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詐欺師と箱庭 5


 翌日眼を覚ますと身体中が笑えるほどの鈍痛を訴えていた。一瞬昨日のことも忘れて飛び起きるとぎしぎしと体が軋む音すら聞こえたような気がした。

「あいたたたた……」

 怪我の割には我ながら腑抜けた声を上げ、絆創膏だらけの両手を見下ろす。───考える。

「みーさん、起きた?」

 こんこんというやわらかいノックの音。返事を返すとともりが入って来た。ほぅっという奇妙な表情を浮かべ、

「許可得て部屋に入れるストーカーなんて少ないよね。俺はなんて幸せな男なんだろうおはよう」

「頭大丈夫? おはよう」

「その冷たい返事も好き。……身体、大丈夫?」

「うん、痛いけど……まあ大丈夫」

「いつか違う意味で聞きたい」

「ああ、頭駄目だね……がっかりだよ」

 本当に。

「病院行かなきゃね。とりあえず朝ご飯作ったから、下降りて来てー。手貸すからさ」

「ああうん、ありがと……」

 素直にともりの手を借り廊下へ出る。この大きな手が頼りになることを、私は三年前から識っている。とん、とん、とんと階段を下ると、やっぱり節々が痛んだ。しばらくは慎重になる必要がある。

 リビングにあるテーブルにはサラダと雑炊と和風オムレツとお味噌汁が二人分並んでいた。最近のストーカーは朝食も作ってくれるのだ。馬鹿な。

 席に着き、両手を合わせる。真剣な顔でともりも合わせた。

「いただきます」

「いただきます。めしあがれ」

 ともりが言う「いただきます」はいつも力が入る。ともりにはいただきますを言う習慣がなかったのだ───教えたのは私。それからともりは、特別な言葉のようにそれを言う時力を込める。

 ぼんやりとそんなことを思いながらオムレツを口に運ぶ。とろりと口の中で蕩ける、和風オムレツ。ああ、ほっとする。

「おいしい。作ってくれてありがとう」

 ぽろりと言うとともりは微笑んだ。整った顔立ち、それだけで異性が落ちてしまいそうな。大学でもバイト先でもそれでさまざまなひとを虜にしているのだろう。

「みーさんのその、くれた、って言うところ好き」

「くれた? って?」

「なになにして『くれた』」

「ああ……だってそうでしょう?」

「用事で連絡した時も、連絡ありがとう、じゃなくて連絡してくれてありがとう、でしょ」

「……そうかな」

 好き好きぽんぽん言うこのストーカーはたまに、こういう困ることを言う。

 誤魔化すようにお味噌汁を口に含むと熱さとは別にちりりと口の中が痛んだ。どこか切っていたのだろうかと、舌で傷口を探しかけたが、やめた。

 ぶーぶー、という長いバイブ音。横に置いたスマートフォンに視線をやるとディスプレイにはマノの名前。眼でともりに謝り、通話をタップする。

「もしもし」

『あー、無事か』

「おかげさまで」

『開けて』

「は?」

『ドア』

「あ?」

『あってお前かわい気のない……』

 電話の向こうでごちゃごちゃマノが言っていたが無視して痛む体を動かし玄関に向かう。「みーさん?」と不思議そうなともりの声が追いかける。

 三箇所の施錠を解除しドアを開けると、朝日に照らされた不機嫌そうなマノが立っていた。

「ヒロ先輩っ?」

『「おー、その呼び方久々」』

 手にした携帯から僅かなタイムラグと共にマノの声がし、とりあえず私は通話を切った。

「な、なんでいんの……ですか」

「ぐっだぐだ」

「……うるさいですよ、マノさん……」

 ヒロ先輩、というのは大学時代の先輩後輩だった時の呼び方だ。いや今も先輩後輩には変わりないのだが、会社に外注社員として引っ張ってくれたのがマノだったので、名前呼びは問題だろうと思い呼び方を変えていた。

「で、お前なんだこれ。なんだこの痣。え?」

「痛い痛い痛い痛い! 押さないで! なにしに来たのこのひと!」

「あ?」

「ああ?」

 一気に不機嫌さを上げたマノよりも不機嫌な低い声で返したのは私ではなかった。背後にぐいと引かれ、すっぽりと抱え込まれる。いつもなら放しなさいこのストーカーとやるところだが体が痛むので大人しくされるがまま引き下がる。

「帰れ、暴力男」

「黙れ、在宅ストーカー。俺は暴力男じゃない」

「俺は在宅ストーカーだ」

「いや言い切らないでよそれ」

「いくらミカゲがへらへら笑って強気で押し通せばあ、ああうんって流されるかわいそうな頭の女でもそろそろお前も甘えてないでさっさと家を出ろ」

「みーさんのへらへら笑って強気で押せば何となくそんな感じか、あ、そうなのかって流される頭のかわいそうなところを守るために俺がいるんだろ。何言ってるんだあんた」

「わ、私をいたぶりに来たなら私のいないところでやっていただけませんかねえ……」

「見ろよ、今だってどうせ自分が言っても止められないんだろうな、このくらいならまあいいかって思ってるぞこの女」

「ちげえし。どうせ自分じゃ止められないけどこの程度で済んで良かったって思ってる自分ってなんだろうって自嘲気味に思いながら遠い眼してんだよ勘違いすんな」

「朝ご飯食べに戻っていいですかねえ……」

「いいよみーさん。たくさん食べて力付けてね。元気な子を産むには日常的な体調管理が大事だよ」

「あ? ふざけんなまだ食ってなかったのかそれとこいつ宿してないだろ」

「いやマノさんが来たから朝ごはんが……」

「数年後には同意の上で俺が孕ましてるから問題ねえよ」

「は、はらっ? 問題大有りだよ!」

「大丈夫だよみーさん、絶対幸せにするから」

「あ?」

「ああ?」

「はい終わり! とりあえず入れ!」

 叫んだ。比較的大声で。





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