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♯14‐1/2 6月第1週【境界線】

約2ヶ月ぶりになりますが♯14の投稿です…とは言っても前編のみですけどね。


何時もならココで駄文を書きなぐるトコですが、今回から駄文(愚痴とか投稿が遅れた理由とかお詫びとか前後編に分けた理由とか)は作者ページに書くようにするので興味のある方は自己紹介文をご覧下さい。(因みに10月の頭くらいから制作状況も記載しています)


説明だけでも長くなってしまいましたが、それでは♯14お楽しみ下さい。



此処は……教室?……藍ヶ丘小学校か?……何でこんな場所に居るんだ?


とりあえず目の前にある机に腰掛けて現状を把握しようと思い、腰を降ろすと机をすり抜け床に尻餅をついてしまった。


ハッとして辺りを見回すと、教室内には数人の男女が居たが誰も此方に気づいてなかった。


転けたのに痛みも無い……触れられずに体をすり抜けたって事は。


【正義】

「………………夢、か」


現状を把握して落ち着いたので立ち上がり、更なる情報を収集する為に辺りを見回した。


【正義】

「4年3組の教室か……日時は9月24日の12時半……という事は昼休みか?」


そういえば俺や美咲桜が居ない……これは俺の記憶なのか?…今までの夢なら俺はその場に居た……何かが変だな。


『お〜い、七瀬も早く来いよっ!…一緒にサッカーしようぜ!』


俺を呼んでる?…あり得ない……この頃の俺は美咲桜以外には相手にされなかった筈だ。………声は外からだったな。


誰が呼んでいたのかが気になったので窓の方へと歩み寄り、壁をすり抜けてベランダに出ると声の主を捜した。


【正義】

「手を振ってるあの男子か………覚えて無いな。…呼ばれた俺は何処に居るんだ?…あっちを向いてるってことは…………居た、美咲桜も一緒か」


視線を校庭の奥から手前にずらしていくと、廃タイヤを利用して作られた跳び箱に二人が座り何かを話している様だった。


何を話してるのか気になるな。……とりあえず行ってみるか…よっと!


ベランダから校庭に飛び降り、二人が居る方へと歩を進めた。


しかし不思議な感覚だな。壁は触れないのに地面は触れる。普通に歩ける。飛び降りる時も手すりをすり抜けたし…これが夢だってのは分かってるが、なんだか気持ち悪いな。


【小4・美咲桜】

『それで―――母さん―――君もつ――いら―――いって!』


【小4・正義】

『――――ストップ!―――…皆が――でる[行っちゃダメッ!]…話の続き――――ちゃん―――から』


“いつもの夢とは何かが違うな”等と考えながら歩いていると、不意に2人の話し声が聞こえてきたので思考を中断して意識をそちらに向けた。


断片的にしか聞こえないが、美咲桜が〈行っちゃヤダッ!〉って言ったのは聞こえたな。……つまり、向こうに行こうとしてる俺を引き留めようとしてるのかな?


【小4・美咲桜】

『ヒロ君は……アイツ等の所になんか行ったりしないよね?……私を一人にしたりはしないよね?』


震える声で懇願する様に言うと、彼女は座っていたタイヤから立ち上がり今にも泣きそうな顔で当時の俺をジッと見ていた。


なっ!?……人前じゃ完璧なお嬢様を演じきり、俺の前でも言葉遣いだけは崩さなかった美咲桜が“アイツ等”なんて言うなんて………俺は彼女の口から“アイツ等”なんて言葉を聞いた事がない。


この夢はやっぱり何かがおかしい。…いや、夢だからおかしいのか。


アイツの言葉遣いもだが、当時は既に両親とも打ち解けあった後で、不安定になる事はなかった筈だ。


それに美咲桜はクラスの人気者で、常に取り巻きの女子達が居たから俺が居なくても一人になる事はない。


いや、そもそも当時の俺がおかしい。この頃の俺は、昼休みは教室で譜面を読むか寝ていた筈だ。


相手にされもしない奴等と遊んでいるなんてあり得ない………この夢の全てが当時の記憶と矛盾している。


【小4・正義】

『ちょっと呼ばれただけで、そんな泣きそうな顔するなよ?…サッカーの助っ人みたいだし、ゴールを決めたらすぐに戻るから、な?……じゃあな!』


そう言うと当時の俺はコートの方に駆け出し、その場に残された美咲桜は顔を伏せ肩を震わせていた。


【小4・美咲桜】

『グスッ…皆っ…私の前っからっ…ヒック…居なくっ……なっちゃう………ならっ…いらないっ……うっ…うああああぁぁーーーーーーーーッ!!!!―――』


美咲桜が泣き出した途端に景色が揺れ始め、視界から色が消えた。そして遠くから光の波が人や景色、その全てを飲み込みながら凄い速さで此方に迫って来た。


な!?…美咲桜の泣き声に共鳴してるのかっ?…色が…景色が消えていくっ!…………ッ!……眩しっ!?


迫ってくる光の波のあまりの眩しさに耐えきれず眼を開じると、急に体が浮いていく感覚を覚えた。


暫く眼を閉じていると体が急に重くなったので不安になり、急いで眼を開けると見覚えのある天井が眼前に広がっていた。


【正義】

「ハァハァ…ハァ…何だ、あの変な夢は」


幼い頃の記憶を夢に視たことは、今まで数えきれないぐらいある。……特に先週末からは毎日だ。


今まで視た、幼い頃の記憶に関する夢は『当時の俺』から目線で記憶にもあった。


【正義】

「でもさっきの夢は記憶に無い。しかも当時の俺が『居た』……という事はつまり、俺の記憶とは無関係のパラレルワールドってことなのか」


しかし気持ちの悪い夢だったな。昨日までの夢は矛盾も無く、昔を懐かしみながら視れたのに………今日の夢は……いや、悪い方に考えるのはよそう。


【正義】

「これで昔の記憶を夢に視たのは6日連続か……原因はやっぱり、バイトで亜沙美に言われたことが引っかかってるからなんだろうな。…まぁ、それが全てとは言わないが―――」



―PLAYBACK――――――正義SIDE―



土曜日の夕方……今日は5時からバイトをする約束をしていたので、自転車に跨がりフロンティアへ向かっていた。


【正義】

「やっと着いたぁ〜。やっぱり…車以外で来ると、駅裏は少し遠く感じるな」


正面入口前のロータリーに着くと近くの駐輪場に自転車を停め、入口に向かって歩きながら亜沙美の姿を捜した。


【正義】

「っかしいな……確か約束は45分に正面入口だった筈だが……今が45分だよな?」


やっぱり居ない…先に行ってしまったのか?……とりあえず電話してみるか。


【亜沙美】

『ゴメンっ!…企画の打ち合わせが長引いちゃって……催し物スペースの場所は解る?』


電話の向こうはヤケに騒がしいな。…忙しいみたいだし、手短に済ませるかな。


【正義】

「あぁ、大体は解るよ。そっち忙しいみたいだし、先に行っとこうか?…『ゴメンね?…すぐに行くからっ…それじゃ―――』……さてと、行くか」


店内に入って直ぐの所で案内板を見つけ、目的地の位置を確認すると催し物スペースに向かった。










催し物スペースにはステージが設営されており、ピアノはステージ上のガラス張りのブース内に設置されていた。


【正義】

「凄いな……たった一日でこんな立派なステージを作れるんだな……亜沙美、頑張[正義君っ!]………ヒールで走ると危ないぞ?」


声のした方に視線を向けると、スーツ姿の彼女がヒールを世話しなく鳴らしながら此方に駆けてきた。


へぇ〜…大人っぽい恰好も意外と似合うな。


【亜沙美】

「ハァ…ハァ…どうかな?…ちょっと狭いけど、立派なステージでしょ?」


彼女は此方に着くと両手を膝について乱れた呼吸を整え、姿勢を正しステージに視線を向けそう言った。


【正義】

「あぁ。大したモンだと思うよ。……ちょっと目立ち過ぎな気もするが…な」


【亜沙美】

「あの派手な作りは全てボクの指示……本当はもっとシンプルなんだけど…」


そう言った彼女はスッと眼を細め、遠くを見た。


【正義】

「“知らない人達の前で弾くと指が動かなくなる”状態を克服させるため…だろ?」


彼女は小さく頷くとステージに上がって此方を振り向いた。


【亜沙美】

「うん。…今まで一人で頑張ってきた正義君の力に為れればいいなって……迷惑だったかな?」


そう言って不安そうな顔をした彼女に向けて、首を横に大きく振って見せた。


【亜沙美】

「ボク…正義君に“今は知らない人達の前では弾けない。リハビリを重ねて、また弾ける様になりたい”って話を聞いてから、何か手伝える事は無いかずっと考えてたんだ。……ボクも音楽に携わる者だし、こういったケースで辞めていった人達を沢山見てきた。だから、友人が苦しんでるのを指をくわえて見てるなんてできなかった。お節介だと思われてもいいから力になりたかった。……だから、今回の企画を立ち上げたんだ」


………本当に俺の為だったのか。なんで…亜沙美は知り合って1ヶ月ぐらい……大して親しくもないの友人の為にここまでするんだ?………俺以外にも救いを求めてる友人は居るだろうに。


【亜沙美】

「一応ダメな時の事も考えて、お客さん達の声や姿をシャットアウトできるようにしたんだけど……いけそう?」


彼女はそう言うと此方に背を向けブースの方に歩み寄り、握り拳でガラスをコンコンと鳴らした。


【正義】

「要するに録音ブースみたいな感じだろ?………でも一体どういう仕組みになってるんだ?」


【亜沙美】

「まずは音。ブース周りのガラスは遮音タイプのモノを使ってるから、お客さん達の声に集中を乱される事は無いと思うよ。次に視界だけど…内側にはブラインドを取り付けてあるから、観られたままじゃ弾けないなら使っても構わない……どう?…完璧だと思わない?」


彼女は腰に両手を添えると胸を張り、自信満々といった感じで説明していた。


確かに完璧だと思うが、ここまでしてもらうと逆に申し訳ない。…こりゃ、頑張らないといけないな。


【亜沙美】

「という訳で……ここまでお膳立てしたボクの為にっ、一曲弾いてくれないっ?」


そう言った彼女の顔はイタズラ好きの子供の様だった。


【正義】

「あぁ!…お安い御用だっ」


ステージに上がり彼女の傍にあるブースの扉を開き、彼女を中に入れてからその後に続いた。


【正義】

「〜〜〜〜〜〜っ!?」


【亜沙美】

「驚いて声も出ない?……それでこそボクも用意した甲斐があったってもんだよ」


【正義】

「シュテインウェイじゃん!!……こっ、ここまで踏んだり蹴ったりで良いのっ?」


【亜沙美】

「興奮し過ぎ……到りに尽くせりでしょ?……弾いちゃっていいから、落ち着きなよ」


このシュテインウェイ……相当大事にされてたんだろうな。…こんなに綺麗なのは初めて見た、傷一つ見当たらないぞ。


【正義】

「よくこんな綺麗なモノが用意できたな?[お姉ちゃんのなんだ]……香津美さんの?」


【亜沙美】

「うん。…お姉ちゃんに正義君の話をしたら『この子もたまには弾いてあげないと可哀想……彼ならこの子を満足させられると思うから…この子なら彼の力になれると思うから………この子を彼に会わせてやって』だってさ」


まだ話した事もない俺なんかの為にこんな大事なモノを……2人には本当に感謝しないといけないな。


【正義】

「亜沙美、香津美さんに言付けを頼めるか?」


そう言ってピアノに歩み寄り、椅子を手前に引き腰を降ろした。


【亜沙美】

「お姉ちゃん…忙しくてなかなか会えないから伝えるの遅くなる[構わない]……分かった。なんて伝える?」


【正義】

「そうだな………“この御恩はいつか必ず、同じステージの上に立った時お返しします”と」


言付けてから鍵盤の蓋開き両手を載せた。それから黒鍵、白鍵を指で一つ一つ押さえ込んで音と感触を確かめた。


【亜沙美】

「確かに承ったよ。……しっかし正義君って、歳上と話す時は言葉遣いが露骨に変わるよね?」


“この”手に吸い付く様な鍵盤の戻り具合……本当に久しぶりだ。……ちゃんと調律もされてるし、気持ち良く弾けそうだ。


【正義】

「いや、歳上じゃなくて『敬意を評する人』限定だ。芽衣さんとか…な。……御堂様、何かリクエストはございますか?」


そう言って彼女の方に視線を向けると、亜沙美は顎に指を添えて苦笑していた。


【亜沙美】

「では…3年前のコンクールで、金賞を授賞なさった演奏をお願い致しますわ」


【正義】

「承りました。…それでは、ショパン…『大洋』……お聴きください」


眼を瞑り記憶の棚から譜面を引き摺り出し、荒れ狂う大海をイメージしながら鍵盤に指を走らせた。










曲の途中…いつもの癖(完璧に弾ける曲はアレンジしたくなる)で所々にアレンジを散りばめながら、久しぶりに触る名機の感触を楽しみつつ最後まで弾き終えた。


パチパチパチ――


何で亜沙美は拍手してるんだ?…最後の方は最早アレンジしすぎで、原曲の欠片も残って無かったと思うんだが。


【亜沙美】

「ハァ〜…あまりの素敵な演奏にウットリしてしまいましたわ。波のうねりというよりも…もっと大きな……揺るぎない力強さを感じましたわ」


【正義】

「ご静聴、有難う御座いました……と言いたい所だけど、俺も止めるから、いい加減にその、お嬢に成り損なった様な喋り方を止めたらどうだ?…さっきから気持ち悪くて敵わん」


【亜沙美】

「お嬢に成り損なったって何さっ?…ボクは、『あの』、御堂のご令嬢だよっ?………正義君は失礼だよっ!」


そう言って彼女は頬を膨らませて腰に両手を添え、鼻を鳴らして顔を背けた。


お嬢様って自覚はあったのか…意外だ。…でも、お嬢様言葉には無理がありすぎだ。亜沙美からは、由衣みたいな気品が微塵も感じられないしな。


【正義】

「だって事実だし、しょうがないだろ?…『本物』のお嬢様はキミと違って、立ち居振る舞いに気遣いと気品があるし、しかも自分のことをボクなんて言わないと思うぞ?…いや、『絶対に』言わない筈だっ」


思っていた事をぶちまけると彼女は此方に背を向け、上着のポケットをゴソゴソと探っていた。


【亜沙美】

「うっ…そこまでっ言わなくっ…てもっ…いいっ……でしょ…こんなにっ…」


嗚咽混じりの声で、そう言った彼女の肩は小刻みに震えていた。


……まさか“あの”亜沙美が、言葉遊び程度で泣いてるのか?…あり得ない。でも芝居にしては重みがあるし………謝ったほうが良いよな。


【正義】

「ゴメンっ!……俺みたいな普通の家庭で育ったヤツが、お嬢の苦労とかも考えないで……言い過ぎだよな、本当にすまなかった」


そう言って頭を下げてから恐る恐る彼女の様子を窺うと、彼女は此方に向いており、胸に嘘泣き用と書かれたノートをだき抱えていた。


【亜沙美】

「いや〜…いつ読んでも泣けるっ!…アレ〜?…どうしたの、頭なんて下げちゃって(ニヤリ)」


コイツは悪魔だ。…きっと、俺の申し訳なさそうな顔を見て楽しんでるに違いない。…だんだん恋華みたいになってきてるような………恨むぞ航。


【正義】

「ナンデモナイ…それよりも、亜沙美はいつまでもこんな所に居ていいのか?…後5分ぐらいで5時になるが」


【亜沙美】

「ヤバっ、本当だっ!…とりあえず無理だけはしないように、ブラインドで人目を調整しながら頑張ってみてっ!…じゃあ、ボクは今から会議があるからもう行くねっ?………終了時間前には戻ってくるからぁーーーーっ!!」


そう言いながら時計を確認した途端その場で飛び上がり、叫び声を上げながら慌てて外に飛び出した。


【正義】

「……忙しいヤツ」


まだステージの周りにお客さんは集まってないみたいだな。……ブラインドはまだ必要なさそうだし、適当に弾くかな。


【正義】

「ショパンは一曲を除いて弾けるし……っていうか、スコアは無いのか?……………無いな。亜沙美も忙しいみたいだし、仕方ない…か。最近は喜怒哀楽の『怒』を表現した曲は弾いて無かったし……ベートーベンの『熱情』辺りからいっとくか……思い出せるといいが」


眼を瞑り、記憶の棚を探すこと3分……譜面が見つかったので俺が『怒り』を感じる状況を強くイメージして、眼を見開き、軽く息を吐いてから鍵盤に指を走らせた。










【正義】

「ふぅ…まだ覚えてて良かった。次は何を……………ッ!?」


曲を終えて鍵盤から視線を上げると、100人近いお客さんからブースの周りを取り囲まれていた。


全然気づかなかった。……うっ、くぅ〜〜〜〜っ!…ハァハァ……一回ぐらいは試さないと……ここで止めたらいつまでも……………………………クッ…駄目か。


【正義】

「…眼を瞑ってても客の視線を感じる、瞼の裏に姿がハッキリと焼き付いてる。……手の震えも止まってくれない。…………やっぱりまだ…」


弱気になるなっ!……こうなるのは分かりきってた筈だ。…ここで逃げたら何も好転しないし、二人の気持ちや苦労はどうなるっ。


思い出せっ!!……子供達の前で初めて弾いた時の事を。………あの時は吐き気もした。手も震えた。…演奏と呼べる様な立派なモノじゃなかった。…けど、最後まで弾ききれた。……それだけか?…まだなにかあったんじゃないのか?……今とは違う『何か』が。


