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03 迷宮を捨てて

 飲み込んだ獣性も己の内にて先ほどの己がやったように暴れ回っている。

 世界によって植えつけられた知識を吸い上げている最中に獣性の抵抗によって最初の一声は最悪なものとなった。

 眼下の小さき者は渇いた笑いを浮かべている。

 だが、己が見たかったのはこれではない。

 己が言いたかったのはあの言葉ではない。

 暴れ回る獣性を理性の鎖でさらに強く抑え込む。獣性が世界によって強制される意思を一身に受けているが為に己という理性はこうして行動できるのだと推測する。つまり、獣性はやはりなくてはならないもの、失ってはならないものなのだ。

 ここで獣性を捨てれば己は破壊衝動に飲み込まれ世界の意思からはずれる事は出来ないであろう。

 …今はそんなことに考えを巡らせている場合ではない。

 目の前の小さきものについてどうにかしなければならない。


「さきほど…のは…まちがい……だ」


 誤解されたのであればそれを解けばいいのだ。

 今だ馴染まぬ声帯を震わし、言い間違いだと伝える。

 小さきものはそれを聞いて訝しむような顔をする。その表情はどうせ油断させて殺すんだろう?とでも言わんばかりだ。

 己としては誠に遺憾である。確かに皆殺しもまた己の中に存在する獣性が発した言葉であるから伝えたいこととしては間違いではないだろう。だが、それが己のものとして認識されるのは困るのだ。

 今の己は理性が身体を動かしている。獣性と理性は表裏一体であるが同じものだが違うものだと区別してほしいものだ。


「ちいさき…ものよ…。おのれ…たたかう…いしは……もう…ない」

「それが本当ならこっちもありがたいですね…。これ以上やるならこっちが死んでましたから」

「それについては…もうしわけない。ほかのちいさきもの…たちはどうした?」

「…逃げたところを見てなかったのですか?…いや、さっきまでの状態と今の状態を比べると全くと言っていいほど違う。さっきまでは獣そのもので今は理性的…。さっきのは獣性と理性が互いを抑えつける為にせめぎ合っていた状態だと考えると…」


 小さき者は己の思考に没頭し始める。逃げたと言っていたからには大丈夫なのだろう。獣性が操る己との戦闘で死んでいればミンチとなった死体が何処かにあるはずである。対話するのに対話相手の同族を殺してしまっていてはまずいことになっていただろう。

 だがここで一つ気になる事がある。

 なぜ、この小さきものはたった一人でここにいるのだろうか?ということだ。

 そして己の中で適当な答えが二つ出る。一つは殿、もう一つは囮。そして状況を鑑みるに、おそらくだが後者であろう。

 小さきものは全身がボロボロで至るところから血が滲みでている。己の獣性がやったこととはいえ痛々しい姿だ。


「なにはともあれしゃざいをしておく。すまなかったな」

「えっと…、普通の魔物というのは私たち人間を襲うものです。そして人間は魔物を見かけたら逃げるか攻撃するかどちらかでしょう。当たり前のことをそっちはしただけで謝るのはなんか変な感じですね…」

「それでもだ。おのれはせかいのいしにあやつられていたとはいえ、けがをさせることはほんいではない」

「世界の意思…?」


 小さきものが己の発した言葉の中に気になることがあったのだろう。何か考え込む素振りを見せる。

 だが、己はそろそろ本題に入りたいのでそれを中断してもらわねばならない。

 声帯もほぼ馴染んできたので言葉も流暢になったのでもどかしさもなくなった。


「小さきものよ、己はこの迷宮の外について知りたいのだ」

「…外についてですか?それと小さきものってなんだかいやですね…」


 そういって小さきものは自身の胸元を見る。そうして何故か悲しい顔をして頭を振った。

 己にはそれがどういった行為なのかはわからなかったが小さきものが踏み込まれたくない領域のことだと察することが出来たので何も言わない。


「ああ、外について知りたいのだ。小さきものが嫌だと言うのならなんと呼べばいいのだろうか?」

「そうですね…。外について話てもいいですが、それには条件があります。あと私の事はアイーシェと呼んでください」

「わかった。して、アイーシェよ。条件とは一体なんだ?」

「私は外へと出たいのです。しかし見ての通り私は先ほどの戦闘で傷を負いました。仲間もいませんしここから脱出するのは不可能でしょう。なので私を外まで連れて行ってくれないでしょうか?その過程でお話しますよ。運が良ければ自身で外を拝む事が出来るかもしれないですし」


 アイーシェと名乗った小さきものの条件に己は心を揺さぶられる。

 なるほど、と思った。聞くのと見るのでは全く違う。ならばアイーシェの条件を飲んでも全く構わない。内に秘めた獣性は未だに暴れ続けてそれを拒否するがねじ伏せる。己は外が知りたいのだ。こんな穴蔵など捨てて外で暮らしたいとさえ思うほどに。


「いいだろう。では早速いくぞ」

「ひぇ…!」


 アイーシェを抱えあげると情けない声を上げる。一体なんだというのだろうか?

 それを問うとアイーシェは怯えた様子で答えた。


「あの、食べないでくださいね…?外について話せなくなるので…」


 失敬な奴だ。



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