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大公の呪い  作者: 浜名湖ウナギ
第一章.鶴の恩返し
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第2話. 花の舞の祭りの起源

 すぐにでも川下りの冒険の第三弾に出かけたかった。

 しかしうなぎ丸は壊れ、川の先に放置してきてしまった。今度こそもっと丈夫な、もっと華麗でもっと冒険のできる舟を準備せねばならない。そして川のさらなる先の先まで進むのだ。再び川岸の木師ハング老人の小屋へ通いながら、エニステ少年の胸は夢想ではちきれんばかりになっていた。


 だが少年はずっと舟造りをばかりしていたわけでもない。彼はとても勤勉なので、鳩麦の収穫が終わったばかりの自分の畑に次はハトが好むポッポ豆を植えた。地力を回復させる為、その一画はしばらく置いておかないとならないので、新たに近くの“講和の森”の影の小さな窪地を一生懸命開墾し、素敵な畑を作った。そこにはまた瑠璃(ルリ)麦か刃鷹(ハダカ)麦を植えるつもりだ。…とこう書くと、まだ年もいかぬのにこの少年は家業の農を極めているように見えるが、実際は10歳の少年であるのですべては叔父や年長の兄の指導を仰ぎながらであり、細い腕で鶴嘴(ツルハシ)や牛犂などの道具の使い方を失敗しながら泥だらけ怪我だらけになっての畑作業のまね事であった。家では子供らしく幼い弟や妹とよく遊んだ。とくに弟は昆虫類が大好きでエニステを「虫の隊長」と呼んで慕っていて、常に後ろについてきたがった。母からは屋敷の奥棟の数室に手を入れて夜なべの部屋にするように頼まれたので、妹や弟をつれて、幾世代に渡って積み上げられ使われぬ怨念の篭もった家具や道具類の山の中を冒険と宝探しをしながら、がんばって片付けていった。屋敷の奥の、人の入らぬ部屋は見たことも無い不気味な大きい虫だらけで、幼い弟はキャアキャアいいながら歓んだ。妹も叫び声をあげて楽しみながら(?)エニステの背中にぎゅっとしがみついていた。一方で、愛らしい小長尾丸(あお)を散歩に連れて行ったり農業で忙しい兄のもとにもよく通って舟の意匠についていろいろと教えてもらったりもした。



 そんなことをしているうちに、年に一度の大祭りが近づいてきていた。

 大農業地方であるこの地方では、主に季節の変わり目に農事にまつわるさまざまな儀式や祭りをする。この土地の男たちは働き者ばかりだから、逆に農業の合間に盛大に宴会ごとを挟むことで羽目を外し、それで皆の気持ちに節目をつけるのだ。人々は来たる祭事のために熱心に働き、更に元気に働くためにつかの間の祭りを楽しむ。大体の儀礼の場合は農家ごとに身内をあつめて農家単位でおこなうばかりなのだが、秋の初めにおこなわれる“平原中央の豪華絢爛なる花の舞”だけは、広大な平原の名だたる数十家や都市商人が集まって、数日かけて盛大におこなわれるのだった。


 “花の舞”は豊作祈年祭であり、秋祭りの中でももっとも大きいものである。この地方はとくに、偉大な輝ける農耕神と太陽神の愛寵を受けていて、一年のうち4回も秋が訪れることになっている。そのうちの“第一の秋(うるんだ瞳の秋)”の初頭に行われるのがこの“花の舞”であった。それはエニステ少年の家からすぐ近くの「ウェステンジョドバールの大円形岩丘」でおこなわれるのである。そこは古代の聖地であった。



 祭りの一周間前にエニステは弟と妹をつれて、友人のオトラトの家に行った。毎年この季節になると彼は祭りの日までこの家に泊めて貰うのである。兄たちは別の悪友たちの家に泊まりに行った。オトラトの家はエニステの家のお隣さんで、2日歩いた所にある。祭り以外のときにも彼はよく訪問していたし、オトラトの家族もよくエニステの家に遊びに来ていた。エニステ少年の父の“鉛の(大エトラスト)庄”ほどではないが、オトラト少年の“銅牛の(バスタスト)家”も3百人ほどの“働き手”を抱える豪農であった。