考えろっ!!!……何が俺を縛り付けてる?…あの時と今では何が違う――


【声】

「―ま――し――さよし―く―まさよし――正義君っ!」


鍵盤の蓋を閉じて蓋の上に突っ伏し考え込んでいると、急に肩を掴まれた様な感じがするとともに視界が揺れ始めた。


【正義】

「あさ……み?…どうして此処に居るんだ?…そんな泣きそうな顔して…」


【亜沙美】

「ボクの事はどうでもいいよ。それよりも正義君酷い顔してる……大丈夫なの?」


【正義】

「大丈夫だ。ちょっと無理して気分が悪くなっただけ。…スグに再開[本当に弾けるの?]…………ブラインドを下ろせば多分[本当に?]…………分からない」


そう尋ねてきた彼女の顔は、反論も許さないほどの迫力があった。


その顔に気圧され本当は心配をかけない様に虚勢を張るつもりだったが、思わず本音を語ってしまった。


【亜沙美】

「……今からボクも此処に居るから。…ちょっとブラインド下ろすね?」


彼女は“返答は受け付けない”といった感じで素早く扉の傍に歩み寄り、壁に取り付けてあるスイッチを押した。


すると四方全てのブラインドがゆっくりと下がり始め、だんだんと外の様子が分からなくなっていった。


突然の出来事に我を忘れて彼女の様子を眺めていると、傍まで戻ってきて此方を向き椅子を跨ぐ様に座った。


【亜沙美】

「ほらっ!正義君もこっち向くっ![何故に?]つべこべ言わないっ![わっ分かった]……ふぅ……これで落ち着いてゆっくり話せるね」


相変わらずの反論を許さない口調に従い、まるでシーソーに座る様な体勢で彼女と向き合った。


【亜沙美】

「さっきの様子を見るかぎりじゃ、相当、深刻みたいだね。…早く治したいのは分かるけど、無理だけは絶対にしないで。お願いだから」


そう言って両肩を掴み真剣な顔を向けてきた。


無理するな…か。俺は全然ムリなんてしてない。…指が動かなくて何もできなかったんだから。


【正義】

「心配しすぎだ。さっき顔色が悪かったのはきっと、あまりの見物人の多さに酔ったからだろ。今はなんともないしな………焦ってる…か」


焦ってる……というよりは、自己嫌悪だな。まだ何もできてないし、対処法一つ考えつかない自分に。


【亜沙美】

「ていっ![痛っ!?]…ボクが居るのに一人で悩まないっ!…ボクで力になれるか分からないけど、悩みがあるなら聞かせてよ。………ボクも一緒に悩ませてよ…ね?」


彼女は俺の額に手刀を落とすと微笑みを浮かべ、諭す様な口調で言ってきた。


亜沙美は本当に人の表情を読み取るのが巧いな。ボクも一緒に悩ませて…か。そうだな……今は相談できる相手が目の前に居るんだ。自己嫌悪は一人の時にすればいい。


【正義】

「正直に言うと自己嫌悪してた。[自己嫌悪?]…あぁ。お客さん達に見られて拒絶反応が出たんだ。[指が動かなくなる?]…そう。それで動かなくなる要因とか考えてたんだけど、何も思いつかなかったんだ。そんな自分に嫌気がさして……さ」


【亜沙美】

「う〜ん、確かに。何で知らない人達の前だと指が動かなくなるんだろうね?…『おそらの庭』だっけ?正義君がいつも行ってる孤児院」


【正義】

「そうだけど?」


【亜沙美】

「そこの子供達の前では普通に弾けるんだよね?」


【正義】

「あぁ。最初のうちは、さっきみたいに手の震えやら吐き気やらで大変だったけど、今では普通に弾けるよ」


【亜沙美】

「う〜ん、その時と何が違うのかな。…そうだっ!…ボク、“子供達の前では弾ける様になった”って所が気になってたんだ。…それって知らない子達も含まれるのかなって…」


知らない子達…つまり、園に入ってきた初見の子供でもいいんだよな?……何度か新しい子が増えた事はあったけど、問題なく弾けた筈だ。


【正義】

「知らなくても大丈夫だと思う。…何度かそういう状況はあったけど、その時は問題なかった」


【亜沙美】

「じゃあ、子供と親しい人達の前では弾けるんだね?」


【正義】

「あぁ。そうみたいだ」


【亜沙美】

「…じゃあ、知らない子供と大人の境界線は?…何歳ぐらいの人に観られたら弾けなくなるの?」


境界線…か。考えたこともなかった。何歳ぐらいまで大丈夫なんだろ?


【正義】

「そんなこと、考えたこともなかったよ。…でもさ、それって関係あるのかな?」


【亜沙美】

「それはまだ分からないけど、身体が拒絶反応を示す要因を知るのに役立たないかと思って。…一定年齢以上の知らない人に見られたら、無条件で身体に異常が出るのかとか。他に何か要因があるのかとか。もしかすると大丈夫な人達が居るかもしれないとか。色んな事が見えてくるかもしれないでしょ?」


大丈夫な人達ねぇ。今のところ特例は無いんだが。……でも、裏を返せば解らないよな。もしさっきの人達の中に“大丈夫な人”が居たとしても、他の人に反応してたら解らないもんな。境界線………調べてみる価値はありそうだな。


【正義】

「言われてみればそうだよな。…でも、どうやって調べるんだ?…まさか、年齢別に男女一人ずつ此処に入れて確かめるのか?」


疑問に思ったので尋ねると、彼女は得意気な顔をして頷いた。


【亜沙美】

「さっそく明日にでも手配しておくよ。……それと、今日はもうバイトはおしまい。そのかわり、ピアノの事について色々と話してくれない?…できるだけ詳しく現状を把握して、策を練っておきたいから」


まだ開始から1時間も経ってない。…まともに弾いたのも『熱情』一曲だけ。…これじゃあ何もしてない様なモノだ。


バイトを請けた時からこうなるのは分かってた筈なのに……やっぱり悔しいっ、何も役に立てなかった自分が――


【亜沙美】

「てやっ![痛いっ!?]…また自己嫌悪?…バイトの事なら気にしなくてもいいってっ!……今頃クラシックのCDが館内に流れてる筈だから、経験者以外はまず気づかないと思うよ?………だから、お話しよ?」


【正義】

「痛って〜〜…分かったよ。何が訊きたいんだ?……全部を語り尽くすには時間が足りないから、訊きたい事だけ言ってくれ」


ピアノについて語ったら、確実に3日は話題が尽きない自信がある。……いや、マジで。


【亜沙美】

「う〜ん……とりあえず、孤児院で初めて弾いた時の事を詳しく教えてくれない?…覚えてる限りで構わないから…」


【正義】

「覚えてる限りねぇ……あの時は確か―――」


それから…当時の記憶を頭の中で反芻しながら、その時の状況を理解しやすいように話した。


初めて行く場所で園内に入ってからずっと不安だった事。


話しかけた子供達に怖がられた挙句、逃げられて凹んだ事。


その後いじけて部屋の隅に体育座りして“の”の字を書いてたら、先生に飴を貰って慰められた事。


いざ子供達の前でピアノを弾く時、拒絶されるのが怖くて子供達の顔を見れなかった事。


恐怖と緊張の板挟みで手が震え吐き気がしたが、何とか耐えきれるレベルで最後まで演奏できた事…等を一時間ぐらい掛けて話した。


【正義】

「―――でさっ!今じゃ玄関に着くなり、その那美なみちゃんって娘が、『まさにぃ!』って舌足らずに俺の事呼びながら抱き着いて来るんだ。もうっその姿が可愛いの何のって[ストップっ!]………なんだよ?…これからがいいところなのに…」


せっかく俺が那美ちゃん(4歳)の素晴らしさを教えてやってるのに。………あの天使の様な可愛さは反則―――


【亜沙美】

「破っ![〜〜〜〜〜〜ッ!?]…トリップしないっ!ハァ〜…孤児院の事は、もう充〜〜〜〜分にわかったからっ。ご馳走さまだからっ。話ができないからっ。とりあえず正気に戻れっ!………OK?」


みっ…鳩尾にっ…掌底はヤバいって。それにしても……考え事していたとはいえ俺に一撃を加えるとは………亜沙美、恐ろしい娘。


【正義】

「イ、イエス…」


【亜沙美】

「詳しく話すのはいいんだけど、那美ちゃんって娘は関係無いでしょ?……延々と惚気を聞かされるボクの身にもなってよ…」


【正義】

「…そうだな、悪かった。知らない人の話なんて聞かされてもつまらないよな。…他に訊きたい事は?」


【亜沙美】

「特に無いなぁ〜。…え〜っと……そうだ!…まだ8時まで30分ぐらいあるし、適当に何か聴かせてくれないかな?」


【正義】

「…(ブチッ!)…人に掌底まで喰らわせといて話す事ないんかいっ!………[てへっ!]………リクエストはっ?」


【亜沙美】

「え〜っと…今日はスコアも無いし……正義君が弾ける曲なら何でもいい…かな」


弾ける曲なら何でもいい…か。亜沙美はピアノも結構詳しいし、何かヒントが得られるかも。まだ人に聴かせる様な段階じゃないけど、アレ…弾いてみるかな。


【正義】

「じゃあ……今から弾く曲を聴いて感想くれないか?…中々しっくり来なくてさ…」


そう言って跨ぐ様に座っていた椅子から立ち上がり、ピアノの方を向いて座ると鍵盤に両手を載せた。


【亜沙美】

「感想?……もしかして、自作?」


彼女の問いに頷いてから眼を瞑り、頭の中で曲のイメージを構築した。


【正義】

「………じゃあ、感想よろしくな?」


曲のイメージが固まったので眼を見開き、鍵盤の上を滑る様に指を走らせた―――



この『against』は、喧嘩しては仲直りを繰り返し、仲間達との絆を深めていく様子を書いた変調曲だ。



始めの『喧嘩』を表現した部分は、解り合えない事に対する複雑な感情……自分の考えを理解してくれない相手に対する『憤り』や、理解してもらえない自分の考えに対する『疑念』。他にも『寂しさ』『哀しみ』……等の、負の感情を前面に出す事を意識して書いた部分で、速めの曲調に重厚な音が飛び交う感じだ。



この第一楽章『衝突』……若干暗すぎるような気がするけど、悪くないと思うんだよな。…想い描いてる世界と巧く音がリンクするし、その情景にも狂いは無い。………うん。いい感じだ。



……………そろそろ問題の『仲直り』の部分…か。…また、イメージが壊れて…何も見えなくなるのかな……また…あの暗闇が見えるのかな……誰も…



『仲直り』の部分…お互いに非を認め合い、解り合えた時の様々な感情…仲直りできた『喜び』、仲間で居られる事への『感謝』……等の、先程とは正反対の感情を強調して書いた部分で、ややスローな曲調。音質も柔らかく、飛び跳ねる様な…音の輪が広がる様な光景をイメージした感じ。



…………やっぱり…か。イメージが…世界が…音を重ねる度に崩れていく。………最後はやっぱり…零だ。…何も―――



【亜沙美】

「途中みたいだけど…ここで終わりなの?」


【正義】

「………」


…本当は此処で終わりじゃない。第二楽章『和解』は採譜も終わってるし、ブラインドタッチでも通しで弾ける。そう……弾けるだけだ。


【亜沙美】

「考え事してるトコ悪いけど…とりあえず、何をイメージして作ったのか教えてくれないと、感じた事を当てはめられないし、比較できないし、答えられないよ?」


【正義】

「あぁ…悪い。今の曲は、喧嘩と仲直りを繰り返しながら、仲間達が絆を深めていく様子をイメージして作った。…弾いたのは第一楽章『衝突』と第二楽章『和解』の途中まで。……まだ未完成なんだ」


【亜沙美】

「衝突に和解………ね。曲自体は、変調でタッチもガラッと変わるし、面白いと思う…採譜も良いしね。…でも、それだけ。ボクは何も感じなかった……こんな感じでいいの?」


未完成で、なおかつ途中で演奏を止めた曲に感想をくれってのが無茶だったか。


【正義】

「辛辣な意見、感謝。ふぅ………因みに第一楽章だけだと、どうだった?」


そう問いかけると、彼女は肩を竦めて大きく息を吐いた。


【亜沙美】

「音楽の事となると食い下がるねぇ〜?……ピアノは知識しか持たないボクから、大した助言は期待できないと思うよ。……それでも?」


そう言って眼を細め、此方の真意を探る様な視線を向けてきた。


【正義】

「それでも…だ」


【亜沙美】

「分かった。そこまで言うなら……第一楽章はバロック調でいいデキだと思う。アレだけで曲として成立するぐらい完成度は高いし、音も正義君の言ってた『衝突』のイメージと一致するし、感情の起伏も表現できてた…かな。………ただ」


彼女はそこで言葉を切ると上を向き、視線を泳がせた。


【正義】

「……ただ?」


第二楽章の事…か。キッツイこと言われるんだろうなぁ〜…でも、訊かないと。いくら原因が解らないからって、いつまでもあんな『空っぽ』な演奏する訳にもいかないし…な。


話の先を促したが、彼女は腕を組んで眼を閉じ何かを考えている様だった。


【正義】

「『和解』…だろ?…俺も思うところがあって、ダメ出しは覚悟の上で亜沙美に聴いてもらったんだ。だから、さ…わざわざ、俺の事を気遣って言葉を選ぶ必要はないよ?」


そう言うと彼女は大きく息を吐いて、真っ直ぐ此方を見据えてから口を開いた。


【亜沙美】

「只でさえトラウマ発動して凹んでるのに、更に凹むのが分かってて訊きたいなんて……正義君って、もしかしてM?」


そう言った彼女の顔は微塵も笑ってなくて、怖いくらい…真剣そのものだった。


【正義】

「俺はそこまでナイーブじゃない」


そう言って『真面目にやれ』という意思を込めて、彼女の顔を睨み付けてやった。


【亜沙美】

「即答でスルーされるとは思わなかったよ。ハァ〜…明日バイトにならないぐらい凹むと思うんだけど…本っ当ーーーーにっ、訊きたいの?」


【正義】

「しつこいっ…サッさと話………ッ!!」


急に彼女の表情が更に険しくなり、咄嗟に後に続く言葉を呑み込んだ。


何だ?…こんな彼女、初めて見る。感情が読み取れない。視線が冷たい。眼を合わせられない。…………訊かない方が良かっ―――


【亜沙美】

「ボクも音楽に対しては嘘つけない性格だからぶっちゃけると、ハッキリ言ってアレは自己満足に過ぎないと思うし、ボクに言わせてみれば明るく見せようとする為に、高めのキーが鳴ってるだけだし、そもそも、アレが曲なんて高尚なモノ?アッハハハハッ!笑わせるなって感じ!!イメージなんてちっとも伝わってこないって!!!まだ他にも―――」




―PLAYBACK―――――――――END―



【正義】

「引っかかってるというよりは、突き刺さってるというべきか。……ナイーブじゃん、俺」


しっかし…あそこまで言われるとは思ってなかった。お陰で本当に次の日はバイトにならなかったし、あんな夢まで視る様に……ハァ〜…まぁ、事故だと思って諦めるしかないか。


【正義】

「でも結局、大丈夫な人達とやらも居なかったし……境界線も大体しか解らなかったしなぁ〜。ハァ〜…鬱だ」


明日も進展なくて、また凹まされるのかなぁ〜。大体〈来週はもっといい演奏、期待してるからねっ♪〉って…中5日ぐらいで、アドバイスも無しに曲が良くなる訳ねぇーって……アレ?…窓の外が明るい。そう言えば今何時だ?


【正義】

「…6時50分。航が来るまでかなりが時間あるな……って、うわっ、これ汗か?…シーツびしょ濡れじゃん。…………シャワー浴びよ」





















【航】

「へぇ〜…それで髪が微妙に濡れてんだ?」


【正義】

「コレってさぁ、絶っっっっっっっ対にっ、トラウマになってると思わないか?…タイミングが被りすぎな気がして、何か納得いかねぇと言うか…なぁ?」


【航】

「アハハ、“なぁ”って言われても。……でもまぁ、俺もそこまでキツい言い方されたら3日は寝込むと思う……明日が不安って感じ?」


あれからシャワーを浴びていると、何故かいつもより30分も早くインターホンが鳴った。


疑問に思いながらも確認ボタンを押すと、何か顔の様なモノが見えたと思ったら、一瞬で向こう側が赤一色に染まり何も見えなくなった。


用意を終えリムジンに乗ると、何故か航は横になっており、顔の上に濡れタオルがかけられていた。(死人?)


………という訳で、今はいつもより『30分も早く』(←重要)学園に登校して会話を楽しんで(?)いる最中…だ。


【正義】

「うん。それはそうだよ。………ねぇ、鳴海…君?……爽やかに答えるのは…良いんだけど(照れ臭そうに)」


つまり始業まで50分近くもあり、教室には俺と彼の2人きり。


…つまり、ドラマの告白シーンの様な感じだと思ってもらいたい。


【航】

「えっ!?…なっ…何かな?(超赤面)」


目の前の席に座る彼は前を向いたままこっちを見ることも無く、顔を真っ赤にしてブツブツと何かを呟いていた。


【正義】

「こっちも見ずに、携帯ゲーム機でギャルゲーしながら会話するのってどうよ?」


【航】

「いや〜…グッとクるわ……ん?……今、何か言ったの?……麻奈巳ちゃんの台詞に夢中………って、どしたの?…顔真っ赤だし、プルプル震えちゃってるし…まるで告白を邪魔された主人公の親友みたい―」


【正義】

「――――い」


【航】

「え?…よく聞こえ[一回っ死んでこいっ!]ヌグハァーーーーーーーッ!?!」


とりあえず礼儀がなってないので、椅子ごと蹴り跳ばしておいた。


【正義】

「人が話してる時は相手の顔を見るっ!…まったく!……親しき仲にも[仁義あり…だろ?]………おはようございます、芽衣さん」


ボロ雑巾の様になって床に転がっている航を足で蹴り、安否を確認していると廊下の方から声が聞こえた。


声の方に視線を向けると、教室の扉が勢いよく開き彼女が此方に歩いてきた。


【芽衣】

「おはよう正義。…今日は早いな?(ニコッ)」


彼女はニコニコしながら傍まで来ると、隣に立って俺と同じ様に航を蹴り始めた。


今週に入ってから芽衣さん…やっぱり何かが違うな?…穏やかになったというか。纏ってるオーラが消えたというか。……いつもの凛々しさが全く感じられないんだよなぁ。…何か女のコしてるっていうか……でも残念。女のコは仁義なんて言わないと思いますよ。


【正義】

「…えぇ。コイツがっ、30分も早くっ、迎えに来やがったのでっ、仕方無くっ、こんな時間に来てる訳です」


朝の貴重な時間(まぁ色々とな)を削られた事を思い出し、ムカついてきたので航を踏みつけながら答えた。


【芽衣】

「アハハ、そうか。…それで航を蹴ってたんだ?……なぁ、正義?(モジモジ)」


ん?何だこの流れ。…今のやり取りのどこにモジモジする要素があったよ?…スゲェ対処に困るんですけど。……一体先週末から月曜までの間に何があったんだ?


【正義】

「何ですか?…急に改まって」


【芽衣】

「あ…あの…な?…ふ…風紀[イタタタタ…俺はいグフッ!?]…入ってほしいんだ、正義に」


話している最中に航が復活したが、彼女の爪先が腹にめり込み再び悶絶していた。


風紀…入ってほしい…俺に……『風紀委員会に入ってほしい』………え?


【正義】

「風紀委員[おっはよー七瀬君!…今日は早いんだねぇ?]…あぁ、おはよう……風紀[七瀬君おはよう]……はよっス…」


もう8時過ぎてたのか……そりゃ生徒が登校してくる訳だ。


時間を確認して彼女に視線を戻すと、顔を伏せて握り拳をプルプルと震わせていた。………何故に?


