No.9 必然と偶然
意識が戻ったとき、わたしはまだ舞踏館のその部屋にいた。
床に寝かされた状態のわたしは、そこで異様な光景を目にした。
「俺は同意してない。」
「僕の独断だからね。でも、梨暗が望んだことだよ。」
視界の端に、口論している二人の姿が微かに見える。
わたしは首をかたむけて二人の姿をちゃんと見ようとした。しかし、首は全く動かない。
試しに片腕を上げようとしてみると、やはり全く動かない。金縛りにでもあったようだ。
「・・・おまえの力で、あいつの伏せ線が全部外せるとでも思ったのか?」
「なにそれ。僕じゃ力不足だってこと?自分はできるけど僕じゃ無理って言ってるように聞こえるんだけど。」
「そんなこと言ってないだろ。」
「そう?」
わたしのせいで喧嘩状態になってしまったらしい。
声をかけたいが、声も出ない。
「・・・ネアが来る。」
永斗くんが呟いた。わたしにはわからない。
さっきから感じられない。いつも怖いくらいに感じる、二人の大きすぎる逆の存在感も。
足音もせず、突然扉が開かれる。
「!!リア様!!」
音甘さんはわたしを見ると、こちらに駆け寄って来た。
「リア様、大丈夫ですか!?いったい何が・・・」
『大丈夫です』と答えたかったが声は出ない。口も動かない。
音甘さんはクルリと向きを変え、永斗くんと有逆くんを見ると、
「お二人とも、何をなさっているんです?」
強い口調でそう言った。
「ガードもなにもはらずにこんなところで喧嘩なさるなんて。十字だだ漏れですよ?皆さん、何事かと思われてます。それに!こんな状態のリア様をほおっておいて・・・」
そう言って音甘さんはわたしを抱き上げる。
「わたしはリア様を屋敷にお連れしますので、お二人は存分に喧嘩なさってください。ただし、ガードをはることをお忘れなく。」
音甘さんはそう言い捨てて、気が付いたらわたしは屋敷の自分の部屋にいた。
―――瞬間移動、なのだろうか。
「大丈夫ですかリア様、いったい何があったのですか?」
音甘さんはわたしをベッドに寝かせると尋ねた。
「・・・・・。」
答えたくても、声は出ない。
「・・・本当は、わたしの責任なんです。気付けなくて、申し訳ありません。」
『そんなことないです』って言いたい。けど、言えない。
「・・・とりあえず、今はお休みになってください。」
その言葉は、まるで魔法のようだった。
突然強い眠気に襲われ、わたしは眠りの中に落ちていった。
わたしが再び目を覚ましたとき、部屋にはだれもいなかった。
時計を見ると5時32分。朝だった。
昨夜開かれた夜会も、さすがにもう終わっているだろう。
体は動くようになっていた。わたしはベッドからおりると、リビングへむかった。
誰かいるんじゃないかと思って来てみたのだが、そこには誰もいなかった。
ソファに座ろうとして、目の前のテーブルの上に、新聞が置いてあることに気付く。
なんとなく手にとってみて、
「・・・・・!!」
その一面の記事に、わたしは驚いていた。
「なんで・・・?わたし、生きてるけど・・・」
『夕美中学校大火災 校舎内にいた生徒および教職員全員の死亡を確認』
そこにはそう書かれていた。
「全員の、死亡を確認・・・?」
そんなこと、できるはずない。
わたしは今ここで、生きているのだから。
そのとき、
気配を感じた。大きな逆十字。近づいてくる。たぶん、永斗くんか有逆くん。
階段を下りて、廊下を歩いてくる・・・ようだけど、足音は聞こえない。
そして、現れたのは、
「あ・・・」
夜の空に溶け込んでしまいそうな、紺色がかった黒髪。
「また、有逆くん?」
私服に着替えた有逆くんだ。
今気付いたが、そういえばわたしはまだドレスのままだった。このまま寝たせいで、シワや折り目がついてしまっている。
「なに?永斗のがよかった?」
「!そういうわけじゃ・・・昨日、扉のむこうに現れたのも、有逆くん・・・でしたよね。」
「僕が一番、近い場所にいたからね。一番早く気が付いたんだよ。いくらガードがはってあるといっても、あそこまで大きな力を使えば気付く。」
有逆くんは笑っている。いつものイジワルな笑みとは違って、よくわからない。
「・・・感覚、戻ったみたいだね。昨夜は失っていたみたいだけど。僕が近づいてくる気配、わかったでしょ?」
「あ、そういえば・・・。それを確かめるために、わざわざ足音も立てずに?」
「まあね。・・・昨夜はそうとう疲れていたみたいだね。気配すら感じられなくなるなんて。」
「昨夜・・・のこと、詳しく話したほうがいいですか?」
わたしがそう言うと、有逆くんはなぜか、少し驚いたような顔をした。
「いや、いいよ、べつに。だいたい状況は読めたから。」
でも、さすがに会話の内容までは知らないはず。
「でもあの人、わたしのおばあちゃん・・・『京』のこと、知ってるみたいでした。」
「イルが?」
「はい。・・・でも、十字の人間ならだれでも知ってるって・・・」
「『キョウ』なんて聞いたことないけど。十字名が別にあるのか・・・」
「そう言ってました。なんであの人、黒逆十字なのに、『京』のことあんなに詳しいんでしょうか・・・。」
「イルの家系が逆十字になったのはそこそこ最近だからね。」
有逆くんはそこまで言うと、少しだけ間をおいて言った。
「とりあえず今は、伏せ線外すのはやめておく。君の十字にはいろいろと謎が多いし、なにより永斗が反対してるからね。」
笑みの形は崩さないが、さっきより口調が真剣だった。
「それに、君が自分で外してしまう可能性もある。」
「わたしが、自分で・・・?」
「あのときも、そうだったでしょう?」
「あのとき・・・?」
「火事のとき。」
火事の―――・・・あのとき?
