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花少女  作者: tei
10/33

2-4

 私が自分の中に引っ込んでしまおうとしたときに、妹が声を上げた。

「ああ、そうだわ。ついさっき、宮子さんがここにいらっしゃったのよ」

「何、宮子さんが」

 私は驚いて、たった今感じた疑問も、頭の奥へと追いやってしまった。妹は真面目くさった顔をして私を見つめた。

「ええ、宮子さんが。私も驚いたのだけど、宮子さん本人も、自分が何しにここへ来たんだか、よく分かっていらっしゃらなかったようよ。しばらく会っていなかったものだから気になったのだとかおっしゃってたけれど、私を見たら目的も何も、全て忘れておしまいになったみたい」

「宮子さんが、一人で来たのか。正二の奴は一緒じゃなかったのか」

「ええ。だから、私も驚いたんですもの」

 私と妹は、同じ驚きを感じていたようだ。あの宮子が、兄の同伴もなしにここに来るまでの理由などもっているものだろうか。いや、私たち二人にとっては、私に連れて行ってくれと頼まなかったことのほうが更に、驚きの素だった。

「確かに宮子さんは、小夜子に会いたい、と言っていたが。でも、たった一人で来るまでしてお前に会いたかったのだろうか」

「どうなのかしら。そんなに長くいたわけでもないし、私に会えて嬉しいといった風でもなかったけれど」

 妹は考え込むような素振りを見せた。こういう時、彼女は本当に大人びた風貌になる。黒く澄んだ瞳がすうっとどこか遠くを見据えるようにひたと焦点を定め、口元はきゅっと引き締まり、静かに呼吸をする。伸びすぎた前髪を半ば無意識のうちに払いのけ、その指先を微かに震わせる。その様子は、まだ中等部の生徒だとは思えないほどに落ち着いていて、静かだ。私は、昔から変わらないその表情の変化を目の当たりにして、心のどこかがあるべき場所にきちんと収まったような、もう何の心配もいらないというような、そういう心持になった。しかししばらくすると妹は、私の心の動きなどには関係なく、やがてその、一種神聖とも言える瞑想を中断してしまった。

「まあ良いわ。宮子さんは初めて会った時からそういう人でいらっしゃったし」

 諦めたような言い方に、私は笑みを漏らした。

「そういえば、小夜子。宮子さんは簪をしていなかったかい」

「簪」

「ああ。桜の」

「桜の簪?」

 妹は目を宙に泳がせ思い出そうと努力をしたようだった。しかし、記憶力の良い妹がすぐに思いつかないのだから恐らく、宮子は簪をしていなかったのだろうと思われる。

 案の定、妹はすぐに諦めて首を横に振った。

「多分、していなかったと思うわ。だって宮子さん、髪の毛を一つに括って、編みこんでらっしゃったんだもの。簪なんて入り込む余地はなかったわ」

「そうか」

 私は、宮子が私の言葉を覚えていなかったことに少しく空しさを感じたが、同時に宮子の性格が妹のために左右されなかったことに感心しもした。宮子という女性は、旧い世代のおくゆかしさと新しい世代の決断力に似たものを兼ね備えている。旧い世代の置き土産は、彼女の纏う雰囲気にもよく現れていた。

 だが、そこには妹に見られるような、ある種の聡明さは見受けられない。そこにあるのは、とらえ所の無い、不明瞭な、しかし一貫した主張、態度だけである。おそらくそれこそが、正二の言うところの直感と感覚、みたようなものなのだろう。

「その簪が、どうかしたの、お兄様」

「いや、」

 私は言いかけて口をつぐむ。わざわざこんなことを妹に話すべきであろうか。

「何でも良いわ、私退屈なんですもの。お兄様、話して御覧なさいな」

「そうか。なら言うが、あの簪、お前の気に入るだろうと思って、宮子さんに昨日そう言ったんだ」

「あら」

「けれども宮子さんはしていかなかったんだな、と思って」

 妹は口元に手を当てて私の言葉を聞いていたが、私がぼかした語尾に、くすりと笑った。

「お兄様は、残念なのね。宮子さんがお兄様の言ったことを覚えていなかったことが」

 そうかもしれない。けれど、そうではないような気もする。

 妹はまだその口元に笑みを残しながら、再度窓の外に顔を向けた。その目の中には、春を迎えた世界が彼女を誘っているのだ。妹はそこへ行くことはできないというのに。

「綺麗だわ。もっと咲かないかしら」

「きっともうそろそろ満開になるさ」

 慰めるように言ってから、私は私自身の心を支配した空しさが、本当は何だったのかに気づいた。

 私は宮子の簪を、妹に見せてやりたかったのだ。

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