだ…」


そのとおりだ…俺は世界に配信されるレベルの取材なんて受けたことがない…一番人目に触れる機会が多かった全国紙の新聞に載った時も、隅のほうに小さく取り上げられただけだった………そう考えると雑誌や新聞の可能性は限りなく零に近い。


【航】

「…ね?…世界レベルの定義にもよるけど、マサ君のピアノは日本を飛び出して…って、どうしたの?…眉間に皺寄せちゃって」


航の声に一度思考を中断してそちらを向くと、漕ぐのをやめて怪訝な顔で此方を見ていた。


【正義】

「いや、お前って人をおだてるのが上手いな〜と思って。…その歳で接待スキルを持ってるのはどうなのよ?」


それに対して俺は差し障りの無い内容を返しつつ、再び思考を巡らせる。


【航】

「好きでこうなった訳じゃないさ。…『鳴海』としてパーティーやレセプションに出席するうちに染み付いちゃったんだよ……あの場所は色々と必要だからね」


そうなると航の言うとおりネットで調べていたという線が濃厚だけど、その始まりが解らない…きっかけが無ければまず調べようと思わない筈だ…って、悠長に考えてる場合じゃねぇだろっ。


【正義】

「すまないっ、軽率だった……お前達がいつもそういう場で嫌な思いしてるのを知っていた筈なのに……本当にすまないっ」


考え事をしていたとはいえ、あんな軽率な言葉を投げ掛けた自分に自己嫌悪しつつ思いきり頭を下げた。


【航】

「ちょっ、頭まで下げなくても…俺は全然怒ってないから頭を上げてよ?」


頭上から聞こえた穏やかな声にゆっくりと顔を上げると、航は此方と目が合うなり首を横に振った。


【航】

「はぁ…いつも思ってたけど、マサ君はすぐ人に頭を下げすぎだって!…その癖は治した方がいい。俺は慣れてるから何とも思わないけど、慣れてない人にそうやってペコペコ頭を下げてたら印象悪くする一方だよ?」


その意味が解らずに続きを促すと、航は大きく溜め息を吐きそう言って失笑した。


【正義】

「あははっ…俺も染み付いちゃってるみたいだな。…未だに言われ続けてるもんだから、反射的に頭を下げちまう」


【航】

「どういうこと?」


【正義】

「ウチの家訓(?)に『悪いことをしたらまず自分を戒めて迷わず頭を下げろ、納得するまで頭を上げるな』ってのがあるんだけど…」


【航】

「何なの?…その実体験を基にして作ったような家訓」


【正義】

「聞きたいなら話してやるが…どうする?…因みにあまり笑えない」


【航】

「一応、後学の為に聞いておくよ」


【正義】

「昔、一度だけ父さんと母さんが大喧嘩したことが遇ってさ、父さんが悪いのに謝らなかったんだ。…で、ギスギスした空気が1週間ぐらい続いたある日、母さんが『実家に帰らせていただきます』を発動させちゃってさ…………という訳で、さっきの家訓が出来たんだ。…笑えないだろ?」


【航】

「一番重要な部分だけはしょったら聞く意味ないじゃんっ!…気になるから教えてよっ!」


【正義】

「いや、話したいのは山々なんだが……父さんの世間体もあるからさ。…言わなくても大体想像つくだろ?」


言えるわけねぇよ……あの威厳ある父さんが、空港で俺の手を引いてゲートを潜り抜けようとした母さんの足にすがりついて泣き喚いてたなんて。


【航】

「世間体…ね。聞かないほうが良いと俺の直感が告げてるから聞かないことにするよ…マサ君の顔見たら、男としてのプライドが崩壊したであろうことは容易に想像できるし」


正解…父さんは未だにその時の事をほじくりかえされたら崩れ落ちてるよ………泣きながら。


【正義】

「まぁ、今度からは気をつける…ってことでこの話は終わりな?…因みにお前、前髪掻き上げながらカッコ良さげに『聞かないことにするよ』とか言ってるけど、『気になって仕方ない』って顔してるからな?」


