詐欺師と箱庭 6
「で、何だこの痣。傷。何があった」
「や、色々ありまして……マノさん、仕事は?」
「午前休」
「うわちゃっかり休み取ってる! いいな!」
「そういうお前は終日休みかいいな」
「ごめんなさい」
謝った。
食事を終え、テーブルを挟んでソファーに座る。恐ろしく整った顔を愉快な程凶悪な顔にしてともりが淹れてくれたお茶を飲みながらざっくりと昨晩のことを説明した。
「───警察には、言ったのか?」
「……や、まだです」
「何で」
「単なる通り魔かと思うので……」
「みーさん、単なる通り魔でも十分通報対象だよ」
「むしろどんな通り魔だったら通報しないんだよお前は」
「嫌だなこの二人並ぶと……めった打ちじゃん……なにこれ……」
視線をのろのろと彷徨わせる。朝からとんでもない疲労感。ベッドに戻っていいですか? というか何でこの二人並んで座ってんの?
「だけど、とりあえず先に病院でしょ? みーさん、支度出来たら行くよ」
「ああ、うん。……や、ひとりで行くよ」
「こんな時間だよ?」
「朝十時だよ?」
「そうだよ。学生と間違えられて補導されるよ? またややこしいことになるよ?」
「流石に高校生とは間違えられないよ!」
「責任持って連れてけよ」
「ったりめーだお前に言われるまでもねえよ」
「仲良くして!」
ミキ、助けて。
朝の騒動を思い出しながら、私はマノにメッセージを送った。診察結果は打ち身で、骨も折れていないこと。脳も問題がないこと。返事はすぐさま来た。『悪運強いな』うるさい。
嘆息してディスプレイを消すと、薬をもらってきてくれたともりが戻って来た。
「熱さましも出てたよ。ちょっと熱あるから」
「流石に体がびっくりしたんじゃないんでしょうかねえ……」
重要参考人にされたと思ったら通り魔にめった打ちだ。我ながら同情する。
ゆっくりと自動ドアを抜け、外に出る。秋晴れの空の下、見目麗しい在宅ストーカーと湿布だらけの女が肩を並べて歩く。非常に残念だ。
「ともり、大学行きなよ」
「みーさんを家に送ったらね。それで十分間に合うから」
「あー、うん。……ありがと」
「いいえ」
さらりと軽く目にかかる黒い髪。流石にもう以前に黒染めした髪ではなく天然の黒だ。
二年半前は金色だった。ぎらつく目は私を睨み、口元は薄ら笑いを浮かべる。
「どうしたの?」
「ともりの髪見てただけ。いい色だよね」
「みーさんはそう言ってくれるけど、真っ黒だよ」
「いいじゃん、格好いいよ」
「そっかな。でもみーさんに褒められるのはうれしいね」
ふるっと、目にかかった髪を軽く追い払う。
「みーさん」
「ん?」
「すぐ家帰っても時間まだあるから」
「ん? うん」
「ニノについて聞いてもいい?」
「……話すことそんなないよ」
「みーさんさ、高校の時の友達多いじゃん。クラス丸ごと友達じゃん。同窓会年に三回じゃん。単なる飲み会じゃん。最低でも月一でクラスの誰かと遊びに行くじゃん」
「その点に関してはみんなあんまり気にしてないからいいんだよ」
本当。
「俺も何人か会ったことあるけどさ、みんなみーさんのこと好きだよね。愛があるよね。ミキさんもサクラさんもリエさんもヨウさんもリコさんもサトさんも」
「よく覚えてるね」
「みんな怒涛の勢いでみーさんのこといじるもんね」
「……そーだね」
心底楽しそうだよね、あいつら。
「でもさあ、たまにいるよね、嫌な奴」
ともりは私を見ていなかった。視線を投げるように遠くに置き、かさかさとした言葉を積み上げる。
「みーさんがへらへらにこにこ、いつも楽しそうだからってむやみやたらに羨ましがる奴。幸せそうでいいねって当てこする奴」
「まあ、世の中いろんなひとがいますよ」
「楽しそうだからって、笑ってるからって、幸せとは限らないのにね。辛いことが何一つなかったなんて、有り得ないのにね。───ねえみーさん」
漸く、ともりはこちらを向いた。にこり、と綺麗に微笑む。
「みーさん。ニノ コウに虐められてた時、みーさんは微笑ってたの?」