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詐欺師と箱庭 17


微かな冷たさを感じて目を開けた。

ぼんやりとした視界に滲む、早朝の青白い空気。カーテンの隙間から僅かな明かりが入り込み、白い壁に陰陽を付ける。無事世は明けたようだった。

体は大分楽になっていた。うん、とのびてから、カーディガンを羽織り下に降りる。

しんとしたリビング。ともりはまだ起きていないようだった。数時間前自分がいつ寝付いたのかは思い出せなかったので、ここで眠ってしまったあとに部屋に運んでもらったのだろう。あとでお礼を言わなければ。

顔を洗いしゃきっとしたところで冷蔵庫を開けた。最近料理はともりに任せきりだったので台所に立つのは久しぶりだ。お米は昨日の夕飯の残りで、お味噌汁の実にはおとうふと油揚げ。魚をコンロにかけ、卵を溶く。鯵の香ばしい匂いが漂ってきた辺りであくびまじりにともりが降りてきた。

「ふは……体調はどう? おはよ……」

「大分すっきりしたよ。ありがとう。おはよ」

よそっていい? と手にしたしゃもじを小さく振る。こくりとうなずかれたのでふわふわの白米を薄青色のお茶碗によそった。

「ん、おいしそう。いただきます」

「めしあがれ。いただきます」

両手を合わせてから箸を取り、味噌汁を口にする。心地よい塩気が体に沁みていくのを感じで満足感を得る。無条件に満ちてゆく。やっぱり朝食は大事だ。

「今日はどうするの?」

「警察には行けない」

ふるり、と首を横に振りながら答える。

「何かのきっかけで不法進入がバレるのはちょっと困る」

指紋は残していないが動揺した際に物を落としてそのままにして来た。エレベーターや廊下の監視カメラに姿が映っているはずだし───近寄らないに限る。下手に訊かれたら不都合なことばかりだ。

「だからともりはいつも通り大学に行って。私は───まあ家でゆっくりしてるよ。洗濯とか、掃除とか。あとスーパーに買い物」

「……普通だね」

「……そうだね」

こんな異常事態の中、普通に過ごす───なんて不自然。

炒りごまをご飯にふりかけて、高菜をたっぷりと乗せて、ともりがおいしそうにご飯を食べきった。

「ごちそうさまでした。おいしかった」

「はい、ごちそうさまでした。お粗末様でした」

流して茶碗を洗っていると、身支度を整えたともりがひょこりと顔を出した。シンプルなシャツとジーンズ。アクセサリーは一切付けない。嫌いなの? と以前訊いたら特に理由はないらしく、「みーさんから何かもらうのなら肌身離さない」と答えられた。

特別着飾っているわけでもないのに、どうしてまあこんなにも整うのだろう、女子が黙っていないだろうな……毎度のことながらそんなふうに思う。

 ともりを送り出してから少し経った時、スマートフォンが鳴った。ディスプレイを見るとディーの番号。すぐに応答をタップした。

「はいもしもし」

『やあ。今大丈夫かい?』

「大丈夫だよ」

『用件からまず入るよ。───フルミ ナオミの部屋の鍵をまだ持っている?』

「うん」

うなずく。忘れていたわけではない───が、どういう理由と共に返したらいいものか。

『返した方がいいかもしれない』

「そうだね。だけど理由が───」

『適当に言ってフルミ ナオキを経由すればいいんじゃないかい?』

「───それはやめとく」

『何故?』

「……他の人間があの部屋の存在を知っているとは限らないから」

『……君は賢いね。昨日あれから少し調べたんだけれどね。あの部屋の名義はニノ コウだった。フルミ ナオミじゃない』

一瞬ディーは黙った。ううんとうなってから、

『彼と彼女は婚約者なんだよね? 二人で過ごすための部屋という可能性は?』

「あの部屋でいちゃつくことはないだろうなあ……」

住める雰囲気ではなかった。あれは完全に作業部屋だ。下世話な話をするとベッドすらない。そしてニノ コウの名義の部屋ならば、フルミはあの部屋の存在を知らない可能性が高い。あのセキュリティの高さは何かを護るためではなく何かを隠すためではないのか。

(隠してまでやりたいこと……ちょっと特殊な趣味だったから、隠したくなる気持ちも分かる。ああいうのにうるさそうな家だし……それを、ニノ コウが助けていた?)

最悪部屋の存在がばれても、次期当主名義の部屋を家捜ししたりはしないのだろう。

 ああ、今ニノ コウがいれば。全部訊ければ。あなたが何をしたかったのか、何をして来たのか、全て聞くことが出来たら。

(……余計ややこしくなるだろうし、訊けたからと言って解決はしないし、それが出来るのならそもそもこんな状況になってない)

 昨日もそう思っただろう。馬鹿が。

「とりあえず、どうにかしてフルミ ナオミに鍵を返すよ」

『どんな理由を付けて?』

「……どうしようね」

『君って賢いけど結構馬鹿だよね……』

 あいつが馬鹿馬鹿言うのも分かる、とディーは電話の向こうで笑った。







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