詐欺師と記憶 7
その扉は開いていた。それでも一応こんこんとノックだけすると顔を上げたフルミは驚いたような顔をした。
「ミカゲさん」
「こんにちは」
入ってもいい? 視線で問うとフルミはうなずいて手の動きでうながした。丁寧な仕草だった。
念のため、と居酒屋で会った時聞いていたフルミの借りている部屋だった。部屋と言ってもマンションをワンフロア広々と使っている十分に拾い部屋で、大きな窓からはスカイツリーが見えた。
「あとでお茶を持ってきてくれるって女のひとが言ってた。お手伝いさんかな? そしてはじめに言っとく、ごめんなさい」
「え?」
「……フルミくんの友達だって言ったらものすごい笑顔で通された。多分勘違いされた。本当に申し訳ない……」
絞り出すような声で謝罪すると、一瞬ぽかんとした顔をしたあと吹き出し、それはそれは楽しそうに笑った。はじめて見る笑顔だった。
「ああ、ごめん、馬鹿にしてるわけじゃないんだよ、そうじゃなくて。ああ、はははっ、俺とミカゲさんがね」
「余りにも釣り合わないからそもそも勘違いされるかもなんて思ってもなかったんだ、ごめんなさい」
「いやいやいや。そうじゃなくて。光栄だし、ミカゲさんでよかったと思ってるくらいなんだけどさ。でもおかしくて」
「……そうだね」
「でしょ?」
顔を見合わす。今度は二人で吹き出し、遠慮なく笑い合った。
「ああ、久しぶりにこんなに笑ったよ。いや、はじめてかも」
「大袈裟なー。でも勘違いされるって分かってたらもっと良家のお嬢様っぽい格好……いや、出来ないな。服持ってないや」
自分の格好を見下ろす。グレーのワンピース。腰のところに同色のリボンが結ばれていて、それに白いカーディガンを羽織り自分にとっては精一杯上品にしたのだけれど、これ以上が思い付かない。
「十分綺麗だよ。俺には勿体無いくらい。何なら俺と付き合ってくれない? というより今ミカゲさん彼氏いるの?」
「彼氏じゃないけど大事にしてくれるひとがいて、彼氏じゃないけど大事にしてるひとがいるよ」
「なーんだ。付き合っちゃえばいいのに」
「いろいろあってね」
「相手が?」
「私が」
「だろうね」
くすっとフルミは笑った。
「ミカゲさん、友達は多いしいつもにこにこしてるかいじられて狼狽えてるかのどちらかだけど、でも結構謎多い人だからね」
「そうかな。常に通常運転で稼働してるだけなんだけどね」
そうだね、と胸中で返す。謎。言っていないことも嘘もたくさん、あるにはある。でもそんなことあえて言う必要はない。だってみんなそうでしょう? わたしはうそつきだ。そんな風にアピールしながら歩いている人間はいないでしょう?
どれだけ上手く自分有利に嘘を吐くか。
そのゲームが上手な人間は、人生というボードの上を少しだけ上手に歩ける。
それが楽だとは、決して言わない。……少しだけ、羨ましいと思うけれど。
「そのひとはどんなひと?」
「自他共に認める在宅ストーカー」
「手を貸すから助けが必要な時はいつでも言って。法的手段の前に俺も男だから打てる手はあるよ」
「やさしいね」
「流石に同級生が訳の分からないこと言い出したら心配になるよ」
ですよね。
切り替える。
「疲れてるね。やっぱり仕事は大変?」
「ん? ああ、まあ……でも仕事より、周りかな」
思う。意識を取り戻さないニノ コウ。
「……正直、ここまで目を覚まさないと。不安になってくる」
「……うん」
「ナオミも、妹も最近帰りが遅いんだ。……もしかしたら、他に男が出来たのかもしれない」
「……問題? それは……やっぱり、婚約者だから?」
「……そりゃあ、ね。コウが意識不明の時に、他の男と一緒にいるなんて噂が立ったら……いい顔は、されない。あと、今従姉妹をうちで預かってることになっててね。ちょっと親御さんと上手くいってないらしくて、友達の家に暫くいるからうちにいることにしてくれってことらしくて。それはナオミに任せてるんだけど、何も今起こらなくてもいいじゃないかってことばかり起こって」
ごめんなさいそのすべてに関わっています。
この人の疲労すべてわたしのせいか。申し訳ない……話題を変えよう。
「……あのさ、事件現場の話なんだけど。そのビルって事件のあと出入り自由か知ってる?」
「いや? 警察が調査を終えたあとはこっちが手配した人間が現場を保存してる。あれからずっとだよ。鍵もかけて、誰も入れないようにしてる」
「……そう。……あれ、ってことはそのビル……」
「ああ、ニノがオーナーのビルだよ。管理人は別だったけどね。フルミではないけど分家の人間だ。監視カメラが壊れていたのを報告さえしてくれてれば……」
ついつい後回しになっていたのだろう。痛手ではある。責められても仕方がないことでも。
「俺も事件後足を運んだけどね」
「ひとりで?」
「いや、妹と」
「そっか。……ねえ、私にもそのビルの場所教えてもらえる?」
「いいけど……大丈夫? あんまり関わろうとすると警察に疑われない?」
「フルミくんは私のこと疑ってないの?」
「ないよ。俺は……」
「俺は、なに?」
「……誰にも言わないでくれる?」
酷く疲れた顔でフルミは言った。
「さっき話した従姉妹。───その子が犯人だと思ってる」




