09 予感
私は魔物に抱えられながら迷宮を進む。
先ほどまで饒舌だった、魔物は空の話を後に無言になっていた。
それは痛みを堪えるような雰囲気で、それを隠そうとしているように思えた。
戦闘していたときの様子が脳裏をちらつく。あの時と同じように二つの相容れぬものがぶつかり合っているような気配。
私の中の罪悪感がじくじくと心を蝕む。それに堪えきれず、私は魔物に言葉を掛ける。
「どうしたのですか?」
そんなものはわかりきっている。だが、私はそう訊ねた。
心の奥底ではやはり魔物として線引きをしている。どこまでいっても人と魔物は交わらない存在だからだと。
相手のことを理解していると認めたくないのかもしれない。
もしくは、このままこの魔物が打ち倒される際に私の心が揺り動かされるのを防ぐための無意識下での行いなのかもしれない。
自分がたまらなく小さい存在に感じた。そして卑怯な―――。
まるで自分を捨てた仲間たちのように感じてしまった。
「いや、考え事をしていてな」
「そう…ですか」
そんな私の想いを知らず、魔物は何事もなかったかのように振舞う。
それが私を、私の心を苛み続ける。
本当にこれでいいのか?
このままいけばどうなるのか私は知っているというのに。
外では守護者や迷宮の情報が出たことで探索者の数が増えるはずだ。
私を捨てた仲間たちは形の上では救出のために人員を割くはず。私たちが外に出るころには準備も整っているはずだ。
そうすればいかに守護者といえど討ち取られるだろう。迷宮の外に出た魔物は外に出た途端に動きを止めることが多いという。そして弱くなるのだと。
私は魔物になにかを言おうとした。自分でも何を言おうとしたのかはわからない。私の思いは口から発せられる前にうなり声によってかき消されてしまったからだ。
「ぐるぅうううううううっ」
私たちの前に現れた狼の魔物。二足歩行をしていない純粋な獣型。
そして瞳には獣の本能がギラギラと輝いていた。
私を抱える魔物の身に力が滾る。怪我をして動けない私をおくことはせずに、このまま私を抱えたまま戦闘に移るのだろう。そして緊張が高まりはじけそうになるその一瞬前に。
「え…?」
何かが一瞬膨れ上がり、そのまま萎んだ。
残ったのは私を抱えたまま呆然とした顔をする魔物。
それを見逃すはずもなく獣たちは散開し、床を、壁を、目にも留まらぬ速度で私たちをかく乱し、のど元を食い破ろうとその牙を向いて迫ってくる。
「きますっ!」
「っ!」
私の叫び声で魔物は自分を取り戻したようだ。
めまぐるしく動く眼球が現状を認識し、どうすべきかを考えている。
魔物は一瞬だけ瞳に獣の持つ暴力性を秘めると息を大きく吸い込み。
―――吼えた。
空気が震え、重圧となって空間を押し潰す。
私の体は一瞬だけ硬直する。それは私だけに限った話ではなく、相対する敵も同様だった。
あれほどまでにすばやく動いていたというのに、今はその身を竦ませて致命的な隙を見せいている。
その光景に絶句している私を他所に、魔物は仕留めるために動き出す。
爆発が起きたかのような音とともに魔物が地を蹴った。
「きゃっ!」
悲鳴を上げる私はその光景を見ていた。
魔物は私を片腕だけで抱えると拳を作って肘を引き、接敵と同時に拳を突き出す。地を蹴るときよりも大きな音を、拳の空気をたたく音が生み出した。
一撃にて獣は潰れ、さらには遅れてやってきたであろう空気の刃によってズタズタに引き裂かれる。ぼろきれのようになった肉片は衝撃によって吹き飛び迷宮の光を放つ壁に赤い染みを作り出した。
私の目は後ろから迫る敵を見ていた。攻撃後の硬直を狙った一撃。それを伝えようと声を発する前に魔物は動き出す。
グルン、と世界が回転する。なにかが空気を切り裂いた音がする。そして次の瞬間には魔物は原形も残さぬほどに潰されていた。
魔物はそこで回転を止めず動き続ける。
それには技があった。力だけでもない人間が生み出した技。戦うものが戦うために身に着けた術がそれにはあったのだ。
「うそでしょう…」
私の中で生まれた考え。
魔物は世界の意思と言ったもの。
私はそれについて推測を立てていく。
情報は少ない。断定できる情報もない。
でも私は一つの仮説を立てた。
迷宮の仕組みについて。魔物が言う世界の意思について。
「さあ、このまま出口へと進もう」
私が思考に沈んでいるうちに魔物は再び歩きだす。
その一歩は破滅へと続いているだけではない。
私の顔から血の気が引いて行く。それでも黙ったままではいられない。
声を絞り出すようにする。擦れて自分の物とは思えない声がなんとか発せられる。
「ええ…」
確信できる根拠はない。
それでも私の仮説があっていたとしたら私はこの魔物について絶望よりも酷いことをしてしまうのだろうと分かっていた。
この仮説があっていると言うのなら。
―――私はこの人に二度目の死を与える事になるのだろうから。




