詐欺師と嘘 3
国から指定を受けている建物のようだ、というのが外から見た感想で、国から指定を受けているでしょう? というのが中から見た感想だった。二階部分が殆どない代わりに横にとても広く、いくつも渡り廊下があり、生活スペースどころかトイレにも辿り着けなさそうだった。一瞬であきらめたくなる。
(今どこにいるんだろう)
自分は。ナオミは。フルミは。
ストッキングだけになった、冷たくひえる足先を進ませながら、耳を澄ませる───
フルミ ナオキの声がした気がした。
「……」
素早く、けれど足音を立てずに忍び寄る。辿り着いた襖の前。耳を軽く当てると更にくっきりと声が聞こえた。
「───コウはじきに目を覚まします」
「けれどまだその兆候はないんだろう?」
知らない声がした。それに同意するように、ざわざわと何人かが声を上げる。
「ナオミはまだ学生だ。それに女だ」
「コウだって学生の時から当主代理の手伝いをしていました。そしてカスガさんも女性です」
カスガ───ニノ コウの母親の名前だったと、思い出す。
「否定する条件にはならない。僕はあくまでもフルミです。そしてコウと婚約しているわけではない。代理にはなれても、当主にはなれない」
はっとした。ナオミはニノ コウが当主になったと言ったが───現実問題、当主として動けるわけではないのだ。
「いつまでも当主代理を置いておくわけにはいかない」
古い声がした。年老いた年配の声。
「もう二十年近くも当主代理が続いている。───これを期に、正式に当主を立てるべきだ」
口の中に血の味がした。誰かが血を喰らわせたのかと半ば本気で思って、その時漸く自分が唇を噛み締めていることに気付いた。喰い千切るくらい強く噛み締めたそれから血が滲む。ざらざらと血の巡る音が耳元でして、赤い怒りで指先は温度を失う。
「───今それを論じるべきではないでしょう」
やわらかい声質のそれが沈黙を破った。本当は固い声にしたかったのだろう。精一杯強くした声が空気を遮る。ナオミの声だった。
「まるでコウさんが死んだあとの話のようです」
「今だからそれを論じるべきなのだろう? いつまでも当主不在では立つものも立つまい」
「そう、それを論じるべきなのですね。二十年近くも当主代理を務めた方が亡くなった席で! どれほどの歳を重ねれば、そのような結論が出るのでしょうか。若輩者に教えて頂けますか?」
声は少しだけ泣き出しそうに聞こえた。それでも、恐らくナオミがこのように年配者に刃向かったのははじめてだったのだろう。怯んだように空気が凍るのが襖越しにも分かった。よく言った、と言える立場ではない。
「……しかし、期間を決めねばならん」
苦虫を噛み潰して搾り出したような声だった。同意するようなうめき声が幾重にも重なる。
「確かに今この場で相応しくない話だった。けれど次代の当主を正式に決めることもまたカスガ様の願いだ」
「……一ヶ月」
フルミの声だった。緊張に満ちた声で、自分で死刑宣告をするような声で、その数字を出す。
「今この時から一ヶ月。それまでは、僕とフルミ ナオミが当主代理です。───そして一ヶ月後までにニノ コウが目を醒まさなかったら。その時は、僕が当主に成りましょう」
告げる。告げられる、時限爆弾。
「ニノの名を継ぎましょう」
再開します。
また見付け次第、誤字脱字は訂正していきます。




