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04 希望の糸

「さきほど…のは…まちがい……だ」


 私の思考は一瞬真っ白になる。絶望から一気に意識が引っ張り上げられる。

 そして思った。こいつは一体何を言っているのだ、と。

 見た目は狼の化物。そして皆殺し宣言。知性ある魔物とはいえ魔物は人を殺す化物だ。

 迷宮という場所でしか生まれない人を殺す為の化物が皆殺し宣言(皆殺しと言っても私しかいなかったが)を何と間違えたと言うのか。いろんな意味で気になって仕方がない。

 だが、謝罪したいと言う気持ちは伝わってきた。その声は拙いながら申し訳なさに満ちていた。

 嘘みたいだと思う。魔物と意思の疎通が出来るなんて思ってもいなかった事だから。

 だが、知性ある魔物というのは逆に恐ろしいのではないか。そんな考えに至る。

 魔物は獣みたいな行動しか取らない。獣の本能の塊とでも表現すべきだろうか。獲物を狩る為の狡猾さは持ち合わせていることはあるが、それは獣が狩りを行うための本能だ。

 だが、人は嘘を吐く。勿論動物も嘘を吐くが人間とはまた違う。動物の嘘は生きる為の知恵に近い。だが、人間の嘘は時に無意味で、時に優しい嘘もある。嘘を使い分ける者。知性ある魔物とは人間に限りなく近いのではないか?

 そんな事を考えてしまう。


「ちいさき…ものよ…。おのれ…たたかう…いしは……もう…ない」


 私の歪んだ表情を見てか、魔物は戦う意思がないと告げる。

 これは本当なのだろうか?嘘なのではないだろうか?人間の様な知性を持つのなら、壊れるほど絶望させるのを快楽とする可能性も無いとは言えない。


「それが本当ならこっちもありがたいですね…。これ以上やるならこっちが死んでましたから」


 これは私の本心だ。これ以上戦ったら私は確実に死んでしまう。

 だが、今も安心はできない。この賢い魔物の危険性を分かってしまったから。


「それについては…もうしわけない。ほかのちいさきもの…たちはどうした?」


 だが、この言葉で決めつけてしまうのは早いのではと思いなおす。


「…逃げたところを見てなかったのですか?…いや、さっきまでの状態と今の状態を比べると全くと言っていいほど違う。さっきまでは獣そのもので今は理性的…。さっきのは獣性と理性が互いを抑えつける為にせめぎ合っていた状態だと考えると…」


 勿論これが魔物による思考の誘導である可能性も捨てきれない。先ほどのせめぎ合いも演技の可能性もある。

 疑っていてもきりがない。それに本当の可能性もあるのだ。逆にここで疑い続けて相手の気分を損ねてしまった場合、私に待ち受けているのは死しかない。

 つまり、今の私は嘘であろうとなかろうと死を逃れる術を選択する余地などなかったのだ。

 だというのなら。

 希望に縋ってもいいのではないだろうか?

 希望的観測だと普段の私なら一笑に伏すだろう。だけれども、今の私は普段の私ではない。

 仲間に見捨てられ、危機的状況に陥り、それでも命を繋いでいる。

 そして目の前に垂れさがる一本の糸。

 切れてしまいそうなほど頼りないその糸が繋がっているのは一体どこなのか。それを頼るのは怖い。

 それでもだ。ここで動かないでいるのなら死は確実。だから私はその糸を掴む事にする。


「なにはともあれしゃざいをしておく。すまなかったな」


 魔物の謝罪。それはなんだかおかしな気分だった。

 私たちは出会いがしらに殺し合いをした。お互いがお互いを敵として認識し殺すつもりで攻撃していた。

 まあ、目の前の魔物は獣性に支配されていたようだから意図的ではないのかもしれないが、普通は魔物は人を攻撃してくる者だと人間は認識している。


「えっと…、普通の魔物というのは私たち人間を襲うものです。そして人間は魔物を見かけたら逃げるか攻撃するかどちらかでしょう。当たり前のことをそっちはしただけで謝るのはなんか変な感じですね…」


 だからこそ私は違和感があった。なんというか、武器屋が武器を売っててごめんなさいと言われているような感じなのだ。


「それでもだ。おのれはせかいのいしにあやつられていたとはいえ、けがをさせることはほんいではない」

「世界の意思…?」


 それでも魔物は謝罪する。自分の意思ではない事でも申し訳ないことは申し訳ないのだろう。

 だが、私はそこではない所が気になった。

 世界の意思?

 何故だかそれは魔物について、ましてや迷宮の存在そのものの謎に至る道ではないだろうか?

 なぜ迷宮が生まれ、なぜ魔物が生まれるのか。その答えが…。


「小さきものよ、己はこの迷宮の外について知りたいのだ」


 私の思考は中断させられた。魔物の言葉が無視できる問題ではないのだ。

 魔物が外を知って一体何をしようというのだろうか。それとさっきから気になってしょうがないことがある。


「…外についてですか?それと小さきものってなんだかいやですね…」


 私は小さい。それはもう小さいのだ。コンプレックスなのだ。

 小さくて何が悪い。小さいのは自分の意思じゃないのだ。持ってるものには持たざる者の気持ちは分からないのだ。

 なぜ、私の胸は平原なのだ。私だって荘厳な山のように大きくなるたいのだ。

 なんの話かって?

 胸の話しだ!

 そんな私の心情を察したのか(狼の顔をしてるので表情が分からないの、にそれが分かってしまうくらいに可哀想な者を見る表情をしていた)私の視線の先には触れないで魔物は言葉を続けた。


「ああ、外について知りたいのだ。小さきものが嫌だと言うのならなんと呼べばいいのだろうか?」


 だが、逆にこれを利用しない手は無い。私にはいま、単独で迷宮から脱出する力は残されていない。

 だからこそ、条件を突きつける。あと、呼び方も小さきものから名前へと変えてもらう。私を貧乳ちいさきもの呼ばせない。


「そうですね…。外について話てもいいですが、それには条件があります。あと私の事はアイーシェと呼んでください」

「わかった。して、アイーシェよ。条件とは一体なんだ?」

「私は外へと出たいのです。しかし見ての通り私は先ほどの戦闘で傷を負いました。仲間もいませんしここから脱出するのは不可能でしょう。なので私を外まで連れて行ってくれないでしょうか?その過程でお話しますよ。運が良ければ自身で外を拝む事が出来るかもしれないですし」


 そして魔物は目を輝かせる。それはまるで子供が大好きな玩具を買ってもらえた時のような輝きだ。


「いいだろう。では早速いくぞ」


 まるで食事が待ち遠しくて我慢できない子供のような、即断即決即行動だった。

 そして素早い動きで私を抱えあげる。その時、狼の顔が私に近づく。そこから漂う獣独特の匂いが私に恐怖を与える。


「ひぇ…!」


 情けなく私は悲鳴を上げる。

 それを訝しく思った魔物は首を傾げて何事かと聞いてきた。


「あの、食べないでくださいね…?外について話せなくなるので…」


 その言葉を聞いた魔物はとても悲しそうな顔をしていた。

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