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詐欺師と記憶 2


『女子高生を拾いました。帰還します』

『駄目です、元の場所に返して来なさい』

 既読だけしっかり付けてさくっと無視し家に女子高生を連れて帰ると、玄関先でエプロンを付けたともりが仁王立ちで待っていた。最近の在宅ストーカーは当たり前のように自前のエプロンを持っているのだ。馬鹿な。

「元の場所に返して来なさいって言ったよねおかえりみーさん」

「そんな厳しいお母さんみたいなこと言わないでよただいまともり」

「……ユキ、なにこの失礼な男」

「ねえみーさん、この礼儀を知らない小娘なに?」

「小娘言わないの。ともりの方が礼儀知らずって言われちゃうよ」

「俺は分かっててやってるからいーの。で小娘、俺のみーさんに何の用?」

「か、彼氏がそんなに偉いわけっ?」

「キョウコちゃん、このお兄さんは彼氏じゃないよ」

「え? ……親戚?」

「血の繋がりは一切ねえよ幸いなことに。未来の彼氏だよ」

 キョウコは宇宙人を見るような目でともりを見た。

「……え? じゃあ今は?」

「在宅ストーカー」

「ユキこいつ変質者!」

「知ってる……」

「あ? ふざけんなみーさん限定だ。盛りのついた雄共と一緒にすんな」

「尚更危ないでしょこの場合!」

「知ってる……」

 頭を抱える。玄関先でなにやってるんだ自分たちは。

 なんとかともりを言いくるめてキョウコを中に上げ、手を洗い台所にともりと並ぶ。何だかんだ言いつつご飯は二人分より多く炊かれ、ああだこうだ言いつつルーはいつもより大分多めだった。思わず微笑む。

「なに?」

「ん、ともりがともりでうれしいなって」

「それでそんなに幸せそうな顔してるの? ……じゃあまあいっか」

 何だかちょっと納得いかなそうな顔をしてともりは呻いたが、結局拗ねたような顔でこくこくうなずいた。それが面映くてくすくす笑う。

「ごめんねキョウコちゃん、手、そっちで洗ってきて。カレーに添える卵は半熟? 固ゆで?」

「……半熟」

「あ、私と一緒だ」

「っ……! か、固ゆで!」

「いいじゃない半熟で」

「ちょっ……!」

 泡を食ったようにあわてた女子高生は台所に突入して来たが、鍋に投入された三つの卵を見てあきらめたのか唇を噛んで視線を落とし、すごすごとリビングに引き上げた。申し訳ないがその姿がいつかの誰かさんに重なって懐かしくてくすくす笑う。それを知ってか知らずか、隣の誰かさんは何だかものすごく納得のいかない表情を浮かべながらサラダを取り分けていた。

 三人分の食事が並び、三人で食卓に腰を下ろす。

「いただきます」

 手を合わせて二人で言うとキョウコも数拍遅れて手を合わせた。少しだけ居辛そうな顔をして、けれどもしっかりと「いただきます」と言う。

 湯気を立てる白米と香りのそそるルーと。卵を少し崩して食べると口いっぱいにあのおいしさが広がった。おいしい。カレー大好き。

「おいしい、幸せ」

「じゃあ俺も幸せ」

「……ほんとに付き合ってないの?」

「キョウコちゃん、お味はどう? ともりが作ってくれたんだけど」

「……おいしい。すごく」

「そりゃどーも。食いたきゃおかわりもある」

「……ありがと」

「いーえ」

 猫VS猫な気がする、と思いながらサラダを摘んだ。ひょろりとした優雅な黒猫と小さな白猫と。ばちばちと火花を散らしながら相性の悪さをこれでもかというくらい見せ付け、けれど決して、嫌いじゃない。似た者同士。

 キョウコは黙りがちではあったけれど、話しかければそれに応じた。ともりのことを胡乱げな目では見るがそれは常識あるひとからすれば当然のことだろう。そのともりの作ったカレーを食べているのだから豪胆なのかそこまで考えが及んでいないのか。そこら辺の曖昧さはどこかナオミに似ているような気がした。

 きれいにカレーを平らげ、それから少しおかわりまでして夕飯は終わった。食後のお茶を出すと湯気の立ち昇る湯のみをじっと見つめていたキョウコがふいっと顔を上げた。真っ直ぐな目だった。

「……いつもこういうことしてるの?」

「え?」

「ユキは。……ナオミ姉さんにも、こうしたの?」

 それは漠然とした問いだった。家に上げ、ご飯を振舞ったの? そういう意味では、恐らくない。

「お話しただけだよ。ナオミさんは私のことを一番怪しいと思ってて、」

 そうして、

「でも私じゃないといいなって思ってるって、言ってくれた。……ナオミさんのことを心配して私のこと着けてたの?」

 着けてた、という言葉にぴくりとともりが反応したのが分かって、テーブルの下でぽんぽんとともりの膝を叩いた。大丈夫だよ。

「……外のひとに事情話したり、信用したり……そういうのしない方がいい。騙されて辛い思いするのはナオミ姉さんでしょ? ……そんなの見たくない。ナオミ姉さん、何ていうか……」