 オトラトはエニステと同い年で年の割には大柄な子だった。言動に乱暴なところがありエニステら仲間のこどもたちを子分あつかいするところもあるが、幼馴染みで一緒によく遊んで育ったため、とてもよく気が合った。オトラトは兄弟が少なく、彼が長男で2人の妹と1人の弟、それから22人の従兄妹たちがいた。オトラトの家はその見た目から“五本指御殿”と呼ばれていて、エニステの家に劣らないほどの大構造物だった。そこが花の舞のおこなわれる古代祭祀場に近いため、エニステと同様近所の仲良したちが毎年泊まりに来るのだった。オトラトの母、この屋敷の女主人はとても豪快な母親で、しかしお菓子作りが得意だった。子供たちは祭りの期間をこの家から通い、とても楽しく過ごすのだ。

 祭りまでの5日間はオトラトの家で子供らは農作業から離れ、野山を駆け回って遊んだ。祭りまでは付近は夏だ。川で魚を捕り、近くの森で昆虫を捕り、“バスタストの放牛場”で野牛たちとたわむれて遊んだ。常にオトラト少年がリーダーで少年たちを引き連れ、とくに風吹く草むらで点在する塚を砦に見立てて何度も行われたチャンバラ合戦では絶対にオトラトは大将役を他の子に譲ることはなかった。しかしエニステも他の少年たちも様々な遊びをハメを外しずつ大騒ぎをしながら自由な日々を過ごした。エニステは小さい子たちの面倒をみるのが得意で、毎日近くの緑色の池で泳ぎの特訓を小さな子たちに施した。夜になるとバスタスト邸の子供達に与えられた広い三角木の梁の屋根の炉が良く燃える部屋で、恒例の怖い話大会で盛り上がった。オトラトの家の匙婆さんも、エニステの家の藁婆様と同じくらい炉端語りが巧かった。黄金に輝く大平原の何百年にもわたる歴史の中での故事を、子供たちは大騒ぎしながら聞いた。また、今年はオトラトの従兄の“さすらい人”ウォラアトも故郷に帰ってきていた。エニステ少年は年長のこの人のことがとても好きだった。異郷をよく旅するという彼は、奇想天外の話をたくさんしてくれる。辺境で名高い「錆び色の盗賊団」に入団を強要されて7つの声色を使い分けて逃げ切ったがそれがきっかけで怪盗女帝アルセロニョ=ラパニャに惚れられ追い廻された話、荒野で8匹の河虎豚に追いかけられてバターになりかけた話、塩胡椒でこしらえられた山に迷い込んでクシャミと放屁で獺都ルナセンタの町を埋没させてしまった話、山姥の家に迷い込んで胡椒とバターで釜ゆでにされそうになった話、山姥の下僕の七人の小人たちに甘酸っぱい林檎の味のフグ毒(ハイホー)を喰らわせてようよう逃げ出した話などなど。「ゃ、山姥って本当にいるのね…」 ぶるぶる震えながらオトラトの妹のウェストデルテがしくしくと泣き出すと、「ややや、ごめんごめん、世間一般に山姥なんて言われてるものは樫の木の捻じ繰れた枝を見間違えたもので本当は実在しないんだがね、でもその後に俺が出会った草原の英雄王ジュヴャラウとの魂消た冒険の始末は本当のことだったんだよ…」と次なる話を話し始めるのだった。

 子供たちも自分が知っている限りの怖い話を披露して、仲間たちを怖がらせようと必死だった。が、婆さまたちの年季の入った話に比べると子供たちの話はただの模倣に堕していて、熱気の満ちた寝広間の中ではただの笑い話になってしまうのだった。すでに子供たちは幽霊やお化けやトナカイは実在しないのだと知る齢に達してしまっていたのだった。