【航】

「えっ、嘘っ!?…顔に出てたっ!?」


【正義】

「心配しなくても、続きは恋華の姓が鳴海になった時に話してやるよ」


そう言ってやると、航はボンッと音を発てて真っ赤になった………航のことを知らない人がその姿を見れば『可愛い娘だなぁ』と口を揃えて答えるだろう。


【航】

「なっ!?…そそそんなのまだ早いって!…おお俺達まだ16にもなってなイッ〜〜〜〜!?」


【正義】

「舌を噛むほど動揺するってことはもしかして………あぁ〜っ、なるほどっ!…くれぐれも慎重にな?」


【航】

「ひやうはだっ、まやほうまえひっへにゃいやらっ!(違うからっ、まだそこまでイってないからっ!)」


【正義】

「いち……にぃ…さん…」


【航】

「どうしたの?…急に指折り数えて」


【正義】

「いや、今日一日でお前が何回ぐらい自爆したのか気になって」


【航】

「なに言ってんのっ!?…その原因を作り出してるのはマサアンタでしょっ!!?」


【正義】

「お前…いくら自分の影が薄くなってるからって、話を引き延ばして存在感をアピールしつつ俺に八つ当たりするのやめろよな」


【航】

「酷っ!?…それが今まで相談に乗ってくれた親友に対する仕打ちっ!?」


【正義】

「ありがとう…?」


【航】

「いや、なんで疑問文なのさ?…しかも、心底解らな…ん?…メールだ」


そう言って液晶を確認した途端、航の表情が急に険しくなった。


【正義】

「どうかした[ゴメン、用事ができたから帰るね?]…えっ、おいっ、待てよ!」


その様子が気になったので訊ねようと口を開くと、航は顔の前で両手を合わせて申し訳なさそうに俺の言葉を遮り、振り返ることなく出口へと駆けていった。


【正義】

「一々気になる行動をとるなっつーの。…気になって眠れなくなったらどうしてくれんだよ、あのバカは」


その姿が見えなくなってからブランコを降りた俺は一人ぼやくと、茂みに突き刺さっている空き缶を屑籠に投げ入れてから家路についた。



















【正義】

「せいっ!」


あれから走って帰宅した俺は母さんと一緒に夕食を摂り、組手をする為にリビングで身体をほぐしながら父さんの帰宅を待った。


【明斗】

「クッ……お返し、だっ!」


柔軟を始めてから約30分…漸く帰宅した父さんに組手の相手を頼むと、父さんは滝のように汗を流し〈俺が何をした?〉と言うなり母さんの背後に隠れてしまった。


【正義】

「なっ!?…ッ〜〜!…らぁっ!」


それから必死に事情を説明して何とか承諾を得た俺は、部屋に戻って制服からジャージに着替え、庭で型の確認をしながら父さんが準備を終えて出てくるのを待った。


【明斗】

「甘いっ!…もら…っ!?……チィィ!」


そして今は準備を終えて出てきた父さんと初心者ルール(貫手での打撃、攻撃時の三点部位《肘・膝・頭》の使用、サミング、投げ、関節、寝技の禁止)で組手をしている最中だ………勿論拳サポ着用のフルコンタクトで。


【正義】

「がっ!?…ゴホッゴホッ!…ぅ゛あ゛〜〜〜…酷いよ父さん、初心者ルールじゃなかったの?」


何故俺が抗議しているのかと言うと…至近距離での打ち合いの最中父さんは俺の右ハイを膝を落として回避すると、そのまま上体を起こさず懐に潜り込んできた。

そして顔面に右手で回し打ちを放ってきたので、俺は反射的に顎を退き顔の前で両腕を交差して衝撃に備えた………のだが、なんと父さんはガードに当たる寸前に回し打ちを中断すると、そのままの勢いで腹に頭から突っ込んできたのだ。


【英理朱】

「まー君、大丈夫?…痛くなかった?…今日はこの辺でやめといたほうが…」


芝生の上に尻餅をついたまま腹を擦っていると、リビングの縁側に座って組手を見ていた母さんが心配そうな顔で此方へ駆け寄ってきた。


【明斗】

「正義なら大丈夫だよ英理朱。…いつも言ってるけど、俺はこの程度で怪我するような鍛え方はしてない、だから大人しく…」


父さんはそう言って母さんの肩をポンポンと叩くと、戻るよう促した。


【英理朱】

「明斗さん、明日お昼抜き!」


母さんはその手を払い除け、父さんをビシッと指差すとそう言って戻っていった。


【明斗】

「何故っ!?」


それに対して父さんは抗議の声を挙げたが…。


【英理朱】

「当たり前じゃない!…ズルしてまー君に怪我させるとこだったんだから。…因みに次ズルしたら1週間、その次は1ヶ月だから」


残念ながらバッサリ切り捨てられた。


【明斗】

「ガーン!…先にズルしたのは正義なのにぃ」


その場に崩れ落ちた父さんは、何やらブツブツと呟きながら地面に“の”の字を書き始めた。


【英理朱】

「子供がズルしたからって、自分もズルする親がどこにいますかっ!…あっ、そこに居たわ」


そんな父さんを見ながら、呆れたように追加攻撃を加える母さん………普段は優しいんだよ?…ホントだよ?