【芽衣】

「どうかな?風紀[あっれぇ〜…こんな時間にマー君が居る。あっ、芽衣先輩もおはようございます]…ハァ〜…昼休みにまた来るわ。邪魔したな」


言いたい事を邪魔されたからなのか、彼女は肩を落として大きな溜め息を吐き教室から立ち去った。


【正義】

「結局、なんだったんだ?……まぁいいや。昼休みに来るって言ってたし[キャーッ!…鳴海君っ、どうしたのっ、面白いことになってるよ?]………心配いらないって、カクカクシカジカ――だよ」


航の異変に気づいたクラスの女子が駆け寄って来たので、簡単に事情を説明してから席に戻った。


【恋華】

「本当に珍しいね、こんな時間に来てるなんて[それは―――]……なるほど。それで航は寝てるんだ?」


【正義】

「う〜ん…厳密に言うと違うけど…大体はそうだな」


『人の話そっちのけでギャルゲーしてたから制裁を加えた』なんて言えるわけねぇよな。……航の命が危ないし。


【恋華】

「そういえばさっき、芽衣先輩とは何を話してたの?」


…っていうか航の心配は?……向こうを見ようともしないし。航…頑張れ。


【正義】

「昼休みにまた来るらしいから、その時に分かるよ。それよりも今日、何時間寝れる?」


言いながら机に突っ伏して窓を開けると、カラッとした気持ちの良い風が入ってきた。


今日は金曜日だよな。5・6の選択……は…サボり……確定――Zzz


【恋華】

「マー君なら最初から逝けるよ?…ノート提出する科目もないから安心…って、もう寝てる………おやすみ、マー君」


【航】

「ねぇ?…俺のセリフってあれだけなの?…もう少し喋ら[マー君が起きるでしょ、このバカっ!]………もしかして降格?」



VIEWCHANGE―――???SIDE――



正義が寝てしまい二人が夫婦漫才を繰り広げているのと同時刻……新京国際空港の入国ゲートから入国審査を終えた、一人の少女が出てくるところだった。


【???】

「此処までくるのに約10年…本当に長かったわ。…でも、辛かった時間も後少しで終わりを告げる。…覚えてるかな?」


私は眼を閉じて、首から下げていたペンダントのトップ部分のロケットを握り締めた。


【???】

「お祖父様には本当に感謝だわ。本来ならばわたくし達は…………ううん。後悔なんてしては、お父様を説き伏せてくれたお祖父様に申し訳がたたない。これは無理を言ってまで私が望んだ事。…………………うん。もう大丈夫」


私は自分に言い聞かせる様に一人呟くと、手荷物のハンドバッグから携帯を取り出した。


お祖父様は〈日本に着いたら、すぐに“この番号”に連絡しなさい。お前が『どうしても逢いたいのっ!』とワシに噛みつき、食い下がった、『彼』が通う学園の関係者が飛んでくる筈じゃから。…それからは、学園の買収も終わっておるから、お前の好きにせい。……気をつけて行くんじゃぞ〉と言って、笑顔で送り出してくれた。


全て私の我が儘なのに、ここまでして下さって、お祖父様、本当にありがとう。………この番号ね。


【???】

「そちら、鳴響学園の方…で宜しいのかしら?」


お祖父様が前もって登録しておいてくれた番号にかけると、2回目のコールで繋がり“早いわね”と思いながらも問いかけた。


【学園関係者】

『はっ…はいぃぃ!…りっ理事長様で宜しかったでしょうか?』


理事長?………お祖父様の仕業ね、きっと。つまり彼が緊張してるのは………なるほど、校長辺りに何か言われてるのね。……減給辺りかしら?


【理事長?】

「えぇ、そうよ。…そちらは?」


【学園関係者】

『さっ榊と申します!』


【理事長?】

「榊さん…ね。…とりあえず、緊張なさる必要はありませんから、落ち着いてください?…私は気分を害された位で、あなた方を処罰するほど狭量な人間では無いと自負しておりますから」


【榊】

『すすすみません。そんな事[はい、深呼吸っ!]すぅ〜…はぁ〜………すみません。漸く落ち着きました』


【理事長?】

「榊さんは今どちらに?」


【榊】

『西口のロータリーです。…今そちらに向かいます』


ロータリーという事は車よね。日本の道路事情はどうなのかしら?…空港だと混雑してて、なかなか出られないなんて事は……う〜ん、早く『彼』に会いたいし。


【理事長?】

「結構です。…それよりも、今から、そちらに行きますので、すぐに車を出せるようお願いします」


返答を待たずに通話を打ち切り、携帯をハンドバッグに仕舞った。


【理事長?】

「いま行くからね、お兄様!」


近くの案内板で現在地と西口の位置を確認し、手に持ったハンドバッグを脇に抱え直し、すぐさまその場から駆け出した―――



VEIWCHANGE――――――――END―



【航】

「お〜い、マサ君っ!…いい加減に起きろ〜!…起きないと、美咲桜ちゃん呼んじゃうぞ〜…好き放題されちゃうぞ〜…良いの〜?」


【正義】

「くぅ〜……すぅ〜……それは航だろ………うぅ〜ん…ムリ」


【航】

「何がムリなのっ?…俺は夢で何をしてんの?」


【正義】

「んぅ〜…近寄るな……すぅ〜………マジでウザイ…からぁ〜」


【航】

「実は起きてんでしょっ、何がウザイのっ、ねぇ?」


【恋華】

「これだけ揺すっても、美咲桜の名前だしても起きないとなると、う〜ん、裏技使わないと起きないかもねぇ〜」


【航】

「裏技?…この状態のマサ君を起こす方法があるとでも言うの?」


【恋華】

「あるよ。…はい、この紙に書いてるの買ってきて」


【航】

「この紙が?…なになに……『チーズの様なケーキ』って何さ?…[一階のコンビニ!…つべこべ言わずに買ってくるっ!]……イッ!…イエッサー」


【女王・恋華】

「航の分際でアタシに意見するなんて10年早[ふぁ〜〜〜良く寝た]……フフッ…漸くお目覚めかしら?」


大きく伸びをしてから目元をゴシゴシと擦り、周囲を見渡すと恋華以外は誰も居なかった。


【正義】

「皆は?……何で俺達しか居ないの?」


【女王・恋華】

「クスッ…皆さんなら今頃は視聴覚室に居ると思いますよ?」


ん?……この口調って……久々の女王様モードか?…………航が居ないのになんで発動してんだろ。


【正義】

「でも、4時限目って[差し替えでLHRだそうですよ?]……なるほど」


まぁ…サボっても出席になるし、問題ないだろ。うーむ……まだ30分近くあるし、カフェテリアにでも行くか?……って、この時間帯だと、まだ開店準備中か。


【航】

「ゴメンっ!…ハァハァハァ…遅くなったけど買ってきえェェーーっ!?起きてルゥーーーーっ!?!?」


叫び声(?)のした方を向くと、息を切らせた航が此方を指差して口をパクパクさせていた。


【正義】

「正直に言うと、奇声を上げてハァハァ言ってる航は気持ち悪い事この上なく………できれば消えてほしかったです……終わり」


【航】

「酷っ!『わざわざ』マサ君を起こす為だけにコンビニまで走った俺に『気持ち悪い』なんてよく言えるねこの口は、しかも誰に説明して[やっぱり美味いなコレ…恋華、ありがとな]………俺の苦労って一体」


恋華から手渡されたケーキを頬張っていると何故か航は床に崩れ落ち、その眼からは光るモノが床に零れ落ちていた。


【恋華】

「美味しかったぁ〜、マー君、これからどうしよっか?…まだ時間あるし」


あらら…もう元に戻ってら。航が戻ってきたこれからがイジり所だったのに………つまらん。


【正義】

「ん〜カフェテリアに行ってもいいけど、開店まで少し待たないといけないんだよなぁ〜………という訳で航、面白い話を頼む」


【航】

「相変わらず無茶振りするね。……え〜っと、新しい理事長が来るって話は知ってる?」


【正義】

「いや、全く興味ないから知らない。知りたいとも思わない」


【恋華】

「右に同じ。つまり、アンタは処刑されなければならない」


【航】

「何故にっ!?……どんなルールよっ?」


【正義・恋華】

「わたるーる」


【航】

「すっごい脱力系な名前のわりに、やることは相当えげつないね?………その理事長が同い年だと言ったら?」


【恋華】

「嘘つくならもう少し[嘘だと思うなら父さんに訊けば?…はい、電話]…………そんな漫画みたいな展開ってアリなの?」


へぇ〜…同い年の理事長か、面白そうだな。


【正義】

「とりあえず聞いてやるから、はよ話せ」


【航】

「いや、話はもう終わりなんだけどね」


【正義・恋華】

「………………………………………………え?」


【航】

「や、真面目な話…俺も気になって父さんに色々と尋ねたんだけど〈航、私はな…長生きしたいんだよ〉の一点張りだったんだ。んで気になって学園のHPを調べたら、確かに経営者が代わってた…………ほら、コレ見て」


航はそう言って、先程から操作していた携帯の画面を此方に向けた。


2人して画面を覗き込むと学園のHPが表示されており、スクロールしていくと関係者への事務的な謝罪や引き継ぎ内容などが延々と書かれていた。


【恋華】

「この神城正道かみしろまさみちって人が新しい経営者なの?」


【正義】

「そうだろうな。ほらココ“学園に関する全ての権利を譲り受けた”って書いてあるだろ?…つまり、学園ごとこの人が買い取ったって訳――――」


ガラーンガラーンガラーン―――――――――


【恋華】

「いただきま〜す♪」


4時限目終了を告げる鐘が鳴るのと同時に、恋華は素早く定位置に座り弁当を食べ始めた。


【航】

「早っ!?…せめて皆が来るまで待てな[朝抜いてるから無理っ!]……あ、そう」


恋華の弁当を眺めていると腹の音が鳴ったので、呆れている航を無視して鞄から弁当を取り出した。


【正義】

「いただき[ちょっと待ったぁーーっ!]………亜沙美、何故止める?」


包みを解いて蓋を開けようとしたが、廊下側から聞こえてきた亜沙美の声によって遮られた。


美咲桜と芽衣さんも一緒か……今日も賑やかな昼食になりそうだ。


【亜沙美】

「今日こそは当てるっ!」


なるほど、今日も“文字当てクイズ”をやるつもりだったから止めたのか。…どうせ正解者なしで俺の一人勝ちなのに。


【正義】

「お前も懲りないねぇ〜?…そこまでして俺にジュースを貢ぎたいのか?」



解説:『文字当てクイズ』とは!……正義が持参する弁当のキャンバス部分(ご飯の上)に描かれている英理朱の愛情(顔文字もアリ)を当てる単純なゲームだ。


見事正解すると皆からジュースを奢って貰え、外すと正解者に奢る羽目になる。


全員が不正解の場合は、美咲桜が発案した特殊ルール〈娯楽を提供してくれてるのはヒロ君なんだから当然だよ♪〉発動で正義の一人勝ちとなる。


因みに…最近はバリエーションが多すぎて当てるのが不可能に近いので、ルールの緩和が行われた。(というか、不正解つづきの亜沙美がキレたので仕方なく変更した)


まず曜日を月水金と火木に分けて、前者が文章で後者は顔文字が描かれた弁当を作ってもらう事にした。


文章は日本語で『まー君〇〇〇』の様に書かれており、〇〇〇の部分の意味が似ているか同じなら正解。


顔文字は数が増える一方で正解が不可能に近い為、英理朱に予め50種類を選んでもらいリストを作成、それを皆に配布して予想する方法をとった。


要するに出題者が圧倒的に有利なのは変わらないという事だ。



【亜沙美】

「今日は直球で『好き好き〜』に賭ける!」


【恋華】

「馬鹿な亜沙美、2日連続で愛情系は今まで一度もないのに。…という訳でアタシは、う〜ん『カッコいい』にしとく」


【航】

「う〜ん……そろそろ、名前を後ろに持ってきそうなんだよねぇ〜。……よしっ『GO!GO!』に決めた」


【芽衣】

「ねぇ、正義?…コイっ……皆は一体、何の話をしてるん……してるの?」


芽衣さんは美咲桜の隣に腰を降ろすと、顔を伏せて指を弄びながら問いかけてきた。


ん?…仕草や言葉遣いが朝よりも………いや、意識して変えようとしてる最中…か。何故?


【正義】

「芽衣さんは初めてでしたっけ?…これは―――」


段々と女のコらしくなってきた彼女の扱いに戸惑いながらゲームの内容を説明すると、彼女はボンッと音を発てて耳まで真っ赤になってしまった。


【芽衣】

「ああ愛してるとか…すすす好きとか書いて……る…の?」


“愛してる”とか“好き”なんて単語に反応して赤くなるなんて中学生みたいだ。ハハッ…可愛いなぁ、もう。


【美咲桜】

「あ゛あぁぁぁぁーーーッ!?!『私の』ヒロ君が芽衣先輩にデレデレしてたぁぁぁーーーーーッ!!!」


美咲桜の声は校舎中に響き渡るんじゃないかと思うぐらい大きく、叫び終わるや否や、もの凄い勢いで跳び掛かってきた。


【正義】

「ちょ!?『ガブッ!』痛い痛い痛い痛いっ!!噛むのはやめいぎゃぁぁぁーーーーっ!!!」


【亜沙美】

「…英理朱さん、予知能力でもあるのかな?」


【航】

「……いや、多分そこら辺に潜んでるんじゃない?」


【恋華】

「………“修羅場注意!”って、まさしく今の状況じゃん」


【正義】

「落ち着け!…俺は『み゛ゃ゛ーっ!』痛い居たい遺体!…爪はヤヴァいってマジでぇーっ!!!」


ピンポンパンポーン――――――――――――


『1年A組の七瀬君。至急、理事長室まで来るように。…繰り返します。1年A―――』


【正義】

「ほらっ!放送で呼ばれ[問答無用っ!]痛い痛い痛いっ!!…恋[最っ低!!]亜沙[話しかけるな女の敵っ!!!]…酷いっ!?」


【恋華】

「マー君っ!…少しは美咲桜の気持ちも考えてやらないとダメだよっ?」


【亜沙美】

「正義君だって、好きな人が自分以外の人とイチャイチャしてたら嫌でしょ?……それぐらい解ってやりなよ」


【芽衣】

「………………ぽっ」


【航】

「何?このカオス…」


『――繰り返します。1‐Aの七瀬。七瀬正義。至急、理事長室まで来なさいっ!』


【正義】

「美咲桜っ!マジで行かないとヤバ[うるさいっ、ヒロ君は黙って、私に噛まれてればいいの!]いやいやいや、美味し『ガブリっ!』ぃぃぃぃーーーーッ!!!」


【亜沙美】

「んぐんぐ…ふぅん、正義君って美味しかったんだねぇ…はむっ」


【恋華】

「自分で言ってる位だから……あむっ…おいひぃんにゃふぁいの?」


【芽衣】

「…………………………………………イヤンっ」


【航】

「呼び出されてる最中、猫化した美咲桜ちゃんにボコボコにされるマサ君。それを肴に飯食いながら会話する恋華と亜沙美ちゃん。トリップしてる芽衣先輩。そして、その一部始終を撮影してる俺。……これ見せたら英理朱さん、喜ぶだろうなぁ〜…」


『来ないのなら此方にも考えがある。……全校生徒諸君っ!…七瀬を連れて来たヤツには理事長からプレゼントがあるそうだ。お美しい理事長から素敵なプレゼントが…な。因みに生きてれば問題ないとだけ言っておく。………それでは各自、健闘を祈る―――』


うおおおおぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!


はぁ!?…ふざけんなっ!!


【正義】

「校舎が揺れてるっ!?…クッ…早く逃げないとヤバいっ![逃がさないよっ!]……………こうなったら『アレ』しかないっ!」


【亜沙美】

「ねぇ恋華?…そろそろ助けてあげないとヤバいんじゃない?」


【恋華】

「ズズズっ(←お茶をすする音)ふぅ〜……やっぱり、食後はゆっくりお茶を飲まないとね」


【芽衣】

「ウフッ…ウフフッ……フフフフフッ……これで………やっと2人きり」


【航】

「マサ君?…早く逃げないと、か・な・り、面白いことになるよ(笑)………まぁ、俺(映像)的には逃げない方が好都合だけど…ね」


航は此方にビデオカメラを向け、空いている手で親指を立て満面の笑みで問いかけてきた。


こっコイツ…いつの間にか飯まで食ってやがった!!


うおおおおおぉぉぉーーーーーーー!!!!!


【正義】

「チィ!…来やがったか!………かくなる上はっ!……許せ美咲桜っ!…んっ[ん〜〜〜〜〜〜っ!?]ぷはっ…これで暫くは復活しないだろ」


先程から首にしがみついている美咲桜の顔を両側から挟みこんで顔を此方に向け、間髪容れずに彼女の唇を自分のソレで塞いだ。


とりあえず…イっちゃってる美咲桜を連れて逃げる訳にもいかないし、芽衣さんは……無理か。恋華は……アレ?…居ない。消去法で………って亜沙美も居ないの?


【正義】

「航っ!…2人は[七瀬っ!]…何かいっぱいキターーーーーッ!!![大人しく捕まりやがれっ!]…無理っ![追えっ!逃がすなぁーーっ!]…邪魔だぁぁーーっ!」


【航】

「二人とも………いつまで隠れてんの?」


【亜沙美】

「う〜ん、“愛憎紙一重”で良くない?」


【恋華】

「いやいや、“混沌逃走激!”の方がピッタリだって!」


【芽衣】

「…………大好彼想私」


【航】

「こら、そこ!…勝手にカメラいじって中国映画みたいなタイトルつけないようにっ!」



















【男子生徒A】

「クソッ!…見失った!……あっちか?」


【男子生徒B】

「いや、まだこの辺に隠れて居る筈だ!……よく捜せっ!」


【正義】

「…………………行ったか」


教室から脱出して15分…いろんな事があった。


まずは人数…教室を出た頃は20人ぐらいしか居なかったハンターもいつの間にか増え始め、今では100人近くに追われている。(女子も3人ほど居た)


次に武装…何故かハンター全員が不審者撃退用の刺叉を装備していた。(何故100本もあるんだ?)


更にはトラップ…階段や廊下の数ヵ所にネットが張られて通行できず、逃げ場が大幅に制限されていた。(どこから持ってきたんだ?)


最後に追跡方法…一気に追い詰めるのではなく、一定の距離を保って挟み撃ちや不意打ちを効率よく仕掛けながらトラップに追い込んでいく、実に統率の執れた追跡の仕方だった。(誰が指揮してるんだ?)


