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詐欺師と記憶 6


 明け方になって、ようやくキョウコは眠りについた。規則正しく上下する少女を見下ろして、そっとベッドを抜け出す。お弁当くらい持たせてあげないとかわいそうだろう。

 果たして自分にかわいいお弁当というものが作れるのだろうか。ともりの時とは勝手が違う。階段を下りるごとに不安は募ったが、既にそこにはともりの姿があった。

「おはよう、早いね」

「おはようみーさん。んー、まあね」

 もうエプロンをつけている。ちらりとともりの手元を見ると普段使っていないお弁当箱があった。ふは、と笑う。

「なに」

「うれしい。ありがとう」

「そう、まあこれは確かにみーさんの分だからよろこんでくれてなによりだよ」

「ともり。すっっっごくうれしい。本当だよ?」

「だから、それはなによりだよ、ってば」

 渋面の在宅ストーカーの背中をにこにこ見つつコーヒーを淹れて椅子に座る。てきぱきと動くその背中に、ひとりごとのように話しかける。

「傷がね、たくさんあった。昔のともりみたいに」

「うん」

「今こうやって動いてるけどさ。それが正しいかなんて分からないし分かってないんだけどさ。だからごめんね、分かってもいないことに巻き込んで」

「ううん」

「逃げていいよ? 私なんか置いてってどこか遠くで幸せになってくれたら、それはそれでうれしい」

「俺に不幸になれって言うの?」

「ううん」

「じゃあどこにも行かない。───どこか行っちゃいそうになるのは、いつだってみーさんの方でしょ」

「……」

 そうだね、と、小さく落とす。

「みーさんのやってることはいつだって同じだね。傷だらけの人間拾って、助けて」

「そんなに大勢いるわけじゃないだろうに、運かな」

「大勢いるよ。眼の前にそういう人間がいるって気付いてるひとも大勢いる。でも、助けてくれるひとはほとんどいない。よくて利用されるか、まだましで利用されて棄てられるか」

「……」

「運は俺らの方。みーさんじゃない。運があったからみーさんに拾ってもらえた。俺はね、感謝してるよ。でも感謝してるから、好きなとこが多いからみーさんのことを好きになったわけじゃない」

 背中は振り返らない。動き続けたまま、こちらを振り向くことはない。

 それでも、どんな顔をしているのか、手に取るように分かった。

「俺は好きなものが少ないし、大事なものも少ないからね。でも自分の好きなものくらい分かるし、大事なものを大事にしたいって思ってる」

 コーヒーを置いた。立ち上がり、手をのばしてその背中を抱きしめる。

 出会った時既に、ともりは自分よりも背が高かった。もちろん今でもそうだ。どんどん大きく、頼りがいのある青年へと成長している。

 うれしいんだよ、と小さく呟いた。

 君がそうやって、幸せを掴もうとしているその姿が。

 好きなものを好きだと言って、大事にしているその心が。

 なによりもうれしい。そうやって生きている人間は、実はとても少ないから。

「……朝からみーさんに抱きしめてもらえるなんて、滅茶苦茶うれしい」

「そっか」

「みーさん」

「うん?」

「キスしていい?」

「それは駄目だろう」

「難しい……」




 ついでだ、という素直じゃない言葉と共に赤いバンダナで包まれたお弁当箱を渡された時、キョウコは信じられないという顔をして固まった。受け取らず、ともりの手にあるお弁当箱を凝視する。

「……キョウコちゃん?」

 ひょっとして嫌だったのかなと思い顔を覗き込むと、はっと我に返ったように少女は再起動した。お弁当箱とともりとこちらを忙しく見る。

「えっ、これっ、これもしかしてお弁当?」

「うん、ともりが作ってくれたんだよ。おいしいよ」

「ついで、ね」

「ともり作、お弁当だよ。今度は私がチャレンジするね」

「みーさん俺もみーさんの手作り弁当が食べたい」

「おおうそう来るか。まあみんなの分作るのも楽しそうだよね。……キョウコちゃん?」

 いつまでも弁当を受け取らない少女をもう一度覗き込むと、何だか言葉を探すようにうろうろと視線を彷徨わせ、そうしてようやく、震える手でそれを受け取った。

「……食べていいの?」

「食えるものしか入ってない」

「あたしが、食べていいの?」

「みーさんの分はまだあるし俺の分もまだある。これはお前の分」

「次も、あるの?」

「次作るのは私だねー」

「……っ、」

 ぐい、と目元を強く擦って少女は大事そうにお弁当箱を鞄に入れた。潤んだ目でともりを見上げ、

「ありがとう!」

 大きな声で言うと、ともりがふんと鼻を鳴らした。

「別に。嫌いなものがあったら残していいし、不味かったら食べなくてもいい」

「全部食べる! 全部あたしが残さず食べる!」

「あそ。じゃあそうすれば」

「そうする!」

 仲良しさんだね、と心の中で呼びかけた。

「駅まで送るよ。一緒に行こう」

「うん!」

 満面の笑みでうなずいた少女を見て、間違ってないかな、と、少しだけ自分に安堵した。




「お弁当なんてはじめて。カブラギってお母さんみたい。ユキが料理を教えたの?」

「そういうのもあるし、逆にともりから教わったのもあるよ」

「カブラギは他に誰に料理を教わったの?」

「叔母にね。一年弱一緒に住んで、その時にはもうみーさんと一緒に暮らすこと決まってたから、まずはみーさんの胃袋からゲットしようと思って料理習った」

「そ、それは初耳なんですが」

「発想の女子力が高い」

 まあ既成事実作るよりかはまともでいいね、と、最近の女子高生はとても恐ろしいことを言って納得していた。強いな女子高生。

「あと家事一般。力仕事はまあ別に出来るからいいし。一通り出来るようになってみーさんと暮らすようになって、料理以外にも頼れるところアピールしてみーさんを逃がさないようにしてるわけ」

「それ本人の前で言う? 私舐められてない?」

「なんていうかカブラギってユウリョウブッケンね。自覚してるでしょ」

「まあね。でもみーさん以外の女キョーミないから。というか他のは全部女じゃないね」

「ごめんともり私そこまで自分に自信ないんだ、素敵な女の子他にいくらでもいると思うよ」

「男にここまで言ってもらえるなんて女冥利じゃない?」

「だからごめんそこまで自分に自信ないんだってばっていうかこういう話は本人がいないところでしてください」

 胃が痛いし何より自分が居た堪れない。冷や汗をかきながら駅までキョウコを送り見送った。

「今日塾なんだって。だから遅くなるってさっき言ってた」

「じゃーどっかまで迎えに行かなきゃね」

「そうだね。……塾代、ニノ コウが出してるんだって」

「そっか。……みーさん」

「なあに?」

「手、繋いで帰りたい」

「うん」





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