【明斗】

「ぐふッ……正義…女には…気を…つけ……ろ」


等と母さんのフォローを入れているうちに父さんは尺取り虫状態…つまり、尻を浮かせた状態で地面に突っ伏し、口からは白い煙のようなモノが出て……いるように見えた。


【正義】

「父さんは疲れた体に鞭打ってまで俺の組手に付き合ってくれてるんだ…だから多少のことは眼を瞑ってやってよ?…そうでもしないと今のフラフラな父さんと俺とじゃ、力の差がありすぎて組手にならなくなるし(いや、マジで)」


【英理朱】

「そうなの?……うーん、まー君がそこまで言うなら…」


【明斗】

「偉いぞ正義っ、さすがは俺の子だっ!…動きが鈍ってると自覚してる奴のフォローじゃないが、なっ!」


立ち上がって此方に来た父さんがさしのべてきた手を取ろうとすると、父さんはローキックを放ってきた。


【正義】

「うおっと!…その言葉、そっくりそのまま返すよ…」


咄嗟のことに驚いたが、俺は芝生に突いた手足に力を籠めて後方に飛ぶことでそれをかわした………まさか頭突きの直後に不意打ちとは、ね。


【明斗】

「それじゃ体も暖まってきたことだし、いつもので行くぞ?」


父さんの言う“いつもの”とは、初心者ルールで禁止されていたサミング以外の攻撃方法を解禁した、七瀬流護身術本来の型を指す。


【正義】

「俺はどこまで引き上げて良いの?…まさかこのまま初心者ルール+腕の使用はガードのみとか言わないよね?」


先程まで俺はハンデを背負って闘っていた……その理由は単純明快、俺のほうが上座だからだ。


【明斗】

「そうだな…お前の鈍り具合から考えると腕での攻撃、貫手に三点ぐらいか」


七瀬流護身術には、普通の格闘技では謂わば当たり前となっている『対等な条件で闘う』という概念が存在しない…それは何故か?…これも答えは簡単、強き者が弱き者と対等に闘っても経験値が少ないし、なにより危険だからだ。


【正義】

「打撃のみ…か。分かった、それじゃ始めよっか?……母さん、合図お願いっ!」


ハンデの理由は他にも理念や技等がいくつも関係しているが、組手に集中したいのでここでは割愛しておく。


【英理朱】

「それじゃあ二人共いくよ?…Lady………Go!」


【正義・明斗】

「せやっ!(ていっ!)」


母さんの発音の良い合図と同時、互いに距離を詰めた俺と父さんは拳を繰り出した―――



VIEWCHANGE――――航SIDE―――



公園を出た俺はリムジンに乗り込むと家には帰らず、西観凪瀬にある御堂家に向かっていた。


【航】

「亜沙美ちゃんの先生は相当な数の生徒を教えてるんだろうな……この1週間、俺達は何も進展しなかったのに」


理由は先程のメールで内容を要約すると…宮園でヴァイオリンの先生と食事をしていて、美咲桜と同時期にルーシェに通っていた娘を見つけた…というものだった。


【航】

「それに比べて俺は…はぁ…悔しいな」


その後亜沙美ちゃんにその娘と時間を貰えるよう交渉してもらうと、OKが貰えたので御堂家で落ち合う約束を取り付けたという訳だ。


【運転手】

「また七瀬君の件ですか、坊っちゃん?…お友達の為に頑張る姿はご立派ですが、それに時間を割きすぎてあまり寝ていないのではありませんか?」


眠い目を擦りながら一人呟いていると、先程まで無言だった運転手の前田さんがミラー越しに此方を見ながら訊いてきた。


【航】

「いや、そんなこと無いよ。…これは夜中にゲームしてる反動…ふわぁ〜あ、眠い」


そう返して冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、前田さんが自分から話しかけてくるなんて珍しいな、等と思いつつ口に含んだ。