トリップしてる美咲桜を抱き抱えたまま、その全てを考察しながら逃げるのは本当にキツかった。(今も追われてるが)


普通に追ってくるハンターどもは楽にあしらえるのだが、問題は明日香ちゃんだ。


今までの状況をフローチャートにすると…教室から逃走→追ってくるハンターども→トラップにハンターを突っ込ませながら逃げる→ハンター怒る→ハンター(怒)は仲間を呼んだ→ハンター増える→保健室前を通過→追ってくるハンターども→美男子ホイホイの餌食になる→明日香ちゃん登場→犠牲者を見る→舌打ち→此方を向く→満面の笑み→俺、後ずさる(滝汗)→距離を詰める→俺、逃げる→追ってくる→俺、本気で逃げる→本気で追ってくる→しつこい(泣)→疲れてきた→隠れる→今の状況…という訳だ。


【正義】

「なんて人だ……いくら俺が美咲桜を抱えてるからって[うふふ…ふふふふふ]…やっぱり不意打ちが問題だったか」


逃げてる途中まで症状が出なかったのが痛かった。LEVEL3だと気づいていれば絶対、教室に置いてきたのに………失敗したなぁ。


【正義】

「これからどうしよう……理事長室に行こうにも部屋の前にはハンターがうじゃうじゃ居るし、明日香ちゃ『ぐうぅ〜〜』……ハラ減った〜」


逃げるのに必死で気づかなかったけど、昼飯も食ってないんだよなぁ〜俺。あ〜ムカつくっ!…そもそも、こうなったのも全て俺を呼び出した理事長のせいだっ!…あんな放送さえ流れなければ今頃………ハラ減った〜〜〜。


【???】

[マサちゃ〜ん?…お姉さんが可愛がってあげるから早く出ておいで〜♪」


ヒィ!?……この妙に可愛らしい声は間違いない……明日香ちゃんだっ。


【明日香】

「う〜ん、ここら辺だと思ったんだけど……居ないなぁ〜、おや?…あれって………航っちだ!…お〜い、航っちぃぃぃ〜〜〜っ!!!」


頼む航…俺が生き残る為に捕まってくれ!…お前が捕まれば明日香ちゃんは諦めて部屋に戻る―――


【航】

「に゛ゃ゛あぁぁぁぁぁーーーッ!?!?」


【正義】

「逝ったか……これでアイツは選択に出られまい。ざまーみろ、俺を助けなかった罰だ」


昼休みが終わるまで約10分か。本当はこのまま隠れてた方が安全なんだろうけど……美咲桜に選択をサボらせる訳にもいかない。……連れ出したのは俺だし、やっぱり教室までは送り届けよう。


隣のソファーで横になっている美咲桜を抱き抱え、足音をさせないよう注意しながら扉の前まで歩み寄った。


ガラガラガラ――


周囲に人の気配が無いのを確認して芽衣さんの部屋(風紀委員教室)を出た。


【正義】

「誰も居ない………よな?[うふ…うふふふふ]ハァ〜…とりあえず、コレを恋華達に預けないとな」


行き先は決まった……う〜ん、此処から教室まで走れば一分と掛からないよなぁ。……よしっ、行こうっ!


走ってる最中に抱き抱えているお姫様(時々、不気味な笑い声を上げる)を落とさないように、抱き抱えている腕に力を籠め教室に向けて駆け出した。










【正義】

「疲れた、ハラ減った、逃げきった〜」


教室に戻るまでに10人ぐらいの生徒とすれ違いかなり焦ったが、誰も後を追って来なかった。


疑問に思いながらも席に戻ると、航以外のメンバーが楽しそうに談笑しているところだった。


【恋華】

「おかえり〜…って、この娘、まだ帰ってきてないの?」


【正義】

「あぁ。…LEVEL3だった[ふふふ…ふふふふふ]…な?」


そう言うと恋華は顔を引きつらせて苦笑した。


【亜沙美】

「LEVEL3って何のこと?」


【芽衣】

「美咲桜が自分の世界に入ってから、戻ってくるまでの時間を計る目安……と聞いてるが」


【恋華】

「大体はそんな感じ。…お〜い、美咲桜〜、起きろ〜……ダメだこりゃ」


【正義】

「いただきます」


【恋華】

「美咲桜はどうするの?…教室?…それとも[えへへへへへ…]……保健室の方が良さそうだね。…亜沙美、運ぶからそっち持って」


【亜沙美】

「はいはい、ん〜しょっと!…それじゃあ行ってくるよ」


保健室なら明日香ちゃんが選択の教師に連絡いれるだろうし、起きなくても問題ないだろ……序でに航も居るしな。


【芽衣】

「正義は、何で理事長室に呼ばれ……てたの?」


ハハッ…まだやってたのか。…これだけ必死になって言葉遣いを変えようとしてるって事は、誰かに“言葉遣いが悪い”って指摘されたのかな?


【正義】

「んぐむぐ………ふぅ……何ででしょうね?」


【芽衣】

「オ……私に訊かれても困る…よ。じゃあ、まだ行ってないんだ?」


【正義】

「えぇ。逃げ回るのに必死で、それどころじゃありませんでしたから」


【芽衣】

「行かないと後で怒られたり[七瀬は居るかっ?]………ね?」


声がした方に視線を向けると、扉にもたれかかって何故か泣いている松原が居た。


松原は周囲を見渡して俺の所在を確認すると、血相を変えて駆け寄ってきた。


そして目の前に来るなり両手で俺の肩を掴み、額が触れ合うぐらい顔を近づけてきた。


恐っ!…顔恐っ!…近い近い近い近いっ!…この人は何で泣いてんのっ?


【松原】

「頼むからっ、頼むからぁ〜…俺の進退問題に関わる様な事しないでくれよ〜、俺には妻と子供がいるんだよっ、一人者じゃないんだよっ!」


進退問題って……何を言ってるんだこの人は?…話が全然見えねぇよ。


【正義】

「とりあえず今すぐ離れろっ、そして落ち着けっ!」


クッ…コイツ、何て握力してやがるんだ。この俺が引き剥がせないだと?…これからは認識を改めよう。“松原は危険”だ…と。


【芽衣】

「ちょ…ちょっと、2人共落ち着こう?」


【松原】

「うぐぐ…お前は、俺達家族を、路頭に迷わせたいのかっ、だから逆らうんだなっ、そうかっ、そうなんだなっ!」


【正義】

「えーい離せうっとーしいっ!…さっきから息がかかって気持ちわりーんだよっ、このバカ教師!…離さねぇーと来週から松原(泣)先生って呼ぶぞコラ!!」


【芽衣】

「――――にしろ」


【松原】

「んぐぐ…俺が、そう、呼ばれることで、住宅ローンの支払いと、安定した暮らしが、守れるのなら、構わんっ!…という訳、で、大人しく、連行されろっ!!」


【正義】

「何が“という訳で”だっ!…全部アンタの都合じゃねーかっ!」


【芽衣】

「いい加減にしろーーーーーーーッ!!!」


言い争いを止めて怒鳴り声が聞こえた方を向くと…


【正義・松原】

「…………………」


竹刀を肩に担ぎ感情の読めない顔で此方を見つめる突撃お嬢が居た。


【芽衣】

「二人共そこに座れ」


芽衣さんは低い声でそう言うと、俺達が立っている辺りの床に竹刀の先を向けた。


【松原】

「俺は教師[す・わ・れ]…ヒッ!!」


松原の反論は彼女の低い声によって遮られ、悲鳴に近い声を出してその場に座った。


座りやがった……コイツには教師としてのプライドが無いのか?…まぁ、あの顔で言われたら仕方無いか。どうやらマジギレしてるみたいだし………俺も座るかな。


反論しても無駄だと悟ったので、胡座を組んで座っていた松原の隣に姿勢を正して座った。


ガラーンガラーンガラーンガラーン――――――――――――――――


正座するのとほぼ同時に昼休み終了を告げる鐘が鳴り、俺達を取り囲む様に集まっていた野次馬もバラバラと散っていった。


【芽衣】

「お前等はガキかっ!…あんなくだらねぇ事で言い争いしやがって。…どちらかが折れてやれば済むことだろ」


【松原】

「しかし、七瀬が[あ″?]…スミマセン」


コイツ馬鹿だ。黙ってれば直ぐに終わるってのに。


【芽衣】

「何でオレが怒ったか、お前達に分かるか?」


う〜ん、教室で騒いだら皆に迷惑がかかるから?…それとも、くだらない理由で言い争いしたから?…後は………何だろ?


【松原】

「お前(風紀委員長)が居る前で暴れたから…じゃないのか?」


“それがあったか〜”等と考えていると…


【芽衣】

「砕け散れ」


即答だった。


【松原】

「それは酷くないか?」


“う〜ん、他に何かあるかなぁ〜”等と考えていると…


【松原】

「それは酷くないか?」


“それはさっきも言っただろっ!”等と考えていると…


【松原】

「分かったっ!…俺が大人げない態度をとったからだろ?」


と自信ありげに言った。


“それもあったか〜”等と考えていると…


【芽衣】

「そこの窓枠に乗って“鳥みたいに空を翔べたら気持ち良いだろうな〜”って言いながら足を滑らせろ」


また即答だった。


【松原】

「ねぇ、それ遠回しに死ねって言ってない?」


“このバカは何がしたいんだ”等と考えていると…


【松原】

「はは〜ん、そういう事か〜」


と、ニヤニヤしながら言った。


“あの顔を見るかぎり期待できそうだな”等と考えていると…


【松原】

「バックログを見て確信したね。俺達が言い争いしてる時、2回ほど空気の様な扱いをされたのが悔しかったからだろ〜」


馬鹿にする様な口調でそう言うと、芽衣さんの肩がピクッと震えた。


あの反応……もしかして図星?…もしそうだったら笑えるが………バックログって何だ?


【芽衣】

「これが惨轍剣だったら痛みを感じることなく逝けるんだが、生憎とそんな物は持って無いんでなぁ」


彼女はそう言うなり竹刀を振り上げ薄ら笑いを浮かべた。


あっちゃ〜…あの顔は組手の際、反則無しの時にする顔じゃん。


【松原】

「脅しは止せ、俺は教師だぞ…手を挙げたらどうなるか…」


はぁ…この馬鹿。危なくなったら止めるしかないか……なるだろうけど。


【芽衣】

「どうなるんだ?」


【松原】

「泣いて謝る」


【正義】

「弱っ!!………そこ普通“そんな事をすれば退学だぞっ!”って怯えながら言うんじゃねぇーのかよっ?」


【松原】

「弱くて結構。俺は手を挙げられた位で大事な生徒達を辞めさせたりしない……………………………よっぽど酷い状態までボコボコにされないかぎり」


【正義】

「……一瞬でもアンタを尊敬した俺が馬鹿だったよ」


【松原】

「いやいやいや、普通は“弱くて結構”の所でグッと来て“辞めさせたりしない”の所で号泣するだろ?…泣かないのはきっと、お前が軽薄だからだ」


【正義】

「ふざけんなっ!…それ以上ふざけたこと言ったら、“かなり酷い状態”にするぞっ!」


【芽衣】

「クッ…アハハハッ……アハハハハハハ!!!」


【松原】

「なぁ七瀬……何で園田は笑ってるんだ?」


【正義】

「先生が“先生らしくない”からじゃないですか?」


噴き出した彼女の方に視線を向けると、腹を押さえて苦しそうに笑っていた。


【松原】

「そういえば、何で俺達は教室に居るんだ?」


えーっと………何でだろ?…何か忘れてる様な気がする。………まぁいいか。


【芽衣】

「ハァハァ…くっ…くるし…かった。ん?…2人共どうしたんだ?…天井なんて見上げて」


【正義】

「いや、俺達は何で教室に居るのかなと」


【芽衣】

「そういやそうだな。う〜ん、何でだろうな?…今は授業中なのに変だよな」


【松原】

「誰かに何か頼まれた様な気がするんだよなぁ〜」


【芽衣】

「簡単に忘れる位なら、大した事じゃないんじゃないですか?」


【正義】

「あ〜イライラする。何か甘いモノでも食いたい気分だ」


【松原】

「それじゃあ、カフェテリアにでも行くか?…ケーキぐらいなら奢ってやるぞ?」


【正義】

「マジで?……でも、良いの?…給料日前で小遣いが残り少ないんじゃ…」


【松原】

「心配するな。いざとなったら隠し金を使うまでだ」


【正義】

「ゴチになりますっ!」


【松原】

「切り換え早っ!…園田はどうする?」


【芽衣】

「オレも行くよ。…今更、授業なんて受ける気にもなれねぇし」


【松原】

「それじゃ行くとしますか」


そう言って教室を出た松原の後を追ってカフェテリアに向かった。



VIEWCHANGE―――理事長SIDE――



正義達がカフェテリアに向かっている頃……理事長室では一人の少女が腕を組み、落ち着かない様子で室内をウロウロしていた。


【理事長】

「遅いっ!…一体あの人…松原って言ったかしら?…は、いつになったらお兄様を連れて来るのっ!」


確か、松原(?)って教師が此処を出たのが1時ちょうど。今は1時半……もう30分も経ってるじゃないのっ!


【理事長】

「ま・つ・ば・らぁ〜、わたくしとお兄様のご対面&甘いひとときを遅らせた罪は重いわよ〜?」


こういう時に法律って邪魔なのよね。法律さえ無ければ私が直々にっ、速やかにっ、確実にっ、息の根を止めて差し上げますのに。


【理事長】

「教え子の一人もロクに連れて来れないようなダメ教師には、やっぱり、お仕置きが必要よね?」


う〜ん…謹慎、減給、解雇、お茶汲み、犬…辺りが妥当かしら?…まぁ、一方的に言い渡されても納得いかないでしょうから、ソレは本人に選んでいただきましょう。


【理事長】

「そうと決めた途端、急にやることが無くなったわね。…はぁ…こんなことになるのが解ってたら、もう少しゆっくりお仕事してましたのに。何か暇をつぶせる方法は………そうだっ!…お兄様のこと調べよっと♪」



VEIWCHANGE――――――――END―



【松原】

「話は変わるけど、何で七瀬は中間悪かったんだ?……いくら補習が無いからって、ブービーは酷すぎるだろ?」


【芽衣】

「寝てたからな、正義。そりゃもうぐっすりと」


【正義】

「…………だそうです」


あれからカフェテリアに着いて各々が適当に注文を取り、飲み食いしながら他愛ない話をしていた。


【松原】

「呆れたヤツだな。あんまり俺達を心配させるな」


【正義】

「俺達って?」


【松原】

「他の先生方だ。室岡先生なんて、お前の答案用紙を見て卒倒してたんだぞ?」


【正義】

「そりゃ驚いたでしょうね。なんせ答案用紙が白紙で、名前の筆跡すら違うんですから。…ていうか、室岡先生が来てたんだ。俺はてっきり明日香ちゃんかと」


だから教室で目覚めたのか。…それにしても、まさか室岡先生が来てたとはねぇ。万が一、俺が起きてたとしても、テストには集中できなかっただろうな。あの人は面白いからなぁ〜……色々と。


【芽衣】

「なぁ、室岡先生って誰だ?」


えっ、マジで知らないの?…俺の中では“担任になって欲しい人”ランキングで独走状態なんだけどなぁ。松原には悪いが。


【松原】

「先月の中頃、S体大から来た教育実習生だ。確か、一学期いっぱいまでだったな」


ここまで言えば思い出すだろ。…あの人の自己紹介はインパクトあったし。


【芽衣】

「ん〜?…体育なら知らない筈ねぇんだが」


何故だろう、悲しくなってきた。…これは思い出して貰うしかないな、うん。


【正義】

「ヒント1…その人は何も無い所ですぐ転けます」


【松原】

「あ〜転ける転ける。…というか滑る」


【芽衣】

「ん〜?…分からん」


思ってたより手強いな。…え〜っと、後は。


【正義】

「ヒント2…公共機関や乗り物が子供料金で利用できます………多分」


【松原】

「おまっ、それ彼女の前で絶対に言うなよ?…多分、いや絶対に泣くから。………そりゃ確かに身長は低いけど」


【芽衣】

「身長が低い?…う〜ん…………あ〜っ!…千花ちゃんなっ!…オレ達は名字で呼ばないから分からなかったぜ」


やっと思い出してくれたか。…なんか嬉しいな。


【松原】

「何をニヤニヤしてるんだ、お前は?」


【正義】

「いやさ、芽衣さんが室岡先生を思い出してくれたのが嬉しくて」


【芽衣】

「正義は、あんなチビ助がタイプなのか?……ショックだ」


彼女はそう言って溜め息を吐くと、大袈裟に肩を落とした。


はて?…何で芽衣さんは落ち込んだんだ?…それにチビ助って。


【松原】

「教師と恋愛するならバレない様にな?」


そう言うと此方に身を乗り出し、ウンウンと頷きながら肩を叩いてきた。


教師と恋愛?…………はあ?…この馬鹿は何を勘違いしてやがる。


俺と室岡先生が?………あり得ねぇ。一体今までの会話のどこに勘違いするような要素があったよ?


【正義】

「松原(泣)先生?…今すぐに“その”ニヤけた面をどうにかしないと、呼び方が酷くなりますよ?」


【松原】

「どうなるんだ?」


【正義】

「松原(故)…になる」    ┗→→→→→┓【芽衣】      ↓

「いいな、それ。この↓学園には教師も含めて↓580人近い人が居る↓んだ……1人ぐらいゾ↓ンビが居てもおかしく↓ないだろ」     ↓

    ┏←←←←←┛

【松原(故)】

「いやいや、おかしいからってギャーーーッ!?…こんな扱いはイヤだぁぁぁーーーーーっ!!!」


松原が喋り始めると、彼女はおもむろに松原の頭上を指差した。


すると松原は怪訝な顔をしながらもそちらを向き、“四角い何か”を確認すると頭を抱えて叫びだした。


【正義】

「アレ?…消えてる?…変だなぁ?…さっき、松原の頭の上に…………疲れてんのかな、俺?」


確かにさっき……松原の頭上に青っぽい、四角いのが見えたと思ったんだけど。しかも…


【松原→松原(故)】


…って文字が見えた様な気が。


【芽衣】

「どうしたんだ、正義?…難しい顔して」


考え込んでいると、隣に座る彼女が顔を覗き込んできた。


…指差したってことは、芽衣さんには見えてたってことだよな?……確認しとくか。


【正義】

「芽衣さん…さっき松原の頭上を指しましたよね?……何か見えたりしたんですか?」


そう尋ねると彼女は、呆れたような、哀れむような微妙な顔をした。


【芽衣】

「アハハハハ…何を言ってんだお前は?…そんなの…」


彼女は乾いた笑いを浮かべると、呆れたようにそう言った。


あの声から察するに、後に続くのは“見える訳ねぇだろ”だよな?…という事は、やっぱり疲れてたんだ。


【正義】

「ですよねー…」


と、苦笑しながら言うと。


【芽衣】

「見えたに決まってるだろ」


即答された。


【正義】

「えーーっ!?…さも当然のようにっ!?」


マジかよ……あんなのが俺達の頭の上にあったんだ。…っていうか、もしかして見えてなかったのって俺だけ?


【芽衣】

「さっきのアレが、航や恋華が稀に言ってた『枠』だ。…因みに今みたいな“ぬるい”状態の時に出てくる……と航からは聞いている」


聞いているって……芽衣さんも良く解ってないんじゃ?