 尻すぼみになった言葉の端は簡単に想像がついた。うなずいて付け足す。

「騙され易そうだよね」

「……うん」

 女子高生が女子大生のことを心底心配してそしてものすごく難しそうな顔をしてうなずいた。

「いや、いいひとなの。あたしの話をよく聞いてくれるし。ただちょっと世間知らずでおっちょこちょいなところがあって悪気なく思ったことを言っちゃう時があるだけで」「心配してるんだね……」「……あたしがこう言ってたって内緒ね」

 誤魔化すようにぐい、とお茶を飲んだ。おかわりを注いでやり続きを促す。

「ナオミ姉さん、友達いな……少ないから。少ないの」

「う、うん」

「でもある日から突然電話とかたくさんするようになって……誰? って聞いたら、家のことも喋れる友達、って言うから、ああこれは騙されてるなって」

「う、ううん」

「で探ったらその電話の相手がユキだって分かって、ちょっと見張ってたら刑事さんも来てて事件の関係者だって分かって」

「ああ、何日か前に来たねそういえば。それを見てたんだ」

 キノシタとカサイを思い出す。特に進展はないようだ。焦りが出て来ていて何も思い出すことはないかと何回か訊ねて来ている。

「重要参考人なんだなって思ったの。何でかよく分からないけど」

「誰にも私のこと訊かなかったの? フルミ ナオキとか、ナオミさんとか」

「訊かない。……ナオキさんはあんまり話したことないし、ナオミ姉さんは……ナオミ姉さんだし」

 フルミはともかくナオミはどれだけ信用されていないんだ。

「犯人ならそんな危ないひとをナオミ姉さんに近付けるわけにはいかないでしょ? だからもう近付くなって言いに来たの」

「そ、そっか」

ニノ コウが自分にあの時電話してきたことを知っている人間は少ない。キノシタとカサイ刑事とミキとマノとともり以外に。……あれ、結構いるな。

でもそうか。じゃあニノ コウの電話の件も高校時代の話も何も知らないでこの子は来たのか。すごいな。

 それであのホームでの出来事に繋がるなら───何というか、ずいぶんと若さ溢れる行動だ。

 目の前の少女を見る。色素の薄い長い髪。化粧っ気はないが整った顔立ちをしていてかわいらしい。化粧をするようになればもっとかわいくなるだろう。ちょっと不思議だった。たぶんこの少女はきちんと自分の顔立ちを理解しているはずで、お洒落をしたり化粧も何もかも今時という感じになるんじゃないんだろうか。あんまり好きじゃないのだろうか。

「ええと、とりあえずね。はっきりさせておきたいのは、私はナオミさんにどうこうするつもりないよ。もちろんキョウコちゃんにもね」

 両手を少し上げ見せてみせる。敵意はないアピールのつもりだった。安全かどうかは別として。

「私が疑われてる理由はね。高校時代、ニノ コウと折り合いが付けられなかったの。私が、学校で唯一」

「……虐めてたの? コウさんを?」

「うーん」

「……虐められていたの? コウさんに?」

 少女は目を見開いた。嘘でしょう? 真っ直ぐにこちらを見据えて、離さない。

「え……コウさんが? あんなにやさしくて頭がよくて周りのことを一生懸命に考えてくれるコウさんに?」そんな素晴らしいひとと折り合いが付けられなくてごめんなさい。

「あ、ううん、ごめんなさい。ちょっと……すごく、びっくりして。あたしの知ってるコウさんと全然違う……」

「いや、キョウコちゃんの知ってるニノ コウが本物だと思うよ。ただ私は……一時母子家庭だったんだよね。再婚したけど。ニノ コウもそうだよね? 再婚してないけど……でもいろいろと比べられたり揶揄されたりで嫌だったんじゃないかな。自分ではどうしようもない繊細な問題だからいつもと違う面が出てもしょうがないよ。気にしてないし恨んでない」

「でも……虐められたら普通は、恨むんじゃない……の?」

「いやまあ……そうなんだろうけど。でもまあ……ね、折り合いを付けるのが難しかったってことで……」

「……」

 なんと言ったらいいのか分からないようだった。話題を変えることにする。

「時間、大丈夫? 八時だけど」

「え? ……あっ!」

 悲鳴のような声を上げてキョウコが勢いよく立ち上がった。湯のみが倒れ温度が下がったとはいえまだ熱いお茶が零れ広がる。

「あっ、つっ、」

「ともり!」

 叫ぶより早くともりがキョウコを抱き上げた。先に走りお風呂場のドアを開けシャワーを出す。冷水に設定してあとから来たキョウコの膝にかけた。

「タオル用意する」

 風呂椅子に座らせあとは任せたとともりが身を引くのを横目で見つつ制服のスカートをめくった。冷水にさらされた太腿はほんのり赤くなっていたが思っていたより重症ではない。それより気になるのは、

「っ……」

 がたがたと震える少女の方だった。冷たさで震えているわけでは、恐らくない。

「……ちょっとごめんね」

 片手で少女の袖のボタンを外す。捲り上げ、その細い腕の肌に眼を落とし、

「……しばらくうちにお泊りね。拉致監禁です」

 痛々しい痕に向かって呟くように、そう言った。





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