【運転手】

「本当に坊っちゃんは嘘をつくのが下手な方だ…私はもう10年もの間坊っちゃんを見ているんです、隠しても無駄ですよ?」


苦笑しながらそう言って視線を戻した前田さんにムッとした俺は、勝負を挑むことにした。


【航】

「へぇ〜前田さんも言うねぇ〜?…そこまで言うなら試してみようかな?…ねぇ、前田さん?」


【運転手】

「なんでしょう?」


【航】

「俺が今日穿いてるパンツの色を当ててみてよ?…何回答えても良いから」


【運転手】

「何回でも……なるほど、つまり坊っちゃんは全て『違う』と仰る訳ですね?…そして私はその中から嘘を見破る。ふふっ…他に制約は設けなくて良いのですか?」


【航】

「カッチーン!…俄然その鼻っぱしらをへし折りたくなってきたよ。…絶対負けないからねっ!」


【運転手】

「ではいきます…スタンダードに白」


【航】

「違う」


【運転手】

「なら次はストイックで男らしい黒」


【航】

「違う」


【運転手】

「ふむ…今日は恋華様の所には?」


【航】

「そう来たか…恋華は今日泊まりには来ないよ」


中々良い質問だけど、無駄だね。…俺が勝算も無しにこんな勝負をする訳ないのに……ふふっ、今日のはまず解るまい…正解を訊かれる前に終わるに決まってる。


【運転手】

「さて、正解も解った事ですし、そろそろ終わりにしましょうか?」


あり得ねぇ…まだ原色二つと勝負パンツかどうかしか訊いてないのに正解が解る筈がない…。


【航】

「は?…ぶっちゃけ、まだ正解すら出てないんですが?」


何故なら今日の俺のパンツの色は…。


【運転手】

「ふふっ…解る筈がないと言いたげな顔ですね?…では、ズバリ言いましょう。…西瓜模様ですね?」


そうそう、西瓜柄…って。


【航】

「ぶふーーーっっ!?…ゲホッゴホッ…なっ、なんで解ったの?」


あまりの驚きに思わずコーヒーを吹き出してしまった俺は、前田さんの仕事を増やしてしまった事を心の中で詫びながら訊ねた。


【運転手】

「昨日の帰りに七瀬君とどんな話をしたか覚えてます?」


昨日?…確か起きた時には家に着いてたような……寝る前…学園を出てから…あっ!


【航】

「今年こそは海に行きたいねって話をしてた……でも、それと今日のパンツの色は関係無いでしょ?…海に行っても西瓜割りをするとは限らないし、俺が西瓜柄のパンツを持っているかどうかも…」


【運転手】

「着きましたよ?」


声に振り返ると、運転席にいた筈の前田さんが外からドアを開け此方を覗き込むようにして立っていた。


【航】

「前田さんなら神城さんと良い勝負ができそうだ。音もなく移動してる辺りが特に…って、なんで中に入らなかったの?」


そう返しながら車を降りると目の前に御堂と書かれた立派な表札があり、此処が敷地の外だと解った。


【運転手】

「坊っちゃんは、御堂家の当主とお会いになったことは御座いますか?」


前田さんはそう言って呼び鈴を押すと門の上に設置されていたカメラの前に立ち、鳴海家の家紋が描かれた名刺をかざした。


【航】

慶治けいじさんとなら何度か顔を合わせてるけど……それが?」


珍しいやり方をするんだな、等と思いつつその様子を見ながら返した。


【運転手】

「社交の場では見せない一面を持っている方だと以前、旦那様が仰られてましたので……もし気になるのでしたら、亜沙美様に訊かれると良いでしょう。……それでは、坊っちゃん、私はこの先で待機しておりますで」


前田さんは意味深な言葉を残して車に乗り込むと、門の前から離れていき100メートルほど先で車を停めた。


【航】

「社交の場では見せない一面…ね。…見せてもら『―ォーーーンドッドッドッ』…誰?」


敷地内に視線を移して門の前で一人呟いていると、遥か遠くに見える本宅から1台のバイクが此方に向かってきて動きを停めた。


【航】

「フルフェイスだから分からないな……あっ、こっちに来る」


その人物が何も言わないことを疑問に思った俺は、一歩後ろに下がると下半身に力を籠めた………まさか、泥棒?


【???】

「ちょ――待っ―――?…すぐ―――るから」


フルフェイスにラフな恰好をした人物はそう言うと、壁の向こうに姿を消した。


【航】

「ショートパンツ穿いてたから女の人なんだろうけど……バイザーを上げてなかったから声が良く聞き取れなかった。…なんて言ってたんだろう?」


等と独り言を呟いていると門の横にあった扉が開き、中から姿を現した人物は此方へ向かって歩いてきた………マジで誰?


【???】

「待たせてゴメンね?…てっきり中まで入って来るものだと思ってたから、準備に手間取っちゃって」


バイザーの色が濃くて顔は良く判らなかったが、今度はハッキリと聞き取れた声は学園で別れた亜沙美ちゃんのものだった。


【航】

「ううん、こちらこそゴメン、こんな時間に押しかけて。……早速で悪いんだけど、例の娘は?」


他にも訊きたい事はあるけど、こっちは時間に制限があるから急がないと。


【亜沙美】

「時間もあまり無いし、それじゃ行こっか?…はい、これ被って」


そう言った亜沙美ちゃんが脱いだヘルメットを被らせられた………嫌な予感がする。


【航】

「一応確認…」


ガシッと腕を捕(←誤字ではない)まれた。


【亜沙美】

「時間でしょ?…大丈夫、アレなら玄関まで1分かからないから」


ずーるずるずる♪…と引き摺られる俺。


【亜沙美】

「後ろに乗ったこと無いみたいだね?…シートを持つより、腰に手を廻したほうが怖くないんだよ?」


そしてバイクに跨がらされた俺。


【航】

「皆も強制フラグには気をつけようね?…ちょっと、ほんのちょっと見知らぬ環境に身を置くだけで、こんな簡単に引っ掛かってしまうからさ」


言われたとおり亜沙美ちゃんの細い腰に手を回すと、悪魔の呼び声が辺りに響き渡った。(ただ、エンジンをかけて吹かしただけとも言う)