【正義】

「なるほど。アレが見えてたから航は―」


ピンポンパンポーン――――


『テレレレッテッテッテーン♪――』


ピンポンパンポーン――――


【正義】

「…………?」


何だ今の放送は…RPGでキャラのレベルが上がった時に流れそうな音だったが――


【松原(故)】

「マサヨシはレベルが上がった!…何かもう色々と上がった!!…『枠』が見える様になった!!!」


【正義】

「うわっビックリしたっ!?」


“どっかで聴いた事あるような”等と考えていると、先程までテーブルに突っ伏して“の”の字を書いていた松原がいきなり起き上がって大声で言った。


あーぶない危ない。危うく椅子ごと後ろに倒れるところだった。はぁ…それにしてもワケがわからん。


【松原(故)】

「まぁ軽い冗談だ。大体レベルなんてあるわけ無いだろ?…恋愛ADVなんだから」


【正義】

「冗談だぁ?…じゃあ、さっきの放送は何だっ、それに今お前の頭の上にある『枠』はどう説明すんだよっ?」


【芽衣】

「落ち着けって!…このゾンビを殺りたい気持ちは分かるっ、だからっ、とりあえずっ、サポーターを、仕舞ってっ、くれっ…」


【松原(故)】

「↑コレか?…コレは仕様だ。ノベルタイプ以外の、例えば本作みたいな話では常識だぞ?……まぁ俺達にはどうする事もできない“世界の謎”だとでも思っておけばいい」


【正義】

「何が“思っておけばいい”だっ!…無駄にカッコつけやがってっ、まだ放送の件を答えてねぇだろっ!!」


【芽衣】

「ぐぅ…何て力だっ!…引き摺られていくっ」


【松原(故)】

「ガラーンガラーンガラーン…あっ!…まずい、ろくじげんめはさんねんのじゅぎょうがあるんだった。というわけで…………さいならーーーっ!(棒読み→逃走)」


【正義】

「ハァ…ハァ……………何で今日に限ってこんな…」


疲れることばかりが起こるんだろうな。しかし、一体あの放送は何だったんだろうな?


【芽衣】

「ハァハァハァハァ…ハァ〜〜〜…とりあえずコレでも飲んで落ち着け」


ハッとして声がした方に視線を移すと、彼女はテーブルに突っ伏しカップを指差していた。


ん?…芽衣さんは何であんなにバテバテなんだ?……まぁいいか。


ガラーンガラーンガラーン―――――――――


席に着いて冷めきったコーヒーを飲んでいると5時限目終了を告げる鐘が鳴り、数人の生徒が店内に入ってきた。


【芽衣】

「6時限目はどうするかなぁ〜…っと」


彼女はそう言うと顔を上げ、大きく伸びをした。


【正義】

「出た方が良いんじゃないですか?…まぁ俺は選択だから問題ないですけど、2年は違うんですよね?」


【芽衣】

「あぁ。2年は水曜だ。確か次は……体育だな」


【正義】

「行かないと、室岡先生が捜しに来るんじゃないですか?……転けて痣だらけになりながら…」


【芽衣】

「ハハッ…それは無いと思うぞ。1年は千花ちゃんに教えさせてるみたいだが、2・3年は山岸が教えて千花ちゃんは補助だからな」


そう言うとテーブルに肘を突いて顎を載せ、大きく息を吐いた。


それは関係ないんじゃ?……まぁ俺がどうこう言うことじゃないか。………ん〜ティラミスも美味いっ。


【芽衣】

「マジでどうするかなぁ。体育は今のところ皆勤だしなぁ〜」


そう言うとニヤニヤしながら視線を外した。


【正義】

「先に言っておきますが、俺は着いていきませんよ?…漸く静かになったばかりだし…」


【芽衣】

「そいつは残念だ。せっかくコ・コ、奢ってやろうと思ったのになぁ〜…えーっと、どれどれ……13650円か。という事は1人…」


彼女はニヤニヤしながらテーブルを指差し、その手で伝票を掴むとそう言ってヒラヒラと振った。


あれ?…何で伝票があるんだ。奢るって言った松原がさっき帰ったんだから、伝票も当然持って…………いってないっ!?…あの野郎っ、食い逃げかよっ!


【芽衣】

「さて、割り勘だとぉ〜…コ・コ・の、支払いは幾らかなぁ〜?…」


6825円か……持ち合わせは樋口さんが1人と小銭が330円だから……足 り な い。こんな事になるならバイト代…見栄を張らずに受け取っておけば―――


ガラーンガラーンガラーンガラーン―――――


【芽衣】

「さてと、んじゃオレは行くとするかぁ!…おっと、そういえば割り勘だったなぁ〜?」


彼女は伝票を持って席を立つと、そう言って口元をつり上げた。


俺の経済状況を知ってるクセに。…あ〜あ、こんな事ならバイト始めた理由を伏せておけば良かった。この人にだけは借りを作りたくなかったのに。


【正義】

「やだな、冗談に決まってるじゃないですか、行くに決まってますって」


【芽衣】

「そうなのか?…その割には顔が引きつってるが…」


そう言ってブレザーの内ポケットからブランド物の長財布を取り出すと、財布で頬をペチペチと叩いてきた。


たかが1500円足りないだけでこの仕打ちとは……お金って大事だよね、うん。


【正義】

「いえいえ、そのようなこと[こらぁ〜!]………室岡先生」


声がした方に視線を向けると、緑色のジャージに着られている(間違いではない)小さな女のコ(140cmぐらい)が此方に向かってきていた。


…あんなに慌ててると転け―――


【室岡】

「うぎゅわぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!?」


いつものように何も無い所で前のめりに倒れると、勢い良く此方に向かって滑ってきた。


【室岡】

「ひゃわ!?…いたたたたた……………おや?」


俺の足にぶつかって漸く止まると、ゆっくりと体を起こし両手で鼻を押さえて此方を向いた。


あ〜あ、鼻の頭が赤くなってる。…転けた時に床で打ったのか。


【室岡】

「こんにちは、七瀬君。…あと園田さんも」


彼女は立ち上がってジャージを叩いて埃を落とすと、そう言ってニッコリと笑った。


あ″あぁ〜癒されるぅ〜〜…俺って、もしかして幼女趣味でもあるのかなぁ?


【正義】

「こんにちは、先生。…とりあえず抱っこしても良いですか?」


【室岡】

「もぉ〜ダメに決まってるでしょ?…いつも言ってると思うけど、自分の彼女以外にそんなこと言っちゃダメ!…いつかセクハラで訴えられちゃうよ?」


彼女は頬を膨らませてそう言うと、腕を顔の前で交差させ“ダメ”のポーズをとった。


この人は…自分がその原因を作ってる事に気づいてんのかなぁ?


【芽衣】

「チビ助っ!…お前はオレを呼びに来たんじゃねぇのかよっ?」


芽衣さんはいきなり怒鳴り声を上げると、俺と先生の間に割って入ってきた。


芽衣さん…怒ってるのか?……話に交ぜなかったのは悪かったと思うけど、あそこまで怒るか、普通?


【室岡】

「そうだけど……なんで怒ってるの?」


【芽衣】

「そっ、そんなのはどうでもいいんだよっ!…ほらっ、早く行こうぜっ!」


芽衣さんはそっぽを向いて矢継ぎ早にそう言うと、カウンターの方へと歩いていった。


【正義】

「一体どうしたんでしょうね、彼女?」


【室岡】

「顔が赤くなってたし……トイレでも我慢してたんだよ、きっと!」


【正義】

「それでイライラしてたんですね。納得です」


【芽衣】

「2人共っ、早く来ないと置いてくぞっ!」


気がつくと芽衣さんは会計を終えており、そう言ってカウンターの横をすり抜け出口の方へと姿を消した。


【室岡】

「あっ!…待ちなさ〜い、先生を置いてくな〜〜っ!!」


彼女はそう言うと出口の方へと駆け出した。


【正義】

「やれやれ、先ほど走って転けたばかりだというのに……危なっかしい人だ」


“転けないといいが”と思いつつ彼女達の後を追った。


VEIWCHANGE―――理事長SIDE――



正義達が体育館に向かっている頃……理事長室では先程の少女が座り心地の良さそうな椅子に座り、目の前の机の上に置かれたパソコンのモニターを険しい顔で見つめていた。


【理事長】

「なんてことなの……財閥の跡取りが2人居るのはお祖父様から聞いてたけど、まさか妹が同い年で、しかもお兄様と同じ学校に通ってて、ましてや身辺調査の紙の“学園内で1番仲の良い生徒は?”の欄に、お互いの名前を書き合うほど近づいてるなんて……完全に予想外の展開だわ。…それも最悪の…ね」


何で教えてくれなかったの、お祖父様?…私に何をしろと?…私はただ、お兄様を傍で見ていたいだけなのに。…それだけの為に此処まで来たのに。これでは…これではまるで私に、『自分に嘘をつく必要は無い』と言っている様なモノじゃないっ!


【理事長】

「そんな身勝手なことをして良い筈がない。話せる訳がない。赦してくれる訳…ない。…桐原も…私達も…望んじゃ…いけない…っ」


あ…れ…おかしいな?…日本に来る前から分かってたことなのに。私…泣いてる。それに…どうしてこんなにも胸が痛いの?…苦しいの?


【理事長】

「そうよ…そもそも、あの娘が此処に居るのがいけないんだっ、あの娘さえ居なければ普通に学園生活を送れる筈だったのにっ、こんなっ、こんなこと考えずに済んだのにっ!」


…あの娘を恨むのは筋違いだってことは分かってる。あの娘自身に罪は無い。何も悪い事はしていない。………でもね。


【理事長】

「貴女が此処に居るだけで私の心は掻き乱される。…否応なしに“罪”を突き付けられる。…お兄様の傍に居るという事実が…私が10年もの間色々な事に耐えて、死に物狂いで努力して、漸く…漸く叶えようとした願い(お兄様と過ごす平穏な学園生活)を粉々に打ち砕いたの。……だから私は貴女を無条件で憎むし、全力で嫌うわ。………悪く思わないでね、桐原さん」


…しかし、お兄様と友人関係にあるという事は、彼女は桐原の“罪”を知らないのかしら?…それとも、『お兄様』を知らないから?……もしくはどちらも知らないという事も考えられるわね。


【理事長】

「“両方を知らずして今日を生きてる”としたら許せない…許せないけど一番望ましい…かな。それでも嫌うけど」


どちらか…もしくは両方を知ってるなら何か思惑があってのことだと思うし、そんな人をお兄様の傍に置いてはおけない。


【理事長】

「せめて、彼女が裏表の無い誠実な人であることを祈ろう…私に出来る事は他に無いのだから………臆病な私には―――」


VEIWCHANGE――――――――END―



【正義】

「―――という事をウチの担任が言ってたんですが、本当なんですか?」


あれから体育館に着くと既に授業は始まっており、芽衣さんと先生はコートの方に駆けて行った。


【室岡】

「本当だよ。テストの時、私てっきり終わったから寝てたんだと思ってたのに……採点してたら白紙なんだもん。…見た途端に全身の力が抜けちゃったよ」


それから隅っこの方に座ってバスケの試合を眺めていると、手持ち無沙汰になったのか室岡先生が隣に座ってきた。


【正義】

「本当だったんですね。すみません、心配かけて…期末は頑張りますから」


そして今は視線をコートに向けたまま、隣に座る彼女と他愛ない話をしている最中だ。


【室岡】

「と、真面目な事を言いつつも手をわきわきさせてるのは何故?」


【正義】

「先生が悪いんですよ?…本当は身長1[うわーわーわーっ!!]しかないクセに、見栄を張るから苛めたくなるんですよ?」


【室岡】

「ハァハァ…ハァ〜…乙女の身体的特徴を声に出すのはイケない事だって前に教えたでしょ?」


【正義】

「それって胸が[てやっ!]ぶふっ!?……頭突きはマジ勘弁」


【室岡】

「全部っ!…胸も腰もお尻も身長も体重も髪型も〜っ!…ハァハァハァ…分かったっ?」


【正義】

「えーっと…6回かな?…後、最後のは別に言っても良いかと」


【室岡】

「頼むからちゃんと聞いてってば〜。このままじゃ教師としての威厳が〜、プライドが〜」


【正義】

「さすが芽衣さん…ダブルクラッチとはね」


ドリブルしながら敵ゴール下へ切り込んだ彼女は、2人のディフェンスを巧く交わしてシュートを決めていた。


【室岡】

「また聞いてないし。はぁ…こんないい加減な人に大事な妹のこと頼もうとした私って一体…」


妹?…へぇ〜先生に妹なんていたんだ。一体どんな娘なんだろ?…きっと先生に似て可愛いんだろうな〜……色々と。


【室岡】

「ねぇ、今なにか失礼なこと考えなかった?」


【正義】

「いや、妹さんも先生に似て可愛いんだろうな、と。…それよりも説明を要求します」


【室岡】

「何で妹の話になった途端、そんな真剣な顔するの?…正座までして」


【正義】

「それはそうですよ。…今から『大事な』妹さんの話をするんですよね?…なら当然聞く側も真剣にならないと」


【室岡】

「な〜んか釈然としないけど、真剣に聞くならいっか。…2学期からなんだけど、妹が鳴響に編入してくるらしいの。…あの娘は都会に憧れてたから」


【正義】

「らしい?…まだ本決まりじゃないんですか?」


【室岡】

「いや、通うことは確定なんだけど、住居とかで揉めててね…ウチの両親って心配症だから」


そりゃそうだ…何も無い所で転けまくる自分達の子供を何年も見てきたら、嫌でも心配症になるだろ。…妹さんも先生みたいな娘かもしれないしな。…ん?…マズい…めっちゃ見てる…何を考えてるのか見透かされたみたいだな。


【正義】

「じゅ、住居とかで揉めてるって、セキュリティの問題ですか?…なら先生の部屋は?…2人一緒ならご両親も安心するんじゃ…」


【室岡】

「うん。確かにそうなんだけど〜…あの娘と一緒に暮らすのはちょっと…ね」


ついさっき大事な妹だって言ったクセに、何を躊躇してるんだこの人は?


【正義】

「要領を得ませんね。何か問題でもあるんですか?」


【室岡】

「じゃあ訊くけど…『私よりも』すっっっっっっっっごくドジで、そのクセ潔癖症で、掃除とかさせたら色々な物を壊したり、家具の配置まで勝手に替えちゃうような妹がいたら…一緒に住める?…住もうと思える?」


この人よりドジで潔癖症?……ちょっと見てみたい気もする。完全に怖いもの見たさだけど。


【正義】

「今までに、壊されて一番困った物って何です?」


そう言って隣に視線を移すと彼女は遠い目をしていた。


…何か疲れきってるな。よっぽど大事な物でも壊されたのか?…ご愁傷様。


【室岡】

「『8月に』……………エアコン」


彼女は“8月”の部分を強調して言うと、膝に顔を埋めて大きな溜め息を吐いた。


【正義】

「エアコン!?…どうやったら壊せるんですか、そんな物…」


【室岡】

「分解」


掃除だよなっ、部屋の掃除をしてたんだよなっ?…つまりエアコンの清掃をしようとしたのか?…普通、素人は本体カバーを拭いてフィルターの埃を落とす程度だろ。…冒険し過ぎだ。


【正義】

「何でまた分解なんて…」


【室岡】

「『風が弱かったから』だってさ。…もう笑うしかないでしょ?」


【正義】

「あははははは…」


風が弱いって理由で分解するのかよ。…そりゃ先生も嫌がる訳だ。


【室岡】

「…という訳で部屋探しを手伝って欲しいんだけど、ダメ?」


【正義】

「そんな話を聞かされたら断れませんよ。…で、条件は?」


【室岡】

「此処から徒歩40分以内で、セキュリティ万全で、見晴らしが良くて、近くに本屋かコンビニがあって、病院も近くて、人通りが多い道に面した所なら『父さん、許しちゃう』って言ってた」


をいをい…立地条件だけでこんなにあるのかよ。……う〜ん、徒歩40分以内となると、3地区の北側に絞られるから……いや、2地区だな。ウチの近所に賃貸マンションなんて無い……という事は鳴北か風波で探さないと。


【正義】

「箱の中身は?」


【室岡】

「最低でも2LDKにシステムキッチン完備…だって。…因みにコレは本人の希望ね」


一人暮らしにしては広すぎないか?…俺ならピアノ含めて2DKあれば充分だぞ。…でもまぁ女のコだし、それぐらいの広さはあった方が良いかもな…友達とか呼べるし。システムキッチンは……まぁ、何とかなるだろ。


【正義】

「う〜ん、家賃次第では何とかなるかな。…上限とかあります?」


確か…風波の商店街の近くに、オートロックの高層マンションがあったよな?…あそこなら、近くに個人病院が幾つかあるし、少し歩けば本屋もある、大通りに面してるから人通りも多い。徒歩40分は………どうだろう?