 そんな中で、エニステ少年は友人たちに、自分が先日したばかりの川下りの冒険のことを話した。


「なんだよお前、言えよ。お前は腕が弱いんだから俺がついていってやったのによ」

オトラトは口を曲げて不機嫌そうに言った。「なんで行く前に俺に言わねえんだよ」

「見たかったな、エニステの小舟!」 サトラシの妹のライヌラーシが目をきらきらさせて言った。この子は本当にかわいらしい子だ。サトラシの次にエニステを慕ってくれてる。「あたし見たよ。おにいちゃんの舟にはたくさんのお守りの飾りが飾られていたの。お兄ちゃんは凄いのよ。とんかちが得意なの」と言ったのはエニステの妹のアリスタータ。この妹はいつだって無条件で兄の味方だ。「舟の冒険!! 今度は船団をこしらえてみんなで行こうよ。今は祭りで有名な川伯が何人もここに来てるんだよ!」「舟はすごいよ!」「カヌーがいいよ!」と、ヤマヒカとノルンリとシテダルが騒いだ。「何だったんだろうね、エニステが見たというその変な人は」と言ったのはヴラスヴァテイ。彼はとかげ人間の少年で、てらてらと手足が濡れ光っているがエニステとは彼も小さいときからとりわけ仲がよかった。「どうせ木の根っこと見間違ったんだろうよ」とオトラトが言うと、なぜかエニステ少年は泣き出しそうになった。「見間違いなんかじゃないよ!」「そうよ、妖怪あずきあらいだったかも知れないじゃん」とライヌラーシも援護して可愛らしく言ったが、「妖怪なんていねーよ」とオトラトに言われて彼女まで泣きそうになってしまった。

それを見ながらにこにこして聞いていた無精髭の“さすらい人”ウォラアト兄ちゃんがなぐさめるようにエニステに向けて言った。「やったなぼうず。それは世に聞く“藪しらず”だ。滅多に見られるものじゃないぜ」


やぶしらず…?


なんだかうちの罠婆さんの昔話で聞いたことがある気もするが、それってなんだっけ。

「ま、ただの酔っ払った変なおっさんが石に座ってただけって可能性も大きいがな」と、すでに大量のはちみつ麦酒で酔いが廻っているウォラアトは優しくエニステに言った。「妖怪なんてもんはいないが、変な人はいっぱいいるさ」




 やがて、祭りの4日間が始まった。

 平原の各地から人が集まってきて、大麦が刈り取られたばかりのウェステンジョドバールの丘を中心として無数の白い天幕が建てられた。この地方では一年の内で一番の盛大な祭りだ。とはいっても農民達による農村の実りを祝ぐだけの秋祭りなので、大公都で贅を凝らした絢爛におこなわれる大祭に比べたら全く簡素で素朴なものであったが。天幕の間には何十本ものポールが立てられ、創意をこらした色とりどりの吹き流しが飾られた。大きな篝火も幾ヶ所かに燃やされ、それを囲んで露天が開かれた。老婆と娘たちは着飾り、ウェステンジョドバールの墳丘に集まった。この小さな休火山の岩寂びた山頂にある休止した噴火口にはとりわけ大きな盛り火が燃やされ、その炎の赤は平原の遙か遠くからも見ることができた。

 “カラミマワリの花の舞”とは名前の通り、女たちが祭りの間じゅう美しく花で着飾って踊りまくる祭りである。独特の節と歌いまわしで合唱する声と笛に従って、古代から伝わるという伝統的な振り付けで次第に沿ってひたすら踊る。4日間踊り続けられる娘は少ないが、踊れば踊るほど古代の神々の加護が身体に宿り、一年を息災に過ごせるという。この地方で男よりも女性の方が元気がよいとされるのは、一年を通じて家でも畑でも常に踊りのステップを練習するからだ。エニステの姉のハランドラーサもエニノカーサも妹のアリスタータも、いつも家で歌いながら踊りを実践しているから、4日間は無理としても2昼夜ぐらいは何も食べず眠らずに踊り続けられるほどだったのだ。驚くべきはエニステの家の計婆さん、赤婆さん、罠婆さん、鋼鐵婆さん、塩婆さん、缶婆さんたちで、踊りに関しては娘たち以上の現役であり、さらにエニステの曾々祖母にあたる藁婆様と蛇婆様に至っては美しく芸術的な所作によって「平原の至宝」と呼ばれているのだった。大体どの家にも“踊りの達人”がいた。

