詐欺師と記憶 14
片思い、かどうかは知らない。その日の夜ともりと一緒に帰って来た少女にあえてアイダの話を振ることはしなかった。それよりももっと手っ取り早い行動の仕方がある。
「キョウコちゃん、今日学校午前だけだよね? 付き合ってほしいところがあるんだけど、帰り一緒に来てくれる?」
「もちろん手伝う。こんなにお世話になってるんだもん、ちゃんと働く」
大きくうなずいた少女ににっこりと微笑んでみせ、放課後学校近くのコンビニの駐車場で落ち合う約束をする。そうして、
「はじめまして、こんにちは。私、ユキの高校時代からの友達のミキって言います」
「……? はじめ、まして。キョウコです」
大きな笑顔を向けたミキに、キョウコは困惑したような表情を浮かべたがあわててぺこりと頭を下げた。コンビニの駐車場、時間通りに来たキョウコを出迎えたところだった。
「キョウちゃん、今日はよろしくね」
「はい。えっと、よろしくお願いします。何をしたらいいですか?」
「じゃあまずキョウコちゃん、車乗ってー」
困惑したままの少女を後部座席に乗せ、エンジンをかけた。助手席にミキが座る。コンビニで買ったミルクティーのパックをキョウコに渡し、ミキにはカフェオレを渡す。自分の分のカフェオレをドリンクホルダーに置き、お気に入りの洋楽をかけた。
「それじゃあ行くぜ! いえーい!」
「いえーい!」
「……い、いえーい」
「はいじゃあ出発」
ウィンカーを出して車道に出て、その方面に車を走らせた。バックミラーでキョウコをちらりと見て口を開く。
「キョウコちゃん、一応セーター脱いでリボン外して、その袋に入ってるカーディガン着てもらえる? ごめんね私ので」
「え、う、うん」
言われた通りにもそもそもと着替えた少女に鏡越しに少し笑う。
「ありがと。遠いし大丈夫だとは思うけど一応ね。あんまり制服のままうろつかせるのよくないかなーって思って。ごめんねへたれチキンで」
「う、うん。……え、どこに行くの?」
「女三人集まったらやることはひとつだよー」
後ろを振り返ってミキが笑った。キョウコが首を傾げる。
「……湯煙殺人事件?」
「ちょっ、キョウコちゃん違う。あーでも温泉は行きたいかも」
「ユキ今度連れてって」
「任せろ。……今日はね、アウトレットに行きまーす」
「アウトレット……分かった、荷物持ちなら任せて」
「ちょっ、キョウコちゃん違う。キョウコちゃんの今日のお仕事は着せ替え人形」
「着せ替え?」
「かわいい女子高生にいろんな服を与えたい年上女たちの願望に付き合ってねー」
「え……で、でも私お金なくて、」
「知ってた? ユキって意外と稼いでるんだよ」
「あのね? ミキって貯金大好きなんだよ。だから心配しないで。それにほら、アウトレットだし」
「で、でもあたし面倒かけてばっかりで、そんなの、」
「キョウコちゃん、必要なものもあるよ。だからこれを機に買っちゃおう? もしお金が気になるなら、出世払いで返してよ」
「そうしたら長く付き合いも続くよー?」
「……っ」
少女の顔が泣き出しそうに歪んで、ぐっと唇を噛んだのが分かった。小さくうつむいてやり過ごし、それから顔を上げてうれしそうに小さな声で言う。
「……どうもありがとうっ」
ミキと目線を合わせて、それから笑った。
アウトレットは程ほどに混んでいた。人ごみの中を少女がきらきらとした目でぐるりと見渡す。
「はじめて来たっ」
「じゃあ心ゆくまで楽しもう。まずは服見よっか」
ミキは人ごみが得意ではない。昔からそうしていたようにじゃれるように軽く腕を組み、なるべく通路の端を歩かせる。
「ありがと」
「任せろ」
「任せてる」
「よしきた。……キョウコちゃん、あれなんかいいんじゃない? 入ってみる?」
「あたしが入っても大丈夫かな!」
「大丈夫大丈夫」