【室岡】

「15万が上限だって。…どうかな、なんとかなりそう?」


15万だとあそこは無理っぽいな。…あのセキュリティで新築だし。


【正義】

「とりあえず友達に訊いてみます。…俺よりも詳しいヤツがいます…って先生?…あそこの女子が呼んでますよ?」


視線の先では試合を終えた生徒達が幾つかのグループに別れ談笑しており、女子3人のグループのうち1人が此方に向けて手招きしていた。


【室岡】

「ホントだ。…何だろう?…とりあえず行ってくるね」


彼女はそう言って立ち上がると、手招きしている女子の方へと歩いていった。


部屋探しの件はこっちで進めとくか…先生も色々と忙しいだろうし。


【正義】

「試合も何かグダグダだし、教室に戻って寝る……のは無理か」


手持ち無沙汰になり何となく体育館の時計に視線を向けると、時計の針は2時50分を指していた。


【正義】

「先生はもう戻って来ないだろうし、とりあえず教室に戻るとするか」


“きっと皆驚くだろうな。金曜の帰りのHRに俺が居るんだから”等と思いつつその場を後にした。



















【正義】

「ここもハズレ。ハァ〜…予算がもう少しあればな。15万以内だと、徒歩40分以内って条件がクリア出来ないんだよなぁ」


教室に戻って携帯で不動産情報を検索していると、選択授業を終えたクラスメートがゾロゾロと教室に戻って来た。


【恋華】

「やっと今週のお勤めも終わった〜ってえええぇぇぇーっ!?…マー君が居るっ!」


恋華は教室に入ってくるなり此方を指差し、大声で言った。


【正義】

「俺は天然記念物か?」


そう返すと恋華は此方に駆け寄ってきた。


【恋華】

「だって一学期初じゃない?…金曜日の帰りのHRに出るの」


恋華は此方にくるなり怪訝な顔をして、そう言いながら身体中を触ってきた。


【正義】

「何してんの?」


【恋華】

「いや、本物かな〜、と」


【正義】

「帰る」


【恋華】

「ウソウソ、冗談だってっ!…でもどうしたの?…いつもならカフェテリアに居る時間なのに」


うっ…何て説明しよう。まさかお金が無いなんて言えないし。もし教室でそんな事を言った日には、皆から大爆笑されるに違いない。…何か、何かない―――


【松原】

「席に着けーっ!…いや、頼むから着いてくれーっ!!」


“ナイス松原!”と思いつつ声のした方に視線を向けると、何故か顔中を引っ掻き傷だらけにした彼が教壇に立っていた。


【クラス全員】

「…………………ぷっ」


【松原】

「誰だっ、今俺の心を抉ったヤツはっ!」


右の頬…傷が巧い具合に某百貨店のマークみたいになってる。…あれはウケる…ぷっ。


【恋華】

「マー君でしょ、今の?」


航の席に座っていた恋華は此方を振り向くと、口元を手で押さえ小声で言ってきた。


【正義】

「いやいや、どう考えても俺じゃないでしょ?…寧ろお前じゃね?」


顔を寄せて小声で返すと、恋華はブンブンと首を横に振った。


【松原】

「次に笑ったらソイツ数学1な。…それでもいい[ぷっ]…だれぇどぅああぁぁぁーっ!」


【恋華】

「ねぇ、マー君。…今の声って廊下から聞こえなかった?」


【正義】

「あぁ。くぐもった様な声だったし、多分そうだろ」


【松原】

「チッ!…影でコソコソと男[ちょっと待ったーっ!]…お前かぁぁぁーっ!」


松原の“男らしく無い”を先読みしたのか、声と同時に扉が勢い良く開き航が飛び込んできた。


【航】

「あっ……………はいるくみをまちがえたみたいだ。…という訳で[ちょっと待とうか?]……ちくしょーっ、体が勝手にっ!」


【恋華】

「ハァ〜…別れようかな〜、何であんなバカを好きになっちゃったんだろ?」


辛うじて聞き取れるぐらい小さな声でそう言うと、彼女は大袈裟に肩を竦めた。


とか言いつつも顔がニヤけてますよ〜、恋華さん?…見せつけてくれちゃって。


【松原】

「とりあえずお前は数学1な。[えーっ!]…よし、全員揃って……る?…奇跡だ。特に連絡事項は無いから、七瀬以外は帰っていいぞ〜」


は?…何で俺だけ駄目なんだ?…意味が分からん。


【恋華】

「何かしたの、マー君?」


【正義】

「いや、全く心当たり無いな。…どちらかと言えば、された方だし」


食い逃げを…な。あ〜思い出したらムカついてきた。…アイツのせいで芽衣さんに借りができたんだった。


【航】

「あり得ない。…俺の通知表に1なんて数字……あり得ない」


そう言いながら戻って来た航はガックシと肩を落とし、口からは白い煙の様なモノを吐き出している様に見えた。


【正義】

「自業自得じゃねぇか。序でに言わせてもらうと、『お前があり得ない』」


【恋華】

「ホントだよ馬鹿っ。『アタシから』の電話に出ないばかりか、選択授業までサボっちゃってさ。…『マジあり得ない』」


へぇ〜珍しいことも…って、今思えばコイツ、昼休み明日香ちゃんに拉致られてたんだよなぁ〜…どうでもいいからすっかり忘れてた。


【航】

「俺があり得ないって何さっ?…それとサボったんじゃないっ、拉致されて出られなかったんだっ!」


あ〜あ、言っちゃった…何でこの男は自分から殺られる様なコトを言うかね。…ドM?


【恋華】

「拉致されてた?…航…アンタ、もしかして今まで『あの女』と一緒だったの?」


【航】

「うっ……いや、そんなことは[ちょっと面貸せや?]…………ワカリマシタ」


恋華はドスの利いた声でそう言って、震える航を引き摺り教室を出ていった。


【松原】

「漸く終わったか」


背後からの声に振り返ると、ついさっき教室を出ていった筈の松原がいた。


最近こういう事が多いな。…気づけなかったってことは、注意力が散漫になってきてる証拠…気をつけないとな。


【正義】

「先生って…実は忍者だったりする?」


【松原】

「そういうお前は鳥頭だったりするのか?」


松原は呆れた様にそう言うと、大袈裟に肩を竦め溜め息を吐いた。


【正義】

「そうかそうか、アンタはわざわざ、喧嘩売る為に俺を残らせたんだ?…今サポーター着けるから、ちょっと待ってろよ?」


【松原】

「じょ、冗談に決まってるじゃないか〜…って、こんな事してる場合じゃなかった!…ほらっ、行くぞっ!」


そう言うと俺の腕を掴んで立たせ、引き摺る様にして歩き出した。


話が見えない。コイツは何をしてるんだ?…一体どこに連れて行かれるんだ?










【正義】

「なぁ、どこに向かってるんだ?…職員室は通り過ぎてるぞ」


あれからお互いに無言のまま一階まで降り、職員室を通り過ぎた所で尋ねた。


【松原】

「もうすぐだ」


松原は此方を振り向かずに前を向いたままそう言った。


【正義】

「もうすぐ?…この先って文化系の部室しか無い[着いたぞ]………へ?」


松原はそう言って立ち止まると、漸く腕を解放した。


【正義】

「ここって…理事長室じゃん。何でまた…」


漸く解放された腕を擦りながら隣に立つと、豪華な装飾が施された真っ黒な扉の前だった。


【松原】

「お前はやっぱり鳥頭だよ。…2時間前のことを綺麗さっぱり忘れてるんだからな」


松原はそう言って苦笑すると、目の前の扉をコンコンと叩いた。


2時間前?…昼休みぐらいか。昼休みは確か……校内を駆け回って、飯食って…終わりだよな?…別に何も忘れてないじゃん。


【松原】

「理事長、松原です。…七瀬君をお連れしました」


へぇ〜…結構まともな応対をするな。…いつもこうだったら疲れなくていいんだが。


【理事長?】

「ご苦労さまでした。…では、彼を中へお通ししたら、貴方は業務に戻られて結構ですよ」


扉の向こうから聞こえてきた理事長と思われる女性の声は、今までに聞いたことの無いぐらい、濁りの無いハッキリとした透明感のある声だった。


綺麗な声だったなぁ。いつまでも耳に残る様な…って、今の女の声だったな?…という事は、航が言ってた後任の理事長…か。一体俺に何の用だろう?…最近は喧嘩もしてないし、咎められる様な事は―――


【松原】

「ほらっ、考え事してないで早く入れ。…お前が入ってくれないと俺が戻れないだろ…」


ハッとして声のした方に焦点を合わすと、松原は開いた扉を背に此方を向き呆れた様な顔をしていた。


考えてても始まらない…か。ここに本人が居るんだ、話してくれるだろう。


【正義】

「……失礼します」


バタン―――


中に入るとすぐに背後から扉が閉まる音が聞こえてきた。


さてと、同い年の理事長さんはどこかな…と。…………何で部屋の中で帽子なんて被ってるんだ?…それにブレザーの色も赤だし。謎だ。


【理事長】

「どうぞ、お掛けになって下さい」


そう言った彼女は来客用と思われるソファーに座っており、対面にあるソファーを手で指しながら綺麗な笑みを浮かべていた。


【正義】

「では、失礼して」


軽く会釈をしてからそう言い、彼女の対面にあるソファーに腰を降ろした。


ハァ〜綺麗な人だなぁ。

…皆みたいな子供っぽさが全く感じられないし、スタイルも良い。

…あの目線の高さだと身長は美咲桜と殆ど変わらないだろうし、胸は芽衣さんより大きく見える。…そして何よりも目を惹くのが、あの透き通った蒼色の瞳。…凄く綺麗なんだけど、どこかで見たような懐かしい感じがする。…俺みたいに遺伝なのかな?…見た感じ外人寄りの顔だけど、どうなんだろう?


【理事長】

「私の顔に何かついてますか、おにっ……七瀬様?」


そう言った彼女の顔は先程までの綺麗な笑顔ではなく、引きつった笑顔に変わっていた。


今なんて言おうとしたんだろう?…〈おにっ〉とか言ってたけど。…それに何で様付けなんだ?…向こうは理事長で俺は生徒なのに……可笑しな人だ。


【正義】

「いえ、あまりにもお綺麗なので、つい見とれてしまって…」


照れ隠しに鼻の頭を指で掻きながらそう返すと、彼女の顔が一瞬で真っ赤になった。


【理事長】

「そそそっ、そんなことありませんわっ。わっ、私みたいなそこら辺にうじゃうじゃ居るピーポー顔が綺麗などと…」


彼女は両手をわたわたと振りながら矢継ぎ早にそう言った。


ピーポー顔って何?…発音から察するに、ピープルと言った様に聞こえたが。…だとすると、つまり“平均的な顔”と言いたかった訳か。…それはいくらなんでも謙遜し過ぎでしょ。


【理事長】

「あっ、あのっ!…日本の殿方はその〜…さっきみたいなことを〜ですね、軽々しく、口にするものなのでしょうか?」


【正義】

「他の方々がどうかは存じませんが、少なくとも私は、『軽々しく』口にしたつもりはありませんよ?…」


軽々しくの部分を強調して言ってやると、彼女は素早い動きでテーブルの上に置かれていたティーカップを手に取った。


【理事長】

「んっんっんっ………ふぅ…では、どの様なおつもりでおっしゃられたのですか?」


彼女はカップに入っていた琥珀色の紅茶を一気に飲み干すと、カップをテーブルに戻しながらそう言った。


本当のことを言ってもいいのかな?…言っても良いけど、さっきみたくテンパって会話が進まなくなったら困るし……避けるべきだな。


【正義】

「まぁ、そんなことはどうでも良いではありませんか?…世間話をする為に、私を呼んだ訳では無いのでしょう、理事長さん?」


苦笑しながらそう言うと、急に彼女の顔から赤みが引き視線が鋭くなった。


ん?…俺、今なにか気に障る様なこと言ったか?…一体なにがいけなかったんだろう?


【理事長】

「今ぁ〜…私のことを役職で呼びやがりませんでした〜?」


彼女は肩を小刻みに震わせながら妙に明るい声で問いかけてきた。


何だか知らないけど…お怒りになられてる?…役職?…理事長って呼んだのが原因…なのか?…何なんだ一体。


【正義】

「あの、ですね?…役職で呼んだも何も、まだ貴女様のお名前を存じ上げ[瑞姫]……え?」


彼女はそう呟いて立ち上がると、帽子に手をかけ…


【理事長】

「神城瑞姫ですわ。七瀬様♪」


そう言って帽子を後方に放り投げ、ニッコリと笑った。



◎神城瑞姫◎《かみしろみずき》生徒であり理事長‐A型‐170cm‐Eカップ‐長身のグラビア顔負けの体型。髪は腰まである長さの金髪をツインテールにしている。眼は切れ長で瞳は薄い蒼色をしており、鼻も若干高くフランス人形の様な印象を受ける顔だち。鳴響学園の現経営者である神城正道の孫娘。ある条件下以外で話す相手によって態度や言葉遣いを変える【高飛車モード】搭載。(※ほぼ発動状態なので枠表記無し)一人称は【わたくし→ワタシ】



【正義】

「…………」


この顔立ちであの肌の白さ、しかも金髪かよ…ますます外国人にしか見えないぞ。でも名前が名前だし、ハーフなのか?………訊きたい事がありすぎて困るな。


【正義】

「あの、幾つか伺っても[ふふふ]……どうかされましたか?」


彼女はポケットからハンカチを取り出し口元を押さえ、クスクスと笑いながら腰を降ろした。


【瑞姫】

「ふふっ…普段通りの喋り方で結構ですよ?…来週からはクラスメートになるのですから…ね?」


彼女はそう言って片目を瞑った。


は?…クラスメート?…確かに同い年だけど…っていうか、何でウチのクラス?


【正義】

「分かったよ、神城さ[瑞姫っ!]………いや、理事長でもあるんだし、やっぱり神城[み・ず・きっ!!]………………神[みぃ〜ずぅ〜きぃ〜っ!!!]……呼ばないとダメ?」


問いかけた彼女は明らかに不機嫌そうな顔をして、物凄い勢いで首を縦に振っていた。


何で彼女はたかが呼び方にこんな拘るんだ?…っていうか、ついさっき知り合ったばかりでもう呼び捨てかよ。…理事長を呼び捨てにするのは気が引けるが…仕方ない…か。


【正義】

「………瑞姫」


【瑞姫】

「正義様♪」


諦めて言われた通りにしてやると、彼女は満面の笑みを浮かべて嬉しそうに俺の名を呼んだ。


おいおい、何で俺まで名前呼びに変わってるんだ?…しかも様付けのまま。


【正義】

「なぁ、瑞姫…様付けで呼ぶのは止してくれないか?」


【瑞姫】

「や、ですわ♪」


彼女はそう言うと両目を瞑り小さく舌を出した。


可愛く言って押し通すつもりなんだろうけど……ここで譲る訳にはいかないんだよな。もしここで様付けを認めたら……恐ろしい。


【正義】

「まさかとは思うけど…教室でも?」


【瑞姫】

「それが何か?」


彼女は“そんなの当たり前ですわ”と言わんばかりの顔をしてそう言った。


マジですか。怒り狂うアイツが容易に想像できるのですが……いや、待てよ?…逆にここまで徹底してるってことは、幼い頃からそういう教育を受けてきた可能性が高いな。もしそうだとすれば皆のことも様付けで呼ぶだろうし、気にすること無い…のか?


【正義】

「分かった、好きに呼ぶと良い…」


【瑞姫】

「では、正義様で…」


【正義】

「で、だ…話は変わるけど、俺を此処に呼んだ理由は?」


【瑞姫】

「何だと思います?」


【正義】

「いや、訊いてるのはこっちなんだけど?」


【瑞姫】

「ただ正解を当てるだけじゃヤル気が出ませんか?…むぅ〜〜〜…そうだっ!…もし正解できたら、コレを進呈しましょう!」


スカートのポケットからカードケースの様な物を取り出し、中から一枚のカードを抜くとテーブルの上に置いた。


人の話を聞けよ……って、アレはまさかっ!?


【正義】

「(ゴクリ)……マジでっ?…当てたら貰っても良いのっ?…そんな高価な物…」


あの神々しい輝き(実際は白地に緑のラインが入ったカード)は間違いない…提示するだけで毎日一回、ケーキセットがタダで食べられ、激レアちーずけーきの予約までも可能になるという、カフェテリアのプラチナカードだ。ヤバい…超欲しいんですケド。


【瑞姫】

「えぇ、差し上げます」


【正義】

「まず、ゲーム前に確認しときたいことがあるんだけど…」


【瑞姫】

「確認?」


【正義】

「あんな高価な物を賭ける位だから、ルールは当然あるんだろ?…質問や回答する数に制限を設けないといつか正解が出るし、面白く無いからな。…まぁ、俺は無くても全然OKだけど」


現時点ではまだ、神城瑞姫という人物が全く把握できてないから、確実に当てる為には…10……いや、5回は欲しいところだな。


【瑞姫】

「えぇまぁ。本当は質問、回答ともに3回……と言うつもりでしたけど、それではあまりにもそちらが不利ですし……5回…ということにしましょう。後は…まだ此方に少しアドバンテージがありますので、質問の内容に制限は設けません。『その代わり』、此方はイエスかノーの2択で答えることにします。…こんなところで如何でしょう?」


彼女は髪の毛の先を指で弄びながらそう言って微笑んだ。


瑞姫のヤツ、このゲームの本質がよく解ってやがる…というか、かなり慣れてるな。


内容の制限は敢えて口に出さなかったのに、それをさも当然の様に交換条件で使ってきやがった。


しかも先程の交換条件…表向きは質問の限定を解除してイエス・ノー形式を持ち出すことで、ゲームバランスを調整しているように見える。


しかしその裏…あちらさんは回答を2択にすることで情報を引き出されるのを防ぎつつ、リスクを最小限に抑える事に成功している。


その結果…此方は正解を導き出す為の情報が不足してロクな推理も出来ず、正解率が大幅に下がる。


つまり本質的には…イエス・ノー形式に代えてきた時点で“此方が推理して正解を言い当てるゲーム”から“核心をぶつけて相手の変化を見破るゲーム”になっていた訳だ。


瑞姫のヤツ…余程ポーカーフェイスに自信があるのか?…それとも俺が推理する方が得意だと詠んでの判断なのか?…どちらにせよ、雲行きが怪しくなってきたのは確かだな。


さっきはプラチナカードに目が眩んだが、そもそも初対面の人間にあんな高価な物を譲る理由が無い。


それにここまでの話の流れも変だ。…普通なら俺がこの部屋に入った時点で自己紹介、又は呼び出した理由を話す筈。


なのに自己紹介もなし崩しだったし、瑞姫はまだ自分の事を名前しか明かしていない。


それは何故か…このゲームをする際、あまり自分の事をベラベラ喋ると不利になるから。


そう考えると全て辻褄が合う。…初めからこのゲームをする気だったとしか思えない…何故かは知らないが。


以上の観点から考えても…餌を取られて“はい、サヨナラ”とはいかない筈だ。…何か裏がある筈、当てられなかった時のペナルティか何か―――


【瑞姫】

「先程から、そんな真剣な顔をして、何をお考えになっているのですか?」


ハッとして目の焦点を合わせると、彼女の心配そうな顔が視界を埋め尽くしていた。


真剣な顔して黙ってるだけでこんな顔をする瑞姫が、そんな事を考えてる訳ない…か。人をすぐに疑うのは悪い癖だな。


【正義】

「いや、何でもない。…始めようか」


彼女は無言で一分ほど此方をジッと見つめたままだったが、小さく頷くとソファーに戻った。


今…頷く前に口が動いてたけど、なにか言おうとしてたのか?…何でだろう、すごく気になる。……って、こんなこと考えてる場合じゃなかった。


【正義】

「では最初の質問。こんな風に呼び出したのは俺だけなのですか?」


さて、瑞姫はどう答えるかな?…イエス・ノー形式の本質はトゥルーorフェイク。ここまでの彼女の言動から推測すると、恐らく本質を知った上でこの形式を選んだ筈だ。…微妙な変化を見逃さない様に気をつけないと。


【瑞姫】

「………イエス」


彼女は眉一つ動かすことなくキーを均一にした声で答えた。


巧い…な。表情もそうだけど特に声の出し方なんて、まるで“母さんに尋問されている父さん”を見てる気分だ。…全く詠めなかったけどこれで確信が持てた。瑞姫は間違いなく嘘を混ぜるつもりだ。次からは口元に意識を集中しないと。


【正義】

「次の質問です。…それは俺じゃないと駄目なのですか?」


【瑞姫】

「イエース♪」


そう問い掛けると、彼女は“その通り”と言わんばかりの顔をして嬉しそうに答えた。


何この展開?…普通あそこまで出来るならポーカーフェイスを崩す必要は無い。何でわざわざ手間のかかる事を…確かに判断は鈍るが、今のはどう見てもバレバレだろ。…意味が分からん。


とりあえず、次の質問を決める為に得られた情報を整理しないと。…初めの質問を保留、今のをトゥルーと仮定して考えると、少なくとも対象が俺限定だという事は解る。


解るが…情報不足で何も導き出せない。…プラス新たな疑問発生。…何故かは知らないが、以前から俺のことを知ってた可能性が高い。


これは疑問というより確信に近い。…でないと着任してすぐに俺を選ぶ理由が無いし、なにか用事があるとも思えない。


それを踏まえた上で考えると……俺という人間を“どういった経緯で知ったのか”が重要な気がする。


瑞姫と過去に出会っているという可能性…零では無いが、記憶に無いのは確かだ。…つまり、間接的に知った可能性が圧倒的に高い。そうなると、やっぱりメディア関係からと考えるのが妥当だろう……気が重いな。


彼女も俺のピアノ、『神の指先』目当てで近づいて来たのかな?…コンクールに出なくなって早3年、漸く関係者達の記憶からも消えつつあるのに何で、何で今更。


【正義】

「第3の質問。貴女は俺に何かさせる為に呼んだのですか?」


【瑞姫】

「ノッ、ノー…ですわ」


今にも消え入りそうな声で答えた彼女は顔面蒼白で、膝の上に載せていた手でスカートの端をギュッと握り締めていた。


ん?…瑞姫のヤツ、身体が震えてるな。…それによく見たら瞳も潤んでる…どうしたんだろ?


