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02 アイーシェ

 私、アイーシェ・ラクトは探索者だ。

 世界各地に現れた迷宮と呼ばれる人知の及ばぬ異界へと足を踏み入れ、魔物を倒し、迷宮に隠された秘宝を持ちかえる事で富と名声を得る。

 探索者になるためには力が必要だ。それはなにも腕力に限った話ではない。足りないものは別のもので補うのだ。

 私に腕力は無い。だが私には観察力と人より優れた魔力があった。観察力は敵の隙や習性などを見抜き戦いを有利に進める助けになった。初めて目にする魔物に対しては特に有効だった。

 直接戦えぬ私は魔法で仲間をサポートした。観察力と合わさった的確なサポートや一撃は仲間たちを助けたきた。

 そうして私たちのチーム、『フォアブレイズ』は探索者として有名になっていった。

 ドヴォルザードに新たな迷宮が生まれたと言う話が聞えて来たそんな時だった。

 チームリーダーのクライヴがその迷宮に挑もうと言いだしたのは。

 生まれたての迷宮は既存の迷宮よりも危険度が高い。なぜならその迷宮の情報が一切ない状態で進んでいかなければならないからである。

 だが、今の俺たちなら大丈夫だとクライヴが告げると仲間たちはドヴォルザードの迷宮に行く事を賛同した。

 だけれども、私はその提案を一度否定したのだ。


「クライヴさん。せめて情報が出回ってからにしませんか…?」

「大丈夫だって!俺達ならやれるはずだよ!」

「でも…」


 それでも尚喰い下がろうとする私にクライヴは苛立った様子だった。


「それならアイーシェはついてこなくてもいい。今の俺たちなら新しいメンバーにも困らないしな。それにアイーシェよりも強いメイジも探せばいるしな」


 クライヴの言葉は本心に近い言葉だったと思う。

 つまり、クライヴは今の自分達がアイーシェ抜きで成り立っていたと思っているのだ。

 私がいなければ全員が死んでいても可笑しくない状況もあった。逆に私もチームの人間がいなければ死んでいることがあった。

 お互いがお互いを助け合ってきたと思っていたのは私だけで、クライヴはそう思っていなかった。

 まるで足手まといを抱えていると言わんばかりの言葉。

 チームが有名になり自身も強くなったと言う過信。


 …いや、しかし水を差してしまった私にも問題はある。

 新しい迷宮に挑みたいと言う気持ちは分かる。そして本人たちも危険だと言うことは理解している。

 だからといって頭ごなしにやめようと言うのは極論だ。

 一度挑んでみて行けそうならそのままその迷宮に挑戦すればいい。危険を感じたなら引き返して今まで通りにすればいいのだ。


「…いえ、私も新しい迷宮には興味があります。少しばかり臆病風に吹かれましたがリーダーの言う通り今の私たちなら大丈夫だと思います」

「だから言っただろ。よし、じゃあ俺達は今からドヴォルザードに向かうぞ!」


 そうして私たちは新しい迷宮にやってきた。

 生まれたばかりの迷宮は前情報がほとんどない。その為に挑もうとするものは多くない。

 入り口を管理している衛兵たちこそいる者の探索者の姿はまばらだった。


「この迷宮に挑むのか?」


 私達の姿を見た衛兵が声をかけてくる。


「ああ、調査は俺達に任せてくれ」

「ありがたい。だが、新しい迷宮は情報がない。普段の迷宮探索以上に気をつけてくれ。あんたらに死なれたら折角の情報がなくなっちまうからな!」


 衛兵のこちらを気遣う言葉と照れ隠しからか顔を赤くして叩いた憎まれ口に感謝して私たちは迷宮へと足を踏み入れた。

 人がほとんど入っていない迷宮から漂う空気は怪しげであり、私は衛兵の言う通り普段よりも気を引き締めた。

 だが、クライヴ達は違った。


「凄いな…!これが新しく生まれた迷宮か。リーダーの言う通りに来てよかった」

「上手く行けば今まで以上に稼げるぜ!そうだろ、クライヴ!」

「ああ…!こうしてる間に他の奴らが心変わりして来るかもしれねえ、ほら行こうぜアイーシェ!」

「…ええ」


 今まで堅実だったのに、一躍有名になったせいで浮足立ったチームメンバーたち。

 私は不安が大きくなっていっているのが手を取るように分かった。

 そして新たな迷宮での初めての戦闘。


「…敵が来ます!」


 私がいち早く察知し声を掛ける。

 浮足立ったメンバーでもその一言で戦闘態勢に入る。

 そして私の不安を余所に、戦闘は問題なく終わった。

 誰も怪我することなく、危なげのない戦いだった。


「ほら、大丈夫だって。いつも通りにやれば大丈夫だろ!」

「この調子でガンガン行こうぜ!」

「ああ!これで更に俺達のチームの名が広まるな!」

「…そうですね」


 それ故に私たちは気が緩んだのだろう。

 突然、空間の魔力が膨れ上がるのに私たちの反応は遅れた。


「あ…」

『グルゥゥウウアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!』



 魔力が形どったのは2m半くらいの直立する狼だった。生まれたと同時に咆哮をあげる。

 その魔物と目が合った。その瞳には獣性が宿っており、此方を狩るべき得物だと認識していた。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!』

