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詐欺師と嘘 8


 しとしとと、雨が降っていた。酷く空気が冷えている。ともりと二人で歩いて帰った夜の次の日は、そんな日だった。

 フルミのマンションの近くのコインパーキングに停めていった車を回収し(結構な出費だった。痛い)、自宅に帰ってあたたかいコーヒーを淹れた。キョウコのところにはしばらくは行けない。ニノ コウの母親が亡くなったことで、ひょんなことから病院に目が向くといけないとナオミと話し合い、目立つ行為は避けようということになった。キョウコには謝罪の電話をかけた。体調を訊くと、怪我以外の面では特に問題はないらしい。何かあればいつでもスマートフォンに連絡するように何度も言い含めて、電話を切った。

 ともりは大学に行っている。そのあとバイトだ。少しだけ、それを寂しく思った。

 霧雨が降る中、微かな音を聞きながら、ソファーに横たわる。シャツの下にいつもしまってある革紐を手繰り寄せ、真鍮のホイッスルを出した。

「あのさ」

 それに呼びかける。

「すごくすごくさみしいんだけれど、どうしたらいいと思う?」

 答えは、ない。

「……分かってたけどね」

 それでも期待する。一瞬でも、もしかしたら、と。

 それで駄目だったと分かって、期待した自分を馬鹿にするのも、分かっている。

 溜め息をついて、のそりと起き上がる。午後四時。近くのスピーカーからカノンが鳴る。

そろそろ準備をはじめなければならない。備えるのは得意だ……この先何が起こるか分かっている場合は、特に。




 その訪問者がやって来たのは、もうとっくに日が暮れて、コーヒーを淹れながら錠剤を砕いている時だった。粉になったそれを飛ばないように集めてから玄関に向かう。雨はやんでいるが十分に冷えている暗い外、暗がりに隠れるようにして少女は立っていた。

「え……どうしたの、キョウコちゃん」

 驚いた声を出す。病院着に上着を羽織っただけの少女を見、とりあえず中へと促す。

「……コーヒー、飲む?」

「……うん」

 こくりとうなずく。首を傾げながら、とりあえず淹れたばかりのコーヒーをマグに注いで出した。続いて残りをタンブラーにも入れる。両方にさらさらと先ほど砕いた粉を入れて、溶け切るようにちゃんと混ぜた。

「これ飲んで。……タクシーで来たんだよね?」

「うん……」

 歯切れが悪い。ガーゼも包帯も巻いたままの少女をよく乗せてくれたな節穴か! 運転手! と思いながらもダイニングテーブルに座ろうとした少女をソファーに促した。そっちの方がいいだろう。大人しくソファーに腰かけた少女にほっとしながら、私は浄水器の水を飲んだ。

「抜け出して来たんだよね? それとも誰かに言ってきた?」

「……言ってない」

「……そっか。病院に連絡するよ?」

 ぶんぶんと首を横に振った。

「駄目」

「そっか……」

 駄目出しをされたのでスマートフォンをテーブルに置いた。女子高生に気圧された挙句負ける。

 さてどうしたものか、と考えを巡らせる───どうして少女が今このタイミングで来たか、なんて。

 ───誰かの差し金に違いない。

「ナオミさん」

 その名前を出すと、キョウコはぴくんと体を震わせた。上目遣いでこちらを窺う。

「ナオミさんは、私が犯人だと思ってるんだって」

「……そう」

「フルミ ナオキは、キョウコちゃんが犯人だと思ってる」

「え」

 驚いたようにキョウコが顔を上げた。

「なにそれ違うんだけど」

「だ、だよね」

 そこだけ素にならないでキョウコちゃん。

「キョウコちゃんは私が犯人だと思ってたよね」

「……」

「あれだね、多数決だと犯人になっちゃうね、私」

 はは、と笑ったが、キョウコは笑わなかった。

「……ユキは。ユキは、誰が犯人だと思ってるの」

「私? 私は……」

 その時、携帯が鳴った。眼でキョウコに謝り、うなずいたのを確認してからボタンを押す。一応、キョウコに背中を向けた。

「もしもし」

『ミカゲさん? 今大丈夫?』

「大丈夫だよ。どうしたの、フルミくん」

 背後でキョウコが揺らいだのがわかった。

『コウが目を覚ました』

「───そっか」

 ちらり、とうしろを見る。蒼白な顔をしたキョウコが私を見つめていた。視線を戻す。

『それで、多分、警察にこれから色々聞かれると思う。その口裏合わせをしたい。───ミカゲさんには悪いけど、高校時代のことが細かくばれるのは避けたいんだ』

「そうだよね。お互い面倒だし。うん、分かった。でも場所は趣味が悪いけどあのビルでいい? ───会いたいとは思わないけど、姿くらいは見たいかな。あそこなら遠眼でも確認出来るでしょ?」

『俺もそう言おうと思ってた、まだ監視カメラが壊れたままだから記録に残らないし誰も来ない』

「オーケイ、向かうね。ちょっと時間かかるけど」

『大丈夫。じゃあ待ってるね』

 ふつっ、と、通話が切れる。

「……」

 ふと。体に軽い衝撃が走り、一歩足踏みした。背中にあたたかいものが当たり、小さく震えるそれにぎゅっと抱きしめられる。

「……キョウコちゃん?」

「ユキ」

 声は泣いていた。震えながら泣いていた。

 それでも悲痛に染まったか細い声は、突き進むように言葉を紡ぐ。───なにかを犠牲にして、そうやって、進む。壊して、幸せになるため。

「あなたがコウさんを突き落としたのね」

 涙に濡れた声。

 ふは、と、あきらめて小さく笑った。

「うん。───よく分かったね」





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