【正義】

「どうした、具合でも悪いのか…?」


立ち上がり彼女の目の前まで移動すると、床の上に膝立ちして顔を見上げながら尋ねた。


【瑞姫】

「違っ、違うのっ、そうじゃない…っ」


彼女がそう言って首を横に振ると、瞳から溢れた涙が宙を舞い、俺の顔を点々と濡らした。


違うって……じゃあ何で泣くんだよ。…これじゃ…俺が泣かせたみたいじゃないか。


【瑞姫】

「先程の質問の時……正義様すごく恐い顔をしてらしたから……何であんな顔してるのかな。私、怒らせる様なコトしちゃったのかな。嫌われ…ちゃったかなって…そしたら傍にもいられなくなっちゃうって…そう思ったらっ…わたしっ、わたしぃぃぃっ…!!」


嗚咽の交じった声で喋っていた彼女は言葉を切るなり両手を拡げ、勢い良く飛びついてきた。


咄嗟に立ち上がって抱き止めようとしたが間に合わず、テーブルの上に押し倒される形になってしまった。


【瑞姫】

「うあぁぁっ!!…っ…ゴメン…なさいっ…謝るっ、いくらでも謝るからぁっ!…っく……これからは気をつけるからぁ!……私のコト嫌いになっちゃヤだぁぁぁぁぁーーっ!!!」


彼女は首に巻き付けた腕を引き寄せて身体を密着させ、胸に額を押し付け叫んだ。


【正義】

「…………」


は?…瑞姫は何を言ってるんだ?…俺はそんな顔をしてたのか?…怒ってた?…無意識にそんな顔をしたのかもしれないが、怒ってたなんてことは無い。


【瑞姫】

「うあぁっ…っく…ゴメン…なさい…っ」


それに…泣くほどのことか?…さっき知り合ったばかりの俺に嫌われても、別に問題ない…よな?


【瑞姫】

「お願い…っ…だからぁ…嫌いにっ…ならないでよぉ…」


そんな事…泣いてる娘を放って置いてまで考える様なことじゃない…か。


【瑞姫】

「嫌いにぃ…っ…なっちゃ…やだぁっ…」


【正義】

「何を勘違いしてるのか知らないけど、俺は全然怒ってない、だから安心していい。…例え怒ってたとしても、だ…あれぐらいで人を嫌いになるなんてことはないから…」


彼女の顔を胸に押し付ける様に抱き抱え、諭す様にゆっくりと語り掛けながら彼女の頭を撫でてやった。


【瑞姫】

「…っく…本当…ですの?…本当に怒ってませんの?…私…傍に居てもっ…いいんですの…っ」


【正義】

「…嫌いになってたら今頃、この部屋には瑞姫しか居ない筈だよ。…俺は嫌いな人間に胸を貸してやる程、寛容な心の持ち主じゃないからな。…だから、傍に居たければ好きなだけ居ればいい…」


彼女の後頭部に添えていた手を背中へと移動させ、ポンポンと叩きながら答えた。


【瑞姫】

「ひうっ…私…嫌われてないんだ…っ…傍に居ても…いいんだっ…良かった…っく…本当に良かった…よぉ…うっ、うあぁぁぁっ!!」


やれやれ、さっきまで全く隙のない言動をしてた瑞姫が…まさかここまでガタガタになるとはな。…やっぱり人を見た目で決めつけるのは善くないな。


【正義】

「瑞姫、いい加減泣き止んでくれ……泣いてるお前を見てるのは俺もツラい。…それに、いつまでも泣いてたら、その綺麗な顔が台無しだぞ?」


胸に顔を埋めて嗚咽を洩らしている彼女を両手でギュッと抱きしめ、優しく語り掛けた。


勿論それもあるが……さっきから背中が痛いのと、アレが反応しそうだから早く離れたいってのが本音なのですよ。…ヤバい…むっ、胸が。


【瑞姫】

「もう少し…っ…だけ…このままっ…で…っ」


【正義】

「分かった。…5分ぐらいなら俺も我慢できそうだし…いいよ」


【瑞姫】

「っ…我慢…ですの?」


【正義】

「しくしく…男には、『色々と』耐えねばならぬ事があるのですよ」


【瑞姫】

「???」


ふぅ〜危ない危ない、口が勝手に……どうやらかなり危険な状態らしい。…5分も持つかなぁ。


しっかし…何処をどう間違えたら“初対面の女性に押し倒される”なんてシチュエーションが生まれるんだ?


多分、こんな経験は一生に一度あるか無いかだろ?…まぁ、ある意味ラッキーだった…のか?


微妙〜…まぁそれはおいといて、結局のところ此処に来てから何も進展しなかったな。


瑞姫は自分の事を全く話さないし、聞き出す為のゲームも途中で降りてしまったから……呼び寄せた理由はもう教えてくれないのかな?


今までの言動から考えると、まず話してくれない様な気がする。…つまり俺、骨折り損のくたびれ儲け?…それは嫌すぎる。


何か他に聞き出す方法は無いものか……せめて瑞姫の性格さえ完璧に把握出来れば、後は言葉巧みに………やめよう、虚しくなってきた。


他にも訊くべき事は山ほどあるし、重要な事なら自分から話すだろうしな。…となると、優先順位が一番高いのはやっぱり―――


【瑞姫】

「んっ……えへへ〜……おにぃ…さまぁ〜……やっと…わたくし…の………んぅ」


【正義】

「マジですか………こっちは貴女の事で頭を痛めてるってのに、人の気も知らずに、幸せそうな顔して寝やがって。ふぅ…余程いい夢を視てるんだろうな。…その幸せをちょっとぐらい分けて欲しいモンだ…」


お兄様…か。…兄妹がいるのってどんな感じなのかな?…さっき、室岡先生も妹のコトを口では迷惑そうに言ってたけど、顔は緩みっぱなしだった。…瑞姫も幸せそうな顔して寝てるし……きっと『いいモノ』なんだろうな。


【正義】

「しかし、どうしたものか。…首に巻き付いてる腕が全然外せないし、起きる気配も無い。…ということはもしかして、起きるまで俺、ベッド?」


首の後ろに手を廻して巻き付いた腕を外そうと試みたが、首の下を潜らせた腕の手首をもう一方の手でガッチリと掴んでおり、ピクリとも動かせなかった。


さすがにそれは勘弁してもらいたいな。…かと言って、どうやって起こせばいいんだよ?…声掛けても駄目、揺すっても駄目……もう選択肢無いじゃん。


まだ“航に助けを求める”という選択肢が残ってるが、あれは諸刃の剣だからな。…電話の内容をもしアイツに聞かれでもしたら…1分も経たないうちに此処に駆けつけて、言い訳する隙もなくジェノサイドされてしまうに違いない。


【正義】

「いっそのこと寝てしまうか?…そうすれば―――」


『♪〜♪♪♪〜♪〜♪』


寝てしまおうかと本気で悩んでいると、定位置に容れてある携帯から聞き慣れたピアノの音が流れ始めた。


携帯、携帯っと……よしっ…なんとか取れたっ………さて、誰から…かな?


【正義】

「珍しいな…………もしもし?」


液晶に映った橘の文字に、首をもたげながらも尋ねた。


【恋華】

『マー君、今ドコに居るの?…さっきから美咲桜が心配してるよ?』


お前等は心配してないのかよ…まぁ、いつものことか。…問題はそれよりも、如何に俺の居場所を悟らせない様にしつつ、他のメンバーを出し抜いて航のみを此処に呼び出すかだな。


【恋華】

『もしも〜し、どうしたの〜、聞こえてますか〜…?』


【正義】

「あぁ、聞こえてる。…俺、今ちょっと野暮用で外にいるんだ。…そっちはカフェテリア?」


【恋華】

『美咲桜っ、マー君、外に居るんだって……代わ〔貸してっ!〕…美咲桜に代わるね?』


ぶっ!?…いきなりジェノサイドルート解禁かよ。…マズい、これは完璧にイレギュラーだ。…騙しきれるかなぁ?


【美咲桜】

『もしもし、ヒロ君?…外に居るってことは、今日は来れないの?…私、ずっと待ってるんだよ?』


【正義】

「ゴメン…俺が前もって誰かに言付けておけば、余計な心配をさせずに済んだのに。…言い訳がましいけど、急いでたからそこまで気が廻らなかったんだ。…本当に済まなかった…」


【美咲桜】

『ううんっ、ヒロ君がそこまで落ち込むことないよっ!…そもそも今まで連絡しなかった私も悪いんだし、お互い様だよ。それなのに…さっきは理由も聞かないうちから責める様な言い方して、私こそゴメンね…』


ふぅ…なんとかなるもんだな。…声を聞く限り本当に反省してるみたいだし、これ以上追及されることはあるまい。


【瑞姫】

「うふふふふ、まさよしさまぁ〜♪…もっと、もっとぉ〜♪」


どうやって航に代わって貰うかを考えていると、いきなり彼女が身体を這い上がってきた。


彼女はそのままグッと顔を近づけると、頬を擦り寄せながらうわ言の様に呟いた。


なっ!?…さっきまで“お兄様”だっただろっ!…何でタイミング良く俺の名前に変わるんだよっ!!…クソッ…一体どんな夢を視てやがるっ!!!


【美咲桜】

『ねぇ、ヒロく〜ん?…今、同い年ぐらいの女の声で、“まさよしさまぁ〜♪”って聞こえたんだけどぉ…どういうことなのか説明してくれるかなぁ〜♪』


何故同い年ぐらいだと解る…って、こんな事考えてる場合じゃなかった。…あの猫撫で声はヤバいっ、何とかして誤魔化さないとジェノられてしまう。……落ち着け俺、平常心だ。


【正義】

「近くにカップが居てさぁ〜、どうやら彼氏の方が正義って名前の金持ちのボンボンみたいで、さっきキスしてたんだけど、キスが終わるなり彼氏がぶっきらぼうに顔を逸らしたんだ。多分恥ずかしかったんじゃないかなぁ〜?…それで彼女がからかってたんだよ。“もっとぉ〜♪”って感じで…さ」


別におかしな所は無かったよ…な?…声も裏返らなかったし、内容にも不審な点は無いだろ。…あ〜緊張したぁ。


【美咲桜】

『へぇ〜、カップ同士がキスしてたんだぁ〜?…フフッ…それはコーヒーカップ?…それともグラス?…カップがキスしてたってことは、二人が乾杯でもしてたんだろうねぇ〜?…まぁ、それはどうでもいいとして…それにしても良く見てるねぇ〜?…そこまで分かるってことは、よっぽど近くに居たんだろうねぇ〜?…さっきの声も不自然なほどクリアだったしぃ〜…まるで抱き着かれてたんじゃないかってくらい…ね?』


彼女は最初の方こそ可笑しそうに喋っていたが次第に声が低くなっていき、最後の方は聞いてて体温の下がる様な、全く感情の籠ってない低く冷たい声に変わっていた。


ギャー!…何故か完璧に状況を言い当てられた!!…ヤバしっ!…こうなったら最後の手段しか―――


【美咲桜】

『因みに電話を切っても無駄だから。今、鳴海君にGPSで居場所を調べて貰ってるから…諦めて正直に話せば〔理っ、理事…マサ君逃げてぇぇぇームグッ!?ムゥーーッ!!?〕……やっぱり話さなくていいよ。…今からそっち行くから―――』


電話の向こうでは一体なにが?…とりあえずハッキリしてるのは、航が殺られてるって事と―――


【正義】

「間違いなく美咲桜は此処に向かって来てるって事だ。ハァ…もしもーしっ、おーいっ!…頼むから起きてくれぇーっ!!…みぃーずきぃーーっ!!!」


で、だ…結果は当然の様に起きない…と。…寝てしまうのは多分もう間に合わないだろうし、諦めて狸寝入りでも決め込むか?


コン、コン!――


最早何をしても無駄な気がして彼女の身体を揺すっていた両手をテーブルの上に投げ出し、ギュッと目を瞑ると同時に今一番聞きたく無い音が聞こえてきた。


【正義】

「早っ!?…まだ2分ぐらいしか経ってないのにっ…(超小声)」


今ごろになって気づいたが…このまま返事をしなかったら諦めて戻るんじゃないか?…此処って理事長室だし、美咲桜もそれ相応の応対をする筈……だよね?


コンコンコン!――


心なしか扉を叩く力が強くなってない?…序でに音の間隔も短くなってるし。


ドン!ドンドン!!―――


【正義】

「何だよ“ドン!”って、それ絶対所在を確める時の音じゃねぇよっ、取り立て屋が“中に居るのは分かってんだよっ!”って時の…(超小声)」


【美咲桜】

「『私の』ヒロく〜んっ♪…貴方のご主人様(飼い主)が迎えに来ましたよ〜、早く出ておいで〜〜♪♪」


ヒィィィ!?…それ相応どころか、普段よりめっちゃフランクじゃん!


ドンドンドン!!!―――


【正義】

「ハァ…最早突っ込む気力も[ん〜…すりすりすり〜♪]失せたって、ちょっと待てや!……今“すりすりすり〜♪”って口で言ったろっ!」


瞑っていた目を見開き、上に載っている彼女の肩を掴んで上へと押し上げると、彼女は“悪戯が見つかった子供”の様な顔をして小さく舌を出していた。


コイツは…人の気も知らないで。…そりゃ何しても効果無いよなぁ、起きてやがったんだから。


【瑞姫】

「………きゃっ♪」


【正義】

「いつから起きてた?」


【瑞姫】

「いやですわ、正義様ったら…今、起きたに決まってるじゃありませんか♪」


ドンドンドンドンドン!!!―――


【正義】

「じゃあ、さっき“きゃっ♪”って言うまでにあった、10秒ぐらいの間は何だ?」


【瑞姫】

「目を覚ましてから状況を把握する迄のタイムラグ…ですわ?」


ドン×3‐ドン×3‐ドン×7!!!―――


【正義】

「何で疑問符が付いてんだよ。…疑問文を疑問文で返してどうする…って、まぁそれは置いといて……瑞姫に頼みたい事があるんだ…いや、この場合はできたと言うべきか…」


ドン×3‐ドン×3‐ドン×3‐ドン!!!―――


【瑞姫】

「何なりとお申し付け下さいな♪」


えらく嬉しそうだな、オイ。しっかし…美咲桜も諦めないな。まぁ、だからこそ恐ろしいんだが。


ドン‐ドドン‐ドン‐ドンドン!!!―――


ドラマー?…というか、無意識のうちに色々なリズムを刻んでるとしたら、音楽そのものが嫌いになったとは考えづらい。…まぁ、断定できるレベルじゃないが、『本人』から得られた貴重な情報には違いない。…一応、皆にも話してみるか。


【正義】

「じゃあ早速で悪いが…さっきから扉を楽器がわりにして遊んでる、一年の娘を追い払って[誰を追い払うって?]……ヒィィィ!?」


声がした方に首をギギギと動かすと、満面の笑みを浮かべて此方を見下すジェノサイダーがいた。


扉が開閉する音は全くしなかった筈だ。一体どうやって………あはは、何か笑ってるな?…もしかして俺、死んだ?


【美咲桜】

「うふっ、うふふっ、人を散々待たせといて自分は女のコとイチャイチャしてたんだ?…いいご身分だねぇ〜、ヒロ君♪」


【正義】

「いや、これには深い訳が[正義様は悪くありませんわ]…え?」


瑞姫は俺の言葉を遮る様に言ってニッコリ笑うと、体の上から降りて美咲桜の傍まで歩み寄り、真正面から対峙する様に立った。


瑞姫の予想外の行動に唖然としてその様子を眺めていたが、今自分が置かれている状況を思い出し、起き上がって着衣の乱れを整えた。


あっちゃ〜…ここシワになっちゃってる。…はぁ…家に帰ったらアイロンかけないといけないな。…って、悠長にそんな事考えてる場合じゃない。


着衣を正して2人の方に視線を移すと美咲桜は無言で瑞姫を睨み付け、瑞姫はそれを笑顔で平然と受け止めていた。


おいおい、何だこの展開…場の空気重すぎだろ。…とてもじゃないが、話し掛けられる雰囲気じゃないぞ。…これから一体どうなるんだ?


【美咲桜】

「貴女っ、『私の』ヒロ君にちょっかい出すなんて、いい度胸してるわねっ!!?」


5分程経った頃、美咲桜は怒鳴り声を上げ瑞姫に食ってかかった。


その顔は先程より険しくなっており、視線で人を殺せそうな気がするぐらい迫力があった。


【瑞姫】

「えぇ、自分でもそう思いますわ。……それがどうかしましたか?」


瑞姫は美咲桜の威嚇に全然動じることなく笑顔で返した。


2人とも超恐いんですけど…背後にどす黒いオーラの様なモノが出てる気がするし。


【美咲桜】

「どうやら貴女とは一度、徹底的に話し合う必要がありそうね。…貴女、名前は?」


【瑞姫】

「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るのがセオリーではなくて?…とは言うものの、私は貴女の名前になど興味はありませんが」


瑞姫は一体どうしたんだ?…やたら挑発を繰り返してるし、口調も相手を見下した様な感じだ。…何よりこの状況を楽しんでる風に見える……元々こういう性格なのかな?


【美咲桜】

「ねぇ、ヒロ君…この性悪ブロンド女の名前は?」


美咲桜は引きつった顔を此方に向け尋ねてきた。


【瑞姫】

「正義様が答える必要ありませんわ。…私は先程から“自分が名乗れば此方も名乗る”と言っているのですから」


美咲桜の問いかけに答える隙もなく、今度は瑞姫が間髪を容れずに言ってきた。


彼方を立てれば此方が立たず…一体俺にどうしろと?


