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詐欺師と記憶 15


 帰りは高速道路を使うことにした。夕焼けに染まる空の下、それなりの速度でぶんぶんと走る。

「キョウちゃん寝ちゃったみたい」

「疲れちゃったかな。はしゃいでたしねえ」

 バックミラーでちらりと後部座席を確認する。最後に買ったコスメショップでの袋を抱きしめたまま、少女は眠っていた。ミキが音楽をすっと消す。

「ありがと。ミキも寝てていいよ?」

「いーえ。毎度毎度これくらいしか出来ないからね。眠くもないから大丈夫」

 ミキを車に乗せたことは何度もあるが、助手席に座った時ミキは絶対に眠らない。それはミキの中のルールでもあるし、それに、

「私は運転出来ないからねー」

「優秀なナビじゃん。私逆にそっちが無理」

 ミキは免許を取得しようとしない。彼女の左目は義眼だ。だから車道側は歩かせないし、人ごみの中の時はきちんとエスコートする。右目は見えているといっても、両の目ではないその視界は死角が大きいのだ。

「ありがとね、付き合ってもらって」

「ううん、私も楽しかった。久々に買い物したし。それに」

 ちらり、とミキもミラー越しに少女を見やった。

「多分、必要だったよ。外の世界は今よりも酷いかもしれないし、今よりも佳いものかもしれないって。たぶん、分からせる必要があった」

 他人に受け入れられているという安心感。

 自分の手を引き、必要なものと潤いを与え、一緒に楽しむことの出来る相手。友人。

 歳が離れているから、キョウコにとっては自分たちは姉代わりの感覚かもしれない。友達でも姉でも何でもいい、自分にとっての身近な他人が、自分のために何かをしてくれるということを知ってもらいたかったし経験してもらいたかった。

「あたたかい手は、ひとつでも多いにこしたことないよ」

「うん。……ありがとう」

「いーえ。でも、ちょっと思った」

「何を?」

「ユキは大丈夫なの?」

「……そういう意味では大丈夫」

「違う意味で言うと、警戒し続けてる」

「うん」

「最悪の場合、ちゃんと逃げれるの?」

 こんなに踏み込んで───という言葉は、言われなくても分かった。

「……ともりにも言われたよ、同じこと」

「そりゃ言うでしょうね」

 うめくようにミキは言った。

「あの時───大学二年のあの時、ユキが行方不明の音信不通になって」

「うん」

「何があったのか知らないけど、もう精神的にぼろぼろになって帰って来たのに」

「うん」

「それでも逃げれなかったのは───あの時、ともりくんを拾ったからでしょ」

 シャツの下、肌に触れる真鍮のホイッスルを思う。

 大学二年。二十歳になった春休み。

 ディーから連絡をもらったあと。もう全てに耐え切れなくなって、逃げ出した。逃げ出そうと、した。

 その時ともりと出会った。道に伏せ、もう立ち上がる気力すらなかった、あの時の少年。

 見捨てられなかった。もういないひとを理由に、今いるひとを見捨てることは出来なかった。

「……あんな状態のひとを見過ごすことが出来なかっただけだよ。ともりのせいじゃない。きっかけだっただけ。タイミングが合わなかっただけだよ」

「違うよ。本当に辛くて自分を保つことすら出来なくなるくらいだったら、タイミングなんか見なくて全部投げ出して逃げられたんだよ。普通は、そうするんだよ」

 ミキが悲しそうな声をしているのを、酷く申し訳なく思った。

「それでもそれをしないのが、ユキでしょ。……みんな知ってるよ。私もともりくんも愛すべき担任も愛すべきクラスメイトもユキのお母さんもマノさんも」

「……ん」

 識っている。識ってくれている。それだけが何よりもあたたかく、心を満たす。

 それだからまだぎりぎりやれているし、あの時もぎりぎりやれた。そしてそのことをミキたちは知っている。ミカゲという人間を知ってもらえているからなんとかやれたことを、ミキたちは知っている。受け入れられている。満たされる。

 それをキョウコには知ってほしい、と願った。フルミ ナオミにも。世の中は広く、自分を否定する人間もいるがそうでない人間もいると。

 どのくらい先の話かは分からない。けれど、その時が、そのひとが出来るだけ早く訪れてくれたらいいと、そう祈った。




「おかえりみーさん愛してるよおかえりキョウみーさんとの外出とかうらやましい全力で楽しんだんだろうないらっしゃいミキさん」

「ただいま長いよともり」

「ただいまカブラギ当然全力投球で楽しんだよ」

「おじゃましますともりくんいつも通りで安心した」

 帰宅してすぐ、おいしそうな料理がずらりと並んでいるのは心がほっこりする。

 キッチンだけでは足りず、テーブルの上に用意された大皿を見て思わず笑った。うれしい。

「大皿があるとご馳走! って感じ増すよね」

「ご馳走レベルではないかもだけどね。餃子だよ。今から焼くから」

 既に包まれて焼かれるのを待つ白い餃子たちの量に圧倒されながらもうなずき、他の料理にも目をやった。ミカゲ家レシピのトマトサラダと海老の中華炒めがテーブルにあり、鍋から香ってくるのはわかめスープ。炊飯器には白いご飯。

「あとチヂミも焼く」

「最高です」

 グッジョブ! と親指を突き出すと、自前エプロンをした在宅ストーカーは得意そうに笑った。最近のストーカーは何でもお手の物だ。現実と常識を疑うのはもうやめよう。

 餃子も焼き終わり、荷物を部屋に上げ、四人で食卓を囲み手を合わせた。顔を見合す。

『いただきます』

 四人の声がきれいに重なり、ふは、と全員で笑った。

「うわー、おいしい。作ってくれてありがとともり」

「みーさんによろこんでもらえたなら何より」

「おいしいよーともりくん。ありがとねー」

「いえいえ、たくさん食べてください」

「カブラギ、このトマトサラダおいしい。見た目もきれい」

「これはミカゲ家レシピ。みーさんから教わったの」

「! いいな!」

「今度キョウコちゃんにも教えるね」

「ありがと!」

「ミカゲ家には三大サラダとしてあとサツマイモと柿のサラダとお酢のポテトサラダがある。俺は全て教わった」

「! いいな!」

「それも今度教えるよ」

「ありがと!」

「俺は教えない。俺が次このレシピを伝えるのはみーさんと俺の子供」

「うううん……」

「真顔で言い切れるところがすごいよねえ」

「ユキに似たら絶対かわいい。間違ってもカブラギに似ないようにしなきゃ」

「や、あの、容姿の件に関して言わせて頂くと全く持って自信がないのですがねえ……」

「男も女もほしい。どっちもほしい。可能なら何人でもほしい」

「家族は多い方がいい派なのか」

「確かに、ユキの子なら男の子も女の子も見たい」

「名前ももういくつか考えてある」

「そうなのっ?」

「みーさんとともりだから、ユリ、とか」

「いいね」

「いいね」

「いいだろ」

「いやちょっと待って!」





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