ミキが笑って、少女の手をさらった。三人でじゃれあうように入店すると、少女はうれしそうにくすくす笑う。さまざまな服をあれもいいこれもいいと体に当てては変え当てては変え、目まぐるしくその姿を変える。試着を勧めると照れ臭そうな顔をしながら中に入った。
そして。
「ど、どう?」
「最高!」「最強!」
「こっちは?」
「ああもう眼福!」「撮りたい!」
「どっちがいいかな?」
「選べというの! どっちもいいのに選べというのキョウコちゃん!」「キョウちゃんこっち向いて! もう一枚!」
「これもいいかな?」
「とんでもないものがでてきた……」「私たちは……とんでもないものを見付けてしまった……はいもう一枚」
素材がいいと何を着てもとんでもなく似合うし素材がいいから更にかわいくなるという厳しい現実を突き付けられたが、非常に楽しかったし楽しんだ。楽しませて頂いた。
結局その店でブラウスとスカートを買い、三人とも満ち足りた顔で後にした。他の店ではワンピースを買い、部屋着は安いのにしてくれとキョウコに言われそこは折れてアウトレットではないが入っていたリーズナブルで有名な店でジーンズやシャツを揃えた。恥ずかしがっていたが下着もきちんとサイズを計ってもらい、適切なサイズのを数点買う。
「ねえ、すごくうれしいしすごく楽しいんだけど、お金もう結構いってるんじゃ……もちろんいつか返すけど、でも今の生活がきつくなったりしない……?」
流石に疲れたので少し休憩も兼ねて何か食べよう、と昼時のピークを過ぎ少し空いたイタリアンのお店に入ると、気遣わしげにキョウコが言った。メニューを渡しながら首を横に振る。
「大丈夫大丈夫、二人分の財布だしともりからもいくらか預かってるんだよ。買い物は女性同士の方が楽しいでしょって言って来てないけど。おいしい夕飯作って待っててくれるよ」
「『まあ妹に物買ってやるのも兄の仕事だからみーさんは断じて姉じゃないけど』って言ってたよ」
ミキがくすくすと笑いながら余計なことまで言う。同じようにキョウコも笑ったので頭が痛くなった。
「……さて、と。とりあえずここで食べたら、次は化粧品見ようか」
「……メイク?」
「うん。高校生だしがっつりメイクするのはちょっとどうかと思うけど、ナチュラルメイクくらいだったら、ね。必要な時もあるでしょ」
何を言っているのか分かったのか、キョウコの顔が赤く染まった。
「……ばればれだった?」
「ううん。でも、ともりのことトモちゃん、って女の人みたいに呼んだらちょっとほっとしてたから。好きなひとの前で他の男のひとが迎えに来るってあんまり言わない方がいいかなって」
お兄さんと言ってもよかったが、万が一家族構成を知られていたらと思いやめた。
「……あたしの状況とか、先生は何にも知らないの。言ってないし……けど、何度も質問しに行ってたらああやって時間取ってくれるようになったの」
ぽつぽつと、大切なことを預けるように話す少女を、かつてそんな時間を送った女二人で受け止めるように見守る。
「誰にでもやさしいし、言葉がやさしいの。ユキみたいに。……喋ってて、安心する」
「……そっか」
憧れかもしれない。恋かもしれない。その区別は二十歳を越えた自分にもまだよく分からない。けれどもそれは、確かに思う好意だ。やわらかくてふわふわとしていて、誰もが一度は抱いたことのあるようなそれだ。
いじらしくてかわいらしい。そしてそれをほんの少しでも応援出来るのなら。
「……メイクしたら、あたしもちょっとは……かわいくなる、かな」
「なるよ。キョウコちゃん今でも十分かわいいけど、さらにね。買ったあと、ミキと教えるから」
「私たちもそんなに上手じゃないんだけどね。でも、雑誌とか見ながら、練習してみよ?」
少女はもじもじとしていたが、少し想像するように間を空けた。恥ずかしそうに、けれどうれしそうにはにかんでうなずく。穏やかで、満ち足りた顔をしていた。