【亜沙美】

「誰に説明してるの?…[画面の向こうの人に]はい?……まぁいいや、それじゃ振り落とされないように確り掴まってなよ?『ギュ〜っ!』(←力一杯しがみつく擬音)ん、バッチリ……それじゃあ、しゅっぱ〜つ!」


【航】

「ぎい゛い゛いいぃぃぃぃゃゃゃぁぁぁぁぁーーーっっ………!!!!!」


そして、俺は風になった。










【亜沙美】

「この娘が話してた高橋優さん。…ボクは優ちゃんって呼ばせてもらってる。…で、こちらがボクの友達の鳴海君。……大丈夫?」


確かに一分とかからず本宅には着いたのだが、それと引き換えに俺は生まれたばかりの子馬状態…つまり、足が震えて立てなくなってしまった。


【航】

「よろしくです。鳴海航です。…さっきから体の震えが止まらないとです」


で、時間も無いし、いつまでも玄関ホールで馬ってても仕方がないで、亜沙美ちゃんに肩を借してもらい何とか応接間に辿り着いた俺は、無事に例の娘とご対面を果たし簡単な自己紹介をしている最中だ………恥ずかしながら肩を借りたままなんだけど、さ。


【高橋】

「こちらこそはじめまして、高橋です。…私のことは好きに呼んで構わないんだけど、こちらはなんて呼べばいいかな?」


そう言ってソファーから立ち上がった彼女と握手を交わし、支えられた状態で対面のソファーに腰を降ろした。


【航】

「こちらも好きに…って言いたいところだけど、彼女さんが煩いから名字で呼んでくれるかな?」


神城さんに航君って呼んでもらおうとした時の恋華の顔を、俺は一生忘れないだろう………あれは悪魔だ。


【高橋】

「わかった、じゃあ、鳴海君で。…それで、何から話せば良いのかな?」


【航】

「どこまで話したの?」


隣に座って紅茶を飲んでいる亜沙美ちゃんに訊いた。


【亜沙美】

「ボク達が何の為に動いてて、何を調べてて、何をしようとしてるのか。……要するに、此方の事情は殆ど把握してるから、訊きたいことを訊けば良いよ。…あっ、あと、優ちゃんもピアノ専攻だから」


ピアノ?…先生の知り合いなんだからヴァイオリンじゃないの?…あれ?…ってことはつまり、この娘ってマサ君が訪ねた『由衣』って娘と同じ?…あの頃一緒のスクールに通ってて、美咲桜ちゃんを知ってて、ピアノを弾いてる……うん、同じだな。


【航】

「それじゃ単刀直入に訊くけど、高橋さんは講師に手を挙げられたことってある?…言いにくいことだったら首を横に振ってくれれば話題を変えるから」


そう言うと彼女は少しだけ考えるような仕草をして小さく頷くと、迷いの無い力強い視線を向けてきた。


【高橋】

「三人ほど手が早い講師がいました。…私も一度だけ頬を打たれた事があります」




手が早い?……マサ君の話だと確か、言うことを利かないからって類いの話だったような………マサ君を連れて来なくて正解だったな。


【亜沙美】

「鳴海君…」


声に振り向くと亜沙美ちゃんも相違点に気がついたようで、理不尽な暴力に怒りで拳を震わせながらも、その表情はどこかホッとしていた。


【航】

「そうだね、ホントにそう思うよ。…亜沙美ちゃんには悪いと思うけど、マサ君だけじゃなくて恋華もこの場に居なくて良かった」


もしかしたら一人ぐらいは……っ…落ち着け、俺が熱くなってどうする……彼女は思い出すだけでも辛い筈なのに、それを抑え込んでまで話してくれてる………なら、俺達がやるべきことは決まってる。


【航】

「じゃあ次は美咲桜ちゃん…桐原美咲桜が同じような目に遇ってるとこを見聞きしたことはある?」


彼女の傷口を塞いでいるかさぶたが剥がれ落ちてしまう前に、この話題を終わらせるだけだ。


【高橋】

「……………あるよ。…彼女と私、一時期同じ講師陣にレッスンを受けてたんだけど…その時に二度三度」


先を急ごうと訊ねると彼女は目を瞑って大きく息を吐き、膝の上に載せた手でスカートの端をギュッと握ると大きく頷き、目を閉じたまま震える声でそう口にした。


【航・亜】

「!!!」


なんてことだ……まさか、美咲桜ちゃんがピアノを辞めてしまった理由って、暴力云々で楽しくなくなったと言うより、ピアノを汚されてしまったのが原因なんじゃ……いや、決めつけるのまだ早い…それ以前に疑問が残る。


