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07 嘘

 私は魔物に抱えあげられたまま迷宮の外へと向かった。

 つい先ほどまで戦っていた相手に抱えられて移動すると言うのは、頭ではわかっていても緊張してしまう。

 さらに肉食獣の顔が常に目の前にある状況というのが私の精神をがりがりと削って行く。

 ここで相手の不況を買ってしまったら帰る事は勿論、そのまま殺されてしまうこともあり得るだろう。

 私は目の前の魔物を理性があるからと言って、話が通じるからと言って無条件に信用することはできない。


「アイーシェよ、外の話をしてくれまいか?」

「え、ええ…。そうですね…何から話しましょうか」


 私は少し考える。

 この魔物にどの程度の情報を開示していいのかを。

 確かな知性を感じさせるこの魔物に情報を与えることは危険だ。万が一ということもある。

 だからその内容は考えて話さないといけない。


「迷宮との違いから話してもらいたい」

「迷宮との違いですか…?ああ、貴方は迷宮で生まれたから迷宮以外知らないからですね」


 だが、その心配は魔物側かわの願いで不要となった。

 人間の数や街の規模、そういった内容を求められたらはぐらかせばいいが納得のいかない可能性もあった。

 だが、比較やそういった内容ならばなんとかなる。

 例えばだ。


「まず、迷宮と違って空が見えます」


 ぱっと思いついた事を言ってみる。なにも考えずに言ってみた。外で空が見える事は当然だ。建物の中に入ったら外が見えないのも当然。

 でも私の取って当然でも、魔物にとっては当然のことではなかったようだ。


「空とはなんだ?」


 予想外の喰いつきに私は少し驚いてしまった。

 空の説明をしたことなどない。人間であれば空と言えば同じものを想像するから。知っていて当然だから。


「ええっと、迷宮で上を見上げると何がありますか?」

「天井だな」

「外には天井はないのですよ」

「では空が代わりにあるのか?」

「ええ、空は普段は青いのですが時間や日によって色が違います。赤くなったり、黒くなったり。そして空には雲という白いものが浮いています」


 目に見えて魔物が驚いている事が分かる。

 純粋に自分の知らない事に驚き、興味を持ち、知りたいと思っている。まるで子供が親にいろんなものを聞いているような様子だった。


「雲とやらは落ちてこないのか?」


 私はそれを聞いて笑いそうになってしまった。雲が落ちてくるなんて人間が聞いてきたことなどない。それに私もこんな風に話を熱心に聞こうとする姿を見せられて少しだけ気分が良くなってきた。

 だからもっと驚かせてやろうという思いが湧きあがってくる。


「ええ。さらに、空に浮いてるのは雲だけではないのですよ」

「ほう」


 すると魔物は予想通り興味を持った。

 私は得意げな顔をして教えてあげる。

 

「太陽と月、星といった輝きを放つものも浮いているのです」

「輝きを放つ…ということは魔法か何かなのか?」


 迷宮の壁を見て魔物はそう言った。

 迷宮の壁は魔力を光に変換して発光しているのだろう。だからこそ太陽の光がなくても明るい。

 自分の知識に当てはめて魔物はそう推測したのだろうが太陽と迷宮では規模が違いすぎる。


「おそらくですが魔法ではないと考えられています。太陽を追いかけた学者が居るのですが太陽はずっと輝き続けている。そして太陽を追いながら月も輝き続けていた、と。魔法であればそんなことをしていたら魔力がなくなってしまいます。だからあれは魔法ではなく違うなにか。もしかしたら神々が地上を見る為に作った道具なのではないかと推測されています」


 そう言って学者が発表した研究結果を教えてあげる。

 魔物は難しい顔をして唸る。だが、すぐに期待に満ちた表情に変わる。きっと自分の目で見たいと思っているのだろう、

 いつの間にか私は魔物の表情が普通に読めるようになっていることに今さらながら気付いた。

 そして魔物は期待に満ちた目こちらを見る。それは他の話を聞きたいのだと分かる。

 その期待に応えてあげようと思った。


迷宮にないものと言えば、山、川、森ですかね」

「ほう」

「山は岩や土が盛り上がって空高く伸びる大地…ですかね」

「それは太陽や月ににぶつかってしまわないのか?」

「ええ、山の上よりも遥か高いところに太陽と月は存在するので大丈夫です」

「なるほどな」

「そして川ですが水が流れ続けている場所ですね」

「水が無くなってしまわないのだろうか?」

「ええ、空から雨が降るので大丈夫だと言われてます。雨というのは空から降る水ですね」

「空から水が降るのか!?」

「ええ、雲が空を覆い尽くすと雨が降ります」

「空というのは不思議なものなのだな」

「ええ、空は外の世界のもの全てに関わりがあると言われています」

「では森というのも関係があるのだろうか?」

「ええ。森には木がたくさん生えています。その木は水を吸って育ちます。それは空から降る雨によって育てられています」


 迷宮にはない空。それはきっと魔物が知りたい話。それにまつわる話を私は続ける。

 私の見て来た光景を、知識だけの情報を。

 魔物は私の話を一言も聞き漏らさぬ勢いで耳を傾けていた。

 そんな姿を見て私は気持ちが良かった。フォアブレイズのメンバーは私の事を下に見ていたし、方針を決める時も私の話を聞きいれてくれた事などほとんどなかった。

 だから、私は嬉しかったのだろう。


「なあ、アイーシェよ」

「なんですか?」


 そんな私の浮ついた気持ちを、魔物の言葉が打ち砕く。


「己は外で生きていけるだろうか?」


 それは無理だろう。

 魔物と人は相容れぬ存在。

 お互いがお互いを殺そうとする関係だ。

 迷宮の外に出た魔物は討たれる。例外などないはずだ。

 空を見たいと言った魔物。

 子供のように顔を輝かせるこの魔物にそれを伝えることなどできなかった。


「…ええ。きっと大丈夫です」


 だから私は嘘を吐いた。

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