「あのとき君が、炎の中でも火傷しなかったのは、君が十字だからだ。でも、それまでそんなことはなかったでしょう?転んだら怪我しただろうし、熱いものにふれれば、当然火傷だってできたはず。」
「・・・はい。」
「でも、あのときは状況が違った。君は命の危機だった。そして君の中の十字が、君を守った。」
「そのとき、無意識のうちに、自分で伏せ線を外した・・・?」
「違うよ。そのときはただ、一時的に表面に出ただけ。おそらく、そのあと。」
そのあと―――・・・?
「梨暗が、僕たちの存在を感じたとき。」
「・・・え?」
「君は僕たちからなにかを感じようとして、無意識に伏せ線を外したんだ。一本か、・・・少しだけ。」
有逆くんから、笑みが消えていた。
「そんなこと・・・できるんですか?」
「さぁ。これはあくまでも僕の推測。こうだったらいいなっていう。だってそれまで君は、君のおばあさんや周りの人から、十字の感覚を感じることなんてなかったでしょ?」
「でも、それなら火事が起きたとき、身を守ろうとして本能的に―――っていうほうがありえるんじゃ・・・」
「そう?僕は、梨暗が僕たちの存在を自ら求めてくれたんだ、って思っていたいんだけど。」
そう言った有逆くんは、再び笑みの形を作っていた。やっぱり、よくわからない笑み。
「偶然なんかじゃなくて必然なんだ、って、思ってみたくない?」
微妙に悲しそうにも見えるその微笑みの意味がわからない。
「どうして・・・必然なんて。だって、偶然でしょう?」
「本当にそう思う?」
「わたしは必然なんて、信じていません。全ては偶然・・・必然なんて、そうなる運命だったなんて、わたしは思いたくない。」
「―――そうだね。梨暗は、そういう人だと思う。」
「・・・まだ会って五日・・・ですよ?」
有逆くんは、わたしから視線をそらしていた。
「梨暗は、誰かに似ている気がするんだよ。」
誰を見ているのだろう。
なんとなく、わかるような気もする。
「彼も、運命なんて信じていなくて・・・そう思ってしまえば楽なのにって、いつも思ってる。でも、信じたがっているような気もするんだよね。キセキは運命なんだって。―――・・・なにか、意味のあることなんだって。」
「キセキは、偶然だからキセキなんです。・・・運命になんて縛られないほうが、自由です。」
「それが逆に辛いことだってあるよ。『どうにでもできる』って思ってしまえることが。」
誰かを本気で気にかけている。少しだけ意外だった。
「・・・昨日、言ってたよね。月や星があれば・・・って。もしそれを見つけることができたとしたら、それは偶然だって、本当に思っていられる?」
有逆くんの言っている意味がわからない。
「そんなの・・・そのときにならないとわかりません。」
「そうだろうね。」
また違った笑みの形。いったい何種類持っているのだろう。
「・・・部屋に戻ろうかな。」
有逆くんは呟いた。
「あ、待って下さい!」
「なに?」
「これ、どういうことですか?」
わたしは持っていた新聞を広げて見せた。
「ああ、それ?それは・・・」
有逆くんは少し考えるようにしてから、
「永斗にきいてみて。もともと永斗の案だからね。」
そう言い、部屋から出ようとして、
「あ、そうだ。」
なにか思い出したように振り返った。
「昨夜のこと。あれは、もっと早く気付けなかった僕たちの責任、らしいから。」
「え、」
「だから謝っておけ、って、ネアが。メイドが命令するなんて、何さまのつもりなんだろうね。」
そう言って、少しだけ間をあけてから、
「だけど一応、ごめん、って言っておこうかな。」
と言った。いつものイジワルな笑みで。
「それから、永斗にきいてみるのはいいけど、永斗の部屋には入っちゃダメだよ?」
そしてわたしに軽く忠告して、有逆くんは部屋から出て行った。
「偶然とか、必然とか・・・」
なんでそんな話になったんだろう。
思えば昨日の月とか星とかいう会話も、ひどく抽象的だった。
「永斗くん、部屋にいるかな・・・」
十字をたよりに探そうにも、わたしは近くにいる人でないと、十字を感じることができない。
「・・・外、出てみようかな。」
本当になんとなく、そう思い、わたしは玄関へとむかった。
立派な扉。カギをあけ、少し重めな扉を開くと―――
「あ・・・れ・・・?」
庭園の隅のベンチで、誰かが寝ているのが見えた。
「あれって永斗くん・・・だよね。」
さっきまでの会話を思い出す。
「・・・偶然、でしょ。」
それよりも、なぜあんなところで寝ているのだろう。
わたしは、永斗くんのいるベンチにむかって走り出した。
一日に2話更新できるとか!奇跡ですね!!