【亜沙美】

「優ちゃんは…どうしてその事を容認してたの?…親とかに話せば…」


亜沙美ちゃんも同じことが引っ掛かったようで、悲しげな表現で優しく語りかけた。


【高橋】

「それ…は…っ」


すると、彼女の表情が凍り付いた…目からは光が消え、肩を抱いた手はガタガタと震えだし、額には大量の脂汗をかいて、噛み締めた唇は青白く変色し始めていた。


【航】

「亜沙美ちゃんっ!」


叫ぶように言って彼女に駆け寄りブレザーを脱ぐと、それを肩に掛けて背中をゆっくりと擦った………限界だな。


【亜沙美】

「わかってるっ!……………もしもしっ、ボクだけどっ、大至急ガウンとタオルっ…あとっ、暖かい飲み物持って来てっ!…急いでっ!!」


亜沙美ちゃんは部屋の隅に備え付けられた受話器を取ると、此方の状況が伝わるように畳み掛けた。


【航】

「ゴメンね?…辛いこと思い出させちゃったね?…大丈夫、ここには嫌な講師連中は居ないから落ち着いて。…大丈夫、大丈夫だから…」


優しく語りかけながらその背中を擦る。


【高橋】

「うっ…あっ…あぁっ」


どうしよう、震えが止まらない……何か、何か他に方法―――


【亜沙美】

「どいてっ、ボクがやるっ!……優ちゃん…ボクを見て?…ボクは亜沙美、優ちゃんの友達の亜沙美だよ?…判る?」


叫ぶように言い此方へ駆け寄って来た亜沙美ちゃんは彼女の前で膝立ちになると、青白くなってしまった彼女の顔を両側から手で挟み込み、自分のほうを向かせると優しく語りかけた。


【高橋】

「うぁ…あっ、あさ…み?」


すると、俺にはどうすることもできなかった彼女が反応を示した。


【亜沙美】

「うん、亜沙美だよ?…優ちゃんのことが大好きな亜沙美。…だから、こうやって抱き締めちゃうの。…優ちゃんが大好きだから」


亜沙美ちゃんは少しだけ光が射した彼女の目を見ながら語りかけると、まだ小刻みに震える彼女を正面から抱き締めた。


【高橋】

「あさ…み、亜沙美ぃ〜っ!…私っ、私ぃ…っ」


すると彼女は亜沙美ちゃんを抱き締め返し、声を上げて泣き出した……やっぱり、男の俺じゃこうはいかないだろうな……原因が同じ男である限り…クソッ!


バンッ!!!―――


何も出来ない自分と同じ男の仕業に悪態づいていると、後方にある扉が勢いよく開きそのまま壁にぶつかり大きな音を発てた。


【メイド】

「どうされましたかっ、お嬢様っ!!?」


間髪を入れずカートを押して室内に入って来たのは、三十代半ば位に見えるメイド服を着た女性だった。


【亜沙美】

「うん、この娘…優ちゃんに友達の―――」


ガウンとタオルを抱き抱え駆け寄って来たメイドさんに亜沙美ちゃんが事情を話すと、メイドさんは真剣な表情で考えるような仕草をした。


【メイド】

「お嬢様、そちらの…[鳴海です]…お嬢様、鳴海様を連れて部屋の外に出ていて下さいますか?」


此方を向いて口を開き言葉を詰まらせたメイドさんに答えると、メイドさんはそう言って頭を下げた。


【亜沙美】

「三好さんなら安心だ。…わかった、ボクは車の手配をしておくから、後は頼んだよ?」


【メイド】

「確かに承りました。…お嬢様、後は此方でやっておきますので、用件が済んだのであれば鳴海様をお送りになられては如何ですか?…まだ、お家のほうにお帰りになられていないようですし」