 女たちにくらべると、男は踊りに参加してもしなくてもいいので、祭りの間は周辺をぶらぶらするだけであった。踊りの他には円形競馬場の中で牛たちを競わせて走らせる“草野牛”、大鍋が無差別にふるまわれる“イモニカ会”、背の高いポールにくくりつけられた目なし籠に小さなアヅキ玉の粒を投げ入れまくる“一つ目他魔入れ”、この地方の伝統芸能である“円形剣舞踏”、火で馬車や大工道具や日記類や麦殻や海産物の小さな物や山イルカを皆で地味に炙る“イカ焼き”、漁師達が保護した漁獲物の中で一年で最も大きく優美なものの背を皆で撫でまくり褒めまくる“金魚救い(魚ほめ)”などなど、それからエニステの友人のオトラトが最も楽しみにしているのが、村の有志たちによっておこなわれるいくつかの「英雄劇」の上演だった。


 この場にいるのは土くさい農民がほとんどであったが、噂をきいてわざわざやってくる酔狂な都市民の姿もちらほら見えた。町からの行商人は無闇にいた。数は少ないが町の小貴族も何人か来ていた。高貴な人の場合は祭りの主催者である豪農のだれかが招待したのだった。こんな野卑な催しに招かれて貴族様方がどう思うのかは分からないが、エニステの見る彼らは優美に儀礼的な微笑みを絶やさないようにしていた。かくいうエニステの父も平原有数の畑持ちであるので、数日前から数人の小貴族を家に逗留させていた。ロンダミカ茶伯アインロロスとその御家族、ラガロドリカ小茶伯エスエネロス夫妻、フェレセネイ麺伯タンクァハスとニジェラスの兄弟方々。幼いエニステは父から彼らに挨拶をさせてもらったのみだったが、優しく頭を撫でて言葉をかけてくれる素晴らしい方々ばかりだった。色も華もない農村の滞留など絶対に楽しいはずもないのに、無粋な父と母のもてなしを「心ろ慰なむ」と言ってくださるのだった。


 エニステ少年の仲間たちは祭りの期間中、10人ぐらいの小班にわかれて会場を探索しまわった。一番リーダーであるオトラトとも一緒だったり分かれたりした。エニステの妹のアリスタータは踊りに熱心で姉たちにつき従いエニステとは離れてしまったが、サトラシの妹の可愛いライヌラーシは仲の良いアリスタータとは違って後半の踊りの一番派手な「山の鬼と山の赤神との川踊りの次第」だけに賭けているらしくて、祭りの前半はエニステの班について廻った。子供にとって一番楽しいのは露天の屋台商巡りだが、農場の少年たちがそんなに小遣いを持っているわけでもなく、たまたま行き交うエニステの叔父のエニファタッテやムソラスの兄の“親切無比なる”カルソロイ、デテニケの父の“猫豪傑”サトコショウを見付けては、ねだって御子(みこ)のみ焼きや鈴虎(すずとら)アメ、秋刀魚の腸がし、練りもろこし、仮免ライ麦のお麺などを買ってもらうのだった。エニステが毎年秋祭りの屋台で一番お気に入りにしているのはジャガーバターだった。たまたまそばにいたウォラアト兄ちゃんをねだり倒して大好きなジャガーのバターを買ってもらうと、流れ者っぽい鋭い目をした緑色の服の売り手のおっちゃんは嬉しそうに「俺のジャガーを買うとは幸運だなボウズ。お前は今年一年賢いぜ。偉いお前にはオマケに幸運を呼ぶジャガーの前肢も付けてやるよ」と言った。純粋に嬉しく愉快を感じた。


