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詐欺師と箱庭 10


 とろとろとした浅い眠りから目を覚ますと、カーテンの隙間から見えるのは空が白くなりはじめた空気の薄い時間だった。この時間帯の空を見ると昔から和紙を思い出す。空はきっと触ればなめらかな質感がする気がするのに、その薄い色合いはいつも和紙を連想させる。何度も梳き、重ね、色をつけた上質な和紙。

ぼんやりとした意識のままシーツの端を掴む。ニノ コウのことを考え───それから意識の端にいる敵について思う。まだ纏まらないばらばらの意識は、途切れ途切れに単語を浮かばせる。




 敵  敵がいる    それは分かる

   周り     周りも問題       避けたいこと        ともり

 遠去けたい  わたし  彼 ユキ  みーさん     識ってる ……


                               ……分かってるよ




とろとろとまた浅い眠りの白い手に包まれ、まぶたを閉じた時だった。

 かたんっ

 はっと意識が覚醒する。一気に指先から足先から温もりが消え、体にエンジンがかかる。

 今のはきっと郵便受けの音───新聞の時間とは違う。

 カーテンの隙間から下を窺おうとしてあきらめた。ベランダに出なければ下は見えない。そんなことをしたら相手にばれる。だったら一階に降りてこっそりと窺うしかない。それもリスクがあるけれど───

 ベッドの支柱にかけてあった革紐を手繰る。首にかけ、その先に付いている真鍮のホイッスルをしっかりと握りしめてベッドから降りた。手早く階段を下り、リビングのソファーの影に隠れる。ゆっくりと這い蹲る形になり、カーテンの下をそっとめくる。

 ……人影が、あった。ひゅっと息が鳴る。もう立ち去っている可能性が高いと思っていたのに。

 身長は、高くない。むしろ低い方で、……女性?

 どくどくと心臓が震えているのが分かる。

 真っ黒な服。けれどもそれはフリルやレースが満載で、ふわふわとしたシルエットを作っている。大きなリボンの付いたケープに、広がって独特の形を作るスカート。袖口からはブラウスのフリルが漏れていて、下は真っ白なタイツに厚底の編み上げブーツ。ツインテールの金髪がかかり、顔付きは分からない。けれど女だ、確実に。趣味でしている男性でなければ。恐らく。きっと。そう願う。平時ならばどんなひとでもいいがそうではないこの非常事態時にゴスロリ趣味の男性にポストに何か投函されたのかと思うと情報量が多くて混乱するからここは女性で頼みます。

 その女性はしばらく二階を見上げていたが、やがて踵を返すと微かな足音と共に消えて行った。駅の方面に向かっていったようだ。着く頃には始発だろう。それとも徒歩圏内の人間なのか、はたまた他の足を使ったのか……全く想像出来ないが、それにしても危機はとりあえず去った。どっと力が抜けて摘んでいたカーテンの裾を離す。強張っていた全身の力を抜き、ぐでっとうつ伏せのまま放心した。フローリングが氷のように冷たいのを今さらながらに実感する。手足もすっかり冷え切り、秋口とはいえぶるりと震えが走るほどだった。

「……どうなってるの」

 無意識の内に握りしめていたホイッスルを横目で睨むようにして見る。

 返事は、なかった。馬鹿じゃないのと胸中で自分に呟き、識っているさと自分に返す。

 もうこのひとが返事をくれないことくらい、識っているさ。




 しばらくそのまま、冷たいフローリングに横たわっていたが、いつまでもそうしていられないという思いが頭のてっぺんから爪先まで染みた時にあきらめて立ち上がった。万が一だが爆発物だと困るし(上にともりがいる)、そしてなによりともりに回収されるのを避けたかった。あの子にはなるべく関わらず遠くにいてほしい。

 ともりを起こさないようにそうっと外に出て、やはりまたホイッスルをきつく握りしめたままゆっくりとポストに歩みよる。

 震える手で蓋に触れ、ゆっくりと……ゆっくりと、開く。金属の擦れる小さな高い音が、静謐の合唱の中に落とされた鋭いものを研ぐ異質な音のように、微かに響く。

 中に入っていたのは、真っ白な封筒だった。宛名が見える───『ミカゲさま』

 分厚さは、ない。それにほっとして、それを手に取る。手袋などは付けなかった。どうせこれは警察には持っていかない。

 空に透かしてみると、中に紙が入っているのが分かった。剃刀などの異物はなさそうだ。そっと封を開け、中の便箋を取り出す。

 文章は短かった。




『 ミカゲさま

  お話したいことがあります。本日十一時にI駅の「トリス」でお会いしましょう。

  このことは誰にも口外しないでください。 』




 それから、便箋の下に署名。




『 フルミ ナオミ 』




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