三好さんと呼ばれた女性は彼女に掛けた俺のブレザーを畳みソファーに置くと、ガウンを羽織らせタオルで額の汗を拭いながら顔だけを此方に向け言った。


【亜沙美】

「そうだね…うん、少ししたら送っていくよ。…それじゃ行こっか?」


亜沙美ちゃんはソファーからブレザーを手に取ると彼女の頭を優しく撫で、そう言いながら此方に来ると背中を押してきた。


【航】

「それじゃ彼女のこと…頼みます」


バタン!―――


亜沙美ちゃんに背中を押され部屋から出ると室内を振り返り、そう言って頭を下げてから扉を閉めた。


【亜沙美】

「許せないっ…あんな優しい娘をあそこまで追い詰めるなんてっ!」


隣から聞こえた怒気をはらんだ声に振り向くと、亜沙美ちゃんは握り拳を震わせていた。


【航】

「そうだね……俺も家柄の都合上、“ああいう”怯え方をした人間は沢山見てきたけど………あれは明らかに異質だ、度重なる暴力によるものじゃない。………あの怯えようは」


言えないよ……あれは、あの怯え方は脅しなんてレベルでは無く、洗脳に近い『躾』によるものだってことは。


【亜沙美】

「なにをされたか判るの?…ボクは写真か何かで脅されたんじゃないかって思ってるんだけど」


亜沙美ちゃんは怪訝な顔でそう言うと、ブレザーを肩に掛けてくれた。


【航】

「俺も、それが一番可能性が高いと思う……あれは肉体的なものじゃ無くて、精神的なものなのは間違いないよ………それだけが救いかな」


ブレザーのボタンを留めながら言葉を濁すと、玄関へ向けて歩き出した………本当にそうだと良いな、と願いながら。


【亜沙美】

「美咲桜もあんな感じで辞めちゃったのかな?…先生と話してる時は優ちゃん…『ピアノは続けてる』って言ってたけど、あの様子だと…」


半歩後ろを歩いていた亜沙美ちゃんが呟く。


【航】

「俺も彼女の様子を見て初めはそう思ったんだけど、今は違うような気がしてる…」


さっきは取り乱してたから気づけなかったけど…美咲桜ちゃんの芯の強さを計算にいれてなかった。


【亜沙美】

「どういうこと?」


少し歩幅を広げた亜沙美ちゃんが隣に並び、顔を覗き込むようにして訊いてきた。


【航】

「先週、ICレコーダーに録った会話ってまだ残ってる?」


【亜沙美】

「うん、正義君に自覚させる時に役に立つかもしれないから、一応PCに保存してあるけど…それがどうしたの?」


【航】

「昔話の部分は?…あの時は聞かなかったけど」


【亜沙美】

「残ってるよ?…聞いてて思わず赤面しちゃうようなのが、ね」


【航】

「そっか……その時、マサ君は美咲桜ちゃんと出会った当時の話をした?」


【亜沙美】

「うん、確か…お昼寝の時間にお遊戯室でピアノを弾いてたら、その音色につられて美咲桜がやって来たんだよね?」


【航】

「したんだ…なら、マサ君と仲良くなった子が、他の子達から相手にしてもらえなくなるって話は?」


【亜沙美】

「あ〜聞いた聞いた、ホントに君は幼稚園児なの?って思いながら」


【航】

「そっか、俺と恋華が聞いた内容と同じことを話したみたいだね。…なら、俺が帰った後でその部分をじっくりと聞いてみなよ?…それを聞いた美咲桜ちゃんがどういう行動をとったのかを、さ。……そうすればきっと、俺と同じ疑問に辿り着く筈だから。…あっ、それと高橋さんに謝罪と感謝を伝えといてくれる?…出来れば連絡先も」


玄関ホールに着いたので来客用のスリッパを揃えて脱ぎ、学園指定の革靴をトントンと床に打ちつけながら言った。


【亜沙美】

「番号はもう交換済みだから、謝罪と感謝だね……後でちゃんと伝えておくよ。…で、結局のところ今は教えてくれないの?」


【航】

「ウチの運転手に似たような逃げ方さ………あっ、最後に一つだけ訊いてもいい?」


時間に追われてたからすっかり忘れてた……慶治さんの事訊くのを。


【亜沙美】

「?…何かな?」


【航】

「亜沙美ちゃんのお父さんとはパーティーで何度か顔を合わせたことがあるんだけど、家ではどんな感じなのかなって…」


【亜沙美】

「お父さん?…普通だと思うけど、どうしてそんなことを訊くの?」


【航】

「ぶっちゃけると、ウチの運転手が父さんに…『慶治さんは社交の場では見せない一面を持っている人だ』って聞いてたみたいで、それで中まで入って行かなかったらしいんだ。…で、気になるなら亜沙美ちゃんに訊けって」


【亜沙美】

「……………そういうこと、ね。…今日はお父さん達がいないのを知ってたから、中まで入っても良いって言ったつもりなンだけど、サ」


亜沙美ちゃんは顔を引きつらせてそう言うと露骨に視線を逸らした。


【航】

「あれ?…何この展開?…もしかして訊いちゃいけないパターン?」


『社交の場では見せない一面』ってのは一体なんなんだ?…スゲー気になるけど、スゲー訊いちゃいけない気がするんだよね。


【航】

「さぁ〜て、お腹が空いてきた俺はそろそろお暇させてもらうかな、また来…」


【亜沙美】

「そう、あれは5年前…今にして思えばあれがボクの初恋だった…」


【航】

「結局話しちゃうのっ!?」



この約10分後、二度と俺は御堂家の敷居を跨ぐまいと心に誓うのであった。



VIEWCHANGE――――――――END―



【正義】

「う〜ん、もう少しここは緩やかに『♪〜♪〜♪〜♪〜♪.♪♪♪♪♪♪〜♪』うん、悪くない。…これに続くとしたら、更に……ん?…今、航の悲鳴が聞こえたような…」


あれから本気で組手すること約10分、意外と粘るしぶとい老いぼれ(父さん)を漸く退けた俺は、母さんと一緒にリビングに戻るとそのまま鍵を閉めた…因みに鍵を閉めろと言ったのは母さんで、閉め出された父さんは涙目で窓に貼り付いていた。