 オトラトが最も楽しみにしていたのが「フォナフォナイ劇」で、これは古代の伝説的な英雄王の神秘的な事跡を、独特な音楽と笛のもとに讃えたてるものだ。魚たちをつきしたがえたフォナオナ王がこの地方随一の英雄王であるアノファルド王のもとを訪れ、奇蹟の数々をおこない最後に預言するというものである。オトラトは普段は粗暴なだけの少年だが、婆ちゃんたちの語りを聞くのが大好きで普段から伝説の英雄たちを慕うことははなはだしく、エニステも彼がいずれは「大公都の騎士になりたい」と願っていることを知っていた。力強い大公の騎士たちが強力に護っているからこそこの地方は永遠に平和なのであり、豊かな収穫が保証されている。今度のこの祭りにも“大公の赤騎士軍団”のうちの著名な騎士が4名も派遣されて治安を護っており、オトラトはその偉大な姿を遠くから見て大はしゃぎしていた。エニステにとってこの友人が最も好ましいのは伝説的な英雄豪傑に憧れて無我夢中になっている姿だったので、「フォナフォナイの劇」は是非ともこの気持ちの良い友達オトラトと一緒に観ようと決めていた。


 円丘のすぐそばで特別に広く空けられた広場で、「フォナフォナイ劇」が始まった。オトラトの興奮たるや非常なもので、最初の序奏の角笛の高らかな響きを聴くや涙や唾やその他を飛ばしながら騒いでエニステや隣りのセラノラの肩や脚を叩きまくるので、苦笑するしかなかった。劇はナラート笛の軽妙洒脱な序奏から始まって、第一部の華々しい合戦の場面とアノファルド王の苦境と王麾下の三騎士の突破、そこから花乙女フォレルンの祈りの場、そして幕間になってフォナオナ伝説王の登場、第二部は鯛や平目の舞い踊り、舞台が地下の黒海に移って最後の血戦と巨人の登場、“炎の場”、そして複数の弦楽器による哀切で長大な敵への弔いと勇者ナランレトシェエバの地界への旅立ちの場のあと切れのある大合奏が鳴り、最後に「ファイナアサルの預言」がおこなわれるのだった。今年の上演は演者たちの魂の入った特訓の成果もあってとりわけ見事で、聴衆たちの喝采もひときわ大きかった。オトラトたるやその熱狂の度合は狂ってしまったかのようで、だいじょうぶかとエニステが心配するほどだった。

 太い声の歌い手による朗々とした「亀の甲羅の預言の場」と終幕の合唱が終わると、地を割れんばかりの拍手が起こった。オトラトも壊れるように激しく手を叩き暴れていた。役者はすべて農村の若者たちだが、演奏は少なからぬ礼金をはたいて“典雅の都”ケリソラから招いた楽団だった。そのよそ者の演奏者たちにも惜しみなく拍手が送られた。本当に見事な上演だった。


ぷをぉ~


そこへいきなり高らかに角笛が響いた。

「!?」「!?」

人々が怪訝に音のした方を振り返ると、明らかに場違いな華美な格好の集団が、華美な装飾をぶらさげた長角の青牛にまたがって入場してくるところだった。200人ほどの団体であっただろうか、誰もがこのきらびやかな一団の正体を知らず、エニステは自分の父が泡を喰った表情でその集団の前へ駆けていくのを見た。エニステの父はこの祭りの実行団体の主要な一人である。その表情から、エニステにもこの新たな客が父ですらも予想もしていなかった場ちがいでけた違いな地位の人であると見て取れた。


「人々よ、遙かなる“炎の王国”領主、アノファルダナ侯爵なるアノロフォルダロ=フォノロレスタス侯のご行幸である!」


異形の集団から、伝令とおぼしき長口髭の軽牛にまたがった白い衣装の人物がひとり歩み出て、高らかに告げた。


「アノファルダナ侯爵!?」

「英雄アノファルド王の末裔じゃないか」

「遠方の大国だぞ」

「なんで異国の大領主がこんなところに…」


 人々はざわめき、困惑の末、やがて一瞬ののちに熱狂の叫び声が飛び交い始めた。「ようこそ、侯爵様!」「偉大なる大王の末孫よ!」「炎の使い手、万歳!」「異国の王様! ようこそ」「わたくしたちに絶え間ない恵みを感謝します!」「万歳!」