「ッ!?…来ます!」


 私が声を張り上げた事で突然の事に呆然としてたメンバーたちが各々武器を構えた。

 ドンッと音を立ててこちらに飛びかかってくる魔物の顔に向けて私は魔法を放つ。

 アイススパイク。

 氷の魔法で鋭く尖った氷柱を飛ばし当たったところを凍結させる魔法だ。

 毛皮を貫通すればそのまま倒す事ができ、弾かれたとしても凍結の効果が効けば多少のダメージが見込める。どちらも有効でなかったとしても勢いのあるそれは牽制にもなる。

 狼の魔物は飛び退くことも防御もせず、顔を多少逸らすだけで回避した。


「避けられた!前衛防御を!」

「うおおおおおおおおおおっ!!!!」


 ガァアンと金属が重い鈍器で叩かれた音が響いた。

 前衛に居たタンクのドノヴァンがタワーシールドを腰だめに構え魔物の一撃を受けた音だ。

 かなり重い一撃だったようでドノヴァンは盾ごと後ろに吹き飛ばされる。


「ドノヴァン!!?」

「も、もう一撃きますっ!!」

「なっ!!」


 クライヴが下から掬いあげるように迫る爪を、爪の腹に剣を当てる事でどうにか受け流した。

 だが、その衝撃でクライヴの体勢が崩れる。それを狙った牙が再びクライヴの命を狙う。そこへケヴィンの放った矢が狼の魔物の妨害をする。顔へと放たれた矢を嫌った魔物は飛び退く事で回避する。

 クライヴとドノヴァンがその間に体勢を立て直す。


「…こいつは俺達には無理だ」


 クライヴが私達の心を代弁する。

 この魔物は私達よりも圧倒的に強い。それこそ迷宮の最奥にいる守護者クラスの化物だと私は思った。


「撤退だ!」


 その判断に誰も異論は無かった。

 だが、逃げようとする私たちを魔物が見逃すはずもなく…。

 狼の腕に魔力が込められ地面を叩く。破砕された地面から石礫が弾雨の様に降り注いだ。

 私はその一撃を防ぐために障壁を生み出す。だが、障壁は石礫を防ぎきることが出来ずに破壊される。


「あああ…ッ!!」


 障壁で勢いを殺せたとは言えそれでもかなりの威力を持った石の弾丸が私を弾き飛ばした。


「アイーシェ…!」

「助けるのは無理だ!…すまん」

「悪く思わないでくれ…」


 私の仲間たちは私を見限った。あの時の言葉が私の頭で再生される。


『それならアイーシェはついてこなくてもいい。今の俺たちなら新しいメンバーにも困らないしな。それにアイーシェよりも強いメイジも探せばいるしな』


 よく考えれば、探索者としてここで仲間を見捨てでも逃げるのは正しい。

 探索者は命あってだからこそ。迷宮に入れば自己責任であり、怪我をして足手まといになったら囮として利用されるのも仕方がないことだ。

 だが、それでも。

 仲間を見捨てずに助けに行く探索者も多い。

 それはやはり長い付き合いであったりとか、絆というもので採算度外視の行為だ。だが、そういったものがあるからこそ背中を預けたりできる仲間なのだろう。

 だが、彼らは私を本当の仲間だとは思っていなかった。

 心の底で私を下に見ていた。


 それが悔しかった。

 私だって役に立てていたはずだ。

 直接矢面に立つ事は無かったがそれでも…。

 ふつふつと怒りが湧きあがる。

 こんなところで死ねない。

 いつかあいつらを見返してやる。

 だから生きてここを切り抜けてやる。


 満身創痍となって、朦朧とする意識を叱咤し目の前に迫る魔物を睨みつける。

 得物を仕留める為に、魔物はゆっくりと私へと近づいてくる。

 その時、気づいた。

 魔物の目に理性の光と獣性の輝きがせめぎ合っているのを。

 そして、私の目の前で理性の光が獣性に勝った。


「え……?」


 信じられないと思った。

 今まで探索者をしていて理性を感じることは一度も無かったのに。

 困惑する私の前で魔物は何かもどかしそうに唸り声を上げる。


「グル…ア…ア…あ…あ…」


 最初は唸り声、そして次第に声とも言えるような音へと近づいていく。

 なにか、分からない事が起きている。

 私は思わず後ずさる。だが、同時に期待もしていた。

 もしかしたら、私は助かるのかもしれない。

 私が待ち望んでいるのを知っているかのように、魔物は発声を終えると言葉を放った。


「みな…ごろし…だ…」


 魔物は私の期待を裏切り、死刑宣告をしたのだった。

 私の顔は多分だけど絶望してたと思う。


「はは…」


 私の渇いた虚しい笑いだけが辺りに響いた。

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