【正義】

「気のせいか……おっと、あんな奴のことを考えてる場合じゃない、まだ…ペラペラ(←作曲ノートを捲る音)…うわぁ、まだこんなにある……はぁ…何で初めはスラスラ浮かぶのに、手直しを始めた途端思いつかなくなるんだろ?」


それを見なかった事にして風呂場へ直行した俺は、組手でかいた汗をシャワーで洗い流すと部屋に戻って着替えを済ませ、PCのメールチェックをしてから作曲ノートを手に取ると地下室へと向かった。


【正義】

「なんとしても、これだけは仕上げないと…またベコベコにヘコまされちまう…」


そして今は地下室に籠り、先週ダメ出しされたagainst第二楽章の改修作業に頭を抱えていた。


【正義】

「とは言うものの…なかなか良いイメージなんて浮かばないし、航のバカは気になるし、瑞姫の事も………だぁ〜〜〜っ、ダメだっ、気になる事が多すぎて全っっっ然集中できねぇ」


マズいなぁ…このままじゃ悪循環だ。…かといって気分転換に出掛けようにも、もう10時…母さんが許してくれる筈がない。


【正義】

「明日は朝から子供達にピアノを教えて、遊んで、5時からバイト。…たまには美咲桜と一日ゆっくり…ふぁ〜あ」


作業を一時中断して閉じた鍵盤の蓋の上に顎を載せ一人呟いていると、強烈な睡魔が襲ってきた。


【正義】

「ここで寝てしまったら明日が大変な……うっ……………すぅ〜…Zzzzz」


頭を振って眠気を飛ばそうと試みるも、その時視界に飛び込んできたソファーの不意打ちを食らい、俺の意識は混濁していった。





















一方その頃、リビングでは…。


【英理朱】

「ねぇ明斗さん…近いうちに姉さんの日記を見せようと思うの」


【明斗】

「本当にいいのか?…そんな事をすればあの事が…」


【英理朱】

「大丈夫、見せるのは姉さんの筆跡を真似て私が写したモノだから……あの事に関わる文章を除いて編集した、ね」


【明斗】

「そうか。…なら問題ない…が、一体どういう心境の変化だ?…今まで日記の事なんか持ち出したこと無かったのに」


【英理朱】

「だって、もうすぐあの子の誕生日じゃない?……漸く会いに来た自分達の子供が、何の感慨も沸かずに殆ど言葉を掛けてくれなかったら……姉さん達が可哀想でしょ?」


【明斗】

「そうだったな……俺達の心の弱さに付き合わされたあの二人はもう…16年もの間、遠い地で正義を待ってるんだよな。……見せてやってくれ…そして、16年の空白を埋める言葉を与えてやってくれ…頼む」


【英理朱】

「うん、わかった。…沢山…沢山お喋りが出来るようにしておくよ…っ」


【明斗】

「おいおい、今はまだ泣く時じゃない。…後一月、それを見届ける時に…とっておけ」


【英理朱】

「明斗さん…っ」


【明斗】

「うん、どうした?…また、不安になったか?」


【英理朱】

「うん、私怖い…っ。…もし、まー君が、私達の手を離れたらと思うと…っ」


【明斗】

「大丈夫、大丈夫だ。…全ての可能性に備えて念入りに準備を進めてきた。警護のほうも抜かりはない…万が一接触してきても、正義には指一本触れさせはしない」


【英理朱】

「でも…っ、あの人達は…っ」


【明斗】

「大丈夫っ、疲れてるんだよ。…ほらっ、横になれ。…一晩眠れば、明日にはそんなこと気にならなくなるから」


【英理朱】

「んっ……そうかな?[あぁ]うん、わかった……ThankYouMyDarling」






















【英理朱】

「すぅ〜…んっ…むにゅ……すぅ〜…ゴメン…ね……姉さん」


【明斗】

「寝たか……………神様、どうか俺達家族をお守りください…っ」



正義のアメリカ行きの話が着々と進んでいた。

後編のほう、お楽しみいただけたでしょうか? 物語全体を通して考えると、今回の話までが序章にあたります。 まだまだ先は長く、来年のうちにルート一本終わらせる自信すらないので、長い目で見ていて下さると有難いです。                 それでは次回♯15でお会いしましょう。

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