「静まりたまえ! 大侯爵から挨拶がある!」


 使者が大声で張り上げると、人々のざわめきは止まった。

兵団の奥から、極めて背の高い首長牛にまたがった豪奢な服装の人物がゆっくりと歩み出てきた。

まだ若い美形の長背でうっすらとした美しい口髭と顎髭があり、目は青かった。頭には見たことも無い純白の帽子を巻き、そこから美しく長い極彩色の鳥の羽根が何本も伸びている。エニステ少年は、見たことも無い異国の王族の威厳ある姿に見惚れてしまった。それは周囲の人々も同様で、まったく咳ぶきすら漏れない。


「人々よ! 輝ける黄金の太陽の国サグネリ大公国のフェルフェルサの野の勤勉な耕し人たちよ!

我は諸君らの祀るアノファルド王の末である。我が祖先を祭祀する愛おしい人々がここにあると諸君らの主である親愛なるサグネリ大公から聞き、こうして遙々と会いに参った。諸君は偉大なる大公の子たちであるが、我が王国の愛しき弟たちでもある!」


 異国の貴族はまさに愛情あふれる優しい様子で、そこの集まった人々に語りかけた。

そのとき、離れて民衆を護っていた4人の大公都の小山のような姿の騎士たちが、ゆっくりと侯爵の横に近寄ってきてきっちりと横に立った。まるで、見知らぬ侯爵と共に、わたしたちを常から愛護する愉快な大公も一緒に立って人々に語りかけているかのように。

それを見て、大公を敬愛する農婦たちの中にはすすり泣くものもいるほどだった。


「人々よ。人々が我が祖先の故事をこのように守り語り継いでくれていることは、われらにとっても大きな幸いである。そなたらにとっても我が祖が大きな恵みを与えたのと同様に、我が王国も遙か古代にまさにこの場所で英雄王がおこなった勝利が、我が王国の今の繁栄を保証しているのだから」


 ここまで聞いて、民衆のざわめきは抑えきれないほどになり、声高らかにアノファルド王とその係累を賛美する声が上がり始めた。


「大地を耕す者たちよ!

我が祖アノファルドの故事は皆も周知であろう! 昔時の王は、吾が故郷である遙か西方で生まれ、北方で宿霹たる邪悪な王と争い、天空で鳥の王にまみえ加護を受け、南方の大森林で炎の技を得、東方で罠に嵌り、そしてまさにこの地で悪魔たちと戦ったのだ。ヴェステンジョドヴェルナスの聖地に遠い国なる吾が臣民のだれひとりとして巡礼を憧れぬ者はない。ヴェステンジョドヴェルナスでの勝利によって北方の睡魔の国は滅んだ。人類は惰眠から解放され覚醒の時を得たのだ。さらに神から王への祝福によって与えられた恵みは、“王の麦”として地に芽吹き、われら人類の大いなる糧となった。今、世界中の人類のうちに大公領の王麦の由来を知らずとも大麦を食べぬものは無い!」


「神よ、わたくしたちにたえまない恵みを感謝します!」

「鳥の王チュチュン万歳!」

「アノファルド王と8人の鳥の騎士バンザイ!」


 それは神話の時代の昔語りであった。太古、人々の姿は今よりも大きく色白で滑らかで、それは異常な長さの睡眠時間のせいだった。人の一日の半分は眠りの時間でしめられていたため、それによって文明の発達は阻害され、悪夢によって人々の精神の疲労も甚だしかった。高い志を掲げた西方のアノファルド王は精兵を持って進軍し、「炎の森」と呼ばれる場所で人の心を焼いて燃え上がらせる力を持つという「ランドタタタクル樹」の探索をおこない、それを阻止しようとする北方の蛮王と競り合いとなった。“フェルフェルサの野の戦い”と呼ばれる大会戦で北方歩兵軍団と対峙し、まさにこの場所において王は秘儀によりウェステンジョドバールの岩を噴火させ、その猛火の中で北方の珈琲大王を討ち取ったのだった。その勝利をとこしえに祝うのがこの地方のこの祭りの起源である。戦いにおいて敵方の北方の王を守護したのは狩猟神である“鷹の神”。炎の王の味方をしたのは農耕神“小鳥たちの父”アーナナラウナラニ(チュチュン神)であった。勝利の結果人類の睡眠時間は短くなり、価値ある生産活動に従事できるようになったという。戦の勝利を言祝ぎ鳥の農耕神は英雄王に「王麦(大麦)を育てる権利」を与えた。以後、人類は“草類”に代わって“麦類”を食べることになったと伝わる。この神話によって小鳥は神々の使わしとなった。