【美咲桜】

「もういいわ。…こんな時間に此処に居るってことは、噂の新理事長なんでしょ、貴女?…父に来週からと伺ってたから始め解らなかったけど、教師達の噂通りだから間違いないわね…ふふっ」


言わなくてもそりゃ気づくか。…確かに生徒がこんな時間に一人で理事長室に居るわけない。…それにしても、一樹さんなら知ってても不思議じゃないが、美咲桜も知ってたなら教えてくれれば良かったのに。


【瑞姫】

「貴女、今この私を笑いましたね?…同じ――の分際で。…全てを背負って尚、此処に居る、この私を…………気が変わりました。…やはり、確かめなくてはならない様ね…」


美咲桜が笑った途端、今まで笑顔を崩さなかった瑞姫の顔がみるみる険しくなり、低く冷たい声でそう言った。


何だ?…いきなり表情が険しくなった…それに声のトーンも一気に……何故かは知らないが、相当頭にきてるみたいだな。


全てを背負って此処に居る…一体どういう意味だ?…それにその前…声が小さくて聞き取れなかったけど、“分際で”って言ってたのも気になる。…一体何の事を言ってるんだろう。


【美咲桜】

「もしかして怒ってるの?…でもね、私はもっと怒ってるんだよ?…私達の前から、今すぐにでも消えて欲しいぐらいにねっ!!」


【瑞姫】

「いいから質問に答えなさいっ!!!」


そろそろ、仲裁に入ったほうがよくないか?…2人とも熱くなりすぎだ。特に瑞姫…今すぐにでも手を挙げそうだ。


それに、美咲桜は瑞姫が何の事を言ってるのか解ってないみたいだしな………俺もだけど。


瑞姫の性格から考えて…万が一、事の真意を素直に話したとしても、キツい言い方になるのは間違いない。


というより…これ以上続けても、実のある会話が展開されるとは思えない。…お互いをただ罵り合うだけの口論なんて、滑稽でしかないからな。


【正義】

「二人とも…」


【美咲桜】

「何で私が性悪女の言うことを聞かなきゃならないのっ?…冗談は休み休み言いなさいっ!!」


【瑞姫】

「貴女っ!…それ以上ナメた口を利いてると退学にしますわよっ!!」


【正義】

「まぁまぁ、落ち…」


【美咲桜】

「きゃ〜、こわ〜い♪……退学ですってぇ。今度の理事長さんは生徒の言動一つで退学になさるんですねぇ?…そんな得手勝手な振舞いをする貴女に神城なんて名字は勿体無いですから、これからは暴后ぼうきみさんと名乗られたらどうですかぁ〜?…本当は“君”の字の方がピッタリなんだけど、貴女も一応女性だから“后”の字にしておいてあげるからさぁ〜?」


【瑞姫】

「何ですってっ、このまな板娘っ!!…もう一度言ってみなさいよっ!!!」


【正義】

「いや、だからさ…」


【美咲桜】

「お望みなら何度でも言ってあげるわ。暴后さん暴后さん腐れ外道暴后さん暴后さん…って、あ″ぁ!?…誰がまな板ですってっ、この性悪女っ!!!」


【瑞姫】

「やれやれ…ですわ。認めたくないのは分かりますが、だからって人に当るのはお門違いですわよ?…私に、いくら文句を言ったところで、その貧相な胸の大きさは変わりませんことよ、マナちゃん?」


【正義】

「2人とも落ち着けって!!!」


【美咲桜・瑞姫】

「ヒロ君(正義様)は黙ってて(くださいっ)!!!」


こっ、コイツ等っ…こんな時だけ結託しやがって。…一体どうしろっていうんだよ。


【美咲桜】

「小さくても機能すれば問題ないしぃ〜…っていうかぁ、貴女もしかして偏見入ってるんじゃないですかぁ〜?…胸の大きな娘の方が男の人は悦んでくれるって。…それは昔の話で、今は統計採ると半分以下なんですよぉ〜?…何ならヒロ君に訊いてみますぅ〜?」


美咲桜はそう言って此方に駆け寄ると、左腕に抱き着いてグイグイと胸を押し付けてきた。


その行動につられて視線を移すと、美咲桜は瑞姫の方を向いて大胆不敵に笑っていた。


アホか…胸の大小なんて別にどっちでも良いじゃん…2人とも平均以上の大きさはあるだろうに。…もし今ココに恋華が居たら間違いなく暴れてるぞ。


【瑞姫】

「あああああっ、貴女っ、何をしてますのっ!!?…おっ………正義様から早く離れなさいっ!!!」


瑞姫はそう言って此方に駆け寄って来ると、美咲桜の肩を掴んでガクガクと揺さぶった。


何で瑞姫はこんなに慌ててるんだ?…これぐらい日常茶飯事なんだけどな。それに、ついさっき自分の方が大胆な事してたのに。


【美咲桜】

「なにって…ただのスキンシップだけど?…これ位はいつもしてるし。…大体、何をそんなムキになってるの?…ヒロ君と私が何をしようと、貴女には関係無いでしょ?」


【瑞姫】

「なっ!?…こっ、こんな、はしたない真似を何時もしてるというの…?」


瑞姫は顔を真っ赤にしながら言うと美咲桜から手を放し、フラフラとその場に座り込んでしまった。


【美咲桜】

「おやおやぁ〜、お子ちゃまには刺激が強すぎたみたいでちゅね〜?…ゴメンねぇ〜、お姉ちゃん達はこれが普通なんでちゅよ〜♪」


普通かどうかはさておき、瑞姫が初で助かった。大人しくなった今なら止められそうだ。


【正義】

「もういいだろ、その辺で止めとけ。…愚痴でも何でも後で聞いてやるから、な?」


そう言って美咲桜の頭をクシャクシャと撫でてやった。


【美咲桜】

「むぅ〜〜〜っ!…もとはといえば、あの娘が先に[な、頼むよ?]…はぁ…分かった。ヒロ君がそこまで言うなら」


此方を向いてそう言ってきた美咲桜は“納得いかない”と言いたげな表情をしていた。


漸く終わった。…しっかし、何で俺の周りには好戦的な奴等が集まって来るんだろうな?…喧嘩を止めるのも一苦労だ。


【正義】

「瑞姫…立てるか?」


先程から黙って此方を見上げていた瑞姫に、空いている右手を差し出しながら尋ねた。


【瑞姫】

「すみません…」


そう言っておずおずと差し出してきた腕を掴んで、ゆっくりと引き上げた。


【瑞姫】

「正義様…本当に普段からこんな事をなさっているのですか?」


言ってもいいけど…またテンパらないかな?…さっきは“綺麗だ”って言っただけで真っ赤になったし、ここはスルーしとくか。


【美咲桜】

「だから、して[ないよ]…ちょっとヒロ君っ!…何で[耳貸せ]?…[―――という事があったんだ]…ふふっ…瑞姫って可愛いねぇ」


【瑞姫】

「?……結局の所どっちなんですの?」


ヒソヒソと小声で会話していると、怪訝な表情の瑞姫が顔を近づけ問いかけてきた。


【正義】

「してないよ。…あんな『はしたない真似』をいつもしてる訳なイッ!?……だろ?」


答えている最中腕に痛みが走ったので視線だけそちらに移すと、顔をひきつらせた美咲桜が腕をつねっていた。


一体なにがいけなかったんだ…誰か教えてくれ。


【瑞姫】

「ですわよねぇ?…所構わず、あんな『はしたな[イッ!?]真似』をしていたら、周囲の方々が不快な想いをしてしまいますものねぇ。良かったですわ♪…正義様が良識のある殿方で……貴女と違って…ねっ!」


瑞姫は美咲桜を指差すと、そう言って不敵に笑った。


おいおい、そんなこと言ったら美咲桜がまた………やっぱりか。はぁ…ダメ元で釘刺し―――


【美咲桜】

「えぇ、自覚してるわ。…私って一つの物事に集中すると、周りが見えなくなってしまうタイプだって。…だから、もし気付かないうちに何か気に障る様な事をしてしまったのなら謝るわ。…ゴメンなさいね?」


見るからに機嫌悪そうな美咲桜を宥めようとしたが、彼女はそれよりも早く淡々とした口調でそう答えていた。


えっ!?…あれだけ好き放題言われてたのにキレてないのか?…しかも自分から謝った…何でだろう、目頭が熱くなってきた。


【美咲桜】

「ちょ!?…ヒロ君っ、突然どうしたのっ?……そんなに強くしたら痛いよぉ」


美咲桜の声にハッとして目の焦点を合わせると、右手でいつの間にか彼女の頭を押さえつける様に撫でていた。


【正義】

「え?………うわっ、悪いっ!…気付かなかった」


弾かれる様にその手を離し、そう言いながら小さく頭を下げた。


なるほど…これが以前、美咲桜が言っていた“体が勝手に動いちゃうんだよ”状態か。…あの時はいきなり抱き着かれて何がなんだか解らなかったけど、今なら解るわ。…手を動かしてる感覚すら無かったもんな。…こういうのを“人体の神秘”って言うんだろうな。


※いや、どうだろう?


【瑞姫】

「オホンッ!…話はまだ…」


【美咲桜】

「ヒロ君…撫でてくれるのは嬉しいけど、女のコの髪は乱暴に扱っちゃ駄目!…髪は女の命っていう位なんだから優しく……というか、私の髪以外は触れちゃ駄目だからね、分かったっ?」


【瑞姫】

「ですからっ、私の話はまだっ…」


【正義】

「ん?………後半はこじつけの様な気もするが…分かった。次からは気をつける……という訳で、この話はおしまい。さっきから、瑞姫が何か言いたいみたいだからさ…」


先程から喋るタイミングが掴めずにいた瑞姫が可哀想になり、そう言って美咲桜の頭を掴んで瑞姫の方へと向かせた。


やれやれ…あの様子を見るかぎりじゃ、瑞姫はま〜だ怒ってるみたいだな。…何で怒ってるか知らないけど、美咲桜は自分の非を認めて謝ったんだし、頼むから“それらしい”発言をして欲しいもんだ。


【瑞姫】

「貴方が、スグに自分を見失う『お子様』だということは良く解りました。…それで、いつまで抱き着いているつもりです?…此処が『理事長室』だってことを分かっているのっ?…それとも、まだ“周りが見えてない”とでも仰るつもりですかっ?」


瑞姫は呆れたとも哀れむともとれる微妙な表情をして畳み掛ける様に言うと、大袈裟に肩を竦めて大きく息を吐いた。


まぁそれらしいっちゃ、らしいけど…少なくとも今のは違うだろ。…あれだけ正論並べといて、あの態度は無いよな。…早く自分の方がお子様だということに気付いて欲しいものだ。


【美咲桜】

「ん?…あぁ、ゴメンゴメン、すっかり忘れてたよ。………これで問題ないでしょ?」


美咲桜は寂しそうな表情を此方に向けると、名残惜しそうに絡ませていた腕をゆっくりとほどいて答えた。


っ!?…またやっちまった。…また気付いてやれなかった。


いくらピアノ関連のことに本腰をいれて忙しくなったとはいえ、あんな顔させてしまうほど寂しい想いをさせていい筈がない…そんなの言い訳にもならない。


やっぱり引き金になったのは、皆に“美咲桜の事”を話してから接する距離を変えたことだろうな。


皆は気付いてないかもしれないが、微妙に距離を置いたのは事実だからな……色々と考えることが増えたから。


退路を断つことで前に進むしかなくなったけど、このままでは美咲桜がもたない……本末転倒もいいとこだ。


これからは作曲とレッスンの時間を遅らせてでも、一緒に居てやるべき…なんだろうな、やっぱり。


そうなると自由に使える時間は土日以外ほぼ零になる、俺がやれる事はこれまで以上に限られてくる…恐らく、美咲桜の件を調べる余裕も無くなるだろう。


つまり美咲桜の件を調べる為に動いてくれてる皆への負担が、俺一人が抜ける分だけ増えることになる。


そうなれば俺のピアノと美咲桜のケア、その両方に専念できる。……当初の順序とは逆になるかもしれないが、早い段階でトラウマを克服できるかも…“夢”への階段を一気に駆け上がることが………って、そんなの今考えるべき事じゃないか。…どうせ今の表現力じゃ世界どころか、国内すら怪しいだろうしな。


となると、考えるべき事は美咲桜の件を“どうするか”だな。


やはり皆に任せるのがベターだと思うけど、負担が増えるから簡単には頼めない。…皆は俺と違って人脈も広いし、権力もある。


という事は調べようと思えばいくらでも調べられる反面、逆を言えばキリがないし、それだけ動き回る必要があるという事だ。


只でさえ皆の負担は俺の比じゃないのに、殆ど何も出来てない俺が抜けることで皆に迷惑をかけたくない。


それに抜けるなら理由を話さなければならない…つまり、今の美咲桜の状態を話さないといけなくなる。


もし話せば間違いなく、美咲桜を心配するあまり、皆して俺を抜けさせようとするだろう。


その結果どうなるのかは手に取る様に解る…皆は俺を心配させない様に無理をするだろう。そして、それは美咲桜に接する態度にも表れる……で、巡り巡って最終的には美咲桜がそんな皆に気付いて、逆に皆を心配する訳だ。


それだけならまだ良い…もし心配よりも疑念が勝ってしまったら、何を調べているかバレてしまう恐れが出てくる。…いや、そうなったら十中八九バレるだろう…美咲桜が『桐原』であるかぎり…な。


その時、美咲桜はどういうアクションを起こすかな?…拒絶?…それとも許容?…或いは傍観?……まぁどのみち、独りで抱え込んでいるということは、歓迎しないのは確かだろう。


問題は拒絶の仕方だ。…俺はいくら罵られようとも、何をされようとも構わない。譲れないモノ、叶えたい、一緒に見たい景色がある…だから、耐えられる。


けど、皆は?…ただ俺の我が侭に付き合ってるだけで、美咲桜に対して俺みたいに願望がある訳でも無いし、メリットも無い。


そんな皆に怒りの矛先が向いた時……皆は俺を恨まないだろうか?…投げ出さないだろうか?…手を…取ってくれるだろうか?


もし、俺一人になったら……………やめよう、悪い癖だ。


俺が頑張ればそんな事になることはないんだ…そこまで悲観的になることはない。


そうと決まれば行動あるのみ。…今やるべき事……ん?…何だ?


腕を引かれる感覚を覚えて思考を中断し、意識してそちらに視線を向けると、怪訝な顔をした美咲桜が上着の袖を引っ張っていた。


【美咲桜】

「ヒロ君、さっきからどうしたの?…ぼーっとしちゃって…」


【正義】

「何分ぐらい飛んでた?」


【瑞姫】

「5分程ですわ。…その間に紅茶を淹れましたから、お飲みになりませんか?」


声に反応してそちらを向くと瑞姫はソファーに座り、手慣れた感じで紅茶を注いでいた。


5分…そんなモンなのか。…まぁ時間の経過なんてどうでもいいが。


【正義】

「頂くよ。…美咲桜も飲むだろ?」


【美咲桜】

「う〜ん、どうしよう。…あまり皆を待たせるのも悪いし…」


美咲桜はそう言って瑞姫に背を向ける様に立ち、舌を小さく出して片目を瞑った。


『ヒロ君も行くよね?』…か。本当はもう少し瑞姫に訊きたい事があったんだけど、美咲桜が居心地悪そうだからな。………それに、決めたから。


『俺が一緒に居る事で、美咲桜が笑ってくれるなら…孤独を感じなくなるなら…消せない傷を……癒してやれるなら…居られる時は、ずっと傍に居よう』って。


【正義】

「折角だから、一杯だけ頂いてから、お暇しようか?」


後ろで纏めた髪を弄びながら返した。(←肯定する時のサイン)


【美咲桜】

「えっ?…ひろくんはまだはなすことがあるんじゃないの?(小学生が作文を読むレベルの棒読み)」


美咲桜は瑞姫にちゃんと聞こえる様に、声を大にして言った。


何でわざわざ切り返してくるんだよ…しかも棒読み。…2人で何かやり取りしてたのがバレバレだって。…そこは『うんっ!』って嬉しそうに返事しとけば良いだけなのに。…まぁ、そういうお茶目なトコに弱いんだがな、うん。


【瑞姫】

「カフェテリア……そういえば、見取図にそんな場所があったわね。…私も行ってみようかしら」


バレても問題ないのだが、なんとなく瑞姫の方に視線を移すと、此方を向いたまま腕を組み首を傾けそう言っていた。


【美咲桜】

「瑞姫って天然なの?(耳打ち)」


【正義】

「変なトコだけ…な(耳打ち)」


そう囁き合ってからソファーまで移動すると、瑞姫の対面に二人並んで腰を降ろした。


まさか、こんな流れになるとは思ってなかった……理事長って役職は暇なのか?


【正義】

「今日は止めといたほうがいいんじゃないか?…パニックになりそうな気がするし」


まだ悩んでる様子の瑞姫にそう言ってから、まだ湯気が立ち上っている紅茶にゆっくりと口を付けた。


【瑞姫】

「パニック…ですの?」


【美咲桜】

「そうそう!…まだ就任挨拶も済ませてないんだから、目立つ行動は控えないと」


【瑞姫】

「何故ですの?…別に問題ないではありませんか?」


いくら天然だからってこれはヒドイ。何だろう…世俗に疎いのか?


【美咲桜】

「いや、どう考えても問題アリアリだし。はぁ…本当に分からないの?」


【瑞姫】

「別に問題など[あるのっ!]……では説明して下さるかしら?」


【美咲桜】

「はぁ…ヒロ君、私疲れた。…あとよろしく」


美咲桜は此方を向いてそう言うと、肩を落として大きく息を吐いた。


まぁ、その気持ちは分からんでもない。この様子じゃ恐らく、一から説明する羽目になりそうだからな。


【正義】

「では僭越ながらこの私めが、ご説明させていただきます。…まず―――」


本当に一から説明した。


“経営者が代わる”という事のイロハから始まり、その結果予想される事態、更には自分の年齢が規格外であるという事、以上を踏まえた上で生徒達がどういった反応をするかという事…等の話を小学生でも理解出来るぐらい、粉々に(←ココ重要)噛み砕きながら話した。


【正義】

「――という訳なのです。…ご理解いただけたでしょうか?」


超疲れた。…ここまで疎いってことは生粋のお嬢様なんだろうな。それも“箱入り娘”なんて言葉では言い表せないぐらい……そう、例えるなら“核シェルター入り娘”ぐらいで丁度良いと思う。



お楽しみいただけましたでしょうか?…14は全体的なスケジュールを考えた上で、伏線を配置しまくる必要があった為、異常な位長くなってます。…後編の方は既に執筆を始めているので近日中にアップできると思います。


以下は補足です。


瑞姫の詳細なプロフィールを記載しなかったのは、色々とネタバレが含まれる為です。ご了承下さい。


…という訳で次回♯14の後編でお会いしましょう。



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