「すべての諸國民は常に諸君らのこの土地に感謝する心を大きく抱いている!

王麦、仔麦(雀麦)、燕麦、鳩麦、小瑠璃麦、鶯麦、烏麦(黒麦)、雁麦、雷鳥(ライ)麦のいわゆる“七大穀”はすべてこの肥沃なるこの平原に由来する。皆々の不断なる労働によって、不遇の神話時代をすごした我らが文明国の住人はもはや世界中において飢えることがないのだ。麦を食すすべての人類の代表として、いまこの地に拝訪した吾は猛烈に感激を受けている。わたしが背負う我が領民のすべての感謝の気持ちをぜひ君らに受け取って欲しく、諸君らの愛すべきわたくしの親しき大公殿下にお願いして、こうして遙々やって来たわけなのだ!」


 そう言うと、侯爵の背後の兵士たちがわっと左右にわかれて、その後ろの籠になった馬車の中から、見慣れぬ姿の大きなトリが何匹も出されて、ヒョコヒョコと力強くこちらへ歩いてきた。その数およそ20。


 「大公家の農家の民たちよ!

そなたらに我が王朝の飼育院で育てた価値比類なき王鳥を譲る!

火を喰う鳥々、われらが輝耕神が愛した初代の鳥の王、王麦の化身たるヒクイドリならん!」


 ヒクイドリ。エニステ少年もその名は昔話の中でしか聞いたことはなかったが、初めて見るその鳥は、とても大きく神々しく見えた。鳥のその顔は青色に精悍に輝き、目は鋭く威厳を持って人々を見つめ、身体に折りたたまれた厚い羽は力強く見え、身体の下には細いが筋肉質の長い2本の脚が伸びていた。それがザッと20羽も横に並ぶと、まるで青銅の兵団のように見えるほどのクラクラする光景だった。アレが伝説の火喰い鳥か! 「小鳥たちの初代の王」がこんなだとは、立派すぎるほど大きいなぁ。この畏い鳥が空を舞う姿はどんなものなんだろうなぁ、とエニステ少年は思った。(※「ヒクイドリは空を飛べない」とは、このときのエニステ少年は知らなかった)


 異国の大領主の口上を聞き、集った群衆の狂躁は割れんばかりとなった。

 なんとなんと! そんな貴重極まりない神話の中の鳥を偉大な人物がこんな僻地にわざわざ贈りにお見えになられるとは、なんとも今年の花の舞の恵みは並外れて常ならむものか。この二度と無い慶事は永遠に語り継がれむよ。侯爵様よ、そのご眷属よ、是非とも後生のためにわれわれとともに花の舞を踊っていってくだされな。

 慌ててエニステの父が農民達の代表として大侯爵のもとへ駆け寄るのが見えた。栄えある贈り物を受け取るために。いつもはいかめしい父も、慮外の出来事に泡を食っているように見えた。優しげな様子で侯爵は農奴の大長たる父にふたことみこと話しかけ、周囲に集まって垣になった他の農主や訪問者たちにも華麗に愛想を振りまいた。父は慌てて自分の息子たちを搔き寄せて侯爵に紹介しようとし、それは他の農場主たちも同様だったが、侯爵は笑顔でもってそれをすべて受けた。だが、あまりにも人の数が多すぎて侯爵の目はただ儀礼的に周囲の人間の上を通り過ぎるしかなかった。幸せにもエニステは一瞬だけ侯爵に頭をなでてもらったが、「あ、この人ボクを見なかった…」と思うしかなかった。残念だったがこの熱気の中の状況では仕方が無い。でも嬉しかったから、ぼくはこの時をぜったい忘れないよ。


 意外にも高貴なる大侯爵とそのご家族は、農民たちの“花の舞”に参加していった。農村の花の舞の笛の旋律はもの悲しく力強いものである。晴れやかな宮廷の円舞とは全く違ったものだったであろうが、侯爵様は楽しく感じ心のままに舞っているという風を見せ、舞の一日目の締めである「天狗の舞い」と「泣いた赤鬼の舞い」を農婦たちと手を取り合って踊った。最後の「泣き鬼の舞い」はひとりひとりが手に手に小さな酒壺を持ちつつ、それを喰らいながらの薄暗く昏気な舞いであった。しかしこのとき見目麗しい侯爵様に相手をしてもらった農婦たちの中には、即座に失神して三日三晩起き上がれず、その後の人生を“夢見る乙女”として過ごすことになった者が何人もいたという。



 夕刻、最後の踊りが終盤に入った頃、祭り会場の遠くで騒ぎが起こった。

「危ない!」「見世物の獣が逃げたぞ!」「コカトリスだ!!」

見世物小屋のなかで人気があるのは猛獣小屋で、農夫たちも農場で捕獲した珍しい獣を檻に入れて祭りに持ってくることがある。穴熊や穴居ライオンや山イルカや大イタチや亜マゾの半魚人などバリエーションは多く、一般的には「がらがら蛇vs雷獣の対決」が定番の見世物だが、今年は五色のコカトリスの群れを草むらで追い詰めた農主がいて、それを銅貨1枚で見せていた。実はコカトリスはこの地方では珍しくはない生き物なのだが、正面から目を見ると石になってしまうので、なかなか見世物に出されることがない。逆にそのことによって希少性を呼び、今回“触れるょ!コカトリスの檻Ж (かわいいょ)”と大看板に書かれて出されたそれは大変な大盛況だった。

「石になるぞ!」「暴れているぞ!」「おい嘘だろ、バシロサウルスも逃げているぞ!」「あっちじゃ山ダイオウイカだ!」

騒ぎは大きく一瞬パニックになり、人々が恐怖に襲われかけたが、そのとき4人の大公国の赤騎士が足早に駆けつけ、山のような大剣を振るって逃げ出した数匹の獣たちを一瞬のうちに屠り、騒ぎを収めてしまった。コカトリスといっても実際は少し大きい程度の野生のニワトリである。村人相手には破壊的な戦闘力を誇る凶暴な蹴爪も騎士の鎧にはまったく歯が立たず、またたくまに切り捨てられてしまう。個体としては少し大きめのバシロサウルスやイカ類も、騎士たちに対しては同様だった。

「さすがは大公殿下の騎士さまだ、凄いぞ!」「偉大なる大公殿下の恩寵あれかし、“勇猛なる”アモナドシウス卿、“健啖たる”ワサタナタウス卿、“賢求なる”ヘンネドウォウス卿、“冒険者”ラーンナッサタ卿!」


「…ちっ」


 そのときエニステ少年は、自分のすぐ横で誰にも聞こえないような音で小さく舌打ちしている男がいるのを見た。この人はさっきぼくに香ばしい熱々のジャガーバターを売ってくれた陽気な青髭のおっちゃんじゃないか。その人のことが少し気になったりしたが、騎士様たちのおかげで祭り会場は早急に平和り陽気な盆踊りが再開されたので、彼もすぐに忘れてしまって祭りの喧噪の中に戻った。

 大侯爵はその後、すみやかに場を去り祭り会場は比較的平穏になった。でも人々は「この年の祭りのめでたい出来事をとこしえに語り継ごう」と互いに誓い合ったのであった。





豊作感謝(なんだけど次の実りの祈念でもある)の祭りの名前がなぜ“花の舞”なのか、という説明は、たぶん数話後の「鶴の恩返しの真相」で語られると思います。(…本当かいな?)

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